11月末のある夜、私は談話室でいつものように悪戯仕掛人が集まっているところを見かけた。
その時私は、図書館で一緒に勉強していたリリーと一緒に戻ってきたところだったので、特に声もかけず寝室へと上がろうとしていた。しかし目敏く私達の姿を捉えたジェームズが「イリス! 君の助けが必要だ!」と珍しく深刻そうな顔をして言ってくるので、「ちょっと行ってくるね」、「ええ、先に寝てるわ」と短い会話をリリーと交わし、彼らの空けてくれたスペースに座り込む。

「どうしたの?」
「イリスからも言ってやれよ、"何もしないのが一番"だって」
「どういうこと?」

シリウスはすっかりウンザリした顔で、ピーターが書いたレポートの文字を宙に浮かび上がらせ、スペルを入れ替える遊びをしていた。ピーターは「やめてよ! 僕、今度こそ錯乱の呪いをかけられながらレポートを書いてきたのかってバブリング先生に怒られちゃう!」と金切り声を上げている。

シリウスの言っていることの意味がわからなかったので、もう一度ジェームズに何を悩んでいるのか尋ねる。ジェームズは困り果てた顔でこちらを上目遣いに見ながら、「これなんだ」と言って私に一冊のパンフレットを差し出した。

『ふくろう通信 -クリスマスプレゼント特集-』

「ああ、もうそんな時季か」

パラパラとページをめくると、見ているだけで楽しくなるような魔法のおもちゃ、女心をくすぐるキラキラとしたアクセサリー、ちょっとした友達に贈るのに最適なお菓子の詰め合わせセット────クリスマスプレゼント特集というだけあって、これでもかというほどの品物が用途別に並べられていた。

「エバンズに何を贈ろうか考えて、かれこれ1時間経つんだ」

さすがにこれには呆れてしまったのか、リーマスの声も少し乾いていた。

「あー…」

なるほど、それで"何もしないのが一番"か…。
まあ、そこに付け加えるなら『紅のヴィーナスへ 愛を込めて』とかそんなメッセージカードを添えないように、とも言っておいた方が良いかな。

「やっぱりここは、誰よりも特別なものを贈りたいんだ。でも、ただデカいだけじゃ邪魔になっちゃう。かといって小さすぎるとなくしちゃうかもしれない。お菓子はすぐ消えるからダメだし…ああ、こんなちゃちな魔法のおもちゃじゃ、またバカにされてると思われちゃうんだろうな」

──── 一瞬でも心の中で茶化してしまったことをすぐに後悔した。
彼は思ったより真剣に悩んでいる。ジェームズのことだから自分の銅像とか作って贈るんじゃなかろうかと心の中で思っていたので、意外とまともな悩み方をしていることに私は感心してしまう。

「イリスだったらどんなものが欲しい?」
「そうだなあ…リリーが前にくれたペンダントは嬉しかったよ。杖先でペンダントトップの色を自由に変えられるから、どんな服とも合わせられるんだ」

今でも気合いを入れたい日なんかにつけているくらい、それは素敵な贈り物だった。2年前のプレゼントを思い出しながら、パンフレットの中で似たようなアクセサリーを指さしてみせると、シリウスがフンと鼻を鳴らす。

「僕だって前、ブレスレットを贈ったことがあったじゃないか。あれは気に入らなかったのか?」
あれ自体は綺麗だったけど、あれはシリウスの化身じゃん。私が身に着けるには重いよ」
「シリウス、聞いたか? 君は重たいんだってさ」
「言ってろ」

2年前にシリウスから贈られたのは、ルビーを模した赤いストーンのついたブレスレット。それは一見何の変哲もない、マグルのお店で売られている可愛らしい赤のブレスレットなんだけど、そこには"純血主義のスリザリンなんてクソくらえ、我こそが誇り高きグリフィンドールの象徴である"というシリウスの身勝手と言って有り余る自己顕示欲が表れていた。見た目は綺麗なので、1年生の時にパトリシアから贈られた金の砂時計と一緒にベッドのサイドボードに飾ってあるけど…私にそれをつける勇気は、まだなかった。

「やっぱり女の子はアクセサリーが好きなのかなあ」
「みんながみんなってわけじゃないけど、リリーは好きだと思うよ。あ、でも…」

その時私は、去年のクリスマスのことを思い出してしまった。この話をジェームズにするのはまずい、と思って慌てて口を噤んだつもりだったけど、何かを言いかけたことはバレてしまったらしい。「でも、何?」とジェームズに突っ込まれる。

「────あー…怒らないでね」
「保証はしないけど、どうぞ」
「…スネイプが去年、リリーに指輪をあげてたんだ。リリーの目と同じ、明るいエメラルドグリーンのピンキーリング…」

怒らないでね、と言ったのに(まあ保証はしないって言われちゃったけど)、ジェームズは「なんだって!?」と吠えた。近くにいた1年生がビクリと飛び跳ね、ささっと遠くへ移動してしまう。

スネイプが!? 指輪!? エバンズに!? 指輪!?
「そう。まあピンキーリングだからそこまで深い意味はないだろうって言って、リリーは普通に喜んでた」

…ただ、ここにいる誰もが今同じことを思っただろう。
「スネイプが贈る指輪に、深い意味がないはずがない」と。

「…まあそういうわけだから、下手に意味深なアクセサリーを贈るよりは、別のものを考えた方が良いかも」
「なるほど…」

頭を抱えてジェームズは再び考え込んでしまった。
正直なところ、「何もしないのが一番良い」というシリウスの意見には納得できるところが大いにある、と言わざるを得なかった。ジェームズから何を贈られたところで、きっとリリーはあらゆる呪いがかかっていないか調べ、どういう意図で自分に贈ってきたのか訝しみ、そして最悪捨てる…ことはなくても、一生トランクの中に置かれ、どっさりと埃を被る末路を辿りかねない。

でも、好きな女の子にクリスマスプレゼントを贈りたい一心でここまで悩んでいる友達を前に、私はとてもそんなこと言えやしなかった。これは何も、今までの"思ったことを言えない"悪癖とは違う────私が、純粋に彼を応援したかったのだ。

「そうだなあ…好意がちゃんと伝わって、喜んでもらえるプレゼント…」

あ、そうだ。

「例えばなんだけど、リリーは魔法薬学が得意じゃん? だから、それにまつわるものとかどう?」

アクセサリーのようにあからさまな"女の子向け"のプレゼント以外を貰うとして、私だったら何を嬉しいと思うかな、と考えた時、ふと思いついたのは"溶けない雪だるま"だとか、"妖精の粉できらめくプリザーブドフラワー"だとか、そういった類のものだった。

私が得意なのは呪文学。日常の中にきらめく一瞬の奇跡のような小さな魔法が、私は大好きだった。大仰な魔術なんかじゃなくて良い。なんならマグルの世界にもあるほど身近ななものだって良い。私は"当たり前にそこにあるもの"に、"当たり前でないもの"がちょこっと加えられるだけで、心がどうしようもなくワクワクするのだ(きっとこの感覚は、私がマグル出身であることも関係してると思うんだけど)。

だから、リリーも自分の好きな魔法に関する何かをもらったら喜ぶんじゃないだろうか、と思った。勉強に関するものならいやらしくもないし、"リリーが本当に喜ぶものを考えた"というジェームズの気持ちも伝わるかもしれない。

「魔法薬学にまつわるもの?」

ジェームズはまだピンと来ない顔をしながら、『プレゼントにおすすめの魔法薬』のページを開いた。
私もそうは言ってみたものの、具体的に魔法薬学にまつわるグッズがどういうものを指しているのかはよくわかっていなかった。業務用の薬をあげるのもナンセンスだし、だからといって大釜や小瓶を渡すのも…なんだかプレゼントというより、必要物資の提供って感じだ。

「お、意外と良いのあるじゃん」

でも、そのページを覗き込んだジェームズはひゅうと口笛を吹いた。

「フェリックス・フェリシス…幸福をもたらす薬。ボヌス・ソムニウム…良い夢を見られる薬。メイディアム…涙を宝石に変える薬。これなんて、綺麗で良いな。エバンズはよく泣いてるし…」
「はて、さて、我が友人は大事なことをお忘れかね。この辺りの"安全で合法な薬"は我々の手でも作れるということを」
「あー、つまりエバンズも自分で作れちゃうってことだね」

シリウスの指摘を、リーマスが困ったように引き継いだ。途端にジェームズの笑顔が萎びる。

「そりゃあ、そうだ」

私もせっかく高揚していた気持ちが一気に沈んでしまった。そうだ。リリーは魔法薬学の神に愛された子、こんな簡単に手に入る薬なんて、わざわざ買わなくたって自分で作れてしまう。…まあ、材料が材料だし、"作れる"のと"作る"のとでは意味が結構変わってくるけど。

「それよりこんなのはどうだ? ほら、こっちの魔法薬作成キット。ヒキガエルの干物にサラマンダーの血液、ウワ、イタチの肝臓まで入ってるぜ…」

シリウスは完全に飽きてしまったらしい。どう考えても嫌がらせにしか見えない品を指さして笑っていた(『魔法薬学を本気で勉強したがっているお子さんや、悪友への悪戯向け!』と書いてある)。

「わかった、次のクリスマス、君にはこれを贈ろう」
「僕が悪かった、親友」

今回はジェームズが上手だった。でもシリウスがこのプレゼント選びにすっかり辟易しているのは、誰から見ても明らか。私達のうちの誰も、彼に「真面目に考えてあげようよ」とは言わなかった。

「ただジェームズ、君はもう少し大人になった方が良いんじゃないか? どう考えても脈のない相手にゴミにしかならないプレゼントを渡すより、もっとやることがあるだろ」

続くシリウスの言葉には一切の容赦がなかった。とは言っても、これはそれだけジェームズのことを信頼し、また心配しているからこそ出た発言なんだろうな────物で釣るんじゃなくて、もっと自分の行動を省みろって言ってるんだ。

彼は元々、ジェームズがリリーを好いていることにあまり賛成していないみたいだった(2年生の時、「エバンズは合わないからやめておけ」と言っていたことを思い出す)。
まあ、なんとなく理由はわかる。リリーに恋をしたこと自体は問題じゃないけど、今のままのジェームズじゃ絶対にリリーは振り向かせられない。つまり、リリーと付き合おうと思ったら、ジェームズは今の性格を少しばかり変えていかないといけないということになる。
"今のジェームズ"が好きなシリウスにとって、"女のために自分を変える親友"はあまり見ていて気持ちの良いものではないんだろう。ましてや彼は、女の子達から空焚きしたヤカンのような視線を向けられすぎてウンザリしている立場なのだ。自分の中身を何も見てもいないくせに、ステータスや容姿だけで熱を上げる"女子"という存在を────もちろん全員じゃないけど、やっぱりどこか遠ざけている節がある。

だから、ジェームズがリリーの話をする時、シリウスはいつもより皮肉っぽくなっているのが常だった。

でも、ジェームズはシリウスのそんな厳しい言葉にも全く顔色を変えなかった。それどころか、「何をバカなことを」と言わんばかりに軽快に笑っている。

「何を言ってるんだ、シリウス。エバンズが僕を好きじゃないことなんか最初っから知ってるさ。でも、だからこそ、向こうの"嫌い"を埋めても余る程の"好き"を伝えるんだろ? それに僕らはまだまだ子どもじゃないか────大人になる必要なんて、どこにもないね」

自信たっぷりにそう言うジェームズに、今度こそシリウスは何も言い返せなくなったようだった。私もそのあまりのまっすぐさに、つい胸を打たれる。
相手が嫌っているその心の隙間を、僕の好きで埋める。一体どうしたら、そんな発想ができるんだろう。一体どうしたら、相手のことをそこまで一途に好きになれるんだろう。

ジェームズの言葉はとても単純で────そして、とても眩しかった。

シリウスはどこか悔しそうに唇をぎゅっと結び、「じゃあもう好きにしろ。これなんか良いんじゃないか」と、ページの隅に掲載されていた小さな品をいい加減に指さす。

「なに? …特別な材料がなくても作れる幸福薬? …なんだ、スクイブ向けの商品じゃないか。材料も簡単に手に入るやつばっか…。これでフェリックス・フェリシスの亜種が作れるのは確かにすごいけど、これじゃ逆にエバンズを侮辱して────」
「あ、それ良いかも」

シリウスは絶対に何も意図していなかっただろうけど、その説明を聞いた私は妙案を思いついてしまった。

────リリーのお姉さん、ペチュニアは魔法が使えない子だった。
そしてそれが原因で、あの姉妹の仲は悪くなってしまっている。
話を聞くと、リリーのお姉さんはどうやら、魔法が使えるリリーのことを羨ましがっていたらしい。羨ましいと思うあまり、その嫉妬が強い恨みに変わってしまったんだそうだ。魔法なんてありえない、魔法が使えるなんて頭がおかしい、そんなのはただの生まれそこないだ────そんな酷い言葉を入学前にかけられたきり、仲直りができていないと聞く。

悲しいすれ違いだと思った。確かに簡単に奇跡を起こせる魔法使いの、その特別な力を羨ましいと思うマグルは多いだろう。でもそれは同時に、未知なるものへの恐怖や嫌悪も引き起こす。

同じお母さんのお腹から生まれてきたはずなのに、どうして魔法が使える子と使えない子に分かれてしまうんだろう。魔力とは、一体どこから生まれてくるんだろう。

いつもリリーからお姉さんとの話を聞く度、私は胃を痛めてきた。
だから────この"魔法が使えなくても、魔法道具がなくても作れる魔法"に────そんな姉妹の距離を少しでも縮めてくれるんじゃないか、なんて儚い期待を持った。
もちろんそんな簡単に人の恨みが消えるわけがない。それでも、その根幹にある感情が"羨望"なら、魔法の疑似体験は、お姉さんの"魔法嫌い"をなんとか…少しだけでも…和らげてくれるのではないかと思ったのだ。というか、そう願わずにはいられなかった。

「え、こんな子供向けみたいなものを喜ぶの?」

ジェームズは不思議そうにしている。当然だ。リリーにマグルのお姉さんがいることはみんな知ってるけど、その関係までを知らない彼らからしたら、魔法薬学の天才にこれをあげるなんて発想、絶対にできるわけがない。実際その品は、隅から隅までちゃんとページを読み込まないと目につかないほど小さな宣伝スペースしかとっていないし────要はそれだけ"価値のないもの"と見なされているのだ。

「────ほら、リリーの家はマグルで、魔法を知らない家庭でしょ? 私達は夏の間、魔法を使うことができないし────。だから、お姉さんやご両親と一緒にこういう魔法で遊べたら、リリーにとっても楽しい思い出が作れるかなって」

だから私は、当たり障りのない部分だけを明かした。嘘はついていない。ただそこに、"リリーの家族を楽しませる"ためだけじゃなく、"リリーとお姉さんの関係修復"というもっと根深い狙いが含まれているという、それだけ。

「なるほど、家族のことまで気を回して、気遣いができるアピールをするってことか」
「そう言われてみると、夏の間も魔法を楽しめるっていうのは良い案だね」

ジェームズはまたもや格好つけたようなことを言っていたけど、リーマスが柔らかく私の案を肯定してくれた。

「よーし、決めた。僕はこれをエバンズに贈る。アドバイスありがとう、イリス!! 君は何が欲しい? お礼に僕が買えるものならなんだって贈るから、考えておいて!」
「これを最初に提案したのは僕だけどな」
「ページを見てもいなかったくせに。それとも君の目は側頭部にもついてるのかな?」

シリウスに嫌味たっぷりな言葉を投げつけてから、「早速注文して来るよ」とふくろう小屋の方へ出て行ってしまった。門限が…と一瞬頭をよぎったけど、流石ジェームズ、談話室を出る直前にローブから銀色のキラキラした布を取り出しているのが見えた。

「エネルギッシュだなあ」
「下手したら徹夜になるかと思ったよ。ありがとうイリス、君のお陰でなんとか丸く収まった」
「エバンズが喜ぶと良いね」

リーマスとピーターがそれぞれ笑いながらそう言った。相当ジェームズは真剣に、そして盲目的に友達を巻き込んでこのことを考えていたらしい。恋に全力なのは良いんだけど、ジェームズは節度という言葉をいい加減覚えた方が良いと思う。

「────良いな、あいつはいつも素直でまっすぐで」

────そんな中で、シリウスだけが力なくそうポツリと呟いた。笑みもない。皮肉もない。ジェームズが出て行った寮の出入口を見ている彼の横顔は、どこか寂しそうだった。

「シリウス?」
「いや、なんでもないよ。エバンズのとこに帰りな」
「うん…じゃあみんな、おやすみ」

少し考えてみたけど、結局シリウスのあの表情の理由はわからなかった。
だから私は早々に考えることを放棄して、来月のクリスマスにリリーがどんな顔をするだろうかと────(多分私のフォローが必須になることは間違いない)そっちの方を考えることにした。



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