06
少し気を緩めれば、すぐにでも意識を失ってしまいそうな気がした。なまえがどんなに抵抗しようとしても身体に力が入らない。持ち上げられない腕がぶらりと垂れ下がったままのなまえの身体はリヴァイに抱きしめられることによって支えられていた。
「……いっ、ん……」
首筋に突き立てられた鋭いものが皮膚を貫いた。それだけでも喘いでしまいそうなほどの痛みがなまえを襲う。それがゆっくりと押し込まれていき、次第に音を立てて血を啜られているのだいうことが解った。肌が粟立ち、脱力していく身体とは真逆に、身体の中心がざわめくように静かに興奮が湧き上がってくる。
この人はとてつもなく恐ろしい、少なくとも人ではない、なにかだ。
こういう人に追いかけられて、逃れようとしたことが前にもあったような気がする。どうにかしてここから逃れなければ、という焦燥は、もう既に諦めが勝ってしまった。
「はぁ……」
少し唇を離したリヴァイの吐息がなまえの首筋にかかった。クラクラするのは血を失ったせいもあるのだろう。リヴァイが舌で首筋の傷跡を舐めるとなまえの身体がビクリと揺れた。
「美味しいのでしょうね。無垢な処女の血は」
「馬鹿野郎。なまえの血だからに決まってるだろう」
身体を開放されると、なまえはそのまま床に崩れ落ちるように倒れ込んだ。それをエルヴィンが抱き起こし、膝に乗せて身体を支える。そんななまえの前にリヴァイは向き合うように座った。口の端に残った血を指で拭って、それをうっとりと眺めながら舌を這わせる。
「それに……、どうせとっくにお前が奪ったんだろう?」
「ふっ、そんな筈ないでしょう。極上の献上品をお持ちして差し上げたのに」
エルヴィンは後ろから支えたなまえの顎を取り、値踏みをさせるように首筋をリヴァイに向けた。そこに残る二つの跡から、また新たな血が滴る。それを指に取り、エルヴィンもまた口に含んだ。それでもなお細く伝う血が、真っ白なドレスの胸元を紅く染めた。
「献上品、か。年月は人を変えるな。あれ程までに愛していた女なのに」
「最早人ではないでしょう。もうなまえ……様を失うのは御免ですから」
「そうだったな」
リヴァイのなまえを見詰める瞳は確かに情愛に満ちたものだった。それなのになまえには恐ろしいとしか感じられなかった。
「何度生まれ変わってもなまえはエルヴィンを愛する。認めたくなくても、それが運命なんだろう」
「……え?」
なまえは朦朧とする頭で必死に考える。エルヴィンも、リヴァイというこのスミス家の当主だという男も、どこかでなまえに会ったかのような口振りだ。しかしなまえには全く心当たりがなかった。
「……知らない。私はあなたに会ったことなんて」
「ゆっくり思い出せばいい。そうしたら、俺たちの想いの深さが解るだろう……それより」
エルヴィンにもたれ掛かったままのなまえの血が染み込む胸元を、リヴァイは掴んで引き裂いた。露わになった白い肌に、伝う血のコントラストが鮮やかに映った。
「……や、なに、を……」
「夫婦になったんだからな。当然だろう。それに長年の渇きが癒えて……興奮してる」
見下ろすリヴァイの瞳は確かに潤んで、熱を灯しているように見える。その姿が酷く色っぽく、先ほどの興奮が無意識の内になまえの中で昂っていく。リヴァイにかぶりつくように唇を奪われると、入り込む舌が口内を舐め回す。口に広がる血の味は、何故だか知っているような気がした。
「や、……やめて」
リヴァイの唇が離れ、首筋を辿って、先ほどはだけさせた胸元へと移動した。ぺろりと舐められれば、びくんと身体が跳ね、なまえはその恥ずかしさにリヴァイの身体を押し返そうと抵抗した。しかし、背後からエルヴィンの腕が伸び、なまえの両腕を掴んでそれを阻んだ。
「エルヴィンさん……? や……」
抵抗できないまま、なまえはリヴァイにされるがままだった。胸を掬われ、舐め回されては、一方では先端を指で摘まれ、弾かれる。その刺激になまえの身体はだんだんと熱を帯びてくる。逃れられない感覚が顔にも声にも現れそうになるのを必死にこらえていると、背後のエルヴィンが窺うように覗き込んできた。
「や、見ないで……」
「いいえ。それはできません。私もこの日を指折り数えて待っていたんですから」
エルヴィンはいつものように優しく微笑む。その顔を逆さまに見て、悲しみがなまえの胸いっぱいに広がる。
エルヴィンを好きになってしまった。
それなのに他の男と結婚しなければならないことだって、心が痛むことだった。その上エルヴィンの目の前で他の男に犯されることを、彼がまるで娯楽を楽しむような口振りで喜んで見ていることに、なまえは心が千切れてしまいそうだった。
「ど、して? ……どうして……?」
彼女の質問に誰も答えることはなかった。リヴァイが白いドレスの裾をたくし上げ、なまえの脚が露わになる。ひくひくと疼く中心部にリヴァイは手を伸ばすと、柔らかな肉を押し広げるのに十分な湿りをすぐに感じ、口角を上げた。
「随分感度がいいな。やっぱりなまえに手を出していただろう」
「ふふ、戯れ程度に少し触れる程度でしたけど。なまえ様の素質がいいんじゃないですか」
「……チッ、まあいい」
悪態を吐きながらリヴァイがなまえの両脚を掴んでぐっと広げる。首を振って必死に抵抗するなまえの耳元に優しく諭すように語りかけた。
「なまえ、エルヴィンを愛していてもいい。お前は自分の気持ちに正直なままでいいんだ。でもお前の身体は俺のものだ。わかったな」
優しい口調とは裏腹に、その行為はなまえにとっては凶暴なものだった。
碌に慣らしもせずに、大きく堅いものが添えられ、ゆっくりと突き立てられていく。なまえはその痛みに顔を歪め、涙が瞳に滲んだ。思わず口を出たのは、愛しい人の名だった。
「エルヴィンさ……、も、やあ……」
「大丈夫ですから。力を抜いていて」
「……っは、頭では割り切ったつもりでいても、……妬けるな」
「……いっ、ああッ……」
リヴァイは少々苛立った様子で、一気に腰を進めると、その衝動になまえは喘ぎを洩らした。中いっぱいに埋め込まれたその存在感に、びくびくと締め付ける感触を自覚して羞恥と絶望で胸が支配される。
なまえの涙が眦から零れて頬を伝うと、エルヴィンの顔が近付きその涙をぺろりと舐めた。
「ああ、これを待っていた。私にとっては極上のひと雫です」
次から次へと溢れる涙を、エルヴィンはなまえの頬に歯を立てながら、舐め取っていく。彼もまた人ではなかった。人の体液を糧とし、それを渇望する――
「んう……、痛、エルヴィンさ……」
「すぐ良くしてやる」
埋め込まれたものがずるりと抜かれると、その喪失感に背筋が痺れそうになる。なまえが声を上げると満足げにリヴァイが再び穿った。切ない感覚はだんだんと膨らんで、上り詰めたら一気に頭が真っ白になりそうだった。その直前、リヴァイに再び首筋を噛まれた。
「……ッ、あ」
今までに感じたことのない、身体がふわっと宙に浮いて突き放されるような衝動。それは確かに快楽に上り詰めたそれなのに、同時に深い深い闇に堕ちていく感覚がした。
(2014.11.2)
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