02.奪い、奪われる/2

「……嫌です」
 
 彼の放った言葉の意味をようやく理解し、声が震えそうになるのを必死に抑えながら小さく否定する。
 慌ててベッドから立ち上がろうとして、床に足をつけた瞬間足首に痛みが走り、よろめいてしまったところをエルヴィン団長に受け止められた。捻挫でもしてしまっているのか、じんじんとした痛みが広がっていった。

「どうせあの看護兵にはろくな診察を受けてないだろう? 怪我の確認だけさせろ。必要なら医師に見せる」

 彼の言葉は予想外のものだった。驚いて見上げた彼の顔に先ほどの看護兵のようなやましさは一つも見当たらず、それ以上の否定はできなかった。負傷したばかりで体中に痛みがあり、ろくな抵抗ができないのは解っていたし、なんとなく、彼があの看護兵のような暴挙に出るとも思えず、もはやされるがままだった。
 彼にベッドに座らされ、一つ一つ丁寧にボタンを取られ、肌を露わにされる。
 素肌がひんやりとした外気に晒され、引き攣るような感じがする。なにより緊張と羞恥で心臓が破裂しそうで、慌てて胸元を手で覆った。
 
「しかし巨人にくれてやるには惜しい身体だ」

 彼はやはり表情を変えずに呟くように言うと、背中の方まで見渡してそっと背筋のあたりに触れる。ビクリと身体が震えるのを気付かれてしまっただろうか。

「打撲痕が痛々しいな。だが、じきに消えるだろう。まだ余計な痕もなく、綺麗なものだな」
「余計な痕?」
「ああ、ベルト痕だ。長年立体起動装置に酷使されていると、こうなる。もう消えることはないだろう」

 彼はループタイを解いて、ワイシャツのボタンを少し取り、胸元をはだけて見せた。筋肉で覆われた胸元に、薄い褐色の線が見える。
 彼のような屈強な体つきをした男性でも、それほどに立体起動にかかる負担は大きいのだ、と思い知らされる。適性、体格、筋肉、センス、全て持ち合わせているからこそ自在に操れる立体起動装置なのだ。そのいずれも持たない者が、根性や努力や気合だけで操れるものではないのかもしれない。

「足も見せろ」
「も……、いいですから。お忙しい団長のお手を煩わせるわけには……」
「ズボンも私に脱がされたいのか?」

 そう言われ、仕方なく布団で覆いながら隊服のズボンを脱いだ。下着は見えないように布団で隠しながら、彼に足を見せる。先ほど痛んだ足首がうっすら赤く腫れているようだった。

「ああ、腫れているな……、あの看護兵はろくに診察もせず、良からぬことばかり考えて……」

 そう溜息をつきながら、彼は手桶に水を汲み持ってきた。タオルを水に浸し、患部に当てる。ひんやりとした冷たさに息が詰まり、その反動で大きく息を吐いた。
 団長ともあろう人が、新兵の怪我の手当てまでしてくれるものなのだろうか? 冷たく、そっけなく、女性に対して少々無神経な人のようにも思えるが、その無骨さが評判通りの人物であるのだな、と思わせた。

「……ありがとうございます」

 素直に礼をいい、裸の上半身にブラウスを纏おうとして、その手を彼に制止された。

「こういう事は初めてじゃないんだろう?」
「こういう事とは?」
「解らないか?」

 彼は少し呆れたように、その青い瞳を向け、未だ露わになったままの太腿に手を置いた。その意図するところが解らず、きょとんとしていると、彼はその手をそのまま付け根の方に滑らせる。ビクリとし、思わず両手で彼の腕を必死で止めた。

「訓練兵団はまだそれほど腐っていないということか。それともたまたま理性のあるいい教官といい同期に恵まれていたということなのか。ああ、前団長のキースは規律に厳しい男だったからな」
「あ、あの……」
「あの看護兵があんな行動に出た理由が解る気がするよ。君は無防備で、隙だらけだ。わざと……な訳はないだろうな」
「……あ、……っ」

 未だ付け根のあたりを触る彼の手にぐっと力が込められ、思わず声を洩らしてしまう。彼のもう片方の手が上半身に伸びるのを察知して、逃れようとするが、ヘッドボードの接する壁際まで追いつめられた。胸を下からすくうように触れられる。

「本当に兵士かと疑うような体つきだな。筋肉がなくて、柔らかい。立体起動が下手なのも頷ける。君は兵士に向いていない」

 そんなことは自分が一番理解していることだった。しかし自分が身を置く調査兵団の団長たる彼にそう言われるということは、結構な衝撃だった。
 必死にしがみついていたこの場所にも自分の居場所はなくて、またどこかに追われるのか。その前に兵士として華々しく散る機会すら与えられないのだろうか。

「……次の壁外遠征で、巨人のエサになります。囮でもなんでも、引き受けます。それが私の利用価値だと心得ていますから」
「君の利用価値を決めるのは、団長であるこの私だ」

 彼の体重が覆い被さって、その体温に身体が支配される。耳元で囁く低い声に戦慄が走るようなゾクリとした感覚がした。

「君にはもっと相応しい場所がある」 


(2013.11.20)

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