02

「ねえ、あなた。浜辺に何か打ち上げられて」
「うん?ありゃ、籠か?」

そんな夫婦の会話から、グランドラインのある島のある村の浜辺に打ち上げられた、籠に入れられ眠る幼児は拾われた。

子に恵まれず、喜々として見つけた赤子を引き取った田舎の夫婦の耳には、一部の海を騒がせた報道など届く筈もない。

その頃、世界政府の研究者達が血眼になって探していたある遺跡が発見されたという大々的なニュースも。
遺跡の道をこじ開けた時、激しく吹き荒れた突風も。
政府が探していた最大の要因である、とあるモノが、ある筈の場所に眠っていなかったという報告も。
そして、その探し物を見つけろ、と命令を下した冷たい声も。



***



トテトテと頼りない足取りで、七歳の少女は家の前の道を横切って行った。

「おや、ニーナちゃん。一人でお出かけかい?」
「うん。船長が海に居るの」
「ハハハ、気をつけて行っておいで」

こんな田舎では危ない事は何も無いだろうとすれ違った老人は笑顔でその背を見送った。

途端に、少し先を行く少女が躓きながら宙に浮くのを目の当たりにする。
あっ、と思った時には小さな身体は地面に叩き付けられる瞬間だった。が、不思議な事にその身体を押し上げる風が、何処からともなく吹きすさぶ。

フワリ、と宙から地に舞い降りた少女は、咄嗟の事に驚いたようだが、また再び走り出してしまった。

「ニーナちゃん!あんまりはしゃぐんじゃないよ」
「ハーイ」
「やれやれ」

最初は驚いたが、彼女が悪魔の実を口にしたのは、まだほんの二つか三つの時だ。時化にやられたのだろう海賊船の残骸が浜辺に流れ着き、その中にあったものを口にしてしまったのが彼女。
自然系(ロギア)タツタツの実の、竜巻人間。


赤ん坊のころに浜に打ち上げられた捨て子で、しかも能力者となれば気味悪がる輩も居たが、あんな天使の様に無垢に笑う少女を疎み続けるのは難しく。それに医者である彼女の養父母も、村の信頼は厚い。いまではすっかりあの能力も、そして少女自身も村に馴染んでいた。


***


少女が駆け抜けた浜辺の方では、何人もの男達が釘と金槌を手に、汗を流して働いている。
その中で一頭汗をかく男を見つけると、ニーナは嬉しさに思わず地を強く蹴った。

「せんちょおお!」
「うわっ!?ニーナ!」

フワリと高く舞い上がった小さな身体を押し上げた風が、男の頭上でピタリと止まる。幼さ故か、能力を使いこなせていない為か、飛び上がる事は出来てもそれが高ければ着地が出来なくなる少女を、男は咄嗟に腕を広げて庇った。

「こら、ニーナ。危ないだろ」
「エヘへへ」

嬉しそうに笑う少女を、男もそれ以上叱る事は出来ず、ひょいと持ち上げ肩に乗せてやった。

「お、命の恩人のご登場だ」
「ニーナちゃん。飴食べるか?」
「こらこらニーナ。船長ばっかりじゃなく、こっちにも飛び込んでこいよ」

いまは豪快に太い腕を振るう男達だが、つい一月前に全員死にかけたばかりの海賊達だ。流行病に船が侵され、大時化で船がボロボロの状態でなんとかたどり着いたこの浜辺。

そして、倒れる男達を見つけたのがニーナだったのだ。

『オジさん達、だいじょうぶ?』
『い、医者を……』

ピクリとも動かない相手をニーナが覗き込めば、まだ息はあり救いを求める。

『じゃあ、皆を運ぶね。重いものでも、私はたくさん運べるから』

そういって腕を広げた少女から、フワリと身体を押し上げる風が伝わった瞬間、男達の意識は途絶えた。


それから一月、全員が動けるまでに回復するまでの一週間と、船の修繕作業に当たるこの数週間。少女はすっかり海賊達に懐いていた。

“博識のヨーク”と呼ばれるヨーク海賊団は、その通り名のとおり、智と学を求める者が集った海賊団だ。

己の探究心と知識欲の赴くまま、海を飛び出した男達が見たもの聞いたものは何れもが新鮮で、語って聞かせろとせがむ少女を楽しませた。


「そこで飛び出して来た人食いライオンを、俺は船に持ち帰ったのさ。そしたらびっくり、なんとそれはライオンの形をして動き回る、肉食草なんだと判明した。ウチの植物学者も、あんな草は見た事が無いって驚いてた」
「ふーん。凄いなあ、ライオンの草かあ」

他にも、立ち上る海流、燃える氷の大地、何も無い島。聞く話どれもが夢のようで、七歳の少女の興味を海へと駆り立てるものばかりだ。

「私も、おっきくなったら海賊になる」
「おうおう、なれなれ。その時は、俺が連れてってやるよ」

そんな先の未来の筈の約束を、あと数日で果たす事になると、この時平和な村の誰が想像しただろうか。
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