09

 人としての生を終える時、人を殺しすぎた俺に、神が罰を与えると言った。





 リヴァイが駆けつけた時、なまえは巨人の口に入る寸前だった。胴体は既に握り潰されて、巨人の指の間から血が滴り落ちている。その姿を目にした瞬間、リヴァイはその巨人に切り掛かった。解放されたなまえを抱きかかえて、すぐに安否を確かめた。
 血塗れのなまえは苦しそうな息遣いをしながら安らかに微笑んでいた。
 ……幸せだった、とそう言って、静かに事切れた。

 世界が歪む。
 どんなに強いと言われても、好きな女ひとり守ることも出来ない。
 近付く巨人の足音に、リヴァイはもう刃を向ける気力もなく、ただ喰い殺されるのを待つだけだった。こんな残酷な世界はもう懲り懲りだ、と。
 身体を引き千切られ、命を奪われる苦痛の後で、眩しい光に包まれるのを感じた。これが死ぬということなのか、とリヴァイは朧げに感じた。

 異形の者として新たな生を与えられたと解ったのは、随分時間が経ってからだった。辺りは静寂に包まれ、傍らにはなまえの亡骸が、最後に見たときの姿のまま残っていた。
 あの光の中でのやり取りも、もうあまり覚えていない。それからもリヴァイは罰を与えたという神を嘲笑うように、今まで手にかけた何倍もの巨人を、人をがむしゃらに殺した。エルヴィンの、調査兵団の掲げる正義という名の大義名分なのか、血を求める吸血鬼としての本能がそうさせるのかは解らなかったが、そうして盲目のまま刃を振るっているうちに、まともな一人の人間として何かを成し遂げることが出来たような気もした。
 リヴァイの正体に気付いたエルヴィンを引きずり込んでしまったのは想定外だったが、お互いの血で渇きを補いながら、罰なんて大したことないじゃないかとすら思っていた。

 しかしエルヴィンと一緒に粗方の目的を果たした後、神の言う罰の意味をリヴァイはようやく理解した。
 なまえのいない世界で、永遠を生きることの孤独。それは癒えることのない血の渇きよりも、辛いことだった。


 長い間生きているうちに、なまえを再び見つけることがあった。初めはリヴァイは遠くから見守るだけだった。なまえは金髪碧眼の男に恋をして、家庭を持ち、穏やかに年を取って死んでいった。
 またなまえに出会った。今度はほんの幼い少女の頃にリヴァイから近付いていった。何故か嫌われ、そしてなまえはまた、金髪碧眼の男に恋をした。
 その時、リヴァイは今まで見ないフリをしていた事実に気が付いた。
 なまえが最後に残した言葉。
――エルヴィン団長のために死ねて、幸せだった。
 リヴァイの知るなまえは確かに、エルヴィンに心酔し、忠誠を誓う兵士だった。彼に特別な感情があるなどとは微塵にも出さなかったが、心に秘めた想いがあったのだということは容易に想像がつく。 
 そして、なまえは何度生まれ変わってもエルヴィンの影を追い求める。

 それからもどんなにリヴァイが想っても、なまえへ届くことはなかった。
 少々捩じ曲がったことになろうと、なまえを手中にすることだけを目的に長い時を生きてきた。





 夫婦になったなまえとリヴァイは夜、同じベッドで眠った。当然かもしれないがなまえは結婚してからも、あまり打ち解けた表情を見せることはなかった。長い睫毛を伏せた、物憂げな横顔を、リヴァイは切ない気持ちで見詰めた。

 枕に体重を預けて寛ぐなまえに、静かにリヴァイは覆い被さった。
 あれから抵抗されることはなかった。なまえは驚くほど従順にリヴァイに身を任せた。吸血鬼の眷属は、その親である主の命令に従うように出来ているというが、エルヴィンがそう躾けたのかもしれない。彼もまた主に誠実な執事の顔で、妻の務めだとなまえに言い含めて。

 かたく結ばれたなまえの唇にそっと口づけを落とす。それだけでリヴァイは幸福だった。あの時だんだんと冷えていったなまえの身体を思って、このなまえはもう死ぬことも、自分のもとから離れることもないのだと安堵した。
 唇を深く重ねていって、舌を差し入れながら密着させた衣越しに、どんどんなまえの鼓動が早まるのが解って、彼女が生きていることを実感した。
 それだけで良かった。
 露わにしたなまえの肌にいくつも散らばる鬱血痕にも、握り締めたなまえの手の、その手首に残る擦り切れた赤い傷跡にも目を瞑って。そんなことはどうだって良かった。

「っ……、あ……ッ」

 左手で胸を弄びながら、右手で頭を上に向かせて首筋に齧り付いた。このときばかりはなまえも少し身体を捩って抵抗する。それを押さえ付けて、牙を柔らかい皮膚に突き立てると、なまえは身体を強張らせてびくつかせ、血を啜り始めると諦めたように脱力する。リヴァイにとってこのときの感触は空腹とともに征服欲をも満たすものだった。

「は、あ……、なまえの血は美味いな」

 ぐったりと身体を投げ出すなまえの惚けた表情が、リヴァイをより興奮させた。とろんとした瞳は頼りなげで、息が上がって頬が紅潮し、なまえも興奮しているように見える。

「誘ってるのか? 血を吸われるのは気持ちがいいのか?」

 返答はなかったが、なまえの身体は驚くほど素直だった。熱を持ち始めたなまえに、壊れ物を扱うように優しく触れていった。脚を大きく広げて、その中心を指先でなぞれば、すでにしっとりと濡れている。そこを割り広げるように指を一本二本とねじ込んで内壁を擦るように動かしてやれば、びくりとなまえの身体が跳ねた。
 とろとろに蕩かしてから、なまえの中に自身を埋め込んでいく。柔らかいところにゆっくり侵入していくのは、吸血の感覚とよく似ていた。なまえの血を吸えば、セックスがしたくてたまらなくなるのも仕方のないことだと思った。食欲も性欲も同じ欲で、近い所で繋がっているのだから。


「なぁ、なまえよ。吸血鬼同士で子供は出来ると思うか?」

 なまえは目を瞑って、リヴァイが動く度、喘ぎを洩らしている。快感にうち震えているなまえは、その言葉がどういう意味を持つのかを瞬時に察していやいやと首を横に振った。それなのに精子が欲しいと啼いているようになまえの中がビクビクと蠢く。

「中に出すぞ」

 そう囁けば、瞳を潤ませたなまえは眉間を寄せ、抗議とも反抗ともとれるような目付きをした。従順などとは程遠いその表情を見る度、この想いが報われることは恐らくないであろうと絶望が胸を掠める。それでもなまえを一番近くに感じて、欲望を中にぶちまけることは、リヴァイにとって例えようのない幸福だった。

「お前は俺の妻だ。解ってるよな」

 血で支配して、組み敷いて身体でも支配して、鳥籠の鳥のように閉じ込めて、思う存分愛でて、それでも尚湧き上がる不安を覆い隠すように、リヴァイは幾度もなまえの中に注いだ。


(2014.11.11)
prev / next

[ main | top ]