1ヶ月後、(色々な意味で)待ち望んでいたクリスマスがやってきた。
私の所にはいつも通りお母様とお父様とパトリシア、それからリリーと悪戯仕掛人からのプレゼントが届いていた。

「リリー、『ピッグズの果てない旅』をありがとう! これ前に私が欲しいって言ってたやつ、覚えててくれたんだね────リリー?」

リリーが贈ってくれたのは、今魔法界でベストセラーになっている人気小説だった。今学期、私はホグワーツへと向かう特急の中で「読んでみたいなあ」なんてぽろりと口にしたんだけど、その時はあまりの爆発的な人気ぶりのせいで、書店をいつ覗いても売切れになってしまっていたのだ。それこそ最近ようやく再入荷したという噂を聞いていたので、次にホグズミードに行った時にでも買おうかと考えていたところだった。

欲しかった本が手に入ったことが嬉しかったのは当然なのだが、それ以上に、私がちょろっと呟いた一言をずっと覚えていて、再入荷した瞬間それを買ってくれたリリーの気遣いが何よりも嬉しかった。だから私は歓声を上げながらリリーの方を見たんだけど────。

リリーは、ひとつの包みを持ったまま硬直していた。

「……どうしたの?」

なんとなく、差出人とその中身を予想しながら声を掛ける。

「…イリス、ポッターが私にプレゼントを贈りつけてくるなんて話、聞いてる?」

ああ、やっぱり。
あからさまに疑っている顔だ。どうしてプレゼントが届いているのか、中身は安全なのか────何もかもがわからないといった声で、私にそんなことを尋ねてくる。

直接告白していないにしては、ジェームズの態度は結構わかりやすいと思うんだけどな…。本人の(相手を嫌ってる)立場からしたら、クリスマスプレゼントを贈られるという"最大限の好意"も、"理解できない行動"になるんだろうか。
確かに今までのジェームズの"アピール"も全部裏目に出てたしな、とひとり心の中で頷く。授業中の謎の微笑みは未だに継続中だし、リリーがクィディッチを観戦したことを知って以来、ますますジェームズのくせ毛はくしゃくしゃ度を増すようにもなっていた。それはまるでミラクルプレーを魅せた後、地上に降り立ったばかりの時を再現しているようで、きっとそれが彼にとって"一番格好良い自分"のつもりなんだろうけど…リリーからの評判は最悪だった。「私がスニッチなら、あんな高慢ちきの手の中に収まるなんてまっぴら御免だわ」とのこと。

「あー…うん、すごく悩んでたよ」
「これ、大丈夫? 開けた瞬間何かモンスターが飛び出してくるとか、そういうことない?」
「ない、ない。大丈夫だよ、私も一緒に考えたから」

結局リリーは"私の言葉"を信用して箱を開けることにしたようだった。それは嬉しいんだけど、あの時真剣にプレゼントを選んでいたジェームズのことを思い出すと、少しだけ不憫に思えてしまう。

中から出てきたのは、あの日決めた通りの、魔法や大鍋みたいな魔法道具を使わずに作れる魔法薬のキット。とはいってもマグルに魔法の存在が知られてはならないので、基本的にはスクイブ向けの商品として売り出されていた(スクイブ────魔力を持たない魔法使いって、あんまり良い言葉じゃないから、良心的なお店はそういう宣伝の仕方はしないんだ。でも、『マグルにも作れる魔法薬』って商品名のすぐ下に『マグルの前で、あるいはマグル自身によって使用することは禁じます』という注意書きがあるのはおかしいと思う)。

「マグルでも作れる魔法薬…?」

リリーは案の定、更に眉根の皺を深くした。これはやっぱり私からの説明がないとだめだ。

賛成した手前言いにくかったけど、後から「でも、そのプレゼントを見てリリーが"家族とも楽しめるものだ"ってすぐわかってくれるかな」とジェームズに尋ねたら、「ウン、説明は君に任せる」とあっさり言われた。もちろんどこかでフォローが必要になるだろうとは思っていたけど、プレゼントの理由の説明までしなきゃいけないようなものを贈ることが、果たして本当に適切だったのか────と、私はこの1ヶ月、どんどんあの時このプレゼントを推薦した自分を疑うようになっていた。

リリーとジェームズ、この2人の溝はまだまだ果てしなく深い。

「それね、ぜひ夏休みに家族みんなで作ってみてほしいってジェームズが言ってたよ。効果はフェリックス・フェリシスを20倍くらいに希釈したみたいなもので、材料も魔法薬学の生徒棚に常備されてるような安全なものしか入ってないし、おうちのスープ鍋で作れる簡単なやつだから、魔法が使えない魔法使いとか、家族がマグルの魔法使いに人気みたい」

ちょっとだけ説明を盛ってリリーに伝える。間にあった「むしろエバンズを侮辱してる」だの「気遣いができるアピールになる」だの、そういった余計な言葉は全部省いた。ジェームズは心からリリーと、その家族に楽しい思い出を作ってもらおうとして選んだんだよ────という気持ちをこめて、一緒にそのキットを眺める。

「リリーは魔法薬学が得意だし、こういうお遊びみたいなものでもお姉さんとかと一緒に作ったら…もしかしたら、お姉さんも笑ってくれるんじゃない?」

最後にそう付け足すと、リリーはハッとした顔で私の目をまっすぐに捉えた。

「…これ、もしかしてあなたが勧めたの?」
「えっ、いやっ、それを贈ることに賛成はしたけど決めたのはジェームズだよ! それに私、リリーのお姉さんの話とか一言もしてないし!」

まずい、お姉さんの話を持ち出したのは間違いだった。これは"ジェームズ"からのプレゼントであって、私はただ「良いね〜」って緩く言っただけの立場(っていう設定)なんだから。

「……そう」

リリーはそれ以上のことは訊いてこなかった。でも、少し喉を詰まらせたように「…ありがとう、イリス」と言った。

あ…うん…リリーが喜んでくれたなら嬉しいんだけど…。私がリリーを案じてることが伝わったみたいなのも嬉しいんだけど…。今回の主役はジェームズなので…ああ、あんな余計なこと、言わなきゃ良かったなあ…。思ったことをなんでも言って良い関係だからって、本当になんでも言って良いわけじゃない。私は心の中でジェームズに謝った。

「でもね、ほんとにジェームズがそれが良いって言って選んだんだよ。リリーのおうちのことは知らないけど、夏休みに楽しい思い出を作ってほしいって願ってた」
「ふうん…。あのポッターがね」
「そりゃジェームズは一部のスリザリンの人には冷たいけど、でも優しい人だから! 私達といる時も、リリーのことをよく気にかけてるし!」

慌ててジェームズのことを持ち上げまくる私を見て、リリーは少し目を潤ませたままプッと吹き出した。

「大丈夫よ。別にあの人が邪悪じゃないことはわかってるし、いただいたプレゼントにケチをつけるようなことなんてしないわ。後でお礼を言わなきゃね」

ひとまず悪い印象だけは与えずに済んだようで、ほっと胸を撫でおろす。
もう、このカップル心臓に悪いよ…。

「あら? カードも入ってるわ」

魔法薬キットを包んでいた包装紙を畳んでいる間に気づいたんだろう、リリーが中に挟まっていた1枚のカードを取り出す。
カード? そんなもの書くって話は聞いてなかったんだけど…。

一気に嫌な予感がさあっと背筋を這い上がる。私、そういえばジェームズに「『紅のヴィーナスへ』とか書かないでね」って言うの、忘れてた────!

おそるおそる、リリーの手元を覗き込む。
そこに書いてあったのは────。

太陽のように美しく輝く赤髪の君へ

────これ、紅のヴィーナスとどっちの方が恥ずかしいと思う?

ちょっともうこればっかりはフォローしきれない。そう思ってリリーの表情を窺うと、なんと、驚いた────微笑んでいる…。

「本当に何を言うにも最大規模の表現を持ち出さないと気が済まないのね」

…そこに、不機嫌そうな表情はない。

「気に入った? そのカード」

まさか「なんで怒らないの?」とは訊けなかったので、無難な問いに替えて尋ねてみた。

「気に入っ…てはないけど、昔お母さんが"リリーの髪は太陽みたいに綺麗ね"って言ってくれたのを思い出して、懐かしくなっちゃて」

…ミラクルだ。奇跡が起こった。
事前にカードのことを聞いていなくて良かった。「太陽のように」とかジェームズが言い出そうものなら、言い終わる前に私が封殺してしまっていただろう。リリーが自分の髪を気に入っている事実も知らずに。

このカップル、意外とお似合いかもしれないよ?

さっきと真逆のことを考えながら、ジェームズのプレゼント作戦が大成功に終わったことを後で教えてあげよう、と思った。1ヶ月気にかかっていたことが良い形で締まったので、私の気持ちもウキウキと高揚していた。

最優先ミッションが終わったところで、私は再びプレゼントの開封作業に入る。

パトリシアからは、書いている間にも自由に色を変えられるインクをもらった。
お母様からは政治の本。お父様からは経済の本。下手に魔法省に入ってマグルとの架け橋になりますとか宣言したせいだろう、「非魔法族界のこともしっかり勉強なさい」という言葉が聞こえるようだった。

そして、例年通り、大きい袋には4人の分を一緒に詰め込んだ、悪戯仕掛人からのプレゼント。それぞれに差出人の名前が書かれていないのはわざとだ。まるで「誰からのものか当ててごらん」と挑戦されているみたいで、楽しい。

最初に出てきたのは、スニッチのレプリカだった。間違いなくこれはジェームズ。「僕が買えるものならなんだって贈る」と言ってもらっていたけど、特別欲しいものが思いつかなかったので、「いつも通り、ジェームズが好きなものを分けてくれたら嬉しいな」とだけ言っておいたのだ。私もクィディッチは好きだし、こうやって見るとまるで友達の一部を切り取って分けて貰ったような気持ちになれるので、素直に嬉しい。

次は、現れゴム────消えた文字が浮かび上がる逆消しゴムだ。これはピーターからかな? この間そういえば、何をどう間違ったのかリーマスが書きこんだレポートの一部を消しちゃって、泣いて謝りながら現れゴムを使っていたっけ。呪文で文字を消したならまた呪文で元に戻すことだってできただろうに、リーマスは「気にしないで」と言って笑っているだけだった。頑張って書いたものだっただけに、温和に怒っていたのかもしれない。

3つ目…今度は本だ。変身術の教科書も買いているエメリック・スィッチの『歴史とともに振り返る"変化魔法"の神秘』というタイトルの分厚い本。ぱらぱらと内容をめくってみると、先史時代から使われていた変身術の変遷が、リアルなイラストと共に書かれていた。これは…時間を決めて開かないと、いつまでも夢中になって読んでしまいそうだ。いつも本を贈ってくれるのはリーマス。いつも彼の本選びのセンスには脱帽していた。

となると、最後はシリウスのだな。大きな袋の中で手にこつんと当たったのは、丸い形状の何か。
なんだろう、と思って取り出して包装を解くと、それは────。

「わぁ…」

思わず溜息をついてしまった。

それは、キラキラと妖精の粉を纏いながら輝くプリザーブドフラワーだった。丸いと思ったのは、金魚鉢のような形をした入れ物のせい。大きな深紅の薔薇を中心に、金色のカーネーションが輪を描くように挿してある(どうして黄色を通り越して金色になっているかはもう考えないでおこう)。黒く染められた草の葉が深紅と金色の鮮やかな色合いを程良く落ち着かせており、これらの花を煌めかせているのはこの草から放たれる粉雪のような柔らかい光だった。

でも、こんな────こんな綺麗なもの、シリウスが…?

いやまあ、配色は紛れもなくシリウスらしいんだけど。
ただ、このプレゼントは────明らかに、2年生の時のブレスレットとは"違って"いた。

あれは一目見ただけで激しい自己主張を感じるものだった。"私に似合うか"とか"私が好みそうか"とか、そういったことは全部無視しているのがありありとわかった。もちろん赤が嫌いというわけではないし、ブレスレット自体はとても綺麗だったんだけど、まだ12歳だったあの時の私に、あのブレスレットは少しだけ大人っぽすぎた。そう、自己主張に走るあまり、贈る相手が誰かということを完全に忘れているような────そんな印象を受けるものだったのだ。

でも、今年はなんだか違う。
これは、私が"一番好んでいる魔法"だ。

キラキラした、日常の中のちょっとした奇跡。
大仰なものなんて要らない。派手でうるさいものも要らない。
私はただ、繊細で儚い一瞬を永遠に閉じ込めてしまうような、そんな蠱惑的な魔法に惹かれていた。

────シリウスからと思われるそのプレゼントは、まさにそんな私の望みをそのまま具現化したようなものだった。すぐ枯れてしまう花に、すぐ溶けてしまう粉雪に、あと少しだけの猶予を。綺麗だと思う前に消えてしまうそれらを、心ゆくまで綺麗だと思えるだけの時間を。

「────それ、もしかしてまたブラックから?」

リリーが、プリザーブドフラワーを持って呆けている私に茶化すような声でそう言った。

「…たぶん?」
「まだグリフィンドールの主張が激しいのね」

うん。
でも。

「…これ、すごく綺麗…」

2年前、「綺麗ね」と言ったリリーを「これはただの自己主張だよ」とばっさり切り捨てた私。でも今年は、そんな立場がすっかり逆転してしまったかのようだった。、完全に見惚れている私を、リリーが意外そうな顔で見ているのが視界の端に映った。

「ブラックって……」
「うん?」
「…ううん、なんでもない。朝ごはん、食べに行かない? 今日は少しは食べれそう?」
「うん、フルーツを少しだけ食べようかな」

名残惜しかったけど、私はプリザーブドフラワーをベッド脇に置いて、リリーと寝室を出る。
談話室に降りた時、タイミングの良いことにちょうど悪戯仕掛人と遭遇した。

「イリス、防衛術の本をありがとう。あれ、すごく興味深いよ」
「僕には新しい靴下をありがとう! あれ、ホグズミードのお店の新作だよね?」

リーマスとピーターが早速軽快に挨拶をしてくれた。私も2人にお礼を言い、そして────私と目を合わせようとしないシリウスに声を掛ける。

「────シリウス、お花、ありがとう」

それまで黙っていたシリウスは、ようやく私の顔を見た。ちょっと頬の筋肉を(どんな表情を浮かべるか迷っているように)ひくひくと動かして、そして結局いつものニヤッとした顔を見せる。

「2年前のは重いって言われたからな。今回はちょっとだけ君に譲歩することにしたんだ」
「…うん。すごく綺麗だった。私がああいうの好きって、知ってたんだね」
「まあ、ヒントはエバンズのプレゼントを選ぶ時にもらったんだけどな」
「え?」

言われてから、1ヶ月前のことを思い返す。

「そうだなあ…好意がちゃんと伝わって、喜んでもらえるプレゼント…。例えばなんだけど、リリーは魔法薬学が得意じゃん? だから、それにまつわるものとかどう?」

好意がちゃんと伝わって、喜んでもらえるプレゼントを。
相手が得意としてるものに、まつわるプレゼントを。

「…私が呪文学が得意だから、そういう魔法のかかったものをくれたってこと?」
「ご名答」

そんなに私に"譲歩"したのが恥ずかしかったのだろうか、シリウスは照れたようにぶっきらぼうな口調で簡単に答えた。
つまり、彼は呪文学が得意な私に、それにまつわるプレゼントを贈ったら喜ぶって考えてくれたということ…になる。

「呪文学の実技でも、花とか光とか雪とか…そういうすぐ消えるものを使ってパフォーマンスするのが好きだろ?」

そして更に、私が授業で好んで使っていた魔法の傾向まで的確に指摘してきた。
そう、あんまり意識していたわけじゃないんだけど、私はとにかく"儚くて幻想的"な魔法が好きだった。教わった呪文を唱える練習ならもちろんその指示に従うけど、例えば1年生の時みたいな────"光を使った魔法のパフォーマンス"みたいにある程度の裁量を与えられた課題を見せる時、私は決まってまず空想に浸り、どこか脆くて現実離れしたような表現を選ぶようにしていた。

だって、現実を嫌った私には、空想庭園しか逃げ場所がなかったから。
だって、何も変えられない私には、瞬きする度に移ろいゆく世界があまりに眩しかったから。

流石に今はそこまで現実を嫌っていないし、自分もそこそこ変われたと思っているけど、それでも相変わらず幻想的なものは好きなままだった。一瞬で過ぎていく時間を絵本の中に閉じ込めてしまいたいと、そんなことを思っていた。

…だから、ひどく驚いた。
いくら鋭いとはいえ、シリウスがそんなところまで見ていてくれたなんて、全く思いもしなかったから。

「シリウス、本当にありがとう」

この人は本当に、私のことを全部わかってくれている。
胸に熱いものがこみ上げてくるのを感じながら、私は改めてお礼を言った。

「私、1日中あれを見て過ごしてられるよ。本当に本当に嬉しかった。普段皮肉屋ですぐ人を見下して自己主張が激しくてプライド高いって思っててごめん、大好きだよ!」
「待て、大好きの代償がさすがにデカすぎる」

シリウスは戸惑ったようにそう言っていたけど、私があの幻想的なプレゼントを心から気に入ったことは伝わったらしい。いつもならもう少し嫌味を言われても良いところだったのに、彼は何も言わず笑っているだけだった。
その笑顔が、一瞬あの金魚鉢を照らす粉雪のように眩しく見えて────素敵なプレゼントをもらった直後だったからだろう、心臓がトクンと小さく跳ねた。





ちなみに、ジェームズとリリーの会話はこんな感じでした。

「エバンズ、僕からのプレゼントは見てくれたかい?」
「ええ。ありがとう、あなたが選んだとは思えないくらい良いプレゼントだったわ。夏に家族と作ってみる」
「残念ながら決定したのは紛れもなく僕だよ。…まあ、ただ…ウン、シリウスが見つけて、イリスがこれなら喜んでくれるって太鼓判を押してくれたからこそっていうのも間違いではないな」
「それに、太陽のようにってアレ…」
「君の赤い髪がすごく綺麗だなっていつも思ってたから」
「あれはちょっとだけ、ほんのちょっとだけ嬉しかったわ」
「! 本当!? それは良かった! ねえ、この後良かったら一緒に食事しない? クリスマスの────」
「あ、それはお断り。私、イリスと約束してるから」

頑張れ、ジェームズ。



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