03

 ゆっくりと瞼を開けて、飛び起きるまでの間は、一秒もなかったかもしれない。
その一瞬と言っていいほどの時間に零れ落ちそうな程の単語が飛び込んでくる。
朝。アカデミア。デュエル。学校。遅刻。初日。1時間目。朝ごはん……エトセトラ。

空を切るようにして体を起こし、現在の時間を確認する。
短い針は七を指していた。よかった、遅刻じゃないみたい。

 結局、あの後眠りについたのは午前一時を回った頃だった。初日からこんな夜更かしは良くなかったな。

 ゆっくりと身支度を整えているとドアが三回ノックされた。
「澪音、おはよう。起きているかしら?」
明日香ちゃんの声だった。再度鏡を確認してから急いでドアを開ける。
「おはよう!起きてるよ」
「一緒に朝食を食べに行かない?朝はビュッフェ形式なのよ」

 食堂では絶えずカチャカチャと食器同士が打つかる音が聞こえる。食事をする真っ白なテーブルクロスは、朝日の光を乱反射していて少し眩しい。

「よく眠れた?」
「うーん、寝る時間が遅かったからもうちょっと寝ていたかったって言うのが本音かな」
「この島に来たばかりなのに……災難だったわね」
深夜のことを思い出すように目を伏せながらそう言う明日香ちゃん。
「気にしてないから大丈夫だよ!」
私たちは無事に先生にバレないように戻れたけれど、わたしのことを呼び出してきた遊城くんや丸藤くん───それから、万丈目くん(とあの二人)は無事に寮に戻れただろうか。

 「おはようございます。明日香さん、澪音さん」
「おはよぉございまぁす……」
二人の女の子が朝食のトレーを持ってやってきた。えぇと、ももえちゃんとジュンコちゃん。
ジュンコちゃんは元気なイメージがあったけれど、朝は弱いのか、ぼーっとしている。
「おはよー」
「おはよう二人とも。ジュンコは無事に起きれたのね」
「私が起こしましたわ。ジュンコさんったら相変わらずですのよ」
頬に手を添え、眉尻を下げるももえちゃん。ジュンコちゃんは朝ごはんを食べるのが精一杯のようで、多分この会話は聞こえていない。

 ガラス張りの窓の外からは広い湖と緑が見える。水面の輝きを眺めているとつい食事の手を止めてしまう。
本当に良質なホテルのようなこの寮に驚いてしまう。もう少し、いやかなり質素にしてもいいんじゃないかな。

 「デュエルモンスターズのカードには、モンスターカード、融合モンスターカード、儀式モンスターカード、効果モンスターカード、そして、トラップカードとマジックカードがあります。更にトラップカードには、通常トラップ、カウンタートラップ、永続トラップ、そしてマジックカードには、通常魔法、永続魔法、装備魔法、速攻魔法、儀式魔法、そして、フィールド魔法と分けることができます」 

 一時間目。先生に指名された明日香ちゃんは何度も推敲した文章のような説明を詰まることなく述べる。周りの皆も感心した様子だ。
高等部の初授業ということで、この授業では基礎の基礎からのおさらいをしてくれるらしい。

 「ベリーーーッシモ!非常によろしい〜の!!オベリスク・ブルーのシニョーラ明日香には優しすぎる質問でした〜ねん」
明日香ちゃんは基本ですから、となんでもないような顔をしてすっと座った。
「それではぁ〜…シニョール丸藤!」
「はっ、はいぃ!!」
最前列に座っていた丸藤くんが焦って立ち上がった。
「フィールド魔法の説明をお願いします〜の」
いきなりのことで緊張しているのか、丸藤くんはうまく説明できないようだ。
初授業だし、私たち入試組は余計に慣れない環境にあるもんね。私も指名されたら明日香ちゃんみたいに落ち着いて答えられないかもしれない。

「そんなの幼稚園児だって知ってるぜ!!」
斜め後ろから馬鹿にするように野次が飛んできて、周りの皆がクスクスと笑い出した。
……なんか居心地悪いな。
「よろしい。引っ込みなさい〜の。基本中の基本も答えられなーいとは……さすがオリシスレッド。驚きです〜の」
丸藤くんが体を縮こまらせて座った。ブルーやイエローの生徒がさっきよりも大声で笑い出した。もう見てられないし、聞きたくない。

 「でも先生、知識と実戦は関係ないですよね?だっておれもオシリスレッドの1人ですけど、先生にデュエルで勝っちゃったし!」
遊城くんが得意げに先生に反論した。先生はどこからか白いハンカチを取り出して噛み締めている。
今度は肩身が狭かったレッドの生徒達が笑い始めた。隣の明日香ちゃんも頬を緩めている。

 1日目の授業はあっという間に終わり、明日香ちゃん、ももえちゃん、ジュンコちゃんたちに誘われて一緒にお風呂に入っている。

 なんというか、個性的な先生がいっぱいなんだな。ここの学校って。
特に錬金術の先生にはびっくりしたなぁ。ねこちゃん連れて授業するんだもん。可愛かったけど。っていうか、錬金術なんて教科初めて聞いたよ……。

 「澪音は気になる人っていないの?」
「え?」
唐突にジュンコちゃんから話を振られた。恋バナをしているらしい。
「ラー・イエローの三沢さんって、素敵な殿方ですよねぇ。そう思いません?」
「えぇっと、うん、頼りになりそう、かな?」
受験の日を思い出しながらぎこちなく答える。ももえちゃんは共感してくれるようで、満足げに頷いている。
「ブルーの万丈目さんなんかもいいですわ〜」
「……そっか、万丈目くん」
「?澪音どうしたの」
「あら、万丈目さんはお気に召しませんの?」
「え?いや、そういうことじゃないんだけど……なんだろう」

 「覗きよー!!」
この叫びを引き金に、次々と女の子が悲鳴をあげる。
「なになに!?何の騒ぎ?」
のんびりと湯船に浸かってお喋りをしていたわたしたちも急いで上がった。
ももえちゃんとジュンコちゃんの二人はタオル1枚を身体に巻いた状態でその騒ぎの渦中に飛び込んでいってしまった。湯冷めしちゃうよ、という言葉は2人には届かなかった。

 数十分過ぎたところでようやく落ち着いてきたみたい。でも解決したようではなかったらしく、なぜかわたしもロビーに引っ張りだされてきた。
階段から見下ろすと、明日香ちゃん、ももえちゃん、ジュンコちゃんとなんだか見覚えのある姿が見えた。あの水色の髪は丸藤くんじゃない!
さっきの悲鳴と何故かこの場にいる丸藤くんが嫌なものを結びつけてしまう。きっと何かの間違いだよね、と思いつつ駆け足で階段を下った。

 「丸藤くん!どうしたの!?」
「澪音さーーーん!!ううっ、うぅ……」
「殿方が泣くだなんて、みっともない!」
丸藤くんは両手を縄で拘束されて正座をしている。これじゃ本当に悪いことをして捕まった犯人だ。
「みんな落ち着いて。……あなた、どうして女子寮に来たわけ?」
「え?そ、そりゃ明日香さんからラブレターを貰って」
「まぁ、明日香様からラブレターですって!?」
そんな、一目惚れにも程が……ってそういう問題じゃないのか。
丸藤くんは元気にうん!と返事をして明日香ちゃんにウインクをする。不謹慎だけれどもちょっと可愛い。
「馬っ鹿ねぇ。オベリスク・ブルーの女王、明日香さんがオシリス・レッドのアンタにラブレターなんて書くわけないでしょ」
「嘘じゃないよ!今夜女子寮の裏で待ってますって僕のロッカーに……」
不自由な両手を使ってポケットから白い手紙を取り出すと、ジュンコちゃんがさっとそれを取りあげた。
そこには女の子にしてはダイナミックというか、無骨というか、そんな字体で丸藤くんが言ったことと同じ趣旨のことが書かれていた。
「わたし、こんな汚い字書かないわ!」
眉根を寄せ、少し強めの口調で言う明日香ちゃん。
「オシリス・レッドの殿方はそんなこともわからないのですね」
「ええっ、じゃあ一体誰が……」
「ねぇ、これ宛名は遊城くんになってるよ?」
「あぁ、ほんと!」
嘘ぉ!と嘆く丸藤くんにジュンコちゃんは宛名の部分を近づけてあげる。ラブレターが罠だった上に、もともと自分宛ですらなかったことに落胆したのが声のトーンでわかった。
「偽のラブレターに釣られて」
「のこのこやってくるなんて」
「おまけに間違いだし!」
「落ち込みそう……」
自業自得よ、なんてジュンコちゃんは呆れる。
「このことは学校側に報告しましょう!」
「お風呂を覗くなんて、破廉恥極まりないわ!」
「だから覗いてないって!!」
ま、まずい。なんだかどんどん良くない方向になってしまっている。きっと丸藤くんはそんなことをするような子じゃない。……たぶん。むしろこの悪質な手紙を書いた人こそ怒られるべきじゃないか。

 「皆さんお揃いで何の騒ぎ?」
鮎川先生の声だった。ま、まずい、どうしよう!
「丸藤くんっごめんね!!」
先生から丸藤くんが見えないように、床に座り込むようにした。結果、丸藤くんのことを押さえつけるような形になってしまう。できるだけ重さが伝わらないようにしているけど、ほんとにごめんね。
「何かあったの?」
更に三人がアイコンタクトを取って私を隠すように立ち位置を変えてくれた。
「天野川さんがここで落し物をしてしまったようで私たちも手伝っていたんです。お騒がせしてすみません」
「あら、大丈夫?見つかったのかしら」
「は、はい!三人が手伝ってくれたので見つかりました!」
「そう、よかったわ。じゃあ皆さん、早くお部屋に戻ってお休みなさい」
鮎川先生は特に怪しむことも無く戻っていかれた。ドアが閉まるのを確認してから立ち上がり、丸藤くんを起こしてあげる。
「本当にごめんね。重かったかな、怪我してない?」
「だだだ大丈夫!!」
「そっか、よかった。じゃあ寮に戻る?気をつけてね」
「待って、澪音。その子はまだ帰せないわ」
「え!?どうして?まさか学校に報告を……?」
「いいえ、それはまだ決めてないわ。でも私にちょっと考えがあるのよ」

 「あ、あのさみんな」
「何ですの?」
「なぁに?澪音」
「たぶん丸藤くんはこの手紙のことを信じただけで、覗きはしてないんじゃ」
「澪音さん……!」
「澪音は優しいわね」
「ですけれど、そこまで庇う必要はありませんわ!」
がっくりと肩を落とす丸藤くん。ごめんね、助け舟を出そうとしたけれど上手くいかなかったよ……。

 どうにかならないかなと悩んでいるとボートを漕いで誰かがこちらに来ていることに気付いた。赤い制服がみえるので、たぶん遊城くんなのだろう。
「アニキィ〜」
「翔!これはどういうことなんだよ」
「それが、話せば長くなるような、ないような……」
「こいつがね、女子寮のお風呂を覗いたのよ!」
「なんだって!?」
「覗いてないって!!」
「それが学校にバレたらきっと退学ですわ」
覗いていないという主張を尽く無視される丸藤くんは獣のように唸っている。
「ねぇあなた、私とデュエルしない?もし私に勝ったら、風呂場覗きの件は大目に見てあげるわ」
「だから覗いてないって言ってるのに!!」
「なんだかよくわかんないけど、まぁいいや。そのデュエル、受けて立つぜ!」

 ゆらゆら揺れる小舟の上でデュエルは始まろうとしていた。
「いくわよ!」
「おう、来い!」
「「デュエル!」」

 「私のターン、ドロー!《エトワール・サイバー》、召喚!更にリバースカードを一枚セットし、ターンエンドよ」
「次は俺のターンだ!ドロー!」
「《E・HEROスパークマン》を召喚!《スパークマン》で《エトワール・サイバー》を攻撃だ!」
遊城くんは伏せられたリバースカードを気にすることなくそのまま突っ走ろうとしていた。
明日香ちゃんもそこが気になったのか、歯を食いしばっている。
「リバースカード、オープン!《ドゥーブルバッセ》」
「何!?」
「《ドゥーブルバッセ》は相手の攻撃をプレイヤーへのダイレクトアタックに切り替える。そして、攻撃対象となったモンスターは相手にダイレクトアタックができる!」
《スパークマン》の攻撃力は1600。明日香ちゃんにはそのまま1600のダメージが通る。そして攻撃対象だった《エトワール・サイバー》が今度は遊城くんへと襲いかかる。
「《エトワール・サイバー》の特殊効果、ダイレクトアタックの時攻撃力が600アップ!」
《エトワール・サイバー》は特殊効果によって1800へと攻撃力が強化された。
明日香:LP2400
十代:LP2200

 「アニキ!」
「なんて女なんだ……自分のダメージも構わずこんなトラップを仕掛けてくるなんて」
「どうしたの?もう終わり?」
強気に問いかけると、遊城くんはなすすべ無しなのか大人しく自分のターンを終わらせた。
「それじゃあ遠慮なくいかせてもらうわ。私のターン、ドロー!」
「《ブレード・スケーター》、召喚!そして、魔法カード、融合!《エトワール・サイバー》と《ブレード・スケーター》を融合し、《サイバー・ブレーダーを召喚する!》いくわよ、《サイバー・ブレーダー》で《スパークマン》を攻撃!」
「く、くそっ、やられた!」
明日香:LP2400
十代:LP1700

 「さすが明日香様、素晴らしい!」
「その調子であんなヤツなんかけちょんけちょんになさって!」
「負けるなアニキ、頑張って!」
「アンタいい度胸してるじゃない!」
「え、いや、その……」
「裸で湖を泳いでみます?」
「セクハラだ!!」
「何言ってんのよ!覗き男にそんなこと言う権利ないわよ!」
「覗いてないってばぁ!!」
意外と厳しいことを言うももえちゃんに少し驚きつつ、どちらを応援したらいいかもわからないのでどちらにもという意味で頑張れ、とだけ声援を送る。
「まだまだこんなもんじゃないぜ!俺のターン、ドロー!フィールド魔法、《フュージョン・ゲート》発動!これは、融合カード無しで融合モンスターを召喚できるんだ!
《フェザーマン》と《バーストレディ》を融合して、《フレイム・ウイングマン》を召喚!」
「流石ね。私が融合モンスターを召喚したと見るや、すかさず融合モンスターで迎え撃つなんて……。でも、お互い同じ攻撃力。これじゃ、相打ちじゃない」
そう、お互いのモンスターは攻撃力2100なので、フレイム・ウイングマンの特殊効果も不発で終わってしまう。
「へへっ、そいつが違うんだな!さらに永続魔法、《騎士道精神》発動!これで俺のモンスターは、攻撃力の同じモンスターでは破壊されない!それだけじゃないぜ、《フレイム・ウイングマン》が《サイバー・ブレーダー》を破壊したら、特殊効果で《サイバー・ブレーダー》の攻撃力と同じ2100ポイントのダメージがお前に与えられるんだ!
行け、《フレイム・ウイングマン》!《サイバー・ブレーダー》を攻撃!」
新たな衝撃が来るかと思って身構えたけれど、その衝撃は来なかった。
「何!?なんで破壊されないんだよ」
「パ・ド・ドゥ。サイバー・ブレーダーの特殊効果、相手のモンスターが一体の場合戦闘で破壊されないの」
今の状況にぴったりのモンスター効果だ。遊城くんももちろんだけど、明日香ちゃんも強い。
「なんだって!?じゃあ、このターンは!」
「そう、お互いダメージ無しってことね」
「……ターン終了だ」

 「全く、詰めが甘いんだから。私のターン、ドロー。……遊びは終わりね。装備魔法、《フュージョン・ウェポン》、《サイバー・ブレーダー》に装着!」
どうやら一気に畳みかけるようだ。
「すっげぇ!一気に攻撃力3600かよ!」
「覚悟なさい!!サイバー・ブレーダーでフレイム・ウイングマンを攻撃!!」
明日香:LP2400
十代:LP200

 「ふん、クロノス先生を倒したからっていい気になって、所詮オシリス・レッドの連中が私たちオベリスク・ブルーに勝とうだなんて思うこと自体、とんでもない思い上がりだわ!」
「お気の毒に。これで退学決定ね」
遊城くんのLPがもうたった200になったことで、勝ちを確信しているのかレッドの二人に容赦のない言葉を投げる。
でも、デュエルは最後の最後まで何が起こるかはわからないのだ。
「僕のことはどうでもいいんだ。だって、僕何も悪いことしてないし。でも、僕を助けに来てくれたアニキが馬鹿にされるのは許せないよ!」
そう言った丸藤くんは、弱気でもなく、かと言ってムキになっているのでもなく、強く、強くそう言った。
遊城くんは口元に笑みを浮かべている。
「負けんな、アニキ!」
「おう、当たり前だ。心配すんな、翔!」

 次のターン、遊城くんは願いを込めるようにカードを引く。
「きたぁ……!いくぜ!《E・HEROクレイマン》、召喚!そして魔法カード、《死者蘇生》発動!墓地から《スパークマン》を特殊召喚だ!」
「一体何のつもり?そんな攻撃力の低いモンスターを何体出したって、私の《サイバー・ブレーダー》は倒せないわ!」
召喚した2体はどちらも現在攻撃力3600の《サイバー・ブレーダー》には適わない。
「更に、フィールド魔法《フュージョン・ゲート》の効果により、《スパークマン》と《クレイマン》を融合し、《E・HEROサンダー・ジャイアント》を召喚だ!」
「フィールド魔法。フィールドに出ている間はずっと、フィールド全体に特殊効果を与える魔法カード」
昼間の授業を思い出す。丸藤くんは、今度こそしっかりとその特性を言う。
《サンダー・ジャイアント》が降り立ったことによって、湖の波が荒くなった。
「だから何?私の《サイバー・ブレーダー》は攻撃力3600よ。分かってるの?」
「あぁ。よーく分かってるぜ。《サンダー・ジャイアント》は元々の攻撃力が自分より低いモンスター一体を破壊することが出来るんだ」
「元々の、攻撃力……」
「《サイバー・ブレーダー》が装備魔法でパワーアップする前の攻撃力は」
「に、2100ポイント……《サンダー・ジャイアント》より低い……」
先程の《サイバー・ブレーダー》のように、《サンダー・ジャイアント》の効果も、この場面に最適なものだった。
「そういうこと!一気に決めるぜ!《サンダー・ジャイアント》の特殊効果、発動!
《サイバー・ブレーダー》を破壊!そして相手プレイヤーにダイレクトアタックだ!
ボルティック・サンダー!」
明日香:LP0
十代:LP200

 「明日香さん!」
「大丈夫でございますか?」
「やったー!」
「ガッチャ!楽しいデュエルだったぜ!」
遊城くんは決め台詞のようにそう言って勝利を飾ったのだった。

 「約束通り、翔は連れて帰るぜ」
「どうぞ。約束は守るわ。今日のことは黙っててあげる」
「ふん!まぐれで勝ったからっていい気にならない事ね!」
よしてジュンコ、と凛とした声で負け惜しみのようなことを言う彼女を諭す。
「明日香さん……」
「負けは負けよ。見苦しいことはしないでね」
「いや、そいつの言う通りかもしれないぜ。アンタ、強いよ。……じゃあな」
丸藤くんが手を振っていたのでわたしも手を振り返す。よかった、退学にならなくて。
明日香ちゃんは小舟が見えなくなるまでずっと、その方を見つめていた。

 そういえば、この事件の発端でもあるラブレターを書いた人は誰だったんだろう。
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