01

 デュエルアカデミア入学試験日当日。天野川家の玄関では兄妹喧嘩にも満たない口論が繰り広げられていた。

 「やっぱり考え直さないか?」
「今日が試験日なの知らないの?」
昨日の夜、つまりは試験日の前夜にようやく大人しくなったと思われた兄、昴だったけれど、最後の足掻きだとでも言うのか、玄関で私のことを引き止める。
「だって俺……澪音のいない生活が耐えられそうになくて……」
「いい加減妹離れしなよ」
「おっちょこちょいなお前が一人暮らしなんて心配で……そこも可愛いんだけどな」
「一人暮らしって……寮だから!うるさいなぁもう」
「そんな可愛いお前に変な虫が着いたら俺はいよいよ」
「ねぇもういいかな!?電車遅れるんだけど!!」
「駄目だ!!!」
「昴、嫌い!!!!」
「なっ……。澪音に嫌われるのが一番嫌だァ!!」
駄目だと言ってきた昴の迫力に怖気付いてしまったがここで負けてはいられない。
もう昴の使い方は完璧だよ。使いこなせてるね。昴マスターだよ。

 結局昴には車で送ってもらい、駅のロータリーで降ろしてもらった。最後に子犬みたいな目でだめか……?って感じに見つめてきたけれど成人男性のそれは見ていて辛いものがあった。
最後に行ってきますのハグでお別れした。昴もお仕事頑張ってね。
 わたしにとっては試験日という超大切な日だがあくまでも平日なのだ。通勤通学するサラリーマンや学生、大きなキャリーバッグを手にする女の人、いろいろな人で電車はなかなか混んでいる。アバウトに表現するなら多分降りる時には既に私は紙になっているだろう!それくらい押されて、圧されている。
 学校入ったら友達できるかなぁ〜とか、寮生活なんてわたしに出来るのかなぁ〜とか、ご飯は美味しいかなぁ〜とか、ご飯はどんな感じなんだろうなぁ〜、やっぱご飯っていいよねぇ〜とか思っているともうあっという間に目的の駅に停車した。
すみませーんおりますごめんなさいごめんなさいととにかく押しのける人たちに謝罪の言葉をかけて降りる。
 やはり海馬コーポレーション設立のスタジアムなだけあって大きい。遠くからでもひと目でわかる。
地図が上手く読めないし、土地勘とかないから昴から「もしもの時は交番でお巡りさんに助けてもらうんだよ」ってこの歳になっても言われたし、迷ってもいいようにかなり時間に余裕を持って来た。でも大丈夫だ。問題ない。
あの建物に近づいていけばいいだけじゃん!会場に着いたらどう暇を潰そうかな。


 ほら、澪音は迷子になりやすいからね。何となくで進んじゃダメなんだよ。
昔から昴によく言われたこの台詞。なんでいつもこの台詞を迷ってから思い出すんだろう。なんでスタジアムに近づいていないんだろう。なんでさっきと同じ場所にいるんだろう。
 「君、アカデミアの受験生かい?」
急に同い歳くらいの白い学ランに身を包む男の子に声をかけられた。
な、何……!?あっ、もしかして誘拐!?怪しい団体への勧誘!?逃げ足には自信あるよ!?
受験当日に迷った上に、変な人に捕まるだなんて!あぁ、今日はなんて厄日!


 話を聞けば彼、三沢くんも受験生らしい。わたしがあまりにも見ていて可哀想だったので一緒に会場まで連れていってくれるらしい。
そんなに可哀想だったのか。誘拐とか思ってしまって申し訳ない。そもそも同い年の子が同い年の子を誘拐ってなかなかないよね。
念のために早めに出発してよかった。
昴に会場付近まで送ってもらえばよかったかもしれない、なんて話はナシで。
 「本当にありがとう!三沢くんがいなかったら多分受験会場に行けてなかった気がするよ」
「どういたしまして。こちらこそいきなり腕をつかんでしまって悪かったよ。君も筆記試験の中で選ばれたデュエリストだろう?お互い頑張ろう」
「うん、がんばろ!入学した後もたぶん迷惑かけるかもだけどよろしくね!」
「待て」

がしっ。

「何処へ行くんだ?控え場はあっちだ」
「……ありがとう」

 「受験No.2、天野川澪音!」
「はいっ!」
しまった、音量間違えた。
自分の声が反響したのがわかる。大きすぎたようで周りの視線が全部こっちに向いた。
ちなみにこの試験番号は筆記試験の順位になっているらしい。つまりわたしは筆記では二番。
そして連れてきてくれた三沢くんは受験番号一番。彼が筆記試験においてのトップだ。

「楽しみにしているよ」

後ろから三沢くんの声が聞こえた。
うん、と返事しようとしたのに声が出なくて頷くことしか出来なかった。
あぁ、わたしも緊張してるんだ。
 「これから入試デュエルを開始する」
「……よろしくお願いします」
深々とお辞儀をしてからデュエルディスクを構える。
「先行は受験者からだ。さぁ、始めたまえ」

 「今年の筆記2番は女子ですか」
「珍しいですね。今年はこの2番だけですよ」
取り巻きを従えた万丈目は背もたれに寄りかかりながら澪音の入ったフィールドを見つめていた。

「わたしのターン!ドロー!
……モンスターをセット、カードを1枚セット。ターンエンドです」
最初は相手の様子見といったところだろうか。
伏せるだけでターンを終わらせた。
試験管は手札から《ファイヤー・ソウル》を発動、デッキの《ネフティスの鳳凰神》を除外し、元々の攻撃力の半分──つまりは1200ポイントのダメージを澪音に与えた。

「モンスターを1枚伏せてターン終了だ」

澪音:LP2800
試験官:LP4000

次のターン、澪音はドローを行うだけで終了。今度はカードすら伏せなかった。
「ネフティスの鳳凰神はカードの効果で次のターンに復活……しかも特殊召喚だから通常召喚も残されている」
「それだけじゃない、ネフティスの鳳凰神の召喚に成功したらあの伏せカードも破壊される」
「お勉強が出来たってデュエルが出来なきゃ意味が無いんだぜ、2番」

「私のターン、ドロー。私は墓地から《ネフティスの鳳凰神》を特殊召喚!召喚が成功したことにより、《ネフティスの鳳凰神》の効果発動!フィールドの魔法・罠カードを全て破壊する!」
取り巻きの言った通りに澪音の伏せていたカードは破壊されてしまった。破壊されたカードは《グラヴィティ・バインド−超重力の網−》。フィールド上のレベル4以上のモンスターが攻撃できないようになる永続罠だった。
今のターンではもう伏せモンスターしかいない。澪音も相手の攻撃を防ぐ術として頼りにしていたカードが破壊されたことによって難しい顔をしていた。
それでも尚試験官は容赦なく攻めていく。先程伏せていた《巨大ネズミ》を反転召喚し、ネフティスの攻撃で澪音の伏せモンスターを破壊、そして《巨大ネズミ》でダイレクトアタック。

澪音:LP1400
試験官: LP4000

「あぁ、とうとう2番のフィールドがガラ空きに!」
「試験官のLPを1も削れていない……手も足も出ないって感じですね」
こんな入試用の易しいデッキにも苦戦するとは、情けない。取り巻きの言葉を最後に、万丈目は完全に澪音への興味というものを失った。

「っわたしのターン!!ドロー!」
新たに引いたカードに澪音は目を見開く。
「わたしは手札から《光の護封剣》を発動!このカードが存在する限り、相手モンスターは攻撃宣言ができない効果を選びます!更に《ビッグバンガール》を召喚、カードを1枚セットしてターンエンドです」

「首の皮一枚繋がったみたいですね」
興味が完全になくなった万丈目をよそに取り巻き2人はまだ澪音のデュエルの実況まがいのことをしていた。

光の護封剣は3ターンで効果が切れる。
確かに延命はできたが、澪音は崖っぷちに立たされている状況というのは依然変わりないのだ。

「あともう1ターンで君を守る《光の護封剣》の効果もおしまいだ。どうする?」
「なんとかなります、してみせます。ドロー!
私は前のターンに召喚した《プリンセス人魚》の効果でLPを800ポイント回復!そしてこの時、《ビッグバンガール》の効果発動!わたしが回復する度に貴方のライフに500ポイントのダメージを与えます。そして私はカードを1枚セット、《白魔道士ピケル》を召喚してターンエンドです」

澪音:LP2200
試験官:LP3500

試験官この2ターン中に《D.D.アサイラント》を召喚、その次の彼のターンでは《異次元の戦士》を召喚した。彼女のLPを削ろうとモンスターが次々とフィールドに現れる。
そして、3ターン目。
「私は《異次元の女戦士》を召喚してターンを終了する。……これで光の護封剣の効果は終わりだ」
「わたしのターン、ドロー!
……ようやく準備が整いました。この時に《神の恵み》の効果発動!《神の恵み》の効果で私は500ポイントライフを回復します。この時《ビッグバンガール》の効果で相手に500ポイントのダメージ、更に《悪夢の拷問部屋》の効果を発動。相手ライフに戦闘以外のダメージを与える度に相手に300ポイントのダメージを与えます!」

澪音:LP2700
試験官:LP2700

澪音はこのドローフェイズだけで試験官のライフと自分のライフを等しくしてしまった。それだけではない、まだ彼女の場には効果が発動できるカードが沢山残っている。
「次に《白魔道士ピケル》の効果発動!わたしはフィールド上にモンスターが三体、よって1200ポイントのライフを回復。この時に……」

「あっという間に試験管のライフを同じところまで引きずり下ろしてきた……!」
「しかもただ削ったわけじゃない、自分のライフも回復しながら」
万丈目の取り巻き2人は万丈目とは対称的に、澪音のデュエルに見入っていた。
先程の停滞していたデュエルが嘘のように廻る。澪音がライフを回復する度に《ビッグバンガール》の効果、そして《悪夢の拷問部屋》の効果で800ポイントを削られていくのだ。
《白魔道士ピケル》と《プリンセス人魚》の効果で澪音のライフは現在4700。試験官のライフは1100になった。形勢逆転だ。

「まだまだ!わたしは墓地の《堕天使マリー》の効果発動!このカードが墓地に存在する場合、自分のスタンバイフェイズに1度だけ自分は200ポイントのライフを回復する!そしてまた《ビッグバンガール》の効果、《悪夢の拷問部屋》の効果によって800ポイントのダメージを与える!」

澪音:LP4900
試験官:LP300

「そして最後に!手札から《ご隠居の猛毒薬》を発動っ!わたしは1200ポイントライフを回復。もう一度《ビッグバンガール》、《悪夢の拷問部屋》の効果を発動!相手に800ポイントのダメージ!やったぁ!!」

澪音:LP6100
試験官:LP0

「おめでとう、見事な展開だったよ。君の勝利だ」
「……はっ!あ、ありがとうございました!」

「1ターンで、しかもモンスターの攻撃を1度もせずにあそこまでやるとは」
「2番も女子にしてはやりますね、万丈目さん」
「……天上院くんには叶わないさ、興味無いな」

 あぁ、試験官の先生の前で思いっきりやったぁ、なんて喜んでしまった!
デュエルは悪くは無いものの、最後のあれはやってしまった。

「お疲れ様。ヒヤヒヤしたけどなかなか面白いデュエルだったよ」
「あ、三沢くん。ありがとう!三沢くんでラストだね。上手くいくといいね」
「あぁ、ありがとう」

先程のデュエルが終わり、疲れがどっときたのか少し気分が悪い。
外の新鮮な空気でも吸おうと思いその場を離れる。もちろん三沢くんのデュエルも見たいけれど、気分が優れないままだと集中して観れない。

会場のドアを開けようと思ったその瞬間、勢いよく先にドアが開いた。いきなりの事でうまく反応できず相手に打つかりそのまま尻餅をついてしまった。

「いってぇ……悪ィ、大丈夫か?」
「いえいえ大丈夫……こちらこそごめんね」
「というか、あなたが大丈夫?髪の毛とか学ランとか、色々すごいよ」
打つかった相手は親切にも手を差し伸べてくれた。余程急いでいたのか、髪の毛には葉っぱが、学ランは少々泥がついてしまっている。
「へへ。そんなの大丈夫さ!取ってくれてサンキューな!」

 「罠カード《破壊輪》発動!この罠カードはフィールド上の表側表示で存在するモンスター1体を破壊し、お互いにその攻撃力分のダメージを受ける」

三沢:LP1300
試験官:LP0

「おめでとう。君の勝利だ」
「ありがとうございました」

外で呆けていたら、三沢くんのデュエルはもうかなり終盤だった。というかもう終わっていた。

「あの1番、見事なコンボだったな」
「そりゃそうさ。受験番号1番。つまり筆記試験第一位の三沢君だよ!?」
先程ぶつかってしまった男の子ともう一人、背丈の小さい男の子が喋っている。そうか、あの二人は三沢くんのデュエルを見ていたのか……。

「ふーん、受験番号はそういう意味か」
「合格は筆記の成績とデュエルの内容で決められるんだ。デュエルには何とか勝ったけど受験番号119の僕じゃ受かるかどうか」
「心配すんな、運がよければ合格するさ。俺だって110番だ」
どうやら遅れてきた彼は相当番号が遅い受験者だったらしい。その言葉を聞いてもうひとりの少年が目を見開く。
「君も受験生!?」
「ああ!」
「でも100番代のデュエルはもう一組目でとっくに終わったよ!?」
「え?」
「ほら、でも受験会場に入れてくれたんでしょ?っていうことは試験してくれるんじゃないかな」
「あ、お前はさっきの……」
「さっきはごめんね。私天野川澪音っていうの!ここの受験生だったんだね!二人ともよろしくね」
「いいって!そっかー澪音もか!お前のデュエルも見たかったな。俺、遊城十代!よろしく」
「あっ、ボクは丸藤翔っていいます!よろしくッス」

「スゲー強いな、お前」
三沢くんは落ち着いた様子で戻ってきた。
「ありがとう」
「今年の受験生で二番目くらいに強いかもな!」
二番目。普通に考えれば筆記試験を一位で通過し先程の見事なデュエルのことを考えれば誰もが彼が一番だろうと言うのに彼は二番、と言った。
 ――――受験番号110番、遊城十代君
「よし、俺の番だ」
「君、なぜ僕が二番だと思うんだ?」
そりゃあ、俺が一番だからさ!と自信満々に笑顔でそう告げると駆け足でフィールドへ向かった。なんだか、とても爽やかな人だと思った。


蛇足
 三沢大地はゆっくりと今日のことを思い出した。
筆記試験の順位は100番を超えているというのに堂々と自分こそが一番だと語った遊城十代。不思議と嫌な気分にはならなかった。高等部の実技担当最高責任者を打ち負かした実力か、彼自身の振る舞いか、あるいはその両者か。
そういえば天野川澪音も「入学後はよろしくね」と言っていた。自身がこの試験を乗り越え入学することを前提に彼女は話したのだ。
なんてヤツらと同期になってしまったのだろうか。
きっと、いや必ずあの二人はアカデミアで会うことになるだろう。ここまで来て自分も入学できることを前提にして期待していることに気づき、小さく笑った。
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