私含め、悪戯仕掛人が全員集合した翌日から、"訓練"は開始されることになった。言わずもがな、期末に話題に出た"動物もどきになるための最後の呪文"の練習のことだ。
フリーモントさんはてっきりクィディッチをやるとばかり思っていたらしいので、箒ではなく杖を出して広い庭に出て行く私達を見て、相当驚いたようだった。
「まさか魔法を使うつもりじゃないだろうね?」
「あ、それは大丈夫です。この杖、みんなおもちゃなので」
私達が見せたのは、言葉通りただの"おもちゃの杖"だった。ゾンコで買った、子供が振り回しても咎められないような代物だ。振ればパチパチと火花が散る程度で、魔法使い本人の魔力が関わるわけではないので、使ったところで法には触れない。
「さて、それで────どうしたら良いかな。とりあえずシリウスとジェームズ、この間校庭を大爆発させたっていうあの魔法、見せてもらっても良い?」
実のところ、私は彼らが"校庭を爆発させた"という情報しか知らないのであり、彼らが実際に呪文を唱えているところを見たことがなかった。だからまずは、彼らの呪文行使のどこに問題があるのか見極めなければならない。
「まるで爆発呪文みたいな扱いをされてるな」
「な、高尚な動物もどきの完成呪文だっていうのに」
そのバカにしたような態度がいけないんじゃないだろうか────とふと頭を過ったが、ひとまず黙って見てみることにした。
この呪文はまず詠唱が長い。舌を噛みそうな単語をいくつも並べ、正確なタイミングで正確な動きを添える必要がある。だからいい加減な感覚ではとても成功しない魔法なのだが────。
案の定というかなんというか、2人が呪文を唱え終わると、おもちゃの杖から金平糖が3つコロコロと転がり落ちた。
「…これは僕ら、金平糖になるってことか?」
「いや、ハリセンボンとかになるかもしれない」
「水棲生物になる可能性はそういやあんまり考えてなかったな。せっかく狼と遊べるのに、湖からチャプチャプ見てるだけだなんて、僕は御免だぞ」
金平糖が出てきた時点で既に面白いのに、シリウスとジェームズがあまりに深刻そうにそんなことを話しているので、見ていた私達3人は揃って笑い転げてしまった。
「おいおい、笑い事じゃないぞ」
「僕らの3年間がここに懸かってるんだからな、監督生」
「あーうん、大丈夫。ちゃんと"監督"してたよ」
ひとしきり笑った後(ところで至るところで"監督生"を揶揄うネタにするのはやめてほしい)、私はシリウスの魔導書を広げて2人に見せた。
「詠唱自体は間違ってない。失敗する人の大多数は、ここでスペリングを間違えるのが原因みたいなんだけど…2人の場合、そこは流石というか、全くミスがなかった」
「じゃあ何が悪いんだ?」
「テンポ」
テンポ、と2人が繰り返す。
「これ、詠唱と杖の動きの"タイミング"がめちゃくちゃ重要っぽいんだよね。魔法を唱えるというより、ダンスを踊るつもりでやってみて。例えばここの"r"と同時に杖を左に向けて、"h"の時に杖を下ろす。重要とはいえそのタイミング自体は単純だから、単語の最初の子音に合わせて素早く杖を動かすだけで、だいぶ変わると思う」
「なるほど、テンポね」
「そういや呪文は呪文、動きは動きで切り離して考えてたな」
納得したように頷きながら、2人は2回目の詠唱を始める。
すると今度は2人の杖から、おもちゃの杖からとは思えないほどの強力な火花が噴き出した。
「────まさか2回で成功させるとは…」
今のは完璧だった。私も本物の杖で実践したことはないので本の知識とイメージに頼るしかないのだが、2人の呪文と杖の動きは完全に噛み合っていた。おもちゃだから効果を実感しにくいとはいえ、それでもこれだけ強力な火を吹いたということは、本物の杖ならまず間違いなく適切な効果を発揮するはずだ。
「お、今度はドラゴンになれるかもしれないぞ」
「いや、ズーウーっていう線もあるな…」
「外国の神話レベルの動物になれるってんなら最高じゃないか」
失敗しても成功しても真面目な審議を挟まないと気が済まないらしい(どうせ腹の中では笑っているのだろうが)。とにかく、この2人はもう大丈夫そうだろう。2度目にして、もうコツを掴んだような感覚さえ窺える。
「でも流石だな、イリス。君の指摘を受けた瞬間、何かしっくり来たような気がした」
「こんなことなら最初から呪文の方もイリスに協力を頼んでおけば良かったな」
「えー…爆発に巻き込まれるのは嫌だよ」
────と、なると、問題は────。
「ええと…ラ・ルーティル…あ、ルーティラ…?」
まだ呪文さえ覚えられていないピーターだろう。
ただ、シリウスとジェームズが予想を遥かに上回る速さで呪文を習得してくれていたので、早い段階からピーターの講義に集中できるのはありがたいことだった。
「そこはルティル、で良いよ」
わかりやすいように、羊皮紙に詠唱呪文を単語ごとに分けて大きく書く。
ついでに単語の1音目に杖を振る向きも書きこんでおいた。
「さっき2人に言った"テンポ"はこんな感じ。ピーターはまずこの呪文を正確かつ素早く唱えられるようになるところからね」
「はいっ!」
まるで本当の先生に対する態度みたいだ、と思ってつい笑ってしまう。
結局、その日は1日かけて、ピーターはなんとか呪文を素早くそらで言えるようにまでなった。
「よし、じゃあ明日は杖の振り方の練習だね。この調子でいけば明後日にはシリウス達と同じようにできるようになるはずだから、頑張ろ」
「うん、ありがとう!」
あまり要領の良いイメージがないピーター。普段の素行を思うと、今日の進捗としては大躍進といえるほどだった。
「思ったより習得が早かったな、ピーター」
「コツを掴んだか?」
ジェームズとリーマスの問いに、モジモジしながらピーターが小声で答える。
「その…リーマスは、いつも僕みたいなやつにも優しくしてくれる大事な友達だから…僕もこの作戦は頑張りたいって思ってて…」
「ピーター…」
一瞬、リーマスの声が詰まる。シリウスとジェームズは満足そうに笑っていた。
ピーターは今、他でもない"友情"のために頑張っているところ。
この子は決して頭が悪いわけでも、ドジなわけでもない。ただ人より少しだけ緊張しいで、怖がりなだけなのだ。
緊張も恐怖も乗り越えて、友達のために本気を出せば、彼だって人並み以上の魔法を扱えるということが、今ここで実証された。
「…それに、教えてくれるのがイリスだったから」
改めて彼らの揺るぎない友情に感心していたところで、ピーターがついでのように私の名前を付け加えた。特別教え方が巧いという自負があるでもなし、彼の今日の結果はひとえに彼の努力によるものだとばかり思っていたので、つい「…私?」と呆けた声を出してしまう。
「なんだ? イリスにお熱なのか、ピーター? イリスはシリウスのプリンセスなんだぜ、略奪は相当ハードル高いぞ」
「なあジェームズ、君は一体いつまでその設定を引きずるつもりなんだ?」
「そっ、そんなんじゃなくて!」
ジェームズの冗談に、ピーターが真っ赤になって否定の声を返す。
「違うんだ。ただ、先生の前でやるみたいに緊張しないで済むし…失敗してもイリスは失望したような顔をしないし…優しいから…」
オロオロと言葉を選んでいるようではあったが、「だから僕も、なんだか"次はできるぞ!"って気持ちになるんだ…」と、彼はこちらの顔色を窺いながら最後まで言い切った。
「…ありがと」
なんだかそう言われるとこちらも照れてしまう。
私が誰かに何かを教えられることなんて本当にほんの少ししかないけど、こうして誰かのやる気を盛り上げられるようなことに貢献できできているのなら、それは素直に嬉しい。
「良いじゃないか! 君、将来はホグワーツの教員にでもなったら良い! 監督生って肩書きもあるし、教職員からの信頼はバッチリだ!」
「いやいやジェームズ、こいつは国際魔法協力部に入って将来は魔法大臣になる女だ」
「ちょっとそれは怖いな…」
「ジェームズとシリウスはともかくとして…リーマスまで、今のはどういう意味かな」
「そういうところだぞ、イリス」
ワイワイと話しながら、ユーフェミアさんの「ご飯ができたわよ!」という声に釣られて戻っていく私達。
歩きながら、私はさっきまでの男子達との会話を思い出していた。
確かに私は去年、"自由を手に入れる手段"として国際魔法協力部の名を出した。
でも実際のところ、まだ進路を確実に決めたわけではない。
────そういえば、今年はOWLに合わせて進路相談もあったんだっけなあ…。
漠然と今後のことを考えながら、ユーフェミアさんのおいしい料理をご馳走になる。いよいよ待ち構えていた"未来の選択"の時期が迫ってきたことで、私の心は既に少し緊張していた。
そうして、矢のような20日が過ぎ去っていく。
その頃にはピーターも動物もどきの呪文を(おもちゃの杖で)マスターできるようになっていた。
「本物の杖で魔法薬なしにこの呪文を唱えると、任意の動物を象った光が現れるらしいんだ。みんな、守護霊の呪文は使える? イメージ的にはそれと同じ感じ」
「使える」
「使える」
「使えるよ…まあ、僕は関係ないけど」
「つ、使えない…」
約1名、不安の残る声が上がったものの、まだ練習する時間ならあるだろうと私はネガティブな気持ちを振り払う。
「おもちゃの杖であんなに完璧にできるようになったんだから、きっと大丈夫。予行練習として何回か本物の杖でもやってみて、慣れたら本番に進もう」
ピーターを励まし、シリウスとジェームズには「真面目にやってね」とだけ念を押しておく。真面目にさえやれば、この2人は絶対に大丈夫だ。それにこれは、2人が一番大事にしている"友達"のための魔法。その点については、一応声こそかけたものの全く心配していなかった。
そして8月20日の昼、私とリーマスが一足先にポッター家をお暇することとなった。
「僕は直接実家に戻るけど────君はダイアゴン横丁を経由するのかな?」
「うん。家がロンドンのマグル街だからね」
「そっか。気を付けて」
「来年はそっちにも遊びに行くよ」
「じゃあまたな、監督生達」
「イリスがいない間も僕、呪文の練習しておくね!」
4人に別れを告げ、ポッター夫妻には「今年も本当にお世話になりました」とお礼を言い、私は暖炉を伝ってダイアゴン横丁へと戻った。
そこから地下鉄で20分。まだどこか住み慣れない新居に、私は戻って来た。
今日はこの後、夕食前の時間にリリーが来ることになっている。
「材料を買ってくるから、夕食は一緒に作らない?」と言われていたので、私は彼女が訪ねてくるまでひとまずベッドで休むことにした。
ポッター家の毎日は楽しかったが、とにかく体がくたびれた。
それに反してリリーと過ごす2週間はきっと、穏やかで落ち着いた毎日になるんだろう。
同じ寮の隣のベッドで、いつも一緒にいる仲だから、今更共同生活をすることにそこまでの特別感はない。でもマグルの家で、マグルの生活を一緒にするという"普通のこと"に、私はワクワクしていた。
なんだか、姉妹みたい…とか言ったらリリーの地雷を踏んでしまいかねないので本人には言えないけど。
そうして待つこと1時間、玄関のベルが鳴った瞬間、私はぱっと飛び起きた。
ウキウキした気持ちで扉を開けると、これでもかというほど食材を詰め込んだ袋に大きなトランクを引きずってきたリリーが「こんばんは!」と大きな笑顔を浮かべていた。
わあ、私服姿のリリー、可愛い。
もちろん、ホグワーツでもお休みの日なんかに私腹を着ているところは見ている。でも、仮にも学校だからと、学期中はいわゆる"おしゃれな格好"があまり推奨されていなかった。だから私は、リリーの私服と言っても、例えば地味なシャツにデニムとか…そういうシンプルな格好しか知らなかった。
でも今日のリリーは、瞳の色と同じ緑色のワンピースを着て、豊かな赤毛をポニーテールにしている。耳元で揺れるイヤリングは華奢で可愛いし、白い腕に輝くバングルもとても似合っていた。
「リリー、とっても可愛い!」
「ありがとう、せっかくお呼ばれしたから、ちょっと気合いを入れてきたの」
ジェームズがこれを見たら卒倒するんだろうなあ…とチラリと脳裏をそんな面白い光景が掠めた。とはいえ、会って早々に彼の名前を出してリリーを複雑な気持ちにさせるのも嫌だったので、私は黙って笑ってリリーを中に招き入れることにした。
「ひとまず3日分くらいの食材を買って来たわ。週末になったら、今度は2人で一緒にお買い物に行かない?」
「それ、最高。でも今日は重たいトランクも一緒だったのに、たくさん荷物を持たせてごめんね」
「良いのよ、全部私がしたくてやったんだから」
リリーは31日までここに滞在することになっていた。だからホグワーツに持って行くトランクも一緒に持ってきていたのだ。その上で3日分の食材まで持ってきてくれるなんて(何度も断ったけど、「お世話になるんだからそのくらいさせて!」と引いてくれなかった)、改めてリリーの正義感…というか、平等性かな? そんな彼女の美点を尊敬する。
その日は一緒にハムと野菜のホワイトソース掛けを作ることにした。
リリーも家でのお手伝いをよくする子らしいのだが、それを踏まえても"イチからの料理"に関してはお互い初心者。下手に難しいものに挑戦するのではなく、簡単でも確実においしい料理を作ろうと固く誓った。
その甲斐あって、なんとかおいしくできた夕食を食べながら、私達は互いにこの1ヶ月の報告会をする。
「ポッターからもらった魔法薬キットなんだけどね」
「うん、お姉さんと一緒にできた?」
「ううん。チュニーね、もうすっかり魔法は"悪いもの"って思うようになっちゃったみたいで」
それからしばらく、フォークが皿に当たるカチャカチャという音だけが静かに響いた。
「…そっか」
「でもね、お母さんとお父さんは変わらず私を大事にしてくれてるの。あの2人は私とチュニーが同じ場にいる時の接し方に苦労してるみたいなんだけど…だから、ちょっと寂しいけど私は元気よ」
「寂しい」と言った言葉に嘘はなさそうだったけど、それと同じくらい「元気よ」と言った彼女の言葉にはちゃんと力が入っていた。強がりではないみたいだったので、私もちょっとだけ安心する。
「もう、諦めようと思って。チュニーがまだ私と同じになりたい、って思っているんだったら一緒にあの薬も作ろうと思ってたんだけど…あなた風に言えば、"思想が違った"んだわ。チュニーはもう、自分の世界から魔法を締め出しちゃったの。そんな人の心のドアを何度もノックするほど、私は辛抱強くなかったみたい」
「リリーが意外と短気なの、私よく知ってるよ」
「ふふ、チュニーよりあなたの方が今ではよっぽど私のことをわかってるわ」
家族がわかりあえないのは、あまり喜ばしい話じゃない。
でも、まさにその家族と"別れてきた"私に言えることなんて何もないので、この件については全面的にリリーを肯定することにした。
一度ならず歩み寄ろうとしたのだ。努力をしてそれでもダメだったから、そんなままならない理由で仕方なく諦めたものを、責めることなんてできない。
「それで、あなたはどうだった? 8月からポッターの家にいるって言ってたわよね」
「うん。…あ、監督生バッジを貰ったよ」
リリーにはちゃんと報告しておこうと思って、トランクのポケットに入れておいた"P"のバッジを彼女に見せた。
「わぁ…! 私、絶対あなたがなるって思ってた! おめでとう! あ、そうだわ、週末の買い物ではそのお祝いも買って良い?」
リリーまでもが、当たり前のような顔をして喜んでくれた。
彼女だって、監督生になる素質は十分に持っている────というか、"優等生ぶりっこ"なら確かにうまくやってきたけど、"誰かを監督する"役割ならむしろリリーの方が向いてたんじゃない?
改めて自分の境遇が本当に正しいのだろうかと考えていると、リリーが不思議そうに私の顔を覗き込んできた。
「…どうしたの?」
「いや…監督生はリリーがなった方が良かっただろうなって思ってたところで…」
「…男子の監督生が誰かは聞いてるの?」
「リーマス」
リリーはそれで納得したようだった。
「じゃあ尚更、絶対に私が監督生になることはないわ。監督生はその名の通り、生徒を"監督"する立場の生徒よ。下級生を導いて、同級生や上級生ともうまくやっていきながら、秩序を守る人なの。わかる? 誰とでもうまくやっていける人。ダンブルドア先生はきっと、あなた以上にあなたのことをわかっていらっしゃるんだわ」
「そうかなあ…」
誰とでもうまくやっていける人、とは言うけど、統率能力はリリーの方が高いと思うんだけどな…。
「まあ、時間が経てばわかるわよ」
自信の持てない私に対し、リリーは満足そうに笑うだけ。
単に自分を良く見せる術と、他人を厳しく律する術は全く違う。これまで自衛で精一杯だったせいで、誰かを"監督"した試しなんてない私に、まだリリーの言葉は難しすぎた。
それ以外で私が話せることといえば、もっぱら悪戯仕掛人がどんなバカをしていたかということばかりだった。
動物もどきの呪文の練習をしていたとはとても言えないので、「おもちゃの杖を使って決闘ごっこをしてたよ」と言い換えておくことにした。
「おもちゃの杖で決闘? それ、決闘になるの?」
「意外となるんだよね。もう、ジェームズとピーターが向き合った時なんて本当に怖かったよ…ジェームズがジェット花火みたいな強烈な火を吹くのに、ピーターの杖から出たものなんて…なんだったと思う?」
「さあ…パチパチ火花とか?」
「ううん。フンコロガシのフン」
リリーがブッと吹き出した。
「食事中にごめんね」
「良いのよ…ふふっ…じゃあそのフンは…あはは…一瞬で燃やされちゃったのね?」
「そう。だから…わかる? あの堆肥みたいな…あの臭いが充満しちゃって。フリーモントさんが珍しく怒ってた」
「そりゃあ、怒るでしょうね。ポッターのご実家のお庭ってとても広いんでしょう?」
「うん。地平線が見えるよ」
そんな日々を過ごして、今日リーマスと一緒に帰ってきた…そんなところで、私の話は終わる。
「ルーピンも一緒に帰ったの?」
「うん。家の事情なんだって」
「そうなの。────あ、そういえば」
リリーはさして興味のない風に相槌を打った瞬間、何かを思い出したように突然真剣な顔になった。
「ルーピンといえばひとつ、あなたから彼に言っておいてほしいことがあるんだけど、良い?」
「うん…何?」
リリーから悪戯仕掛人にわざわざ話しかけに行くことにはまだ抵抗があるんだろうと、私は特に何も考えることなく承諾した。
「あのね、セブのことなの」
────ああ、うん。余計にリリーからは言い出しづらいだろう。
「スネイプがどうしたの?」
「3年生の時、ある満月の晩にセブとポッター達が揉めたって話、覚えてる? ほら、セブが彼らに呪いをかけようとして、ルーピンがシレンシオで黙らせたっていう…」
覚えているも何も、私は当事者だ。リリーもそれはわかっているのだろうけど、あえて"自分が聞かせただけの話"として私にその時のことを思い出させる。
「うん。覚えてるよ」
「実はね、セブ、あの時のことをまだ根に持ってるらしくて────。その、私はどういうことかよくわからないんだけど、また満月の晩を狙ってルーピンに復讐しようとしてるの」
「なんだって!?」
つい大声を出してしまい、「ごめん」とすぐに謝る。リリーはそんな私の反応は想定していたというように平然とした顔のままでいた。
「私が何度やめてって言っても聞いてくれないの。流石に他寮の生徒の動向を毎晩把握するのは難しいから、せめてルーピンの方にだけでも警告しておいてくれないかしら」
「もちろんだよ。ありがとう、リリー」
リリーは唇を噛み締めて、悔しそうな顔をしていた。リーマスがどうというより、これはきっと、スネイプがそこまで卑劣なことをしようとしていることに対して憤りを感じているんだろう、と推測する。
スネイプが満月の晩にリーマスを狙っている。間違いない、まだ彼はリーマスが狼人間なのではないかと怪しみ、暴こうとしているのだ────。
まさかまた何か新たな証拠を掴んだのだろうか? いや、でもあれ以来リーマスは毎月ジェームズの透明マントを被り、1人で叫びの屋敷へ行っているはず。
それとも、彼の中ではずっと疑念が消えていなくて、毎月満月の晩にリーマスがどうしているのか気にかけていたというのだろうか? ────1年間も、ずっと?
もしそれが本当なら、相当執念深い男だと言わざるを得ない。
そして今まではリリーの手前あまり事を荒立てないようにしてきたけど────いざとなったら、私もスネイプと明確に敵対しなければならないかもしれない。
もしそうなったら…きっと、私はリリーを泣かせてしまうんだろう。
できるならそんなことはしたくない。
でも、リリーならきっとわかってくれると信じていた。
泣かせてしまうとしても、最悪喧嘩になってしまうとしても、私が"私の意思"で"私の大切なもの"を守ったということを。
リリーが私に"忠告"をしてくれたのが、もうその証拠だ。
だから一旦彼女の気持ちはよそに置いて(もちろん感謝はしているが)、私はリーマスの素性を隠し通す良い案がないものか、それ以降ずっと考え続けていた。
学期が始まったら、まずはあの4人と直接相談してみよう。
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