結局そのレストランには、閉店間際までいることになった。
フルコースをゆっくりと食べながら、団長はお酒もかなり飲んだようだった。酒に強いらしく見た目や態度から酔っている様子は伺えない。
「悪かったな。騙して連れてきてしまって」
「いえ。美味しかったです。ごちそうさまでした」
「家まで送るよ。女性をこんな時間まで引き止めてしまって、何かあったら困る」
そう言って、エルヴィン団長は勝手にずいずいと歩いていく。
「団長! 私の家、こっちです!」
なまえは団長のシャツの背中をちょっとだけ引っ張って呼び止めた。彼は振り返った。上から大きな影が覆い被さる。
「んっ」
なまえは目を見開いた。目の前に団長の顔がある。柔らかい感触が唇に触れていた。
「なっ、なに、を……!」
「キス。したかったから」
再び彼の顔が近づいてくる。お酒臭い。ひょっとしたら彼は酔っ払っているのかもしれない。
「君は、本当に。……かわいいな」
今度はキスされる代わりに抱き締められた。
また心臓が大きく跳ねる。でも暖かいものに包まれている感覚が心地良かった。
「二人きりになれる場所へ行こう」
耳元で囁かれる。甘すぎる誘惑だった。きっと自分も酔っ払っているのかもしれない、と頭の片隅で思う。なまえは拒まなかった。

着いた先はエルヴィン団長の家だった。
なだれ込むようにして二人が部屋へ入ると、またすぐにエルヴィン団長がキスをしてくる。今度はさっきよりも深く。
リップノイズを立てて二人の唇が離れた。彼と目が合う。何か言いたげだけど、読めない目。
「すまない」
いつも謝ってばかりだ。この人は。本気なのか建前なのかはともかくとして。
密着していた彼の身体が離れていく。
代わりに、大きな手がなまえの手を握った。そっと手を引っ張られて、部屋の中へ連れられる。
シンプル、というのが彼が住むその部屋の率直な印象だった。
なにもない。
入り口から見えるのは大きなベッド、サイドテーブル。1人掛けのソファ。兵舎内にも彼の寝泊まりできる部屋があるはずだから、当然といえば当然なのかもしれないけれど。
「本当はこんなことするつもりじゃなかったんだが」
彼は少し困った顔をして、苦笑した。どういう反応をすればいいのかわからず、なまえは押し黙った。
「もう、止められそうにないよ」
「……え」
抗議も抵抗もするつもりもなかったが、多分できなかっただろう。
大きな身体が覆い被さって、ベッドに押し倒される。
なまえが履いていたスカートに手を入れて、下着だけを取り去った。
愛撫は最低限。きっと繋がれればそれでよかった。固くて太い指が無骨に秘所を行き来する。ぐりっと中にねじ込まれる。舌で舐められる。唾液なのか愛液なのか、わからないけれど、十分に濡れたそこに、団長のものが押し当てられる。
ぞくりとした。少し高い位置で、エルヴィン団長は静かに見つめている。
彼がどんな風にするのか、興味があった。
好きだ、と確信しているわけでもない男の人とのこういう行為を受け入れるのは、たった一つ、それだけの理由だ。
多分、彼のことがもっと知りたい。
眉間に皺を寄せている。あんまり余裕のない表情だ。
ダメだ。溺れる。



それからは何かしら理由をつけて外で会うようになった。
大抵は、ご飯のお誘い。食べるのが好きというだけあって、連れて行かれるお店はどこも美味しかった。それから仕事の一環だろうけど、本当に商談の付き添いだったり、貴族のパーティーの付き添いだったりもした。
そして、外で会うたびに身体を重ねるようになった。
それは、なまえにも全くの予想外だった。

彼は、事後タバコを燻らせる。
言葉数は多い方ではなかったが、一緒に過ごす時間が増えるたびに彼について知ることが少しずつ増えていった。
好きなお酒の銘柄。
苦手な食べ物。
若い頃にしたというやんちゃ話。

今までどこか遠い存在の、「団長」だった彼が、一人の人間として形作られていく。近くなっていく。大きくなっていく。
それがなまえにはとても怖かった。
戻れなくなる前にやめなければ。断たなければ。
しかしそう思えば思うほど抗えなくなって、どうしようもなくなっていった。

エルヴィン・スミスという人を好きになってしまった。


(2015.10.13)
prev / next

[ main | top ]