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騒ぎを起こしてしまった事に対する罪悪感もほどほどに、ニーナは次の遠征にちゃっかり同行していた。

何度経験しても、やはり船の上から感じる潮風は良い。そんな思いで船縁に寄りかかりながら海を眺めていれば、背後に感じる気配。

「あ、サカズキさん。同行を許して下さってありがとうございました」
「今回、おんどれの役目は無い。妙な真似はせんことじゃな」
「でも、雑用でもなんでもお手伝い出来ますよ。あ、オヤツ食べますか?」

ポリポリとガープの部屋から頂戴してきた煎餅を差し出す。が、サカズキは正義の白いコートを翻しさっさと行ってしまった。
どうやら釘を刺しに来ただけらしい。

役目が無いと言われてしまえば、出しゃばることは憚られる。ものの、何もせずにダラダラしているだけという、何処かの大将を連想させるような行動も、若干気が引ける。

「……とはいえ、サカズキさんの徹底したやり方に、口は出し難いし」
「お前もそう思うか?」
「あれ?ドレークさん!」

振り返りそこに立っていた人物に、ニーナは顔を輝かせる。

「どうしてサカズキさんの船に?」
「増援だ…… お前はどう思う。サカズキ大将の、いや、政府の掲げる正義を」

真剣な声色のドレークの、皺の寄った眉間をジッと見ていたニーナだが、その内に思わず、といった風な笑いが漏れた。

「クスッ。それを海賊の私に聞きますか?」
「……そうだな。すまなかった。忘れてくれ」

踵を返したドレークの後を、ニーナは微笑みながら船縁から離れて追う。

「お疲れですか?ドレークさん」
「いや。そういう訳ではない」
「でも眉間に皺が寄ってますよ」

この辺り、とニーナの指がドレークの額を押し上げる。

「正義も誇りも信じるものも、それぞれの立場によって変わるでしょう。そんなに考え込まないでも、ドレークさんなりのやり方でいいと思いますよ」
「……そう簡単に言ってくれるな」
「フフフ、それは失礼しました」

呆れたような口調ではあるが、声から先ほどまでの堅さが取れていた。

その様子に、ニーナは思わず笑いを漏らすと、船室へ向かうドレークの後ろを付いて回る。その後は、実に平穏に航海が進んで行った。



***


事が起こったのは、サカズキの船が島に着港してからすぐだった。
海軍大将の要請を受ける程の海賊も、力は十分あった。けれど、『赤犬』サカズキを前にして対抗出来る筈もない。

住民の避難した街にふりそそぐマグマに、海賊達に成す術などある訳がないのだ。

「赤犬大将!」
「く、来るなぁあ!」

海兵の焦った声に応えたのはサカズキではなく、追いつめられた海賊の残党。
燃え盛る街を背後に、身体中を覆う傷に荒い呼吸を繰り返し目の前のサカズキを睨みつける。

「そ、それ以上近付いたら、コイツを殺す」
「キャアアア、助けて!助けてぇぇ」

悲鳴を上げるのは、海賊達に捕らえられた女性だ。避難が間に合わなかったのか、元々捕われていたのか。

彼等も相当追い詰められているのか、海兵達が少しでも近付けば、女性の喉元に迫った剣がちらつく。

「コイツを助けたかったら、道を開けろ。さもなければ……」
「赤犬殿、なにを!?」

ボコリと音を立てたサカズキの腕が赤く燃える。

「冥狗(めいごう)!」
「赤犬殿!!」

人質の女性には目もくれず。まるで視界にすら入っていないかの様に、腕を振りかざすサカズキ。そのまま燃え滾るマグマが海賊を女性ごと襲う。

その光景を、海兵達は、ドレークすら止めること叶わず見ているしかなかった。

「あ、赤犬さん!何故?人質が……」
「じゃからどうした?それが悪を逃がしていい理由にはならん」
「そんな……」

元は人だったものだろう身体も、マグマに溶けてその場で燃えカスになっている。その残骸に、誰もが息を飲む。

「悪を逃がす理由になるなら、それは既に悪じゃ」
「し、しかし……」

これが正義か、とドレークは冷たい眼差しに奥歯を噛んだ。

「それが貴方の正義なら。サカズキさん」

フワリ、と舞い降りた優しい声。そこからストンと少し離れた場所に降り立った影。

「大丈夫ですか?」
「は、はい!ありがとう、ありがとうございます!」

ニーナが降り立つと同時に、腕に抱えていた人物を地面に下ろす。それは、つい先ほど海賊と共にマグマの犠牲になったと思われた、あの女性だ。

必死でニーナに礼を述べている。
けれど、それには興味が無いようだ。サカズキはすぐに背を向け軍艦へ向かってしまった。

その後ろを笑顔で追うニーナに、海兵達は呆然とするも安堵のあまりぐったりと地面に崩れ落ちる。

「サカズキさんの正義は、人質を助けないことじゃない。悪を逃がさない事。それに反さないなら、私の力で出来ることもある。人質の救出は私が勝手にしました。良いですよね?」
「……勝手にせい」
「はい。勝手にします」

ニッコリ微笑むニーナにチラリとだけ、サカズキはその時初めて一瞥をくれた。
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