06
そこから先は、なんと表現したら良いのか。非常に不謹慎なのは分かっているが、見ていて飽きない戦闘だった。
コックと海賊の乱闘があったと思えば、よく分からないタテ男でダテ男のパールが海から出てきたり。が、強いと思ったタテ男も、サンジの華麗な蹴り技と戦闘を始めるのかと思ったが、飛んできたルフィにぶつかり鼻血を流したり。そのことに動揺して火を焚く姿は、曲芸のようで実に面白かったが。
が、火を恐れぬサンジに苦戦しているようだ。彼の動揺と火の勢いは増すばかり。
「てめェら「ヒレ」ごと沈めてやる」
パールの火に危険を感じたのは、ニーナだけでは無かったらしい。焦れたようにクリークが鎖付きの鉄球を振り下ろしてきた。
「あ、危ない」
が、心配は杞憂だったようで、ルフィが自慢のゴムゴムのバズーカで鉄球を弾き返した。
……そして、何故かパールが鉄球に倒されたマストの柱に直撃し、倒れた。
「……個性的な戦い方だなぁ」
そんな風に関心したニーナだが、途端に横から響いたバキッという不快な音に、視線をずらした。
「もうやめてくれ、サンジさん」
「………」
「おれはあんたを殺したくねぇ」
「ギン、てめェ……」
それまでの痛快な展開が嘘の様な光景。オーナー・ゼフの義足をへし折り、倒れこんだ彼の頭にギンが銃口を突きつけて人質にしていた。
「大人しく船を降りてくれ」
行動こそ凶悪だが、話を聞けばどうやら、彼なりに恩人であるサンジを思っての行動だったようだ。
けれどそれはサンジにとっては受け入れられる要求では無かったようだ。
問答無用で要求を拒否したサンジ。しかしそれでは、人質は解放されない。
先ほどの衝撃から回復したパールが無遠慮に振るった攻撃に、今度はサンジは一切手を出さなかった。
「サンジ!!……このっ」
「手ェ出すな雑用っ!」
パールの攻撃を正面から受け止めた彼は、自身よりもオーナーの身を案じているようだ。そんなサンジにギンは目論見が外れたとばかりに焦りを見せた。
「何でだ、簡単だろ!……ただ店を捨てるだけでみんな……」
「この店は、そのジジイの宝だ」
そう言った彼は、思い詰めたような顔で過去にゼフから何もかもを取り上げてしまったと言う。
「だからおれはもう、クソジジイには何も失ってほしくねェんだよ!」
そして抵抗出来ないサンジを、またパールのタテが襲う。
そのやり方に不満を表したのはルフィだった。
「卑怯だぞギン!!」
忌々しげに睨みつけるルフィに、ギンはすかさず反論する。
「これがおれ達の戦い方なんだ!悪ィのはあんた達だぞ。船さえ渡せばおれ達の目的は果たされるのに!」
少し離れた位置で観戦を決め込んでいたニーナは、思わず口元を引き結んだ。
その間にも続くパールの攻撃を、サンジは無抵抗で受け止め続ける。
彼を心配するコックやルフィの声を振り切り、サンジが声を絞り出した。
「てめェの足をてめェで食って、おれに食料を残してくれたんだ…… おれを生かしてくれた」
「サンジ!!」
「おれだって死ぬくらいのことをしねェと、クソジジイに恩返し出来ねェんだよ!!」
(死ぬくらいのこと、か……)
そういう言葉を聞くと、どうしても思考が過去に飛びそうになる。
普段は考えぬようにしているのに、自分の言い訳を代弁してくれるような言葉が、酷く魅力的だ。油断すれば、楽になる為の手段は幾らでもあると告げてくる目の前の水面に、引き寄せられそうになってしまう。
「んぬううう〜〜っ、あああああ!!」
「っ!?」
そんな気合いの籠った声に、ニーナの思考は途端に現実に引き戻された。
なにを、とニーナが疑問を抱くと同時に、ルフィの踵がレストランの甲板に叩きつけられた。
「ゴムゴムの、戦斧!!」
「えっ!?え、え?」
一体、どういう積もりだろうか。今の攻撃は、どう好意的に見ても味方を救う動きでなければ、敵を倒す動きでも無い。なら、彼は何を思ったというのか。
「この船沈める」
「……な!!?」
どういうことだ、と思わずニーナは先ほどまでのぼんやりした思考が吹き飛び疑問符を浮かべていた。彼の行動の理由が、全く分からないからだ。
「てめェ正気かクソ野郎。おれが今まで何のためにこの店で働いてきたと思ってんだ」
「だって船ぶっ壊せば、あいつらの目的なくなるじゃん」
呆気からんというルフィ。けれどそれはサンジの気に入る答えではなかったらしい。苛立った表情で詰め寄るサンジがルフィの肩を掴む。
が、今度はルフィがその表情に苛立ちを表した。
「だからお前は店のために死ぬのかよ。バカじゃねェのか!?」
「……?」
「死ぬことは恩返しじゃねえぞ!!そんなつもりで助けてくれたんじゃねェ!!生かしてもらって死ぬなんて」
「っ!!!!」
……一瞬、呼吸が止まった。
それまでのどんな言葉より、あまりに衝撃的過ぎて、思考が追いつかなくて。
ヨーク船長が発した言葉と、同じセリフを聞くことなど今まで無かったから。
『ニーナ。お前の死が恩返しだとか助けだとかになるなんて思うなよ。
俺にそんなつもりは一切無い。お前がそんな考えで死んで、俺がありがたがるなんて事は少しもねぇからな。そんなのは……』
「弱ェ奴のやることだ!!」
『弱い考え方だ』
けれど、しょうがないじゃないか。それ以外の方法が見つからないのだから。
「船長……」
ポツリと出た自分の声で、ニーナはハッと我に返った。
こんな思い出し方でヨークを思うことなど、今まで無かったのに。と軽いショックを受けるが、同じ様に衝撃で動けないでいる男が視界に映りニーナは思考を取り戻した。
「……サンジさん」
「ねえ」
だから、思わず声を発してしまったのだ。
「貴方の筋書きはもう通らないこと、分かってるんでしょう。取引は出来ないわよ」
「…………」
元々取引ですら無かったのだ。たかが船と言ってしまうギン達と、船を宝だと言うサンジ。この二人では、船に見出す価値が違う。
「……なら」
ギンはゼフへ向けていた拳銃を捨てると、ユラリと動いた。そのままサンジの方へ向かっていくかと思ったところ、ギンがそのままトンファを振り落としたのはパールだった。
途端、パールの自慢の盾が粉々に砕け散る。
「悪いなパール。ちょっとどいてろ」
なんてことはないような声色で言い放ったギンに、周りは当然動揺を見せる。中でも船長であるクリークは青筋を浮かべて怒りを露わにした。
「ギン、てめェ!裏切るのか!!」
「申し訳ありません首領・クリーク… やはり我々の命の恩人だけは…… おれの手で葬らせて下さい」
内心で何を思っているのか、読ませまいとするような無表情で、ギンがそう言い放った。
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