01.奪い、奪われる/1

 目が覚めると、白い天井が見え、薬品の独特の匂いが鼻孔をくすぐった。
 身体には薄い布団が掛けられていた。おそらく兵団内の医務室のベッドの上なのだろう。身に纏っていた立体起動装置や固定ベルトは外されていた。
 起き上がろうとすると、身体のあちこちが軋むように痛み、思わずくぐもった声を上げてしまう。それでも生命を脅かす程の重傷ではないようだ。いくら立体起動が下手だからといって、あんな失敗をするのは珍しいことだった。余計なことを考えていたからだろう。自分の技量のなさと、悪運の強さにつくづく呆れる。

「お、目が覚めたか?」

 なまえの声に反応して近付いてきたのはおそらく看護兵であろう、中年の男性兵士だった。
 特に非常時ではない限り、医務室は看護兵が一人ずつ持ち回りで当番をしている。今日はこの男なのだろう。

「派手に落っこちたんだな。寝てる間に診た限り、骨折はなさそうだが。どっか痛いところはあるか?」
「全身が痛いですけど、大したことは……」

 その看護兵はなまえの手首を持ち、脈を計っているようだった。しかし手首を持つ手に徐々に力が入っていく。怪訝そうに様子を伺うと、その男と目が合った。男はじっと食い入るように見つめ、僅かに口角を上げた。

「どれ、診てみるか」

 男はなまえの着ているブラウスに手を掛け、脱がそうとする。いくら看護兵であろうと、男性に素肌を晒すことは躊躇われ、慌ててその男の手を制止する。
 
「もう大丈夫です。結構ですから」
「別に取って食いやしないって。これも職務なんだよ」
 
 そう言いながらも男は楽しそうに顔を歪めていた。頑に抵抗を続けるが、兵士でもある男の力には敵わなかった。
 ベッドに両肩を強引に押し付けられ、怪我の痛みもあり思わず呻き声をあげると、その男の瞳に灯る情欲の色がにわかに濃くなった気がした。
 性急にボタンを取られ、胸元が露わにされる。診察どころか、胸を鷲掴みにされ、乱暴に揉みしだかれる。

「……っ、嫌あ!」
「今の時間は全員訓練で出払ってる。誰も助けになんて来やしないよ」

 耳元で囁かれる声に悪寒が走り、吐き気がしそうなほどの嫌悪感で冷や汗が出た。男の手を懸命に振りほどこうとするが、身体の痛みで思うように力が入らない。

「やめてください……! 誰か!」
「無駄だって言ってるだろ」

 男は馬乗りになり、とうとうズボンに男の手が掛かった。男のごつごつした手が布越しに秘所に触れ、その摩擦で僅かな痛みが走る。

 ああ、私はここでも奪われる側だったのか。
 絶望が頭を支配しながらも、未知への恐怖が凌駕し、抵抗の叫び声を止めることはできなかった。
 
「何をしている」
 
 突然、扉が開かれ、涼やかな低い声が室内へ響き渡った。
 その声には聞き覚えがあった。
 扉の方を見ると、鮮やかな金髪にブルーの瞳をした、精悍な兵士が立っていた。今年団長に就任したばかりだという、エルヴィン団長の姿だった。  

「廊下まで響き渡っていたぞ」
「団長……、これは……」
 
 馬乗りになっていた男は、男よりも年下であろう団長に情けない声を出し、居竦んでいた。

「負傷してる女性兵に乱暴を働くなど、兵士としてあるまじき事だ。部屋で謹慎を命じる」
「……は、はい」
「次の壁外調査では、最も巨人の脅威に晒される最前線に配置してやろう。覚悟しておけ」
 
 涼しい顔で、恐ろしいことを口にしている。男に対する声は極めて冷たく、聞いているこちらまでぞっとしてしまうくらいだった。
 エルヴィン団長の姿は遠目にしか見たことがなかったが、堅物とも言われ、質実剛健とか、清廉潔白とかそんな言葉が似合いそうな、とにかく清く正しい人物であるという印象だった。きっとこういうことは許せないのだろう。
 男に言い放つその冷淡さは意外だなという風にも思えたが、とにかく自分が助かったことに胸を撫で下ろし、そのやりとりを横目で見ながら、乱れた衣服を整えた。

 衛生兵の男がすごすごと医務室を出て行った後、その姿を見送っていた団長の背中に声をかける。

「団長、ありがとうございました。助かりました」
 
 彼は振り返ると表情を変えず、冷たく言い放った。

「先ほどの訓練を団長室の窓から眺めていたんだが……、酷いな。あれじゃ遅かれ早かれ、巨人のエサだ」
 
 品の良さそうな彼がこんな風に人を悪し様に言う事があるのだろうかと少々驚く。しかし自覚していることでも人に指摘されると腹が立つものだ。

「エサだって、必要なこともあるでしょう」

 団長に対してあるまじき態度を取っていると思いながら、彼を下から睨み付けるように言ってしまった。
 すぐ目を逸らし、ベッドから起き上がろうとした、その時だった。彼がベッド脇にゆっくりと近付いてきた。

「服を脱げ」

 酷く冷たい瞳で見下ろしながら、彼が言い放った言葉の意味を理解出来ずに、しばらく彼の瞳に見入ってしまった。綺麗な空の色をしていたブルーが灰色に近い色に鈍く光って見えた。


(2013.11.19)

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