04

 なまえとエルヴィンの乗る馬車がスミス家の本邸に到着したのは、もう日が落ちる頃だった。その屋敷は、視界に一度で収まらないくらい大きく立派なものであるということは認識できたが、黄昏時の薄闇に包まれているせいもあるからなのか、なんだかその場所だけ時が静止してしまっているような雰囲気だった。多くの使用人が出迎えのために並んでいる。早くそこに向かわなければと思うのに、行ってはいけないような禍々しい不安を感じる。

「なまえお嬢様、さあ」

 エルヴィンが手を差し伸べてくれた。なまえはその手を取り、馬車を下りて屋敷へと向かう。使用人たちは皆顔を伏せ、表情が窺えない。もっと言えば、人間らしい息遣いすら感じられないような気がした。
 玄関ホールを抜け、控えの間へと通される。少々不気味な外観と相反して、中は驚くほど清潔だった。クラシックな家具や調度品は時代を感じさせるのに、塵一つなく、古びた感じが一切ない。

「只今から婚礼の準備を致します」
「え……、今から?」

 婚礼はてっきり明日以降だと思い込んでいたなまえは思わず驚きの声を上げた。移動の疲れもあったし、今から準備をしたら結婚式は夜中になるだろう。そんな時間に結婚式をするのは聞いたことがなかった。それに列席者はいないのだろうか?

「スミス家の結婚式は、古くからの伝統で真夜中に行われるのです」
「……そう」
「さあ、湯浴みしてお疲れを取っていただいた後、お召し替えをしましょう。この日のために王都で誂えた、ウエディングドレスに」

 エルヴィンが持ってきた荷物の中から純白のドレスを取り出した。精緻なレースがふんだんに使われ、年頃の娘なら誰しもが目を輝かせるようなドレスだ。しかしそれは今のなまえにはとても憂鬱な気分を引き起こす原因物質のように思えた。

「これもエルヴィンさんが着せてくれるの?」
「ええ、もちろん」

 他の人のところにお嫁に行くというのに、エルヴィンが衣装を整え、送り出してくれるのはなまえには耐えられそうになかった。

「他の人じゃだめなの? 使用人はいっぱいいたじゃない」
「当家の使用人は私以外は全て屋敷を清潔に整えるためだけに雇われております。主人は気難しく、家人と私以外の使用人の接触は一切許しておりません」
「……そんな」

 へたりと床に座り込んだなまえに、エルヴィンは駆け寄った。

「大丈夫ですか?」

 なまえが見上げると、やはり表も裏もない、読めない顔のエルヴィンがいた。なぜ心を揺さぶられるのが自分だけなのか、となまえは少々腹立たしく思った。

「今日はお風呂も手伝ってくれる?」
「……え」
「連れていって」

 ほんの少しだけ驚いた表情をしたエルヴィンだったが、すぐになまえを抱え上げ、浴室まで運んでくれた。

「本当にいいのですか? あれ程嫌がっていたのに」
「いいの。あなたと旦那様になる人以外に肌は晒せないんでしょう? 早く、脱がせて」
「承知しました」

 エルヴィンが着せてくれたドレスを、またエルヴィンがゆっくりと脱がせていった。下着を取って肌が露わになると、強がっていたなまえも羞恥を隠せない様子だったが、エルヴィンの表情は変わることはなかった。

「……洗ってくれる?」
「はい」

 ジャケットを脱いでカッターシャツの袖を捲ったエルヴィンが、素手で石鹸を泡立て、なまえの肌に滑らせていった。身体の隅から隅まで、丁寧に彼の指がなぞっていく。くすぐったい感覚に反応し、バスタブに湯を張った浴室の暖かさのせいもあり、なまえの肌がピンク色に染まっていった。

「も、いい……」
「なまえお嬢様が洗って欲しいと望んだんでしょう? 隅々まで綺麗にしなくては」

 エルヴィンは平然としてなまえの敏感な部分にも容赦なく触れていった。淡く色づく胸の膨らみの頂を摘んでは、脚を割り広げてその中心を指で上下させるように滑らせる。石鹸でぬるつく指は決定的な刺激を与えてくれずに、エルヴィンの胸の中でなまえはもがいた。必死に抵抗をしようとしても、男性の力には敵わずに、結局されるがままになってしまった。その儚い抵抗を、エルヴィンは楽しんでいるかのように薄く笑いながら見詰めていた。

「このまま食べてしまいたいくらいですね。本当に、我が主人が羨ましいことです」

 さあ、そろそろ時間です。
 なまえを湯船にそっと下ろすと、エルヴィンは浴室を後にした。

 一人残されたなまえは、身体に熱を燻らせたまま、湯船に顔をつけて泣いた。概ね目的を果たしたことに満足と傷心を同時に感じながら。
 
「エルヴィンさん、好き……」

 決して抱いてはいけない感情だったが、今日限り本当に口に出来なくなってしまう。例え小さくでも、誰に聞かれることがなくても、なまえは呟かずにはいられなかった。


(2014.10.30)
prev / next

[ main | top ]