04.淡い色彩

※リヴァイ視点

 王都には社交シーズンというものがあるらしい。王侯貴族や有力な実業家が集まり、社交行事として日夜舞踏会やパーティーが開かれる。
 以前居た地下街や、壁の外側に近い調査兵団の本部が置かれている場所のような、埃っぽくて色あせた世界とは真逆な、華やかで色鮮やかな世界が広がっている。
 調査兵団に入り、しばらくして兵士長という地位を与えられた俺は、社交にも慣れておいた方がいいと、エルヴィンに半ば強引に連れられ、こういう場に参加する機会が増えていった。
 今日は創立何十年だかという歴史と伝統を誇るらしい、王立劇場で観劇だ。エルヴィンに用意された桟敷席には、挨拶を求める貴族や商会の連中がひっきりなしに訪れる。シガンシナ陥落以降、調査兵団に資金が集中するようになったというが、それは団長が交代したのとほぼ同時期で、明らかにこの新しい団長の政治手腕や社交手腕が関わっていることのように思えた。前団長のキースがこんな風に振る舞っていたとは到底思えない。
 エルヴィンはそこにいるのが当然かのような、上品で堂々とした姿で、貴族や商会の有力者と会話を交わす。明らかに貴族のそれとは違う、軍人然とした屈強な体格と、金髪碧眼という容姿も相まって、並み居る優雅な紳士たちが霞んで見えるほどの強烈な印象を与えていた。
 女性が遠巻きにエルヴィンに視線を遣っているのも目にすることが多いが、浮いた話は一切聞かなかった。堅物とか言われているらしい。全然そんな風には見えないのだが、外ヅラはそういうことになっているのだろう。


 観劇が始まると、騒がしかった劇場内が急に静かになり、エルヴィンも隣に座り舞台を食い入るように見つめていた。
 これまでこういう娯楽に全く縁がなかった俺は、何がいいのかさっぱり解らない。序幕で楽団の調べに合わせて歌う女優の姿を見ても、美しいとは思うが、それだけだ。
 隣のエルヴィンは僅かに口角を上げ、満足そうに呟いた。

「ああ、いいね。歌も演技もだんだん良くなってる。こんな新人で役を貰えるのは異例だそうだよ」
「何がいいのかさっぱり解らない。だいたいこんな優雅なこと嗜んでいる場合か?」
「普段殺伐とした世界に身を置くからこそ、だ。それに目的を見失ってはいない。内地との関わりなしに壁の外へは行けないんだ」
「……面倒だな」

 そう言って、エルヴィンが気に入っているらしい女優に目をやると、どこかで見たことがあるような気がした。


 内地で用事があるときは、エルヴィンが王都に所有しているというタウンハウスに二人で滞在していた。彼は他にもいくつかの不動産を所有し、人に貸したりもしているらしい。資金繰りが厳しい調査兵団の団長とも思えぬ所有財産だが、王に与えられし先祖代々の土地建物はそう簡単には処分できないそうだ。
 巨人の領域に近い壁の住人達は食うにも困る生活をしている者が少なくないというのに、ここではそんなことはありえないと言わんばかりに物に溢れ、享楽に明け暮れている。初めから与えられた者には全てが与えられるのか。同じ巨人の脅威に晒される弱者だというのに、その弱者にも序列があり、決して平等ではないのだ。

 ――腐った世界だ。



 貴族の朝は遅いが、兵士の朝は早い。遅くまで貴族連中に付き合っていたエルヴィンはまだ起きてこないだろう。タウンハウスを抜け出し、まだ朝靄に包まれた街を歩く。
 エルヴィンの所有するタウンハウスからほど近い一角にある、瀟洒な館が目当ての場所だ。エントランスに咲き誇る蔓薔薇が見事な、こじんまりとした邸宅だった。
 そこで薔薇の手入れをしていた少女に出会ったのが三月ほど前だろうか。下働きの娘かと思ったら、次に見たときには庭に面したテラスで美しい服を纏い、優雅にお茶を飲んでいた。何度か通りかかるうちに一言二言交わすようになった娘だった。
 今朝も早くから庭木の手入れに勤しんでいるらしい。手に提げた籠に、摘み取った薔薇をいっぱいに詰めていた。

「おはようございます。今朝もお早いんですね」

 俺の姿を見つけると、少し微笑んで挨拶をしてくれる。化粧っ気のない顔はあどけなく見えるが、やはり昨夜見た女優と同じ姿だった。

「綺麗だな。摘み取ってしまうのがもったいないくらいだ」
「ええ」
「昨日、劇場でお前を見た。女優だったのか?」
「……ええ」
「俺には学がないからよく解らなかったが、綺麗だった」
「……あ、ありがとうございます。……あっ」

 少し青ざめた様子の彼女の視線の先に目をやると、シャツの左肩に血が滲んでいた。数日前の壁外調査で、誤ってブレードで酷く切ってしまったところで、なかなか傷が塞がらなかったところだった。

「大丈夫だ」
「あの、良かったら中で手当てしましょうか……?」

 普段殺伐な世界にいるからこそ、だ。
 エルヴィンが言った言葉が頭の中によぎった。
 色あせた世界でも、鮮やかすぎる世界でもない、このピンクと白のグラデーションが美しい薔薇の花のように、淡い色に包まれた彼女との空間を欲していたのかもしれない。

「……助かる」  

 気づいたらそう答えていた。


(2013.11.27)

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