間の話:顔

 社交シーズンが終わると、壁外調査の機会が増えるらしい。兵士だった頃には解らなかったが、民主的な設立起源を持つといわれている調査兵団も、内地の王政と密接に関わっているようだった。政治的な思惑が絡んでいるのはもちろん、圧倒的な優位に立つ憲兵団との対立や、なにより資金繰り。エルヴィンはそれらのことを私に直接的に語ることはなかったが、内地に居て耳に入ってくる情報と、その前後で少し変化をみせるエルヴィンの態度で彼の苦労が少し解るような気がしていた。

 夜会の後の華やかな装いとは違い、壁外調査後の報告のついでにこちらに立ち寄るときは、彼は兵団のマントと隊服に身を包んでいる。貴族特有の退廃的な雰囲気を纏う姿とは全く異なり、壁の外へ自由を求めて戦う兵団を率い、人類の希望を背負って立つ、凛々しく勇ましい団長の姿で現れるのだ。
 前者のときは、ただただ憎くて堪らないのに、こんな姿で現れたら心が揺らぎそうになる。
 どちらが彼の本当の顔なのか。


「内地で人気の女優の君が、調査兵団のファンだと公言してくれたおかげで出資者が増えたよ」
「あなたの指示なので。兵団も人気商売なんですね」
 
 彼によって、彼の役に立つような居場所を与えられた私は、彼の指示によって動く。それがどんなに間違ったことだと、くだらないことだと思っても、彼の支配下にいるという事実だけが、唯一無二の安心材料だった。私が悪い訳ではないのだから、と思考を停止させて。
 当事者なのにどこか傍観者のような視点で。でも彼の側はどうなのだろう。


 壁外調査の直後だからなのか、僅かに疲労の色が見えるエルヴィンは、ソファの背凭れに身体を預けるように座っていた。額に手を当て、何かを考え込むような、いつになく真剣な表情で。彼を取り巻く空気がいつもより重く冷たく、ピリピリとした緊張感が漂う。

 壁外の前後は報告のために壁の外に近い調査兵団の本部と王都を行ったり来たりになる。精鋭揃いの調査兵団とはいえ、壁外に出れば死者を出すことは免れないし、補給ルートの確保が優先事項となるため、調査兵団の本来の目的である調査活動は後回しとなっているらしい。それでも着実に一歩ずつ前進していると信じている民衆もいれば、税金泥棒だとなじる連中もいる。
 関係各所への報告は生易しいものではないのだろう。冷静な指揮官も調子を狂わせてしまう程に。

「なまえ、こちらへ」
 
 ソファの上で片手を広げて、呼び寄せる仕草をするのに逆らうことなく、ソファの傍らまで静かに近寄る。こういう時の彼の行動は読めないのだ。逆らってより酷くされたこともあれば、驚くほど優しい時もある。
 腰と背中をかき抱くように彼の逞しい腕を回され、胸元に彼の顔がうずめられる。少しずつ着ているものをはがされながら、全身にキスを落とされ、ゆっくりと侵略されていく。
 体中を撫で回され、いいところを探り当てられるのに、彼の首にしがみつくようにして必死に耐える。 

「内地は本当に、嘘のような世界だな。いや、壁の外の方が嘘なのかもしれない。本当に、君をあんなところに出さなくて良かったと思うよ」

 彼がうなじの辺りを撫でながら、いつになく優しい言葉を呟くのに、やけにゾクゾクしてこちらの調子まで狂わされる気がする。良かった、今日は優しいほうだ。ふうっと小さく息を吐く。

「そんなに……、壁の外は怖いんですか?」
 
 兵士として恵まれた体格と才覚を持ち、何度も壁外から帰還し、団長という地位にまで上り詰めても、一度壁外に出たら生きて帰ってくる保証はない。エルヴィンは苦笑いするのを隠さず、おどけるように言った。

「怖いものなど、なさそうに見えるだろう」
「さあ、……知りたくもないけど」
 
 ぽつりと呟いたその瞬間、身体がソファに投げ出された。膝を大きく割られ、ぐぐ、と彼の張りつめた怒張が侵入してくる。快感を知ってしまった身体は、彼の滾ったモノを驚くほど簡単に飲み込んでしまう。ズチュ、ズチュ、という淫猥な音を響かせながら、それすらも快楽を呼び起こす呼び水のように脳内に響いていく。

「……はっ、今日は具合が良いな。やっと他の男と寝たのか?」
「……っ、そんなこと……してません!」
「なんだ違うのか。少しは男女の機微が分かるようになって、もう少し楽しませてくれてもいいのに」
「嫌……! あなたなんて、大嫌いっ……」
 
 せっかく優しい日なのに、逆撫でするようなことを言ってしまった。腰を掴まれ一気に奥まで責め立てられると、内蔵を揺さぶられるように激しく突き動かされる。苦痛でくぐもった声を上げ、顔を引き攣らせ、色気なんていっさい見えないような醜態を晒しているはずなのに。
 彼は嬉しそうに微笑んでいた。 
 
「本当に女優なのか? 少しは演じてみたらどうだ? 嘘でも愛してると言って誘ってみせろよ」

 思い切り首を振って、拒絶する。
 言われなくても、もう既に演技をしている。ありのままを全てさらけ出してしまったら、自分の手に残るものは何もなくなってしまいそうで怖かった。
  
「酷いな……、俺はこんなに、お前を愛しく思ってるのに」 

 嘘だとわかっている彼の言葉にも、心臓を抉られるような衝動を感じてしまう。
 これは愛じゃない、そう自分に言い聞かせて、彼の熱に溺れそうになるのに、必死でもがいて流されないようにしがみつく。ずっとこのままの関係でいさせて、憎むべき支配者のままでいて、と。

 そうやって揺さぶられながら、夜が明けるのをひたすらに待ち続ける。
 


 兵士長の彼を伴って内地に出向くことが多いのかもしれない。エルヴィンがやってきた夜の翌朝はリヴァイがやってくることが多い。
 彼は明らかに憔悴しきっていて、いつも以上に眉間に皺を寄せ、機嫌が悪そうだ。
 彼もまた、エルヴィンのために思考を停止させて動く駒なのだろうか? 同類なのかもしれないという哀れみと、彼はそんな愚かであるはずがないという願望が胸の中を渦巻いている。

 壁の外と、ここ内地は正反対の世界のはずだ。内地でのうのうと暮らす私は、彼の目にどう映っているのか。

「壁外の後は、なぜかお前に真っ先に会いたくなる」

 そう言う彼に、嬉しい気持ちと虚しい気持ちが交互に襲う。ここは綺麗な場所じゃない。私も狡くて汚ない。でも彼に嫌われたくない。
 結局気の利いたことは何も言えず、黙って寄り添うことしかできないのがもどかしい。エルヴィンのときには作ろうとすらしない笑顔を見せ、優しく振る舞う。


 私も二つの顔を持っているのかもしれない。


(2013.12.14)

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