翌週の土曜日、私はリリーとクィディッチ競技場へと向かっていた。
最初は「どうして私がよりによってポッターが指揮を執ってるような見世物を見に行かなきゃいけないのよ」とブツブツ言っていたリリーだったが、私が「助けてもらった恩もあるし、私はひとりでも行くよ」と言って準備をしていると、自分も仕方なくローブを着て外に出る支度を始めた。課題もとっくに終えて、余程暇だったんだろう。

ちなみに、驚くべきことに今日シリウス達が来る予定はない、とのことだった。また何か仕掛けようとしているのかと本人達に尋ねてみても、言葉のない笑みが返ってくるだけ。まあ、何を企んでいるのかは知らないが、ジェームズの初キャプテンの仕事の日に泥を塗るような真似だけはしないだろうと思い、放っておくことにした。

外はよく晴れていた。
ふと私は、2年生の時のことを思い出す。ジェームズが初めてクィディッチの選手に選ばれた日。あの日もちょうど、こんな風に穏やかな秋風の吹く天気の良い日だった。

「すごい、選抜試験だけでこんなに人が集まるのね」

リリーが感心したように言っているそのセリフですら、いつか自分が思ったことと全く重なっていたので、つい笑ってしまった。

一通り志願者が集まったことを確認したところで、ウォーミングアップのためにジェームズは競技場を何周か全員に回らせた。その時点で、あまり飛ぶのに向いていない選手や、目立ちたがるあまり輪を乱すような生徒が何人か見受けられる。

2年生の時にはなかった選抜方法だ。このやり方で、ジェームズが「やめ!」と叫んだ後、既に何人かが退場していく姿が見えた。

次に彼は、ポスト毎の選抜を始めた。こちらのやり方はかつての時と同じ。チェイサーにはブラッジャーなしの状態で3対3のシャッフルマッチをやらせている。どんな選手とも連携を取れるか、その上できちんと自分も得点力を持っているか…4年前、同じようにして自分が選ばれた時のことを思い出しているんだろう。確かにこのやり方はとても効果的なものに思えた。

ただ、この後もまた"ジェームズ流"の選抜が行われた。ビーターにはなんと────ジェームズが魔法で動く人形を何体か出して見せ、そこに的確にブラッジャーを当てられるかどうか見せてみろ、と指示をしていたのだ。今までのキャプテンは、クィディッチ自体には長けていても、必ずしも魔力が強いとは限らなかった。これはきっと、ジェームズにしかできないやり方だったのだろう。実際、ビーター候補の選手は動き回る人形に翻弄されながら、ほとんどの生徒がうまくボールを当てられずに終わるのみとなった。

「あの魔法、すごく高度だわ。ただ人形を出すだけじゃなくて、それぞれ思い思いの方向に動かすなんて」

リリーはジェームズの魔法の方に気を取られていたらしい。私の素人目ではみんな同じように人形に遊ばれているようにしか見えなかったが、ジェームズには違って映ったのだろう。迷うことなく2人の生徒の肩を叩き、残りは退場させた(残ったうちの1人は知ってる生徒だった。ジェームズがチームに入った時から一緒にやってきている唯一のメンバー、7年生のフーカス・マロウだ)。

「すごいな、ジェームズは誰が素質を持ってるか、的確に見抜いてるんだ」
「私なんて、みんな同じようにしか見えなかったわ」
「私も」

キーパーの選抜は、先程決まったチェイサーからシュートの嵐を食らっていた。たっぷり5分ずつフリースローが続き、10人ほどいた生徒の中から一番ブロックのうまかった選手が1人だけそこに残される。これは私達の目から見ても差がハッキリとわかった。

最後はシーカー。これまでグリフィンドールのシーカーを務めていた2学年上のハービーは、小柄で細い体つきをしていたが、とても目の良い選手だった。何より体が軽いので、スニッチを見つけた瞬間からの動きが他の選手とは段違いだったのだ。
当然、その後釜を選ぶとなれば、彼と同格あるいはそれ以上の技術を要求されることになるのだが────。

ジェームズは本物のスニッチを放ち、シーカー候補の7人に一斉にそれを探させた。
最初にスニッチを手にしたのは、7年生の大柄で威圧的な生徒。
2度目の試行でスニッチを捕まえたのは、3年生のスピード感に定評があるという噂の生徒。
3度目、最後のチャンスに放たれたスニッチをキャッチしたのは、まだ2年生の生徒だった。

彼が誰を選ぶのか────傍目には、みんな特徴が違っていながら、みんなシーカーとしての素質を備えているように思えた。そうでありながら、みんなやはりハービーには劣ると言わざるを得なかった。

少し考えた末、ジェームズが選んだのは────まさかの、2年生の生徒だった。
飛んでいる時にはどこかまだ怯えたようなところもあり、あえて比べるなら3人の中で一番力も弱く、飛行速度も遅いように感じられたのだが…。

「どうして彼はあの生徒をシーカーにしたのかしら」
「さあ…。ジェームズが何も考えてないなんてことはないと思うんだけど」

たっぷり3時間を要したクィディッチの選抜試験は、無事に終了した。
最後まで残った選手を集めて、ジェームズが何やら作戦会議のようなものをしているのが見える。ぞろぞろと列をなして競技場を後にする観客について、私達もその場を離れることにした。

その時だった。
競技場の裏手、人目につかない観客席の脇に、シリウスとリーマスが立っているのが見えた。少し離れたところで、倒れている誰かに覆いかぶさるように跪いているピーターの姿もあるようだ。

「何、あれ」

2人は杖を構えていた。ここからではその先がどこに向かっているのかわからなかったので、私とリリーはほぼ同時に駆け出し、彼らの元へ近づく。
────彼らが対峙していたのは、3人のスリザリンの生徒だった。

シリウスがまず私達の存在に気づいた。しかし視線をチラリとこちらに向けただけで、すぐにまたスリザリン生に向き直る。
スリザリン生は武器を取り上げられているようだった。よく見ると、リーマスは杖腕に自分の杖を1本、もう片方の手に3本の杖を持っていた。スリザリン生は情けなくぺたりと腰を地面に張り付けて、じりじりと後ずさっている。しかし彼らの後ろにあるのは観客席を支える太い柱だけ。武器もない彼らに逃げ場などなかった。

それで?

シリウスの声が低く響く。私には何が「それで」なのかわからなかったが、スリザリン生は小さく「ヒッ」と声を上げた。

「うちの有望株をひとまず根こそぎやっちまっといて、今度はジェームズ達が戻ってきたところを不意打ちしようって算段か?」

"うちの有望株をひとまず根こそぎやっちまっといて"。
シリウスの言葉に嫌なものを感じ、初めて私は後ろを振り返る────ピーターがいる場所だ。

そこには、何人かのグリフィンドール生が倒れているのが見えた。全員ピクリとも動かず、目を閉じているのは、気を失っているからだろうか。まさか死んだ、ということはあるまい。よく聞いていると、「今マダム・ポンフリーが来るからね…」とピーターが怯えきった声をかけているのも聞こえた。

つまり、なんだ。

このスリザリン生は、クィディッチの選抜戦を終えて校舎に戻ろうとしたグリフィンドール生に呪いをかけて、あんなザマにしたというのか。しかも、更にジェームズ達が戻ってきたところにも不意打ちをしようとしてるって?

シリウスがまた根も葉もない因縁をつけている可能性はある。ただ、その隣で険しい顔をしながらスリザリン生の杖を手にしているリーマスが、彼の言葉を立証しているかのようだった。

「さて、どうするムーニー。こいつらの武器は取り上げた。こいつらのやろうとしてることも明るみに出た。僕としちゃ、ここでこいつらの鼻の骨くらいは折っておきたいところなんだが────」
「いや、僕がいる以上もう十分だ
「だと思った。やりすぎるとまたそこの優等生と頑固頭が黙っちゃいないだろうからな。任せるよ、監督生

軽やかな会話を交わして少しだけ微笑んだ後、再びリーマスが怒りの炎を宿してスリザリン生に向き直った。

「クーパー、バロン、ローウェン、お前達はクィディッチチーム選抜試験という場において、何の理由もなく我が寮の生徒に不当な呪いをかけた。しかも相手は杖もなく、不意打ちという卑劣極まりない方法でだ。更にはまだ競技場に残っている選手にも同じような行為をしようと画策していた。これは断じて許されるべきことではない。監督生の権限により、それぞれスリザリンから10点ずつ減点、更にスラグホーン先生にも報告をしておく。これで武器は返すけど────もしそれで僕らに報復しようとしたら、今度こそこの狂犬が黙っていないだろうから、気を付けると良い」

それはまるでリーマスではないかのようだった。冷酷で、抵抗する気力さえ奪うかのような威厳を持っている。私は思わず今日が満月でないことを頭の中で確認してしまってから────リーマスがいつも柔和にベールで覆っているその"内側"を垣間見たような気がした。

スリザリン生に乱雑に杖を投げ返すリーマス。彼らは一瞬キッとシリウスとリーマスを睨みつけたが、シリウスが杖を指先で一周させた瞬間、リーマスの言っていることが決してハッタリではないのだと思ったのだろうか、尻尾を巻いて逃げ出してしまった。

彼らの姿が見えなくなったところで、リーマスがグリフィンドール生の元に駆け寄る。
シリウスはその場に残って、呆然としている私とリリーに向き直った。

「────今朝、朝食の席でちょっとスリザリンのテーブルから不穏な動きが見えたもんでね。こうして張ってたわけだ。どうだいお2人さん、これでも僕らのやってることは"やりすぎだ"って思うかい?」
「待って、整理させて」

リリーが慌てた声で言う。

「つまり、あの生徒達は朝からずっと、今日の選抜メンバーに呪いをかけようと計画していたってこと?」
「そうさ、プロングズ達も含めて────というか、本命はむしろあっちだったんだろうな。箒に乗れる奴らを初っ端からへし折って士気を下げ、今年のクィディッチ杯に手が届かないよう早めに手を打っておこうとでもしたんだろうさ」
「それで────あなた達がそれに気づいたから、ああして武器を取り上げたってこと? だからあなた達は今日観客席にいなかったの?

矢継ぎ早に浴びせられるリリーの質問に、シリウスは肩をすくめる仕草でまるっと肯定の返事をした。

「ま、何人かは間に合わずに失神させられちまったけどな。あいつら、競技場の陰になってるところばっかりウロついてたから見つけるのに苦労したんだ。で、あとは君らも見ての通り。リーマスが武装解除呪文であいつらの武器を取り上げて、ちょちょいと脅して減点して終わり。僕は合わせて30点の減点で済ませるなんて甘いと思ったけど────」
「生徒の領分で口出しできるのなんてせいぜいその程度さ」

少し離れたところから、リーマスの冷静な声がシリウスを遮った。

「────ということで、ここは監督生に譲ることにしたってわけ」

まさか、そんな卑劣なことが裏で起きていたなんて。
クーパー、バロン、ローウェン…どれも聞いたことのない名だった。純血主義を名乗り徹底的に排他的な態度を取るスリザリン生の名前なら、嫌でも耳に入ってくるというものなのに…彼らはそのどれでもなかった。つまり、これまでは目立ってグリフィンドールに敵意を向けてこなかった連中が牙を剥いたということだ。

「事情は呑み込めたか?」
「でも、それって────」

なんだかおかしい。確かに寮同士でいがみあう傾向があることは否定しないし、スリザリンとグリフィンドールにこそそれが顕著に表れていることもわかっている。でも、私はこれまで、こうして裏で卑劣な呪いを掛け合う生徒は"個人間"の問題に留まっているとばかり思っていた。
まさかこんな、無差別な攻撃が行われるなんて────。

「イリス、僕も今回はちょっと変だと思う」

私の考えはシリウスにも伝わっていたらしい。神妙な顔をして、指先で顎に触れる彼は何かを思案しているようだった。

「確かにスリザリンの奴らは反グリフィンドール精神を持ってる奴が多い。まあ褒められたことじゃないが、僕だってスリザリンの奴らなら誰が呪いを掛けられようと平然と笑っていられるだろうさ」

一瞬リリーが何か言おうとしたので、私はその肩を小さく叩いて制止した。
違う、問題はそこじゃない。

「でも、あいつらは元々グリフィンドールにそこまで反抗するような奴らじゃなかった。…反グリフィンドールの奴らなら大方把握してるが────その中にあいつらの顔を見たことがない。かといってクィディッチに特別な恨みがあるようでもないし、ましてや選抜試験を受けてるだけのただの一般生徒に面白がって呪いをかけるほどの度胸もないはずだ」

不意に、頭の中で、つい2ヶ月前にヘンリーからホグワーツ特急で言われたことを思い出した。

「最近、スリザリンを中心に不穏な動きが出ている。もしかしたら、死喰い人を学生から出そうとしているという噂は、本当なのかもしれない」

もちろん、今回のことは内々に終わらせられるちょっとした悪戯だ(もちろんこう思えるのは、これまで5年間悪戯仕掛人のもっと派手な悪戯を見せられてきたからだが)。
ヴォルデモートが絡んでいたり、闇の魔術がホグワーツを覆おうとしている、なんてそんな大きな話になるネタではないだろう。

ただ────。

「────まあ、ちょっとした出来心でやってやろうと思った、程度のことなら良いんだけどな。こんなの、ただの遊びの範疇を出ないわけだし」

シリウスはそれ以上深く考えるのをやめたようだった。確かに、"むしゃくしゃした時にその場にむかつく寮の生徒がいたから呪いをかけてやった"なんてことは、まだ低学年だった頃のジェームズがよくやっていたことだった(そしてリリーは未だにそれを根に持っている)。
それを思えば今回のことなんて、シリウスの言う通り遊びの範疇を出ない。

だいたい、スリザリンとグリフィンドールの確執なんてそんなものなのだ。
顔を合わせれば杖を抜く。悪い噂を聞けば尾ひれをつけて吹聴する。
互いに憎しみ合わないと生きていけないんじゃないかと思うほど、その溝は深い。

だから、これだってたいして気にすることではない…はず。
ただ、考えすぎだとわかっていても、たまたま少し不穏な話を聞いたばかりだったから過敏になっているだけだとわかっていても、それでもなんとなく、ずっと私の頭に残り続けていた。

"スリザリン生によるグリフィンドール生への無差別攻撃"

────そんな言葉が。



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