02

 無事合格できたわたしはアカデミア行きのヘリコプターに乗っている。けど。
女の子がだぁれもいない。少ないかな、とは身構えていたけれど、本当に誰一人いなかった。中等部からの生徒は女の子がいるらしいけれど、高等部受験者、合格者のなかには誰ひとりもいなかった。

 広い太平洋の中ぽつりと浮かぶ島が窓から見えてくると皆は身を乗り出しかねない勢いで窓の外を待ち遠しく見つめていた。

 「ようこそ、デュエルエリートの諸君。諸君は狭き門を実力で開いてやってきてくれました。未来のデュエルキングを夢見て、楽しく勉強してください」
大きなディスプレイ越しにおおらかそうな初老の男性が言葉を述べる。アカデミアの校長先生だ。
校長先生のお話が終わるとPDAとかいう携帯端末が配られた。学生証や生徒手帳、そして携帯電話のような機能が全てこれひとつに詰まっているらしい。

 「あ、三沢くん!」
「やぁ、天野川くんじゃないか」
「あの時は連れてってくれてありがとう!これからよろしくねー」
「あぁ、こちらこそよろしく頼むよ。
そう言えば天野川くんはビッグバンガール主軸の回復デッキ使いなのかい?」
「あー……うん、まぁ、そうでもあるし、そうでもないよ」
「哲学的な回答だな」
「えへへ。まぁこれから長い付き合いになるんだし、そこで明かしていくよ」
「そうだな。野暮なことを聞いてしまったよ」

 「やぁ二番!……と、澪音!お前らもレッドか?」
不意に横から話しかけられた。遊城くんと丸藤くんだ。
「いや?僕はこの制服でわかるだろう。ラー・イエローだ」
「わたしはオベリスク・ブルーだよ。女子は強制的にここなんだって」
「あ、制服の色ってそういう事だったのか」
「どうして君がレッドなのか不思議だよ」
「ん?なんだか引っかかる言い方だなぁ」
「ま、気にしないことだ。失敬するよ、一番くん」
「ハハハハ。ま、お前こそ落ち込まずに頑張れよ!」
「そうそう、君たちの寮は向こうだよ」
「えっ?」
三沢くんが指さす先には質素なアパートのような建物が寂しく潮風に晒されながらちょこんと佇んでいた。

んじゃ、俺たちあっちだからさ。また明日な!」
「また明日ッス〜!」
「うん!ばいばーい!」

 ブルー寮へと向かう最中、遊城くんのことを考えていた。

───ガッチャ!楽しいデュエルだったぜ、先生!
アカデミアの実技担当最高責任者だというクロノス先生とやらに勝ってしまった彼。
デュエル、好きなんだなぁ。すっごく楽しそうにやってたよね。見ていたわたしもすっごい楽しかった。あれが入学試験だって、しばらく思い出せなかったもん。
きっと入学したみんな、それから中等部からの生徒達も遊城くんやわたしにも負けないくらいデュエルを愛している人達で、そんな人達と共にデュエルのことが学べるんだ。
あぁ、そういえば遊城くんはHEROデッキを使っていたっけ。……HEROかぁ。懐かしいなぁ。今度遊城くんからHEROのこと、色々教えてもらえたらいいな。

あれ。

もしや、これは。

「ま、まい、ご……」

 一方その頃の三沢。

 「……しまった。天野川くんは大丈夫だろうか」
寮の部屋の中で荷物を広げた時にふと思い出した。そう、澪音がおそらく極度の方向音痴だということを。
天野川くんはPDAに地図が乗っているのを知っているだろうか。そもそも彼女は地図が読めるのだろうか。
そんな三沢の不安は見事的中しているのであった。

 建物の中なら人がいるかな、って。
その人に道を教えてもらおうかななんて望みを持って中に入ったけれど、人の気配はしない。
このまま誰にも会えなかったらどうしよう。島の中はきっとそう広くはないからいつかは見つかるはずだけど……。

「ど……デュエル…………」
「……んにも………よぉ」

「……、確かこっち……」
「どうし……分かるの……」

後ろから人の声が近づいてくる。よかった、この人たちに聞こう!

「におう、におうぞ!デュエルのにおいだ!……ってあれ!?」
「えー?デュエルのにおいって?うわっアニキ急に止まらないでよ……あ、澪音さん!」
「遊城くんと丸藤くん!よ、よかったぁ……のかな……?」
「お前もデュエルのにおいにつられて来たのか?」
「えっとー、その、迷子になっちゃって……」
「もしかして方向音痴ってヤツかー?まぁいいや。澪音も一緒に行こうぜ」
「え!?う、うん?」
「アニキ!勝手に入っちゃっていいの!?」
遊城くんはズカズカと中に入ってしまった。
あの、わたしは女子寮に行きたいんだけど……。

 「うおー、すげー!」
「わー!これ最新設備のデュエルフィールドだよ!音響設備も体感システムもニューバージョンだ!いいなぁ、こんな所でデュエルやってみたいなぁ!」
施設内のデュエルフィールドは試験会場に広さは劣るものの、設備においてはとても優秀なものだった。

「よし!じゃあやろうぜ!」
「えぇ?いいのかなぁ?」
「何言ってんだよ!俺たちここの生徒なんだぜ?」

「というわけにはいかないんたな、これが」
「ここはオシリスレッドのドロップアウトボーイたちが来るところじゃないぞ!」
真っ青な制服の男子二人組が高圧的な態度で話しかけてきた。オベリスク・ブルーの生徒だろう。

「上を見てみろ!オベリスクの紋章が見えないか?」
彼の指差す先には荘厳な紋章。
要するにオベリスクブルーの生徒しか使ってはいけない、ということなのだろうか。
「ご、ごめん……。知らなかったんだ。寮に帰ろう、アニキ」
「ねぇ、ブルーのわたしもいるから使っちゃダメかな?」
「ん……?お前は確か、2番の奴か」
「女子だからという理由だけでブルーのお前じゃあなぁ……」
「うーん、なんかしっくり来ないな。じゃあお前俺と勝負しないか?それならいいだろ!」
「誰かと思ったら!」
「万丈目さん!クロノス教諭に勝った110番ですよ!2番もいます!」
オベリスク・ブルーの生徒が観戦席へと声をかけた。

 黒髪の生徒がわたしたちを見下ろす。
その目は反抗的な鋭さを持っていて、少なくともわたしたちを歓迎している様子ではなかった。

「あ、俺遊城十代!よろしく!」
そんな態度を気にすることなく笑顔で挨拶をする遊城くん。制服の色も相俟って、まさに正反対に居る二人、という感じがする。
「……んで、あいつは?」
目の前のブルーの生徒は目を見開き、上にいる彼はさらに機嫌の悪さを顕にした。
「お前、万丈目さんを知らないのか!?同じ一年でも、中等部からの生え抜き、超エリートクラスのナンバーワン!」
「未来のデュエルキングとの呼び声高い、万丈目準様だ!!」
デュエルキング。
子分を従え他者を見下ろす彼は、この二人が称するように確かに王様のようだった。

「おかしいなぁ」
遊城くんは腕を組んでわざとらしく首を傾げる。
「何がだ」
「だってデュエルキングって一番ってことだろ?この学園の一番は、俺だからさ!」

一瞬、間が空いた。

でもそれは本当に一瞬の出来事で、目の前の男子生徒は心底可笑しそうに笑いだした。
「ドロップアウト組のオシリスレッドが、身の程知らずな!」

「Be quiet.諸君、はしゃぐな」
「万丈目さん……」
初めて彼が喋った。
「そいつ、お前達よりやる。入学試験デュエルで手抜きしたとはいえ、一応あのクロノス教諭を破った男だ」
言葉は遊城くんを讃するものだけれど、やはり視線の鋭さは変わらない。
「実力さ!」
「その実力、ここで見せて欲しいものだな」

 「あなたたち、何してるの」
「うわぁ、綺麗な人ー!」
その凛とした声に振り向くと、ブロンドヘアの麗しい女の子が立っていた。

「天上院君。いやぁ、この新入りがあまりに世間知らずなんでね。学園の厳しさを少々教えてあげようと思って」
「そろそろ寮で歓迎会が始まる時間よ」
「……引き上げるぞ」
何も言い返せないのか、従えている二人を連れて立ち去ってしまった。

 「あなた達、万丈目君の挑発に乗らない事ね。あいつら、碌でもない連中なんだから」
眉を顰めて先程までブルーの三人がいた方へと睨みを利かせる。
「へぇー。わざわざそんなこと教えてくれるなんて、ひょっとして俺に一目惚れかぁ〜!?」
「あ、アニキそんなありえないことを」
ブロンドヘアの女の子は、お調子者のその言葉に苦笑いを零しながら寮の歓迎会が待っているのを教えてあげる。
「そうだっ!寮に戻るぞ!」
「ま、待ってよアニキぃ!」

 「そうだ、お前なんて名前だ!?」
「天上院、明日香」
「俺、遊城十代!!よろしくなーー!!」
遊城くんは嵐のように去っていってしまった。
……結局わたし、女子寮に行けないじゃん!

 「あなた、今年の外部から入学した子よね?」
「うん!天野川澪音だよ!」
「受験も入学式も女の子一人で心細くなかった?」
「あはは……たしかに女の子が誰もいなかったのはちょっとびっくりかも」
「そうよね。中等部からの女子はたくさんいるから、困ったことがあればいつでも頼ってちょうだい」
「ありがとう!えっと、明日香ちゃん?」
「ふふ。これからよろしくね、澪音」
握手を求め差し出された手は細く、雪を思い出すような白さだった。

 「そういえばあなた、どうしてこんな所にいたのかしら」
「ほんとは女子寮に行きたかったんだけど……考え事してたら道わかんなくなっちゃって。とりあえずここの中に人がいたら道を聞こうかなって思ってたの」
「あら、今日は入学式だからそうそう人は来ないわよ。……例外がいたけれど」
「そうなの!?じゃあ明日香ちゃんが来てくれてほんとによかったー!もし来なかったらわたし歓迎会に間に合ってなかったかも」
「私も来て良かったわ。さ、一緒に女子寮に行きましょう」
何故だかわからないけど、あの万丈目くんが少し気になって彼のいた方を振り返ってしまう。少し寂しい気持ちになった。

 高校の歓迎会にしては豪華すぎるんじゃないかな。
煌めくシャンデリアを反射する華やかな壁や床、ロビーの中心には噴水が。
この学校は学生寮にどれだけ費用をかけているのだろうか。
しかも皆片手にシャンパングラス(中身はオレンジジュース)を持っている。……ほんとに高校の歓迎会であってる?

 「澪音、紹介するわね。ジュンコとももえよ」
明日香ちゃんの後ろには黒髪を一つにまとめた女の子と茶髪のミディアムヘアの女の子がいた。
「私がジュンコよ!枕田ジュンコ。よろしくね」
「私は浜口ももえですわ。よろしくお願いしますね」
「天野川澪音です!ジュンコちゃんにももえちゃんだね。こちらこそよろしくね」
明日香ちゃんのおかげで女の子の友達もできた。

 ようやく歓迎会もお開きになって部屋で荷解きをしている時だった。
机の上に置いてあるPDAが鳴り出した。なれない手つきで端末の操作をする。

「えーっと……こうかな……あっ、澪音見てるかー!?あのさ、今日の夜十二時からデュエルフィールドであの万丈目ってヤツとデュエルするんだ!!澪音も来いよな!!じゃあなー」
遊城くんからのメッセージだった。丸藤くんもちょっと映ってる。
「十二時かぁ。早めにお風呂はいっておかないと」

 午後十一時を過ぎた頃。
歓迎会ではあんなに輝きを放っていたシャンデリアも今は闇に身を潜めている。
足音を立てないように、一歩一歩を慎重に踏み出す。
昼間のデュエルフィールドに果たして自分一人でたどり着けるだろうか。行きの道と帰りの道は景色が違うし、今は夜中であたりも暗くて余計にわからない。PDAの微弱な光は周りを照らすには弱すぎる。

 「ヤツの……が見れ……」

近くから人の声が聞こえた。もしかして、と思ってその声の元へと駆け寄る。

「やっぱり……!ねぇ!!えっと、万丈目くん!」
「なっ……!」
傍にいる二人がまたもや目を見開いた。……あれ、何かしたかな。
「万丈目さんに対して失礼だぞ!」
やっぱり王様みたいだな、と思った。無礼を働くなと怒る様は本当に子分みたいだ。
万丈目くんは昼間と変わらず難しい顔をしてこちらを睨みつけるように見ている。
「遊城くんとデュエルするんでしょ?わたしも見に行くから、一緒に行っていい?」
「フン。勝手にするがいいさ」
「万丈目さんの優しさに感謝するんだな!」
「邪魔はするなよ!」
「わ、わかったよ……ありがとう」

 「よく来たな、110番!」
わたしたちがデュエルフィールドに到着してからすぐに遊城くん、それから丸藤くんも来た。
「へへ。デュエルと聞いちゃ、来ない理由はないぜ!おっ、ちゃんと澪音もいるな!」
「あっ、アニキ!」
「見せてもらうぜ、クロノス教諭を破ったのがまぐれか実力か」
「あぁ、俺も知りたかったところさ!デュエルアカデミアのエリートってやつらが、どれ位の実力かさ!」
「はははっ!いいか、互いのベストカードをかけたアンティルールだ!」
「あぁ!なんでも来やがれ!」
二人のデュエル、という声が重なった。

 自称であれ他称であれ、デュエルキングと言う肩書きは伊達ではないのかもしれない。

 遊城くんが《E・HERO フレイム・ウイングマン》を召喚したその時、万丈目くんが罠カード《ヘル・ポリマー》を発動した。
「《ヘル・ポリマー》って……?」
「デュエリストにとって、基本的な知識よ」
「あ、明日香さん」
「明日香ちゃん!?」
「澪音、あなたやっぱりここにいたのね……相手が融合モンスターを召喚したとき、自分の場のモンスターを一体生贄に、そのモンスターのコントロールを得ることが出来る」
「え、それってどういうこと……?」
「《リボーン・ゾンビ》を生け贄に、《フレイム・ウイングマン》のコントロールを得る!」
丸藤くんの疑問には万丈目くんが答えてくれたようだ。
「《フレイム・ウイングマン》!」
「モンスターが取られちゃった!?」
「しかも遊城くんのフィールド、ガラ空きだよ!」

 「更に罠カード、《リビングデッドの呼び声》を発動!このカードは、自分の墓地からモンスターカードを一体を選び、攻撃表示で特殊召喚する!《ヘルソルジャー》を特殊召喚!そしてヘルソルジャーを生贄にして、《ヘルジェネラルメフィスト》を召喚!
どう転んでも、俺の勝ちは決まったようだな!
アンティルールにより、お前のベストカードを貰うぜ!」

 どうやら入試時のプレイの分析を綿密にしたのは本当のようで、気づけば遊城くんのLPは550にまで減っていた。

 「ふっ……それはどうかな?」
だというのに、遊城くんは一切焦りや怯えを見せることは無かった。むしろ楽しむ余裕すらもちあわせている。
「何?……デュエルは99%の知性が勝敗を決する。運が働くのはたった1%に過ぎない」
「その1%に俺は賭ける!!俺の引きは奇跡を呼ぶぜ!俺のターン、ドロー!…よし!」

 遊城くんのターンが始まったその時、入口から複数の足音が聞こえてきた。
「あれ、誰か来るのかなぁ」
「ガードマンが来るわ!アンティルールは校則で禁止されてるし、時間外に施設を使っているし、校則違反で退学かもよ!?」
「えっ!?」
「う、嘘ぉ……!」
「ええっ!そんな校則あるのかよ!」
デュエル中はあんなに余裕だった遊城くんも知らなかったようで、かなり焦っている。どうしよう……!
「はぁ……。あなた、生徒手帳を読まないの?」
明日香ちゃんがPDAを取り出す。あぁそう言えばPDAは生徒手帳の役割も持っているんだ。帰ったらしっかり読まなきゃ。もう遅いけど!

「万丈目さんやばいっすよ!」
「今夜はここまでだ!俺の勝ちは預けといてやる」
「まだ勝負は終わっちゃいないぜ!」
「もう十分さ、お前の実力を見せてもらった。入学テストはまぐれだったようだな」
「ふ、ふざけんな!」
万丈目くんは足早に去っていってしまった。
「アニキ!見つかっちゃうよ!!」
「さぁ、こっちよ!」
「早く、早く!」
「う〜〜〜〜!!!!嫌だ!俺はここを動かないぃ〜!」
「アニキィ〜!!!」
「遊城くん!そこにいたらもうここでデュエルできなくなるかもだよ!?だから、ねっ?」

 間一髪、というところだった。無理やり遊城くんの背中を押して屋外へと逃げてきたのだ。
「全く、世話の焼ける人ね」
「ちぇっ。余計なことを」
「ありがとう、明日香さん。澪音さん」
「どう?オベリスクブルーの洗礼を受けた感想は」
「まぁまぁかな!もう少しやるかと思ってたけどね」
「そうかしら?邪魔が入っていなかったら今頃、アンティルールで大事なカードを失っているところじゃなかったの?」
「いや?今のデュエル、俺の勝ちだぜ!」
何故ここまで自分の勝利を確信して言えるのか。遊城くんは《死者蘇生》のカードをわたしたちに見せた。
なるほどつまり、あの最後のターンで《死者蘇生》のカードを引いていたんだ。そして《E・HERO フレイム・ウイングマン》を召喚すれば……。

 遊城くんは強気な笑みを浮かべて寮へと帰っていった。丸藤くんもそれに続く。
「あの子、面白いかも」
「そうだね。見ていて楽しいよ」
「……澪音!勝手に抜け出しちゃダメよ!」
「えっ!」
がしっと肩を掴まれる。明日香ちゃんの手は少し冷たい。
「急に隣の部屋が静かになったと思ったらあなたがいなくなってたんだもの。とても心配したのよ!」
「ご、ごめんね、わざわざ探してくれたのかな」
「もう……。アイツも問題児みたいだけど、澪音も手がかかりそうね。
早く帰りましょ。女の子にとって夜更かしは天敵だわ」
「はぁい」

なんだか今日は騒がしい一日だった。午前中の入学式が随分前のように思える。
明日(正確には今日)も早い。部屋に戻ったら直ぐに寝ようかな。
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