03.人ならざる者たち

 「た、大変だ!怪物が!街の中に怪物が入り込んで!」
荒々しくドアを開いた青年は顔面蒼白で息切れを起こしている。
とにかく来てくれ、と吐き捨てるように言うと、また同じことを叫びながらこの迷路のような道の中へと消えてしまった。テーブル席で呑気に酒を飲んでいた輩はあっという間に姿を消した。

「何だか嫌な予感がする…僕達も行こう」
◇◆◇


 町人たちに囲まれているのはトロデ王と白馬のミーティア姫だった。エイトの嫌な予感というものは的中していた。
不気味な容姿のトロデ王は彼らの目の敵にされ、小石を投げられつつ罵詈雑言を浴びせられていた。すぐに白馬ミーティアが王と町人の間に割り込み盾になったおかげで大した怪我は無かったものの、この騒動のおかげで一度街を出なければいけなくなってしまった。
町人らの敵意は主にトロデ王に向けられていたものだったが、なぜか虚にも疑われるような突き刺さる視線が幾つかあった。そして彼女自身もそれに気づき、顔を顰めた。それと同時に自分がそれ程に奇傑であっただろうかという疑念も生まれたのだった。
◇◆◇

 瑠璃そのものであるかのような夜空の下、トロデ王は先程の扱いに憤りを感じ、足をぺしぺしと草むらへ叩きつけている。
愚痴も程々にしてトロデ王はエイトに本題であったマスター・ライラスのことについて問うた。エイトは眉尻を下げて聞き込みの結果を報告した。

「なんと!!既に亡くなっていたじゃとっ!?むむむむむ……。ふむ、亡くなってしまったものは仕方が無いかの……。元々我らが追っているのはわしと姫をこのような姿に変えた憎きドルマゲスじゃ!マスター・ライラスに聞けばヤツのことが何か分かるやも知れぬとそう思ったのじゃが……やはりドルマゲスの行方はわしらが自力で探すしかないようじゃな。
ではいかとするか。ライラスがいない今、こんな町に長居は無用じゃ!」

 「お待ちください!」
可愛らしい声が一行を引き止めた。振り返るとそこには虚と同じくらいの年頃の娘が息を切らし立っていた。お願いがあるということでわざわざ町から飛び出て来たらしい。
盛大に騒がれた──しかも悪い意味で──自分達に、まさか、といった様子で先程啀み合っていた二人は不思議そうに顔を合わせた。
「お嬢さん、あんたこのわしを見ても怖くないのかね?」
「夢を見ました……。人でも魔物でもない者達がやがてこの町を訪れる……。その者達がそなたの願いを叶えるであろう……と」
「人でも魔物でもない?それはわしのことか?」
「何気にアッシらも一緒にされてるでがすな」
「あっごめんなさい」
少女は自分の非礼に気づき慌てて謝罪した。
「まあ良いわ。見れば我が娘ミーティアと同じ様な年頃。そなたわしらのことを夢に見たと申すか?よくわからぬ話じゃが……」
「あっ申し遅れました。私は占い師ルイネロの娘ユリマです。どうか私の家に来てくれませんか?詳しい話はそこで。町の奥の井戸の前が私の家です。待ってますからきっと来てくださいね!」
そう言い終えた彼女は足早に町の中へと戻って行った。
虚はまるで嵐のような勢いだなぁ、と目の前を横切った少女に対してぼんやりと思った。ほんの微かに柔らかな花の香りが鼻をくすぐった。

「なんでげすかいあの娘っ子は?井戸の前が私の家ったって……」
「偉い!!」
ヤンガスの小言を遮るようにトロデ王が声を張り上げた。目をかっと見開いたその気迫に、その場にいた三人は思わず半歩後ろへ引き下がってしまった。
「このわしを見ても怖がらぬとはさすが我が娘ミーティアと同じ年齢じゃっ!ここはひとつあの娘のためにひと肌脱いでやろうではないか!よし!エイト!町の奥の井戸の家じゃったな。お前行って話を聞いてまいれ。ん?わしか?わしと姫はここで待っておるよ。また騒がれても厄介でな」
先程の憤りを忘れたように嬉嬉としてエイトに命令を下すトロデ王。どうやらまだこの町に厄介になるようだ。
◇◆◇

 ドアを軽くノックしても例の彼女は姿を現さない。
一応お邪魔します、とだけ言って中へと入る。
彼女は目の前の大きな水晶玉が飾られている机に伏せていた。寝ているようだ。

「ユリマさん、ユリマさん。起きてください」
「……あ!本当に来てくれたんですね!なのに私ったらうたた寝なんかしててごめんなさい。実は頼みというのはこの水晶玉のことなんです。……てもしかして話が急すぎましたか?もっと頭から話した方がいいですか?」
「そうしてくれると嬉しいですね」
「そうですよね。では聞いてください。
嘗て私の父ルイネロはものすごく高名な占い師でした。どんな探し物も尋ね人もルイネロにはわからぬ事はないと……。
しかしある日を境にその占いは全く当たらなくなってしまったのです。多分それはこの水晶がただの硝子玉に」
「何を話しているんだユリマ!?」

話を遮る男の声はエイト達も聞き覚えがあるものだった。夕方頃に酒場のカウンター席にいたあの男だ。
男もエイト達のことを酒場で会った人と認知したが、遠回しに出て行けと言われてしまった。

「ごめんなさい!あんな父で……。
でも!あんなこと言っても占いが当たらなくなって一番悩んでいるのは父本人だと思います。だからお願いです。父本来の力が発揮できるほどの大きな水晶を見つけてきてくれませんか?」

エイトの答えは当然のように決まっていた。
◇◆◇

 「ふむふむそういう事情があったとはな……」
「申し訳ございません、王様」

エイトは跪き頭を垂れている。エイトからは、トロデ王の表情は伺えない。

「えっ偉い!なんと親孝行な娘じゃ!」

後ろにいたヤンガスと虚はまた後ろへ半歩引き下がった。どうやらこの王様、"娘と同じ年頃"という存在に弱いらしい。
トロデ王の返事も先程のエイトと同様、快諾であった。

 もう夜も遅いということで、エイト達は宿に泊まって英気を養うことにした。トロデ王とミーティア姫は一刻前のこともあり町の外で一晩を明かすそうだ。

「何してるの?」
「えっ」
「ほらこっちこっち。色々聞きたいことあるけれど、それは明日の朝だ」

てっきりこれきりだと思っていた虚はそのままエイトに半ば引き摺られるようにして町の中へと入って行った。
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