08.見失ってしまったら/2

 口を塞いだクラヴァットは繊細な肌触りで、柔らかく肌に当たる割に、頭の後ろできつく結ばれていた。
 リヴァイは戸惑う私の手を押さえつけ、捻り上げると、「寝室はどこだ?」と尋ね、腕を拘束したまま私を歩かせた。

 まだ昨夜の情事の跡があられもなく残るその場所に到着すると、背後でチッと舌打ちの音が聞こえる。
 ベッドのリネンは乱れ、衣服があちこちに散らばっていて酷い有様だ。
 そんなベッドに投げ出されると、すぐに背後からリヴァイが馬乗りになり、うつ伏せのまま、腕を押さえつけられてしまった。
 カチャカチャとベルトを外す音が聞こえ、薄々感じていた身の危険がにわかに実感を伴う。必死で身体を捩ろうとするが、びくともしないどころか、彼が外したであろうそのベルトを手首に巻き付けられ完全に拘束されてしまった。

「なあ、なまえよ。金を持ってるのはエルヴィンだけじゃねぇ。なのにエルヴィンにしかヤらせないのはおかしいだろう?」

 うつ伏せの狭い視界に入ったのは上から降る数枚の紙幣で、ひらひら舞い落ちるそれがスローモーションのように目に焼き付く。そうしている間に、夜着のスカートの裾をたくし上げられ、むき出しになった脚をゆっくりと撫で上げられた。背筋が凍りつくような感覚の中で、彼の昂ったモノが無遠慮に押し込められていき、息が止まりそうになる。 

「理由があるとしたら、それは……」

 質量を伴ったそれがゆっくりと引き抜かれ、彼の体の重みと共に、再び奥へと穿たれる。そうしながら彼が紡ごうとした言葉を察して、必死で首を振って否定した。先ほど彼が問うたことに対する、今出来る唯一の方法で。それは彼に対する否定なのか、それとも自分自身へ向けたものなのか。 
 リヴァイとはいずれ結ばれたとしてもおかしくなかった筈だ。二人の間に芽生えた思いを大切に育てて、時を重ねていけたとしたら――

 耳元で感じるリヴァイの吐息にくすぐられて、身体がびくりと跳ねた瞬間、突っ伏したリネンから仄かに香る、エルヴィンのコロンの匂いに気が付いた。

 ――そんな幸せな結末など、ありえなかったに違いない。
 望んでいない関係だったはずなのに、エルヴィンの匂いはまるで学習させられていたかのように身体に官能を呼び起こしていく。その事実が絶望にも似た感覚をよりいっそう高ぶらせていくようだった。

 拘束して無理矢理奪うなら、もっと罵って、汚い言葉を投げつけて、酷く扱ってくれたら楽なのに。
 背中に落とされる優しいキスの感触と、うわごとのように何度も名を呼ばれることが、心臓が抉られるように辛くて苦しい。それなのに身体は与えられる刺激に敏感に反応していった。
 
 リヴァイの腰の動きが早くなり、最奥に押し付けるようにして止まったと思うと、中でビクビクと彼のモノが精を放つ動きを感じた。繋がったまま身体を反転させられる。
 
「なまえ、俺はお前を、……愛してた。大事だと思ってた。でも今は……」

 僅かに身体を震わせながら、呟くリヴァイを見上げ、私は目を見開いた。 
 リヴァイの瞳から透明な雫が一粒落ちた。

「許せない。憎いんだ」

 ――殺してやりたいほど。

 私の首にゆっくりと彼の両手が伸ばされ、少しずつ力がこめられていく。苦しさから目を閉じると、口を塞いでいたクラヴァットが下にずらされ、リヴァイに唇を塞がれる。

「大丈夫だ。俺もどうせすぐに死ぬ」

 啄むような優しいキスの合間に、彼は吐息まじりに囁いた。
 全身が硬く引き攣り、朦朧とする意識の中で、なぜかふわふわとした幸福感を感じる。
 殺して……、と呟いたかもしれない。



 やっとこれで終わる、そう思ったのに。
 意識を手放しそうになる瞬間、急に首の締め付けが解かれ、ゴホゴホと咳き込んでしまう。そんな苦しさの中で首元に激痛が走った。朧げな意識の中で彼が噛み付いたのだと理解したとき、同時に私の中で再び彼のモノが熱を取り戻したことにも気が付いた。
 脚を抱え直され、深く抉るように突き上げられると、思わず呻きのような声をあげてしまった。

「……冗談だ。払った金の分だけ相手をしてもらう」
 
 そう吐き捨てるような冷たい台詞の割に、リヴァイの眉間には深く皺が寄り、少し悲しそうに見える。それでも先ほどとは違う乱暴で力任せな突き上げが、彼の感情を体現しているようだった。
  
 ふと、シャツがはだけたリヴァイの胸元の褐色の跡が目に入った。エルヴィンと同じ場所にある、兵士でいる限り、消えることはない跡。  

 私達はエルヴィンに利用される同じ手駒だ、そう思っていたが、リヴァイは調査兵団内で兵士長としての確固たる地位を持っている。常にエルヴィンの隣に立ち、同じ時を過ごして共に戦える。
 ――なにも持たない私とは違う。似ているようで、遠い遠い存在。

 好きだった。大事だったはずなのに。

 なにかが砕け散った感覚とともに、意識がだんだん遠ざかっていった。

(2014.1.25)

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