2ヶ月ぶりのホグワーツは、何も変わらない顔をして私達を迎え入れてくれた。親しみのある先生方の「おかえり」という声も、厳しい先生方の少しだけ緩んだ顔も、私達を等しく温かく歓迎してくれている。

今年も組分けの儀式はつつがなく行われた。緊張している1年生達の顔が可愛らしい。グリフィンドールに入って来るヒヨコのような1年生を、私もみんなと一緒に拍手で迎え入れた後、ダンブルドア先生の"一言"を合図にご馳走を掻きこむ。

「ああ、私達もこの夏休みで少しは腕を上げたかと思ったけど、やっぱりここのご飯とは比べ物にならないわね! このミートパイ、本当においしい!」
「ね、なんだか久々に"食事"をしたって感じがする…」

リリーと揃ってしもべ妖精の完璧な仕事ぶりに感謝しながら、お腹いっぱいになるまでホグワーツのご飯を食べる。
その後は恒例の、ダンブルドア先生からの話。規則がまた2、3個ほど追加されたことや、先生の異動の話があってから、各寮へ帰ってよく眠るように送り出される。

リーマスと2人揃って立ち上がり、1年生を呼び集める。彼らを主体的に引き連れてくれるのは5年生の監督生だったが、6、7年生の監督生にはどうしてもはみ出す1年生を群れの中に引き戻す作業が用意されていた。成程、5年生はとにかく新入生を無事に寮まで送り届けることに精一杯で、この無秩序なヒヨコ達が少しでも目を離した瞬間にどこかしこへ行ってしまうのを防ぐところにまで目を配れないのか。去年は「初めてにしてはまあまあうまくやれていた」なんて思っていたが、これも全て上級生の影からの支えあってのもの。

「仕事を覚えてもらう上でも監督生の責務は基本的に5年生に任せてるんだけど、6年生になってからも色々大変だろ」

という7年生の監督生、ジェニファーの言葉に、「去年はありがとう」と心を込めてお礼を言った。

寮に戻ると、しもべ妖精が整えてくれたのであろうふかふかのベッドが私を待っていた。いそいそとシャワーを浴び、いの一番にダイブする。

「お疲れ様、監督生」

リリーがそんな私を見ながら隣で笑って労ってくれた。

「ありがと────あれ?」

顔だけ起こしてリリーにお礼を言ったその向こう側で、同室のシルヴィアが泣いているのが見えた。
シルヴィアは熱心なシリウスのファンだ。彼と仲が良い私のことを敵視しているので、ここ数年はろくに会話もしていない。今日も私に見せつける、というよりはこっそりさめざめと泣いているようで、隣のベッドのメリーがその肩をポンポンと叩いているのが見えた。

「どうしたの、シルヴィア」

本人には聞こえないよう、こっそりリリーに尋ねる。
私が彼女に掛けられる言葉も関係性も今更なかったが、別にこちらは彼女を嫌っているわけではない。せっかくホグワーツに戻ってきた初日だというのに、どうしたんだろう。

するとリリーは私より一層声を潜めて、私に顔を近づけるよう言った。

「あのね、あなたとブラックが付き合うことになったこと、聞いたみたいなの」
「ああ…」

なるほど、納得の事情だ。リリーが殊更に小声なのも含めてよく理解した。
私とシリウスの関係については、"私がリリーに報告できるまで"内緒にしておくということになっていた。それをようやく告げられたのが去年度の最終日。だから実質的に晴れて堂々とお付き合いしていることを言えるようになったのは今日から、と言えばそれはそうなのだが…。

「もしかしてシリウス、私がいない間にそのこと」
「吹聴しまくってたわ。もう、他寮の生徒もほとんど知ってるでしょうね。何せあなた達はどっちも有名人だから」
「はあ…」

別にそれが嫌だというわけじゃない。好きな人と付き合うことになったということを隠すつもりなんて、最初からなかった。
ただ、問題なのはシリウスにも私にも敵が多いことだ。ただの"敵"ならまだ良いが、厄介なのはシリウスのことを好きな女の子が一定数いるということ。

「私、明日からまっすぐ教室に行かせてもらえるかな…」
「さあ…まあ、いざとなったら監督生の立場を振りかざして道を開けさせることね」
「えっ、やだよそんな立場にかこつけるような真似」
「嘘よ、あなたがそんなことするわけないってわかってるわ。でもあまりにも酷いことをされるようなら、容赦なく減点して先生に言っていかなきゃダメよ」
「うーん…」

わかってはいるが、自分のために立場を使うことにはまだ抵抗がある。
するとそんな悩みを見抜いたリリーが、少し考えた末にぴんと1本の指を立ててみせた。

「じゃあ考えてもみてよ。私は考えたくもないけど…例えば私とポッターが付き合って、私が嫉妬であちこちから呪いを飛ばされて、まともに授業も受けられない状態になったら」
「報復する」
「あのね、あなたのその友情は嬉しいんだけどね、私はそういう"個人的"な復讐を望んでるんじゃなくて…そういう時にこそ監督生としての立場を…ああもう、あなたったらいつの間にあの4人組の思考に染まっちゃって!」

私の厳しい顔が全く緩まなかったからだろう、懇々と言い聞かせていたリリーが遂に笑い出してしまった。そしてその声が聞こえたのがいけなかったんだろう、"イリスが楽しそうにしている"ことが伝わってしまったらしく、シルヴィアが嗚咽する声がはっきりと聞こえてきた。

気まずい顔で私達は目を見合わせ、それからは黙ってベッドに入ることにした。
別にシリウスと付き合えたことでついてくる"おまけの嫉妬"なんて、たいしたことはない。

そう思っていても、久々に胃に重いものがずんと乗ってきたような気がした。

翌朝、「今学期の継続科目についての確認があるから、6年生は全員朝食の時間帯に大広間に行くように言われてたでしょ!」と言うリリーに引きずられながら、私は半ば眠ったままグリフィンドールのテーブルについた。
前には悪戯仕掛人の4人がいる。「よ」とそれぞれ手を挙げて挨拶してくれたが、リリーは「おはよう」と他人行儀な挨拶しか返さないし、私はまだ夢の世界から抜け出せていなかったので、私達の空気はあまり良くなかった。

「どうしてブラックと付き合ったことを教えてくれなかったのかい? いや、違うな、君には別に僕にそれを報告する義務なんてない。わかっているさ。でも、あの時の君は"まだ誰の手も取る気がない"って────ああ、その後で気が変わったのか! わかったよ、それなら僕も、変わらず君と良い友人でありながら、その綺麗な横顔をずっと遠くから眺めているさ!」

悲劇のヒーローのように大仰なことを言うヘンリーがわざわざスリザリンから一番遠いグリフィンドールのテーブルまでやってきてそんな風に言ってきた時でさえ、私はまだ半分眠っていた(実際彼は私の返事なんて求めていなかったようで、言いたいことだけ言い切った後はさっさと自分のテーブルに戻って行った。これはこれで割と「何今の」、「嵐?」と話題になっていたのだと、後になってから聞いた)

それでも、目が覚めるにつれて徐々に感じるものがあった────いや、どうにも"気づかされなければならない視線"があったために、私の目が覚めてきたと言うべきだろうか。

どうにもチラチラと、こちらを窺う視線が無遠慮に私に向けられているようだった。
何事かと見返すと"彼女達"はサッと友達と話し込んでいるふりを始める。しかし私を見ているのが女子生徒ばかりということと────その視線は私だけでなくシリウスにも向けられていることに気づき、ようやく私はそこですっかり覚醒した。

昨日リリーが言ったことを思い出す────シリウスは、昨日のうちに私と付き合い始めたことを吹聴して回っていたと。そりゃあ、そんな噂話なら出回るのも早いことだろう。
既に怨恨の視線もいくつかあることを確認し、私は斜め前にいたシリウスに詰め寄る。

「ちょっと、シリウス」
「おや、ようやくお目覚めかね」
「隠せなんて言うつもりはないけど、初日からこんなに飛ばさなくても良いでしょう
「いつかは知れることさ。なら早い方が良いだろ」
「嫌だよ私、知らない下級生から拙い呪いなんてかけられるの。どうしたら良いかわからないじゃん」
「遠慮なく妨害しろよ。得意だろ、相手を傷つけずに確実に戦意喪失させる手法は」

どれだけ責められてもどこ吹く風だ。ただ、確かに黙っていたところで私達が隠しさえしない限り噂が広まるのはわかりきったことではあったので、私はどこか釈然としない思いでドスンと腰掛けなおした。

「リヴィア」

ちょうどその時、マクゴナガル先生が私の背後に回ってきた。シリウスのことなんて一瞬で忘れ、ぴゃっと飛び上がる。

「全ての成績において継続の資格がありますね。あなたの志が変わっていない以上、多少負担にはなりますが全て継続することを推奨します」
「はい、そのままでお願いします」

私としても、わざわざ自分から何かの科目を落とそうとは思っていなかった。そんなことより、私は変身術でEを取ってしまったことが気がかりでならなかった。
マクゴナガル先生もそれは同じだったらしい。明らかに私の成績を追う中の一点で指が止まり、顔がしかめられる。

「リヴィア、変身術でEとは…どうしたんですか? もちろん普段のあなたの態度も含め、今年度の授業継続を私は喜んで歓迎しますが────あなたほどの実力がありながらEとは」

前の方でシリウスとジェームズが小声で囁き合っているのが見えた。「あのマクゴナガルが」とか「相当ショックだったんだろ」とか聞こえる。

「…すみません。全て私の自己管理不足です。最後の科目を前に、少し体調を崩しました」

嘘ではなかった。ただ、全てが本当というわけでもないだけで。

「────そうですか。言うまでもありませんが、今回はただの試験です。実社会において"体調を崩したから"全力を出し切れないとあっては、その小さなミスが致命傷となる可能性もあります。あなたには今後も期待していますから、その点よく心に刻むように」
「はい」

そう言って、マクゴナガル先生は隣のリリーの後ろに回った。

「今の、間違いなくフォクシーが騎士団に入った後のことを想定して言ったと思うんだけど、どう? だってあのマクゴナガルが"体調不良は言い訳にならない"なんて体育会系みたいな古臭いことを言うと思うか?」
「だからイリスがOじゃなかったのがそれだけショックだったんだろ。どう見たってこいつがマクゴナガルの一番のお気に入りだったのは間違いないんだから────」
「シリウス、ジェームズ、うるさい」

その時ちょうどリリーが10科目全てでOを取っていることを聞かされたこともあって、私の声はいつもより刺々しかった。2人が揃って大人しく黙るのは随分と珍しいことだった。

朝食後、リリーと一緒に呪文学の授業に向かう。彼女は自分の成績の話を一切しなかった。きっと私の成績の話も聞いていただろうし、なんなら彼女は同じ"スネイプ事件"の当事者で、しかもなんとか縋りついてきた友達から"穢れた血"呼ばわりまでされてかなりショック状態にあったはずなのに、それでもその後の変身術でOを修めたのだ。

私とリリーの間に差があることは歴然だった。

もしかしたら、実力そのものはそんなに変わらないのかもしれない。それでも、心の強さは段違いだと私はこの時点ではっきりと認めていた。リリーは強い子だ。何があっても、決して揺らがない。

改めて、自分が監督生であることや、これから不死鳥の騎士団に入ろうとしていることや────シリウスと付き合っていることを、考える。

私はちゃんと、それらに相応しい生徒なのだろうか? ただ頭でっかちの優等生のまま、5年間を無駄にしてやいないだろうか? リリーなんかはよくジェームズのことを"頭でっかちの傲慢な奴"と言ってるけど、本当なら私の方がそう言われるべき人間なんじゃないだろうか────?

あれこれ考えながら歩いていると、向こう側から現れたレイブンクローの下級生とぶつかってしまった。

「痛っ!」
「あっ、ごめんなさい」

いけない、つい周りが見えなくなっていた。転ばせずに済んで良かったと思いながら謝ると、その女の子はキッと私を睨みつけた。ホグワーツで過ごすのは6年目、いい加減違う寮でも5年以上一緒に過ごしている同級生や1つ上の学年の生徒の顔なら覚えているので────この子が下級生であることは間違いないんだけど────かなり大柄で、私より背も高いその子の睨みは、とんでもない迫力を持っていた。

「あなた、リヴィアでしょ」

そしてこの口ぶりである。おそらく初対面だとは思うのだが、全く好意的でない風に話しかけられてしまい、情けなくも私はたじろいでしまった。
そんなに衝撃は大きくなかったはずなんだけど、そこまで怒られるようなことをしてしまったのだろうか。

「え…うん、そうだけど」
「あのシリウス・ブラックと付き合ってるっていう」

しかし、彼女が次に発した言葉で全てを悟ってしまった。
彼女は"誰か"とぶつかったことに怒っているのではなかった。
彼女は"私"とぶつかったことに怒っているのだ。

「あー…うん…そうだけど…」

リリーがしきりに「行きましょう」と私のローブを引っ張ってくるけど、レイブンクローの女の子はとても私をそのまま立ち去らせてくれそうになかった。

「どうしてあんたなの!? こんなひょろくて、たいして可愛くもなくて、これ見よがしに監督生バッジなんてひけらかして…シリウスはもっと────」
「もっと、デカくて美人で控えめな子を好むって?」

一方的な悪口にどこまで耐えたら良いものかと困っていると、私の後ろから軽快な声が割って入った。
ジェームズだ。シリウスが一緒にいる気配はない。1人でのんびり歩きながら、たまたま私達がいたから親しげに声をかけただけ────といった風に、自然にその場で立ち止まる。

「チ、チ。君はあいつのことをなーんにもわかってない。ついでにイリスのこともね。ところでそれだけのガッツがある君を見込んで是非来週のクィディッチ選抜戦に出てほしいんだけど────おっと! 君はレイブンクローだったか、じゃあ残念、うちのチームには入ってもらえないなあ」
「はあ? 何の話────」
「なるほど、なるほど。わかったぞ。えーと、君のところの監督生は確か…あー、メイリア・マゴットと言えばかーなり厳しいことで有名だったな。うちの可愛い監督生が君に不快な思いをさせたと僕からようく言っておくから、どうぞここは安心してお引き取り願おうかな」

名前も知らないレイブンクローの子は、すっかりジェームズの雰囲気に呑まれてしまっていた。慣れていれば軽くあしらえるものでも、慣れていない子がジェームズの独特な話運びを扱おうとするのはかなり難しいことだ。案の定、彼女はすっかり顔を赤くして、「わ、わかったわよ! もう何も言わないわ!」と言ってどこかへ走り去ってしまった。

────ジェームズに助けられたのだと気づいたのは、その直後だった。

「あ、ありがとう…」
「はは、たまには小さい子と遊ぶのも楽しいね。監督生って名前がどういう場面で役に立つかもわかったし、良い機会をありがと! あ、そういうわけでクィディッチ選抜戦は来週の土曜日にやるから、良かったらフォクシーもエバンズも観に来なよ!」

まごまごしている私とぽかんとしているリリーを置いて、ジェームズは来た時と同じくらい涼やかにその場を立ち去った。遥か遠くの方でシリウスが「いつまでモタモタしてるんだ、プロングズ!」と怒鳴っているのが聞こえる。

「今の、ポッター…あなたのこと、助けたってこと?」

リリーもうまく状況が呑み込めていないようだった。

「うん。通りすがりを装って、私が必要以上に恨まれないように、それでいて今後同じようなことをしようとしてる子が他にもいた場合の牽制までして────丸く収めてくれた」

驚いた。ジェームズがまさか、こんなに上手に場を取り繕ってくれるとは思わなかった。
パン職人、といつか私が持て囃されていたことを思い出す。

なんだ、ジェームズだって自分のことでさえなければこんなにもうまく状況をこねられてしまうんじゃないか。

「後でちゃんとお礼言わなきゃ」
「…なんだかちょっと、意外だったわ」

────後から思えば私は、ここでリリーにもう少しジェームズのこういう"賢さ"をアピールするくらいのことはして、彼の厚意に報いるべきだったのだろう。
ただその時の私はとにかく全てが突然のことでびっくりしてしまっていて────彼女の心の中で生じたそんな微細な"変化"に、気づけていなかった。



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