01.きっと私は夢を見た

 緩やかな風が吹くというのに時の流れは滞留しているようで物音一つすらたたず、暖かな陽の光は木々の緑葉に遮られ、その合間を細々と通っている。風で木の葉が揺れるたびにその光線は少女の顔の上で忙しなく動く。
痛々しいほどの緑を纏う木や若々しい黄緑の草に彼女の黒は嫌でも抜け出ていた。

遠くからは旅の一行を知らせる足音。
―――これもまた、"呪い"なのだろうか。
◇◆◇

 「おーい、大丈夫?」
「まるで無反応でげすね」
「うん…困ったなぁ」
青年達は倦ねていた。
少し休憩でも、と立ち寄ったそこにはその青年よりも幾分か幼げな少女が倒れていたのだった。―――いや、倒れているというよりも眠っているという方が正確だろうか。先程から何回か声をかけてみたり軽く身体を揺さぶってみるも一向に彼女は起きる様子を見せない。まるで、魂の入っていない人形のようであった。
彼を兄貴と慕う男はこのままここに置いていけばいいと小言を漏らすも、(主にその青年に)王と慕われる小さな緑の彼はそれを許さなかった。心優しいその青年も彼女を置き去りにするという考えなど持ってはいなかった。

「どうするでげすか?このまま街まで運びやすか?」
「そうだね…そんな距離はないし、僕が運ぶよ」
「さすが兄貴、海よりも広い心を持つお方…じゃあアッシはこの嬢ちゃんの荷物を運ぶでがす」
「ありがとうヤンガス。…ほら、おいで、トーポ」
草むらを揺らしてその小さな身体を出した鬣が特徴的なネズミは少女をしばらく見つめたあと、ぴょんと可愛らしく青年のポケットへと身を潜らせた。
ヤンガスと呼ばれたその男は少女の側にある彼女には似合わぬ大きく細長い剣と少し高価そうに見える黒い革の荷物袋を手にし、青年エイトは少女の上半身を起こそうと背中へと手を回す。服についていた小さな葉がひらひらと地面へと落ちた。
―――ぱちん。

 絵筆で描かれたような長く豊潤な睫毛が開かれたその瞬間は、蕾だったそれが一瞬にして花弁を目一杯開く野薔薇のように、生というものを実感させた。エイトは自分の全身に鳥肌が立つのがわかった。
ゆっくりと開けられた目はエイトの方へ向き、しっかりと視線が合わさる。
◇◆◇

 泡が弾けるように、絵の具が筆から紙へと流れ落ちるように、ぱっと目が覚めた。こんなにも完璧な目覚めがあるだろうか。
 最初に目に入ったのは、日陰でざわつく草たち。既にそこから異常を感じ取り心臓が騒ぎ出す。身体の熱が消えてゆく。思考が空回りする。背中を誰かに支えられている。横に、誰かがいる。
真っ黄色な布地を辿れば、穏やかそうな青年の顔。

何故か目が離せなかった。息ができない。心臓が握り潰され、鼓動は疾走していく。音が聞こえない。体が動かない。声が出せない。目頭に熱を感じる。顔が熱い。苦しい。
でも、なぜだろうか。この胸騒ぎが嫌じゃない。
◇◆◇

 目の前の少女は自分と目が合った瞬間、その目を最大限までに開く。
あ、だとか え、だとか言葉にならない小さな音を零すのが精一杯なのか身体を固まらせたままだ。
「……あの、大丈夫?」
「…………あ、は、はい」
「ここ、トラペッタの近くなんだけど、君はトラペッタの人かい?」
「と、とら?」
「トラペッタね。大丈夫、落ち着いて。僕達は君に悪さしようとしてるわけじゃないから」
「は、はい」
よほど気が動転しているのか質問に答えることすらままならない。
ここにいるのは危ないから街へ行こう、と手を差し伸べれば恐る恐るといった様子で掴み立ち上がる。
ヤンガスが荷物を差し出せば小さな声で礼を言い、黒い鞄だけを受け取った。
 「コイツを忘れてるぜ嬢ちゃん」
「これは、あなたのでは?」
「何言ってんだ。俺のは背中にある」
身に覚えがないのか自分のものではないと主張する少女。だが確かに、少女と鞄と共にこの剣も横たわっていたのだ。ずいっと半ば押し付けるような形でヤンガスが渡すと彼女は眉を下げたままおずおずとそれを手に取り抱きかかえた。
 「兄貴、さっさと街へいきやしょうぜ。アッシはパーッと飲み明かしたい気分でがす。こんなところで油売っても仕方がないでげす」
「そうだね、夜に行動するのは避けたいし…王様、彼女も目覚めたことですし出発致しましょう」
「うむ。……ミーティア、おぉそうじゃ。ミーティアよ。わしの可愛い娘は何処じゃ?」
◇◆◇

 チラリとこちらに目を向けながら話す青年にはこの"なにか"に気付いてはいないのだろうか。
おそらくはゼリーのような質感で、それでいて油絵具で塗りつぶしたような水色を身に纏う、生き物。たぶん。
後ろの草むらでじっ、と私のことを見つめている。かわいいかなと思ったけれども口は笑っているのに目は笑っていない、そんな感じ。私もそれをじっと見つめ返すと、その小さな身を私の方へと勢いよく弾き出した。
 とっさに身構えるもそのゼリーのような身体が生み出したエネルギーだとは思えないほどのものがぶつけられて、ぐっ、と呻き声をあげ姿勢を崩してしまう。

「むっ!?兄貴!」
「スライム……!君は下がってて!」
彼らは慣れた手つきで武器を取り出し、その青い"なにか"へと向ける。その生き物が、彼らが向ける刃が、この場所が、自分の置かれている状況が、あまりにも非現実的で夢ではないかとぼんやりと考えた。しかし、先程この身体に受けた鈍い痛みはやたらと現実じみているのであった。
 「っ、危ない!」
◇◆◇

 二匹のスライムを片付け終わった。
あの少女が襲われたあと、仲間のスライムが飛び出してきて僕達に戦いを仕掛けてきた。スライムは特に強くもなく、僕もヤンガスも大した負傷もなく確実に敵を倒し、次の攻撃へと身を構える。
が、しかし。最後の一匹となったスライムは僕達を無視してまたあの少女へと突進した。
危ない、と反射的に声を出すも自分の攻撃は届きそうにない。彼女がやられてしまう。
 「やっ」

ヒュンと空気を切り裂く音と共に首元で感じた風。
カチャン、と静かに鞘に剣を収める彼女は先程までの辿々しさなど残ってはいなかった。
 「ふむ……。驚かされたが弱っちいヤツらでよかったのう……」
「あぁ、びっくりした。大丈夫?どこか怪我とかしてない?」
「…いえ。大したことは、ないので」
「オッサンの言う通りまだスライムなだけよかったでげす」
さっきの青い彼ら(と形容してもいいのだろうか)は消え去った。というよりもおそらくは自分が消したのだろう。
緑色のおじさんの探していたという気品溢れる美しい馬も静かに彼の元へと歩み寄り、彼もまた愛おしそうにその身体をなでた。
 「よし、今度こそ出発だ」
夕日に照らされる大地にはいくつかの旅人。厳つい彼は道を外れて自由に平野を駆け回り、青年は進行方向へと背を向けながら王様と呼ばれる緑の彼と会話している。
 夢か現か、虚か真か。―――嗚呼、私は眠りの海にいつまで沈んでいるのだろうか。
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