執務室にあるデスクの入り口に近い一番端の席。
いつもそこにいるなまえの姿がない。同じ区内の兵団の支部に書類を提出に行くと言って、今朝方出て行ったからだ。戻るのは昼くらいと言っていたから、昼食は一緒はとれるかもしれない。
からっぽの執務室で一人でいるのは久しぶりだから、なんとなく心許ない感じがした。
いや、そうじゃない。きっと彼女がいないから。

部屋にノックが響く。
入室を促すと、エルヴィンのよく知る大男がずいっと入ってきた。
「やあ、ミケ」
手には大量の書類を抱えていた。それをなまえの机に積むと、ミケは大きく息を吐いた。いつもの無表情ではあるが、なんとなく不機嫌そうだ。
「分隊長が直々にお遣いとはご苦労様です」
エルヴィンは仕事をしていた手を止め、わざとらしくそう言うと、胸元のポケットからタバコを取り出した。立ち上がって応接用の長椅子に移動し、深く腰掛け、タバコに火をつける。
その様子を見て、ミケもエルヴィンの向かいに腰掛けた。エルヴィンがタバコを差し出すと、ミケも一本取り、口に咥えた。
「補佐をお前が取っちまったからだろうが」
タバコに火をつけながら、憎々しげにミケは言った。目の下にうっすらとクマができている。ミケ付きの代わりの補佐はまだ手配できないでいた。
「あぁ、そうだったね。そういえば」
「白々しい。今日はなまえは?」
「外に出てるよ。昼には戻ってくる。偶然にしろ良い補佐を貰って、運がよかった」
「こっちは最悪だ」
「……なまえもそう思ってるかも知れないね」
そう言って瞳を少し伏せたエルヴィンの様子を見て、ミケが僅かに口角を上げた。
「なまえは可愛いだろ」
「……そうだな。顔もいいし、優秀だ。忠誠心も申し分ない。ミケの教育が良かったんだな」
「そうか? 俺にはお前への忠誠心しか見えないけどな」
「またまた」
「……いや、少し違うかもしれないな。お前を妙に意識してるのは解るんだが」
考え込むようにミケが顎に手を当てながら呟いた。
「へぇ、そうかな」
腑に落ちないといった表情で、エルヴィンが紫煙を吐いた。
多分、互いが互いを食えない奴だと思っている。これは腹の探り合いで、ボロを出した方が敗けてしまう。もっとも、敗けて困るのはエルヴィン一人だったが。
「なまえは前はああじゃなかったんだけどな。もっと分かりやすい、素直な奴だったんだが」
「なんだその昔の男みたいな余裕」
「それは否定しておいてやるよ」
今度ははっきりとミケがにやりと笑った。意地悪い表情。なんだよ、お見通しってわけか、とエルヴィンはため息をついた。
「優しいねぇ、ミケは」
「それほどでも」
「勿体つけてないで、言いたいこと言えよ」
敗けたのはエルヴィンだ。いや、もしかしたら最初から敗けていたのかもしれない。匂いで何でも感じ取ってしまうミケには隠し事など到底できないのだから。
「俺の補佐を早く見つけてくれ。なまえを返してくれても構わないが」
ミケの目的がはっきりとして、エルヴィンは却ってほっとした。
「早急に手配しよう。悪いがなまえは返せない」
「助かる。しっかし、随分惚れてるんだな」
「……そんな風に見えるか?」
エルヴィンはタバコを灰皿に押し付けた。すぐさま新しいタバコを取り出す。彼が少し苛立っていることをミケはすぐに察知した。
「正直、なまえが誰かとまた付き合うなんて、そっちのほうが驚いた」
「何だ? 今度は本当に昔の男の話か?」
惚れた腫れたが多い業界だ。なまえの昔の男が一人二人出てきても特に驚かないだろう。きっとイラつきはするけれど。
「お前がまだ団長になる前の話だ」
そうしてミケが語った内容も、まぁ調査兵団ではよくある話でなにも揺さぶられはしなかった。ミケも驚くほど淡々と話している。そもそもそんな話、もう今はなまえの中でとっくに消化されているかもしれないのに。
いや、それは違う。なまえとそういう関係になって感じた違和感に合点がいった。どんなに捕まえていても、すり抜けてしまいそうな頼りなさも、いくら好きだと気持ちを伝えても、はぐらかされてしまうことも。
「……そういうことか」



タバコの火を消した。もう何本目だろう、灰皿がタバコでいっぱいだ。
リヴァイはタバコを忌み嫌っているから、この部屋の惨状を見られたらきっと酷く非難されてしまうだろう。
せめて空気を入れ替えなければ。エルヴィンは窓を開けようと立ち上がった。
街道沿いを歩くなまえの姿が見える。予定より早く終わったのかと思い時計を見れば、もう正午近かった。
いつも通り、笑顔で迎えなければ。わざわざ入り口で出迎えたら、なまえは驚くだろうか。
キリキリと軋みそうな胸をごまかしながら、エルヴィンはなまえを見つめていた。


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(2015.10.14)
エルヴィン団長お誕生日おめでとうございます。
こんな回でお誕生日を迎えてしまう私の計画性のなさ´д` ;

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