時は限りなく | ナノ


05

不気味な拍手を響かせたニーナは、その微妙な空気に責任を感じているだけに、少し困り気味の笑顔を浮かべる。

「それで、お前はいつまで食っている気だ?」
「いやあ、もうここのお料理本当に美味しくって。出来ればおかわりしたいなぁ、って思ってたんだけど、なんだか状況がそれどころじゃなくなっちゃって」

最後の一口を放り込むと、ニーナは今度は満面の笑みでミホークに向き直った。

「迎えに来てくれてありがと、兄さん」

『に、兄さん!!!??』

驚愕に震えるその場の空気に、言ってからニーナはしまったと思った。が、もう遅い。

「に、兄さんって言ったぞ。あの“鷹の目”を」
「妹!?“鷹の目”に妹が居たのか!?」
「おい、ちょっとまてよ。確かアイツ、待ち合わせまでのヒマつぶしって言ってなかったか!?」

特にその言葉に反応したのはクリーク海賊団の者達だ。自分達をこんな目に合わせた張本人に関わる事態なら仕方ないだろうが。

そしてニーナも、そういえば、とそんな男達の言葉に反応する。
確かに、グランドラインからイースト・ブルーまでミホークに迎えを頼んだのは自分だ。そしてそのミホークの道中、彼等は襲われ壊滅した。
つまり……

「あ、私の所為か」
『ふっざけんな貴様ぁぁぁ!!!』

ポツリと言った言葉に、当然怒りの声が湧く。
ああ、これはまいった。とニーナは思わず眉を寄せた。

注文したアイスは絶品だったし、ここのコック達は皆気の良い人達だった。更にいえば、今しがた見たルフィ達の行動の気持ちの良さに、ニーナの心は完全にこのレストランを味方する方向で固まっていたのだ。
なにより、このレストランがなくなっては、もうこのアイスが食べられなくなる。

しかし、だ。クリーク海賊団が壊滅し、グランドラインへの夢が潰え、更には餓死寸前まで追い込まれこのレストランへたどり着いたという壮絶な経緯が、自分の所為となると、話はややこしい。

これでは、どちらに加勢すべきか、むしろ加勢しない方が良いのか、判断が出来なくなってしまった。

どうしたものかとニーナが悩んでいると、傍で熱り立っている船員達をクリークが手を挙げて沈めた。

「随分と舐めた態度じゃねぇか小娘」

ジロリと鋭い目で睨まれ、ニーナは飛ばしていた思考を呼び戻し、静かにクリークと向き合った。
すると、クリークはニーナの足先から頭までじっくり観察するように視線を動かす。ニーナにとってあまり心地が良いものとは言えなかったが、何かを言う前にクリークが口の端を釣り上げたので黙って続きを聞くことにした。

「だが、考えようによっちゃこれは好都合だ。お前を人質に取れば、“鷹の目”は一切手を出せねぇってことだからなぁ!!」

ニーナの姿を見て驚異ではないと判断したのだろう。クリークの言葉に他の船員たちはハッと顔を上げる。
まるで希望が見えたかのように、それまで青かった船員達の表情が生気を取り戻していった。

「そ、そうだ。相手は女一人」
「上手くすれば七武海の一角を、俺たちが……」

広がり始めたそんな考えに鼓舞されたのか、数人の船員がその銃をニーナへと向けた。

「おい!女、動くんじゃ………ベフッ!!」

叫んだ男が、途端に飛んできた物体を顔で受け止め鼻血を噴きながら倒れた。
何をする前に吹っ飛んだ男に、あれ?とニーナが目を見開く。見た限りミホークが何かした訳ではなさそうだが。

その犯人は黒いスーツの男性、サンジだった。

「レディに物騒なもん向けんじゃねぇ、このクサレ外道が」

店内にまだあった皿を蹴り飛ばし、見事船員達の顔に命中させたようだ。恐ろしい形相でそう吐き捨てたサンジが、次には目をハートにさせ打って変わってしまりのない顔になった。

「お嬢さん、お怪我はありませんか?」
「あ、ありがとうございます」
「いえいえ。貴方を守るのはどうかこの騎士(ナイト)にお任せを」

思いがけない事態にニーナは一瞬固まるが、とにもかくにもこれは助けられた状態だと言えるだろう。
まあ、元々巻き込まれていたと言えなくもないし、ここの人たちに興味も出た。

「見物か?ニーナ」
「うん。ごめんね兄さん。すぐ追いつくから」
「好きにしろ」

折角迎えにきてもらったのに申し訳ないが、ミホークには先に行っててもらおう。
ミホークもニーナの意図は十分理解しているらしく、ボロボロの船にまた一太刀浴びせると、衝撃と共にそのまま消えていった。

『ぬはーーっ!』
「チッ、逃げやがったか」

船が崩れる衝撃に、船員たちが慌てふためく。

「ウソップ、行ってくれ!」

その間にルフィが重症のゾロを乗せた小舟に向かって叫んだ。それを合図に離れだした小舟から、小さな麦わら帽子が投げられる。

「5人ちゃんと揃ったら!そんときゃ行こうぜ、グランドライン!!」
「ああ、行こう!!!」

たった5人で、あの海を目指すというのか。しかもルフィは勿論、そう言い残して去っていった長鼻の彼も、恐らく血まみれで意識を失っているだろうゾロも、少しも臆した様子はない。本気でそう信じている。

「おっさん!あいつら追い払ったら、おれ雑用やめていいか?」

しかも大海賊団を前にオーナー・ゼフに雑用を止めるための交渉まで始めている。

なんとも、今までに見たことがないような海賊だ。


面白そうだ、とニーナがワクワクする間にもクリーク海賊団の熱り立つ声が大きくなる。

「よしてめェら!レストランを乗っ取るぞ!!」
『うぉぉぉぉ!!」

雄叫びを上げる男達に、ルフィは怯むどころか興奮気味だ。

「うほーっ。向こうもやる気だ。燃えてきた」

笑顔でそう言い、更には雑用を辞める件の約束を確認までする始末。
これまでの状況で完全に気持ちがレストラン防衛の方に傾いたニーナも、笑顔で彼に声を掛けた。

「私も手伝おっか?」
「ん?なんだお前」

クルリと無邪気な動きでこちらを振り返ったかと思えば、発された子供のような声。そしてその後に続いた言葉も、全く邪気の無いものだった。

「俺の喧嘩だぞ。邪魔すんな」
「は……はい」

悪意も邪心も何もない。本当に純粋な目でそう言われ、ニーナは呆気に取られた。不満げではあっても屈託の無いその表情から、彼が心底そう思い、そこには打算も何も無いことが窺える。

相手は多勢。しかも“東の海”(イーストブルー)では多少なりとも名の通った海賊らしいのに。

本気で勝つ自信があり、尚且つ“邪魔立て無用・正々堂々”を信念として持ってこその態度だと、ビシビシと伝わってくる。

「テメェ!レディになんて口きいてんだ!」

途端に横から上がった怒鳴り声に、これまたニーナは目を見開く。

「お嬢さん。どうぞ安全な場所に避難を。貴方の騎士(ナイト)がお守りしますので、ご安心を」
「はぁ、えっと」

そう丁寧な一礼と共にそれだけ言い残し、他のコック達への指示へ回ってしまったサンジ。こちらにも呆然としていれば、またまた聞こえた横からの声。

「おい小娘」
「は、はい!」

そちらに顔を向ければ、今度はこの店のオーナー・ゼフが、横目でジロリと睨んできた。

「お前が誰か知らねぇが、関係無ェ女が軽々しく男の戦いに、ホイホイ手ェ出すな」
「あ、あの……」
「テメェの店守るのに、余所の女にしゃしゃり出られるなんざ興醒めだろうが。俺の店で勝手はさせんぞ」
「……はい」

三方から徹底的に言われてしまい、ニーナは上げた拳を下ろした。
どうやら彼等には、曲げられぬ男としての矜持があるようだ。ルフィだけは男だ女だ関係無さそうだが。

だが、ここまで口出し無用と言われたのは久しぶりだった。

「そういうことなら、失礼ながら黙って、大人しく、観戦させていただきます」

ニーナが呟いた途端、ルフィが敵船へ向かって飛んだ。

「ゴムゴムの…大鎌っ!!」

特徴である伸びる手足を使っての攻撃に、クリーク海賊団の男達が吹っ飛ぶ。
と思ったら、今度はレストランの船首部分の魚が飛び出し攻撃を始めた。更に、何時の間にか出てきた、ヒレと呼ばれた海上の足場で始まる乱闘。
そして終いには、クリークに投げ飛ばされた魚の船首を、見事なサンジの蹴り技が防いだ。

まさに痛快という言葉が相応わしい。ルフィもサンジもゼフも、そしてコックの一人も、微塵の悲壮感も漂わせていない。

「これは……」

確かに、邪魔立て無用であり、手出しは無粋な男の喧嘩だ。

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