クリスマス明け、再び授業が始まって忙しくなった好機を利用して(つまりリリーと一緒にいる時間が減ったことで)、私はまた必要の部屋へと頻繁に通うようになっていた。

夕食を食べた後、こっそり8階に向かう。今となってはだいぶ、周囲に警戒しながら必要の部屋に行くことにも慣れてきた。
室内は今日もいつも通り。材料の下準備はジェームズが行い、大鍋はシリウスがかき混ぜ、たまに「あれ取って」だの「それ入れて」だの、小さな雑用をピーターが請け負っている。いよいよ本格的な調合が始まったことで、鍋からなかなか目が離せなくなってしまったシリウスの代わりに、最近はリーマスが魔導書の内容を読み上げるという役割分担が常になっていた。

「そのまま3分かき混ぜた後、今ジェームズが配合してる混合薬に"青の目玉"の魔法をかける…青の目玉?」
「なんだそれ?」
「どっかで聞いたことある気がするんだけどな」
「────動物の目に魔法をかけて眼球ごと青くする魔法だよ。種族はなんでも良くて、とにかく人間ではない"野生生物"の器官を入れることで、動物化の促進作用をもたらすの。青化の魔法がその動物固有の属性を殺してくれるから、変化する時にひとつの動物に偏らずに済むようになるんだ」

4人が首を捻っていた"青の目玉"の魔法は、この間リーマスが贈ってくれた変身術の本に書いてあったことだった。古くから伝わる魔法なのに、用途がほとんどない(それこそ動物もどきになるための薬くらいにしかならない)から、一般の文献にはまず載っていないのだ。困っているようだったので、あいさつをする前に疑問への答えを返す。

「イリス、良いところに」
「その魔法の掛け方は知ってるか?」
「うん。昨日ちょうど読んだ。3分後だよね」

明らかにホッとした様子の4人ににっこり微笑んで、私は3分後に"青の目玉"の魔法をかける。材料はいつかピーターが調達してきた"カエルの目玉"だった。

「これ、大丈夫だよな? 僕達みんながカエルになるとか洒落にならないぞ」

真っ青に染まったサファイアブルーの眼球を大鍋に入れる。薄い水色の煙が一瞬立ち上り、再び鍋の中身は元の鮮やかな紫色に戻った。

「その時は私も責任を取って一緒にカエルになるよ」

のんびりと言いながら、私は4人の仕事を見守る。
青の目玉の魔法は、知名度こそ低いものの、全く難しい呪文ではなかった。その存在を知ってさえいれば、1年生でもかけられるような魔法だ。だからこれについては、そこまで心配していなかった。

そのまま2時間くらい経過しただろうか。
ふと見ると、時間は21時になっていた。私は授業終わりにご飯を食べて、宿題を終えてからここへ来たんだけど、大広間でも談話室でも姿を見かけなかったので、おそらく彼らは授業が終わってからずっと、何も食べずにここにいるのだろう。
何か持って来れば良かったかな、と思っていると、案の定シリウスが「腹減った」と言い出した。

「ご飯、もらって来ようか?」

答えたのはリーマス。もらってくるも何も、夕食の時間はもう終わっているのに────。

「ああ、助かる。でもちょっとまだこっちの手が離せないから、魔導書読んでくれるやつ…イリス、代わってやってもらっても良いか?」

リーマスもシリウスも、まるで当たり前にこれから食事が手に入るかのような言い方をしていた。

「良いけど…夕食の時間は終わってるよ?」
「わざわざ忙しい日に大広間になんか行かないよ。直接厨房に行くんだ
「厨房?」

そりゃあ、あれだけの豪華なご飯がいつも出てくるのだ。魔法を使うにしろ何にしろ、料理を作る場所があるのは当たり前のことなんだけど…。
そういえば、ホグワーツでご飯を作ってくれる人の話を聞いたことがなかった。

「あれ、イリスに言わなかった? ホグワーツではしもべ妖精が僕らのご飯を作ってるって」

ジェームズに言われ、私はようやくそこでハッと思い出した。

「こっちにもアルコール入れてくれて良いのにな」
「しもべ妖精に頼んだらやってくれるんじゃないか?」
「しもべ妖精?」
「それなりに大きい屋敷なら一般の家庭にもいるよ。名前の通り魔法使いのしもべとして働く妖精さ」


────ホグワーツで働く、しもべ妖精。
隠された地下にある厨房で、決して人には姿を見せることなく働く縁の下の力持ち。

「そういえば────」
「あいつらはいつも僕達を歓迎してくれる。ひとつ頼めば10品の料理を持たせてくれるんだ」

そわっと、小さな好奇心が湧いた。
見てみたい。ホグワーツを支えてくれている、しもべ妖精という生き物を。
あんなにおいしい料理を作ってくれる、しもべ妖精という名シェフを。

どんな生き物なんだろう。妖精っていうからには、御伽噺に出てくるみたいなキラキラした羽の生えた美人さんたちなのかな。

「────リーマス、私が厨房に行ってみても良い?」

透明マントを被ろうとしていたリーマスが、動きを止める。

「…イリスが? 厨房に行きたいの?」

ジェームズも顔を上げて、私をぐりぐりと穴が空くほど凝視した。手を止められないシリウスはこちらこそ見なかったけど、「何の心境の変化だ、青の目玉の魔法の副作用か?」と口だけは減らさなかった。

ピーターだけが「すごい、勇気ある…!」とキラキラした目で私を見ている。

「…え、そんなに危険なの?」

まさか学校のキッチンに行くだけで「勇気がある」と言われるなんて思っていなかったので、急に怖くなった私は思わずぎゅっと身を縮めた。危ないなら行きたくないです、絶対。

「いや、危険なことは何もないんだけど、大抵の魔法使いはしもべ妖精を嫌がるから」
「なんで?」
「汚くて、うるさくて、世話焼きの度が過ぎるから」
「まあ僕らは恩恵を受けてるから文句を言える立場じゃないけどね」

あ…あれ? なんか私の想像してる妖精とは…ちょっと違う気が…。

「まあ、興味があるなら行ってみたら良いさ。場所は玄関ホールの階段を降りて左側にある、松明に照らされた広い石の廊下の先だ。果物が描かれた絵があるから、梨をくすぐりな」

自分が微妙な顔になっていることは自覚しつつも、「行かない」とは言わなかったからだろう、私が厨房に相当興味を持ったとでも思ったらしいシリウスが(何しろ彼は鍋から目が離せないので、私の表情なんて確認できないのだ)、厨房の場所を説明してくれた。

「規則違反になるのかは見つかったことがないからわかんないけど、しもべ妖精は普段生徒の前に姿を現さないから、場所は基本的に知られてないんだ。あんまり怪しまれないように、僕らはいつもマントを使ってる」
「怖いことは何もないから、興味があるなら行ってみると良いよ。まあ…雑用を押し付けるみたいで申し訳ない気はするんだけど。はい、透明マント」

今更ちょっと躊躇していますと言う暇を与えてもらえないまま、リーマスからマントを受け取ってしまった。得体のしれない"妖精"がどうか怖い生き物じゃありませんように、と願いながら私は必要の部屋を出る。ご飯を作ってくれる妖精なら、見た目が汚くても攻撃してきたりはしないよね?
もはや自分の言葉を撤回できなくなった私は、恐る恐るリーマスから透明マントを借り受け、必要の部屋を出た。

言われた通り、玄関ホールまで降りて、左側の廊下を歩く。突き当りの壁には、果物が描かれた絵が飾られていた。梨…梨…っと。くすぐるってこんな感じで良いのかな?
不安になりつつ指先で梨を指先でこすると、梨は笑いながら身を捩り、そして────大きな緑色のドアの取っ手に変わった。

「わーお…」

まだまだこの学校は知らないことだらけだ。またひとつ知った神秘に(緊張なのか興奮なのか)胸をドキドキと鳴らしながら、ドアをそっと開く。

厨房はかなり広い場所だった。大広間と同じくらいあるのではないかと思われる間取りに、キッチン道具がこれでもかというほど積み重ねられている。部屋の奥には大きな暖炉があり、そしてその間には4つの長テーブルが置かれていた────ちょうど、その真上にあるはずの大広間と同じように。

なんとなく、今まで食事の席につくと料理がパッと目の前に現れるあの不思議な現象の理由を考えながら、一歩足を踏み入れる。
そこには、少なくとも100人はいようかという────あー…────生き物? がいた。

背は私の腰くらいまでしかない。コウモリのような大きい耳に、ぎょろりと顔の半分くらいあるのではないかと思わせるほど大きな目玉をつけている。そして彼らは一様に、ホグワーツの紋章が入ったキッチンタオルをトーガ風に巻き付けていた。

────これが、屋敷しもべ妖精?

生き物たちは、私が入ってきたことに気づくと、次々と宮廷風のお辞儀をして歓迎してくれた。

「恐れながら申し上げます、お嬢様。わたくしどもめに何か御用でしょうか?」

キーキーと甲高い声で、一番近くにいた生き物が私に話しかけてきた。個体差がまだあまりわからないものの、なんとなく皺が多いので、この生き物が他の生き物よりいくらか年寄りなんだろう、と予想をする。

「えーと…私、その…シリウスとジェームズのお使いで…その…」
「シリウス・ブラック様とジェームズ・ポッター様のご友人の方でいらっしゃいますね! でしたら、またお夜食をお作りすればよろしいでしょうか?」
「あ、はい…多分…」

大きな目を輝かせながらズイズイこちらに寄ってくるので、反射で後ずさりしながら私は首を縦に振った。シリウスとジェームズの名が出た途端、生き物たちがワッと歓声を上げて喜んでいた。どうやら2人はこの生き物たちにとって相当な"上客"らしい。

「何かリクエストは仰っておりましたか? もしよろしければ、お嬢様のご要望の料理もお作りいたします!」

彼らは食事の内容について何も言ってなかったけど、あれじゃ満足に食事を楽しむ余裕はなさそうだな、と考えて、「じゃあ…手軽に食べれるサンドイッチとか…そうだな、あとは片手で食べられるスイーツとかって…できたりする?」と尋ねてみる。

生き物は両手を胸の前で組んでにっこり笑った。

「もちろんでございます! "大事なお仕事"の片手間で食べられるものですね、すぐにご用意いたしますのでお掛けになってお待ちくださいませ! 体を冷やしてしまってはなりませんから、ぜひ暖炉の方へ! 先客の方もいらっしゃいますから、一緒におくつろぎになっていらっしゃるとよろしいかと!」

何度もシリウスとジェームズがここを訪れ、ニヤニヤした顔で「僕らは今大事な仕事の途中でね。片手間でつまめるものが欲しいんだ」と言いながら、この生き物から食べ物をもらっている姿を想像してしまった。生き物の方も慣れた様子で、てきぱきと数人の生き物に指示を出している。すごい、本当にここでホグワーツの料理が作られているんだ。

初めて来る場所を興味深く眺めながら暖炉の方へ向かうと────確かに、そこにはこちらに背を向ける一人の人間の姿が見えた。そういえば…先客がいるって言ってたな、とさっきの言葉を思い出す。
他の生徒が厨房の話をしてるところなんて聞いたことがない。先生でなければ良いんだけど────と考えながらキッチン道具の山を潜り抜けつつ暖炉に向かうと────。

「あっ」
「!」

────なんだか、こんな出会い方、前にもしたことあるなあ。

ああ、そうだ。
あの時は確か"必要の部屋"で────あの時は私が先にいて、"彼"が後から入ってきたものだから、驚いて杖を構えてしまったんだっけ。

でもまさか、こんなところでまた再会するなんて思ってもみなかった。

「レギュラス…」
「リヴィア…」

レギュラス・ブラックは、2年前に見た時よりかなり大人びた顔で、私のことを睨みつけていた。



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