05

 今日は月に一度のテスト。入試組にとっては初、中等部からの進学組も高等部になってからは初めてのテスト。
この試験で昇格もあれば降格もある。そんな大事なテストだからかみんないつもよりピリピリしていて、わたしもテストに集中しなきゃなのにどうしても彼の姿が見えなくて気が散ってしまう。遊城くんが来ていないのだ。
いつも一緒にいる丸藤くんはテスト開始ギリギリに来たけれど、隣にいるはずの遊城くんの座席には誰もいない。大丈夫かな、何かあったのかな。寝坊したのかな。寝坊なら、……よくない。追試や再試をしてくれるのかは分からないけれど、とにかく落ち着かない。

 「許さーん、絶対に許さんぞ!」
試験時間終了十数分前。そんなギリギリの時間だったけれど遊城くんはなんとか間に合ったようだ。ここから問題を解くって考えるとちょっと厳しくはあるけど……。
「勉強のしすぎで居眠りなんかしてちゃ意味ねーぞ、こら!」
「ア、アニキ……」
「うるさいぞオシリス・レッド。静かにしろ!テストを受ける気がないなら出ていけ!」
「冗談じゃねーよ、せっかく来たんだぜ。帰ってたまるか!」
「遊城十代くーん、早く問題用紙を取りに来るにゃー!もう時間が無いにゃー」
はーい、という元気のいい返事につい今がテスト中だということを忘れてしまう。この張り詰めた空気の中でもいつもの調子を崩さない遊城くんはすごいなぁ……って私もぼーっとしてる暇はないんだった!

 「これで筆記テストは終了!なお実技テストは午後二時から体育館で行いまーす」
大徳寺先生のアナウンスと共に皆が一斉に廊下へと駆け出して行った。バーゲンセールしてる時のおばさま方に負けないくらいの気迫だ。教室に残っている生徒はわたしを含めて両手で数えられるくらいしかいなかった。こんな騒がしかったのに前にいるあの二人は机に伏せたままだ。三沢くんと目が合い、なんとなく言いたいことが分かった。
「遊城くん、丸藤くん、起きて!」
「試験はもうとっくに終わったぞ!」
がばっと丸藤くんが起き上がると、辺りを見回して全てを悟ったようだ。
丸藤くんの目の下にはうっすらと隈ができていた。きっと徹夜で勉強したんだろうなぁ……。でも試験中に寝ちゃったら本末転倒だ。一方遊城くんは全く気にすることなく次の実技テストへとやる気を燃やしている。切り替えが大事だとは思うけれど、ここまでスパッと切り替えられるとは。
「あれ、皆は?」
「もう昼飯か?」
「購買部さ。何せ、昼休みに新しいカードが大量入荷することになってるからな」
「えっ、えぇ〜〜〜〜!!カードの大量入荷ぁ!?」
「あれ?聞いてなかった?」
「え?誰か言ってたか?」
「先生がちゃんと授業で言ってたよ」
二人はあー、と言いながら目を逸らした。大体の授業は寝てたりしてるもんね……。
「みんな午後の実技テストに向けてデッキを補強しようと買いに行ったんだよ」
「三沢くんと澪音さんは?」
「僕は今のデッキを信頼している。新しいカードは必要ない」
「わたしも今のままでもいいかなーって。新しいカードを組み込むのも面白そうだけど」
「ア、アニキは?」
「俺は……興味ある!どんなカードがあるのか見たくってしょうがねぇ!行こうぜ、翔!」
遊城くんにつられて丸藤くんも購買部へと駆け出していった。
「うーん、どうしようかな〜。やっぱりわたしも覗きに行こうかな。でも残ってるかなぁ 」
「あの数の生徒じゃ分からないな。でも気になるなら行ってみたらどうだい」
「そうだね、わたしも行ってみるよ!午後の実技も頑張ろうね」
きっと三沢くんはどんなデッキが来ようとも、どんな新しいカードが来ようとも対応できるような準備をしてきたんだろう。流石三沢くん。わたしも最終調整頑張らないと!

 「あれ、みんないない……」
「澪音さん!そうなんスよ、僕達が来た時にはもう誰もいなくて」
きっと生徒でごった返しているだろうと思われた購買部なのに生徒の姿は丸藤くんと遊城くん以外には見当たらない。もう完売してしまったのだろうか。ちょっと残念かも。
「おばちゃんおばちゃん!……ぁ、お姉さん!新しいカードは?」
おばちゃん、と声を掛けて振り向いたのはきっとまだ二十歳くらいのお姉さん。睨みつけられた遊城くんは急いで訂正した。
「それが、たくさん買っていった生徒さんがいて……もうこれだけなのよ」
これだけと示されたのはたったの一パック。遊城も丸藤くんもとっても困ってる。わたしはどうしても欲しいわけではなかったので二人に譲るよ、と断りを入れた。
「どうしようアニキ、筆記テストもダメだったし実技でせめてデッキが補強できればって……」
「俺はいいよ。翔が買えよ」
「譲ってくれるの!?最後の一パックだよ!?」
「いいさ!」
「でもアニキ、今日は大事なテスト!僕らだって敵同士なのに……」
「敵?なんで……」
遊城くんはとても悲しそうな顔をした。敵、たしかにそういう言い方もあるかもしれない。敵というか、ライバルかもね。勝ち負けを気にしなきゃいけないデュエルはやっぱり普段と心構えが違ってくるのかもしれない。
「それより実技までまだ時間がある!早くデッキを組み立てに行こうぜ!」
「アニキィ……」
遊城くんの優しさに涙ぐむ丸藤くん。確かに丸藤くんがアニキって呼びたくなるのと分かっちゃうなぁ。
「お待ちよ!」
「あぁっ、今朝のおばちゃん!」
「おばちゃんじゃないわよ!トメって呼んで。ト、メ!」
カウンターの奥から出てきた陽気な女性、トメさんもお姉さんと同じ制服とエプロンを身に付けている。
「トメさんって購買部のおばちゃんだったのか!」
「知り合いかい、アニキ」
「ちょっと訳ありでな!」
「それよりこっちへいらっしゃいよ!いいのがあるのよ、お客さん!」
フフフフ、と無邪気に笑うトメさん。一体何があるんだろうか。

 時刻は午後三時半を回った。
「天野川澪音さん、天上院明日香さん」
わたしと明日香ちゃんの名前が呼ばれた。まさか、と顔を見合わせてデュエルフィールドに向かう。
「天野川さんと天上院さんの対戦となります。両者は準備をしてください」
案の定だった。
「澪音、ついにあなたとデュエルができるわね」
「う、うん……!なんか緊張してきた」
「私、澪音と戦えるのをとっても楽しみにしてたのよ。お互い全力でぶつかりましょう」
すっと手を差し出された。わたしも手を差し出して互いの手をぎゅっと握る。このデュエル、上手くいくだろうか。
「明日香様ぁ〜!頑張って!」
「澪音さんも応援しておりますわ〜!」
観客席から身を乗り出して声を掛けてくれるジュンコちゃんとももえちゃんを見たら少し体の力が抜けた。

 「あっ、明日香さんと澪音さんだ!」
「おー!あの二人のデュエルか〜、面白そうだな!」
「楽しみだね、アニキ!」
あれ使ってくれるといいね、と隣で笑う二人を三沢は不思議そうに見る。
二人の少女のデュエルが始まった。
 「先行はわたしからだよ!わたしのターン、ドロー!……明日香ちゃん、わたしもほんとはね、もしかして、もしかしたら明日香ちゃんと戦えるんじゃないかなって。ちょっと期待してたの」
「澪音……」
「わたしは《魔導戦士ブレイカー》を召喚、効果発動!このカードが召喚に成功した時に魔力カウンターを一つ置く。そしてこのモンスターは魔力カウンターの数×300ポイントアップする!そしてフィールド魔法《闇》を発動!フィールド上の表側表示で存在する悪魔族と魔法使い族モンスターの攻撃力、守備力は200ポイントアップする!その代わり天使族の攻撃力と守備力は200ポイント下がる。これでわたしはターンエンド」
「あれ、澪音さん魔法使い族デッキなの?」
「え?どういうことだ?」
「そっか、アニキ澪音さんの入試デュエルのときいなかったもんね」
「天野川くんは入試ではキュアバーンデッキを使ってたんだ」
へぇ、と相槌を打ち澪音の方を見る。そういえば澪音のデュエルは初めて見る。でも、どんなデッキだからというのは関係ない。どんなデッキだっていい。きっとこのデュエルは見応えがあるものになるだろうと十代は期待を寄せた。
 「天使族の弱体化ね……でもそんなもの関係ないわ!いくわよ、私のターン。ドロー!……私は速攻魔法、《スケープ・ゴート》を発動!フィールドに《羊トークン》四体を守備表示で特殊召喚するわ。場にカードを一枚伏せてターンエンド」
「わたしのターン、ドロー。わたしは速攻魔法、《終焉の焔》発動!《黒焔トークン》を二体守備表示で特殊召喚!そして《魔道士ブレイカー》で《羊トークン》に攻撃っ!」
四体いるうちの羊トークン一体が破壊された。依然互いのライフポイントに変化はない。
「お互いトークン出してるね」
「まずは様子見、ってとこか?」
「明日香さんのほうがモンスターの手数は多いから上級モンスターいっぱい出せるね!守備表示だから今みたいに壁にもなるし」
「……《羊トークン》は生け贄召喚には使えないぞ」
「あれ、そうだっけ……あはは……」
「澪音の《黒焔トークン》も?」
「《黒焔トークン》は闇属性モンスターの生贄召喚になら使える。……自分の使わないカードの効果も覚えてみたらどうだい」
二人揃って苦笑いを漏らす。今は二人の知識不足を咎めるときではないだろう。三人は再び彼女らのデュエルに意識を戻した。
 「私のターン。ドロー!……来た!魔法カード《融合》を発動!手札の《エトワール・サイバー》と《ブレード・スケーター》を融合、《サイバー・ブレーダー》を融合召喚!」
「おっ、出た!明日香の《サイバー・ブレーダー》!」
「私は手札から《融合武器ムラサメブレード》と《エンジェル・ウィング》を《サイバー・ブレーダー》に装備するわ。これで《サイバー・ブレーダー》の攻撃力は2900。そして罠カード発動!《メテオ・レイン》!いくわよ、バトル!《黒焔トークン》を攻撃、罠カードの効果で《ブレード・スケーター》の攻撃力が《黒焔トークン》の守備力を超えた分のダメージを受けてもらうわ」
「ぐっ……。やっぱり強いなぁ」

澪音 : LP1000
明日香 : LP4000

「うわっ、澪音さんのライフポイントがっつり減った!」
「守備表示トークン相手に貫通効果とはなかなか手痛いな」
「それに澪音はカードの効果も使えないしな。手強いモンスターだぜ」
相手の場のモンスターの数によって効果が変わる《ブレード・スケーター》。実際に戦った十代だからこそよく分かるのだろう。


「まだまだ!わたしのターン、ドロー!反撃だよ!わたしは《熟練の白魔術師》を召喚!更に魔法カード《二重召喚》を発動。この時《熟練の白魔術師》の効果発動、魔力カウンターを一つ置く。そしてもう一度通常召喚を行う!《魔導戦士ブレイカー》と《黒焔トークン》を生贄に《コスモクイーン》を召喚!」
「行くよ!《コスモクイーン》で《サイバー・ブレーダー》に攻撃!」
「……っ、やってくれるじゃない、澪音!私は《エンジェル・ウィング》の効果でカードを一枚ドローするわ」

澪音 : LP1000
明日香 : LP3800

「私のターン、ドロー。私は手札から《サイバー・ジムナティクス》を召喚!《サイバー・ジムナティクス》の効果発動!手札を一枚捨てて相手の表側攻撃表示モンスターを破壊するわ。《コスモクイーン》を破壊!」
「そんなぁ、折角強いモンスターだったのに!」
「明日香……やっぱり強いな」
澪音の悲痛な声はモンスターが破壊された衝撃にかき消された。

「うう〜〜っ、やばいかも!!でもまだ!まだ終わってない!巻き返せる!わたしのターン、ドロー!わたしは《マンジュ・ゴッド》を召喚!」
「《マンジュ・ゴッド》!?もしかしてあなたも……」
「ふふっ、《マンジュ・ゴッド》の効果発動!このカードの召喚に成功した時、デッキから儀式モンスター一体または儀式魔法一枚を手札に加える!わたしは儀式魔法《高等儀式術》を手札に加える!」
「アニキ!」
「おっ!来た来た!」


 数時間前。
「さーて、何が入ってるかな!」
「さっきのトメさんって人、気前のいい人だね!」
「いやーやっぱ人助けってするもんだな!」
「アニキほんとによかったね!」
「おう!……あー、澪音、ほんとに新しいカード買わなくてよかったのか?」
「うん、本当に大丈夫だから気にしないでいいよ」
澪音も大して気を悪くしたような素振りは一切見せずにしていたが、十代は少し考え込んでパックを開けた。
「なぁ、これいるか?澪音が使うのかわかんねーけどさ」
差し出されたのは魔法カード《高等儀式術》。
「え!そんな!わたしは大丈夫だよ」
「ほんとにいらないのか?」
澪音は気を遣わなくていいと言いつつも欲しいと思う気持ちが微塵もないかと問われれば否定はできなかった。
「う、うーん、えっと、いらないわけじゃないけど」
「ならいいじゃんかよ。使ってくれよ」
「いいの?これ遊城くんが貰ったカードパックのものなんだよ?」
「いいって、いいって!こまけぇこたぁ気にすんな!」
「……ありがとう!わたしも今すぐデッキ組み直すっ!!また後でっ!」
「おう!楽しみにしてるぜー!」

 「なるほど。あのカードは十代からもらったものということか」
「そういうこと!あげたカード使ってもらうのってこんなに嬉しいんだな!」
「わたしはデッキの《ヂェミナイ・エルフ》を生け贄に《覚醒戦士 クーフーリン》を召喚!そして効果発動!墓地にいる《コスモクイーン》を除外することで次のわたしのターンまで、《覚醒戦士 クーフーリン》の攻撃力は3400になる!」
「そんな……!」
今度は明日香が絶句する番だった。
「まだあるよ!《高等儀式術》を発動したことにより《熟練の白魔術師》の魔力カウンターは二つになる。そして罠カード《闇次元の解放》発動!除外されている闇属性モンスター……つまり《コスモクイーン》を特殊召喚!」
「すごい!さっき破壊された《コスモクイーン》が……!」
「あぁ、見事な巻き返しだ」
「まだ何かあるみたいだぜ、アイツ」
「伏せカード《連合軍》発動!これで《熟練の白魔術師》の魔力カウンターが三つになったから、効果を使うよ!わたしはこのカードを生け贄に《バスター・ブレイダー》を召喚!そして《連合軍》の効果により《覚醒戦士 クーフーリン》の攻撃力は4000、《バスター・ブレイダー》の攻撃力は3200にアップ!」
「こ、攻撃力、4000……」
攻撃力4000と言えば、あの《オベリスクの巨神兵》と同等だ。絶句するのも無理もない。
「《覚醒戦士 クーフーリン》で《サイバー・ムジナティクス》に攻撃力!」
無慈悲にも強化されたクーフーリンの攻撃が明日香を襲う。

澪音 : LP1000
明日香 : LP1200

「《バスター・ブレイダー》で《羊トークン》に、《コスモクイーン》で《羊トークン》を攻撃!ダメージはないけど、モンスターは破壊される!……わたしはこれでターンエンド」
「すげぇ、すげーよ澪音!!やっぱデュエルはこうでなくっちゃな!!」
「四体もいた《羊トークン》、もう一体しかいない!」
「手に汗握るとはまさにこの事だな」
 「私だって諦めないのは同じよ、澪音。私のターン、ドロー!」
明日香は切羽詰まった表情でカードを引いた。カードの表を見るのが怖い。コンマ何秒で明日香は今終わるかもしれないデュエルに思いを馳せた。負けたくない。勝ちたい。
「……今回は私に女神は微笑んだようね!私は《サイバー・チュチュ》を召喚!《サイバー・チュチュ》の効果発動。相手フィールドに存在する全てのモンスターの攻撃力がこのカードの攻撃力より高い場合、このカードは相手プレイヤーにダイレクトアタックができる。……《サイバー・チュチュ》で澪音にダイレクトアタック!」

澪音 : LP0
明日香 : LP1200

「……負けちゃった」

 「負けちゃった。……あーーーー!!負けた!!負けたの!!悔しーー!!」
すごく、すごく悔しい。けれど。
「澪音……」
「……でもすっごい熱くなったよ!あー、すごいデュエルだったな」
悔しさに負けないくらい、楽しかった。負けちゃったけれど、いいデュエルだった。
「本当よ。私、攻撃力4000のクーフーリンなんて初めて見たわ」
「わたしだって最後、まさかあのカードの効果でトドメを刺されるなんて思わなかったよ!」
「私達、きっといいライバルになるわ」
デュエル前と同じように手を差し出された。同じようにわたしもまた手を差し出した。お互いの手が熱い。
「明日香!澪音ーー!」
「十代!まだ呼ばれてないのに来ちゃダメでしょう」
「こんだけいいデュエル見て座ってなんかいられるかっての!ほんとにお前ら最高だぜ!」
「遊城くん……!ほんとにあのカード譲ってくれてありがとう!負けちゃったけど……」
「こっちこそ使ってくれてありがとな!気にすんなって、マジでワクワクするデュエルだったぜ」
いつも以上に遊城くんのテンションが高い。デュエルが大好きな遊城くんがこれほど喜んでいるようなデュエルが出来たのだ。それでわたしは充分だ。

 わたしのテストが終わって更に数十分後。テストもいよいよ最後らしい。そのトリを飾るのは遊城くんみたいだ。
「あれ?でもあのフィールド万丈目くんがいるよ」
「まさか……」
遊城くんの目の前には不敵な笑みを浮かべる万丈目くんがいる。遊城くんも想定外だったようで先生に疑問をぶつけた。クロノス先生曰く、入試であれほどの成績を残したのだから同じレッドの生徒では力不足だろうということらしい。数週間前のデュエルの決着をつけるにはもってこいかもしれない。
「行くぞ万丈目!」
「万丈目さん、だ!」
「俺の先行、ドロー!」
「《E・HERO クレイマン》を守備表示で召喚!ターンエンドだぜ」
「雑魚揃いのダメヒーローデッキめ。お前の脆さを見せてやる」

 万丈目くんはレアカードの《打ち出の小槌》を上手く利用して見事にユニオンモンスターを次々と召喚していった。ユニオンモンスターは融合モンスターの中でも特殊。魔法カード《融合》がいらない融合モンスターだけれども、融合素材のモンスターをフィールドに召喚しなくてはならない。今万丈目くんが出している《VWXYZ−ドラゴン・カタパルトキャノン》は、合計五体ものモンスターを召喚しなければならないものだった。なのに万丈目くんはたったの二ターンでそれを全て揃えてしまった。やっぱり彼のデュエルのセンスは本物だ。

 「これが《VWXYZ−ドラゴン・カタパルトキャノン》だ!そして!VWXYZの特殊能力発動!」
「あぁ!スパークマンが!」
遊城くんの場を守ってくれている唯一のモンスターであった《E・HEROスパークマン》も虚しく《VWXYZ》の効果によって除外されてしまった。
「残念だったな十代。《VWXYZ》は一ターンに一度だけ相手の場のカードを除外することができるのさ。フフッ、たっぷりと味わうんだなぁ、持たざる者の悲しさを。行けぇ!VWXYZ、プレイヤーにダイレクトアタック!」
待った!と声を上げる遊城くんは伏せていたリバース罠《ヒーロー見参!》を発動させた。
「このカードにより、相手に選ばせた一枚のカードがモンスターカードだったら、それをこの場に召喚することが出来る!さぁ選べ万丈目!」
「万丈目さん、だ!一番右だ!」
「ラッキー!俺はこのカード、《バーストレディ》を守備表示で召喚!」
「守備表示にはさせん!《VWXYZ》が攻撃するとき、モンスターの表示形式は俺の自由だ!VWXYZアルティメットディストラクション、《バーストレディ》を攻撃!」
「ターンエンドだ。これでまた丸裸、一体のモンスターもお前の場にはいやしないぜ」
「俺は、俺のデッキを信じる!俺と共に最後まで戦ってくれるモンスターがこの中にいる限り俺は戦い続けるぜ!ドロー!」
そう、大事なのはデッキを信じること。戦いを諦めない、放棄しないこと。遊城くんはどんなに崖っぷちに立たされようともそれを忘れない。
「俺は《ハネクリボー》を守備表示で召喚!」
その可愛らしい姿がフィールドに現れるや否や、女の子たちは黄色い声を上げた。わたしもその愛くるしさにかわい〜、と声を漏らした。
「そしてカードを一枚伏せてターンを終了する」
可愛らしい《ハネクリボー》では《VWXYZ》の攻撃力には打ち勝てない。もはやなす術なしかとも思えてしまうけれど、遊城くんは微塵もそんなことを考えてなさそうだ。
「俺のターン、ドロー。……無駄だぜ、戦闘ダメージを0にするその毛玉野郎がいたところで《VWXYZ》の特殊効果が除外する」
「だったらやってみな!」
「ハネクリボーを蹴散らして十代へダイレクトアタックだ!アルティメットディストラクション!」
「来たぜ相棒!俺は手札二枚をコストに《進化する翼》を始動!」
《進化する翼》。遊城くんがトメさんにもらったパックに入っていたカードだ。《ハネクリボー》に、自分の体よりも何倍も大きな翼が生える。
「ど、どういうことだ!」
「《進化する翼》により《ハネクリボー》が進化!《ハネクリボー》は今、レベル10!コイツの効果はその身を犠牲に攻撃表示モンスターを全て破壊し、その攻撃力と同じダメージを相手プレイヤーへ与える!《ハネクリボー》、全エネルギーをアイツに返してやれ!」
その巨大な翼が《VWXYZ》の攻撃を跳ね返した。万丈目くんは勝負に蹴りをつけるどころか、ユニオンモンスターを破壊されて悔しそうにターンを終わらせた。
「万丈目!これでお互いライフは1000ポイントずつ!でもここで俺が攻撃力1000以上のモンスターを引いたら面白いよなぁ?」
「なぁにを戯言を!そう簡単にィ!」
「でも引いたら面白いよなぁ!?」
面白いよな、と言う遊城くんの気持ちが昂るのが伝わってきた。わたしは彼がその"おもしろい"を実現してしまうのではないか、そんな確信めいた予感がした。次のドローが全てを決める。自然と拳を握りしめる力が強くなった。
「俺のターン、ドロー!俺はこのカード、《フェザーマン》を召喚し、プレイヤーにダイレクトアタック!」
観客席からは歓声が沸いた。その喜びに、制服の色なんて関係なかった。遊城くんの"面白い"は実現し、皆に伝わったのだ。
「ほんとにすごいや……」

 「ガッチャ、楽しいデュエルだったぜ!」
「十代ィ……!」
あの決め台詞をビシッと決める遊城くんとは裏腹に恨めしそうに名前を呟く万丈目くん。どうしよう、わたしは、どうしたらいいんだろう。

 「見せてもらいましたよ、遊城十代君。君のデッキへの信頼感、モンスターとの熱い友情、そして何よりも勝負を捨てないデュエル魂。それはここにいる全ての者が認めることでしょう。よって、勝者遊城君!君はラー・イエローに昇格です」
校長先生が一面ガラス張りの観覧席からお話をされた。このデュエル、見ていたんだ!
「遊城十代、おめでとう。そしてようこそ、ラー・イエローへ!」
「あぁ!」
二人は握手を交わす。今のデュエルを称えるかのように、いつの間にか体育館内は紙吹雪が舞っていた。丸藤くんが少し寂しそうな顔でおめでとう、と言った。そうだ。遊城くんがラー・イエローに行ったら寮は離れ離れになってしまうんだ。ちょっと複雑だよね。
「澪音?どうしたの?」
「え?」
「いえ、少し元気なさそうにしてたから……。具合は大丈夫?」
「あ、あは、そんな風に見えた?全然大丈夫だよ!」
ガッツポーズをしてにこりと笑ったつもりだけど、上手く笑えているだろうか。みんなの心を動かすようなデュエルだった。誰もがこの戦いを讃えるべきなのかもしれない。でも、わたしはどうしても拍手が出来ない。おめでとうと言えない。

 「待って!」
「澪音!?どこへ行くの!?」
ふらふらと立ち去る万丈目くんを呼び止めようとしても、止まってくれない。
「万丈目くんってば!……待ってよ!!」
名前を呼んでも止まってくれなくて、腕を掴んだらようやく動きを止めてくれた。
「えっと、その、すごかったよ、デュエル」
違うの、違うけど、万丈目くんに何を言ったらいいかわからなくて、でも黙って立ち去るのを見るのが悲しくて、どうにかしたくて。
「たしかに、最終的には負けちゃったけど、でもユニオンモンスター使いこなせてるのすごいなーって思ったよ!だってあれ手札融合とか出来ないでしょ?あっという間に五体も合体しちゃって、ほんとにすごかったよ!たったの二ターンだよね?わたしも今度使ってみようかなー、なんて」
掴んだ腕を強く振りほどかれた衝撃で、空回りした言葉がようやく止まった。
「お前みたいなヤツを見ると無性に腹が立つ。失せろ」
とても静かな声だった。ほんの少しだけ私のほうに向けた顔は、私を崖から突き落とすような冷たさを持っていた。息が出来ない。視界が滲むのがわかった。ばか、私が泣いていいはずがないのに、泣く権利なんてあるはずがないのに!
「澪音!」
明日香ちゃんの声が響いた。名前を呼ばれたからつい反射的に後ろを向いてしまった。明日香ちゃんがはっとした顔をして、それから万丈目くんをきっと睨んだ。
「ちょっと万丈目くん、貴方みっともないわよ。負けたからって澪音に八つ当たりだなんて」
「ち、違う!違うの!そんなんじゃないの!……ね、ほ、ほら戻ろうっ」
ややこしいことになる前に明日香ちゃんの手を引っ張って会場へと戻った。……次に顔を合わせる時に、ちゃんと謝らなきゃ。


2022.06.25 一部修正
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