02.尋ね人

 「うーん、ごめんね。どれも聞いたことないや」
「アッシもでがすなぁ」
「このワシも覚えのない地名じゃのう……」

出身を聞かれて市名や都道府県名を言っても首を傾げられ、果てには国の名前まで答えるも彼らはどうも日本というものを全く知らないようであった。美しい馬、ミーティアとやらも遠慮したような鳴き声を漏らす。
日本の知名度というのは国外ではまだまだ低いものなのだろうか。……いや、なんとなく察しはついているのだが。
成り行きで彼らに同行しているもののここが何処なのかさっぱり分からない。とらぺった、とかいうのがここら辺一帯の地名らしいが、たぶん外国なのだろう。じゃあなんで言葉が通じるのかと、あれこれ考察を巡らせるもきっとおかしな夢でも見ているに違いない。非現実的ではあるのに自分がしっかりと地に足をつけ歩き、自らの意思で彼らと話をし、夕陽に目が眩み、すこし肌寒い風を己の身体で感じ取っているのがやけに現実味があることが不安ではあるが夢だ。でなければあの水色の物体はどうなるというのだ。そうでも信じないとこれから自分はどうなるというのだ。
 「それにしても、大きな門でがすなぁ」

彼の言うとおり、その城壁は天辺まで見上げろと言われたら首を痛めてしまいそうなほどの大きさだった。中からは不吉な黒煙が天へと昇っている。
◇◆◇

 石畳の街道は滑らかなコンクリートの道路とは違って少し凸凹としていて、馬車の車輪がガタガタと音を立てている。
木造の西洋的な民家、簡易テーブルとテントでものを売買する商人、色鮮やかな髪を持つ住人、――私が目覚めてから見る全てが、ここが日本ではないことを突きつけ、更にはここが私の生きる現代ではないかもしれないということも示していた。……本当によく出来た夢だ。私の思考回路はどうなっているんだか。
 大きな荷物と馬を連れているせいか、街ゆく人々がチラチラとこちらへ視線を向けている。王様がにこっと(少々不気味な)笑顔を見せるとたちまち住人は身を寄せ合って小さな悲鳴をあげる。中には面白いもの見たさで民家の窓から身を乗り出して見下ろすものまで出てきた。こういう視線はお世辞にも快い気分になれるものではなかった。

「なんか、嫌な感じ」
 好奇の目に晒されるのがどうにも不快でよそ見をしていたら子供にぶつかってしまった。

「……ごめんなさい」
「ま、マ、ママーーーーッ!」

控えめに謝罪の言葉を述べればその子供は一目散に逃げてしまった。失礼にも程があるのではないだろうか。あぁ、これだから子供は苦手なのだ。……それとも、逃げ出したくなるほど無愛想すぎる謝罪だったのか。
バツの悪い思いを眉間に寄せていると視界には黒い大きな塊が映り込んできた。人の営みを一切感じさせないそれの中からは煙がもくもくと空へ昇っている。この町に入る前に見た煙はこれだったのだろう。焚き火、にしては随分とスケールが大きな気もする。
しかし目の前の彼等は立ち止まることなく先程と変わらずに歩みを進めていた。
◇◆◇

 「わしの記憶に間違いがなければ確かこの町のはずじゃ。この町のどこかにマスター・ライラスと呼ばれる男が住んでいるはずじゃ」
「ちょっと待ってくれよおっさん!アッシらが追っていたのはドルマゲスってヤツじゃなかったでがすか!?」
「そうじゃ!憎きはドルマゲス!わしらをこのような姿に変えたとんでもない性悪魔法使いじゃ!一体あやつめは何処に姿を眩ませてしまったのか!?一刻も早くあやつめを探しだしこの忌々しい呪いを解かねばならん。でなければあまりにも ミーティア姫が不憫じゃ。せっかくサザンビーク国の王子と婚儀も決まったというに……。ドルマゲスの奴めっ! 」

心底悔しそうに拳を強く握りしめ、地団駄を踏みながら力強く語るその姿は(彼には失礼かもしれないが)さながら大根役者のようでもあり、幼い子供のようでもあった。
 "マスター・ライラス" "ドルマゲス"。
目の前の彼等はこの二人を探しているようだがさっぱり訳がわからない。しかしこの緑色のおじさんの姿はそのドルマゲスという人によって変えられたものであることだけは自分にもわかった。更にはお姫様もその人に何かをされたようだ。王様とお姫様ってもう完全に中世ヨーロッパじゃないか。
 「……というわけでエイト、早速じゃがライラスなる人物を探し出してきてくれぬか?」
「もちろんです、王様」
「おお!エイトは流石に話が早いのう。では頼んだぞ。わしはここで休んでいるからな」
先程の大袈裟な語りとはうってかわって落ち着いた様子で話す。私はどうすればいいのだろうか、そもそも私がそんな話を聞いてよかったのだろうか。聞いたところで理解はしていないが。
 「まったく!おっさんの言うことはわけがわからんでげすよ。要するにライラスってやつを探し出せばいいでがすな。じゃあ兄貴、行きますかい!」
「頼りにしてるよ、ヤンガス。……ねぇ、よければだけど君も手伝ってくれるかい?町の人から話を聞いてくるだけでいいんだ」
「ア、アニキ!こんな嬢ちゃんに頼んでいいでがすか?」

くるっと自分の方を向き優しく話しかけてくれる彼。ここに置き去りにされても途方に暮れるのは目に見えているわけなので、手伝う他無さそうだ。

「私でよければ」
「よかった。ほら、人手が多い方がいいだろう?……それで、話はわかるかな?」
「マスター・ライラスという方を探すんですね」
「うん、大丈夫そうだね。この町、だいぶ入り組んでるみたいだし…そうだな、空が暗くなってきたらまたここに集まろう」
◇◆◇

 青年のことを兄貴と慕う彼も兄貴がそういうのなら、とそれ以降は特に何も言うことはなくなった。
三人それぞれの方向に散り、私は近場の出店らしき所から話を聞いていくことにした。
 「あの、少しよろしいですか」
「あぁお客さん……ヒッ、な、なんでございましょうか」
「マスター・ライラスという方のお話を伺いたいのですが」
「彼でしたら―――
 店員や道行く人全員を捕まえて聞き込みをした結果、残念ながら彼はもう亡くなっていることがわかった。あの不吉な煙の原因は彼の家の火事だったようだ。弟子と喧嘩した挙句に殺されてしまったらしい。ちなみに彼は名高き魔法使いだということも耳にしたが色々ともう諦めた。色々と。人に話しかけるたびに何故か顔を引き攣らせ怖がられるのだがそれも諦めた。
 気づけば空は朱色と紺色が混ざり合う頃となっていた。民家からは窓から暖かい光が溢れ商人や門番は街灯に火を灯し始める。そろそろかな、と後ろを振り返るもあの二人らしき人物ははまだいない。もう少し聞き込みをするべきだろうか。
◇◆◇

 「あ、いたいた」

この町の上部はまだ踏み入れていなかったのでせっせと階段を上っていると一際目立つ黄色いひらひらが見えてきた。
「手伝ってくれてありがとう。僕達もほとんどこっちは聞き終わったよ」
「あとは酒場だけでがす!」
「こっちも下の方はすべて聞き終わりました。どうやら、その…」
言葉を濁すも彼らは察してくれたようだ。と言うよりも彼らも聞き込みで訃報を耳にしたようだ。
事の経緯が浮かび上がってきたが最後にということで外にまでその賑わう声が溢れ出す所へと向かう。
 「キミも一緒に行くんだよ」
陽気な笑い声と慣れないアルコールのにおいが私を歓迎してくれた。
◇◆◇

 店の奥にあるカウンター席ではすっかり酔いが回った親爺とそれに呆れ気味の店主らしき人物が言い争っていた。
「ルイネロさん、もうやめにしないかい?悪いけどこっちも商売なんだ。あんたの当たらない占いなんか、一杯の酒代にもなりゃしないよ」
その言葉にガッと店主の方へと顔を上げ、テーブルを荒々しく叩く。男の手元にあった酒瓶とグラスが一瞬だけぐらりと傾いた。
「なんだと!?わしの占いが当たらないだと!?阿呆かお前は!?元々占いなど当たらなくて当たり前なのだ。
もし、もしもだ…わしが先日の家事を占いで予見し、止めたとしよう。しかしそれが何になる?そのことが次の災いのタネになるかもしれないのだ」
確かに占いというものは当たるかどうかはさして問題ではなく、その予言そのものが人の言動に影響を与えるのであろう。しかし、それを糧にしているであろう本人から占いそのものを否定するようなその言葉が何の躊躇いもなく吐き出されるとは。
大袈裟に溜息をつき、それでも火事がわかっていたのならマスター・ライラスが救えたのではないかと店主は糾弾する。先程の勢いの消え失せた親爺は俯いてしまった。

マスター・ライラス、という言葉を聞いてしまったのならもう話しかけるしかない、とその男に近づいた。

「ん!?お前さん達……ちょっと顔を見せてみい!」
話を聞こうと近づいた私たちのことを横目に見たかと思えば馬鹿みたいに態とらしくずいっと顔を近づけてむむむ…と唸っている。何なんだコイツ。

尋ね人:既に遅し
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