ホグワーツでの4年目が始まった。
今年は去年みたいに新しい科目が増えることもないし、(また防衛術の先生が変わってること以外は)何も変化のない新学期を迎えることとなった。

だからこそ、勉強以外のことを考える余裕もちょっとだけあって────それがまた、新しい悩みの種になっていた。
いや、今まで自分のことで精一杯だった私が"人のこと"を考えられるようになったのは、ひとつまた成長したとポジティブに捉えるべきなのかもしれない。

────とにかく、目下私の課題としては、"リリーにジェームズのポジティブなプレゼンテーションをしよう"というところに据えられていた。

ただ、これがものすごく難しい。
いきなりあからさまにジェームズを持ち上げるような話をしたって、リリーが聞くわけない。かといって、彼を自然に褒められるような場面もなかなか訪れないのが、これまた頭の痛いことだった。────だってジェームズは、リリーを意識し始めてしまったことで────余計に目立ちたがりな行動が増えるようになったのだ。

授業に真面目に出るようになったのは良いことだ。先生の質問に積極的に答えるようになったことも良い傾向なんだろう。
ただ、問題だったのは────座学の質問にしろ、実習の実演にしろ、彼はその全てを完璧に成功させた後、毎回リリーの方を見て微笑むのだ。

事情を知っている私から見れば、それは「エバンズ、今の見ててくれた?」という、まるで犬が飼い主に褒められたがっているような可愛らしい動作…と、いえなくもない。
ただリリーからすると、完全にそれは"挑発"にしか見えないようだった。

「なんなの? 今年に入ってからやたらとポッターが自慢げにこっちを見てくるんだけど。私がみんなみたいにポッターをヒーロー扱いしないからってわざわざ自慢しに来てるの?」

授業後、リリーはだいたいそんな風に刺々しく言っていた。完全に裏目に出ている。

「どうだろう、逆にリリーが優秀なのを尊敬してて、褒めてもらいたいのかもよ?」

その度にそれとなくフォローは入れてみるんだけど、「あのポッターが誰かを尊敬するとしたら、自分自身しかいないでしょうね」と返ってくるだけ。

────ああ、前途多難だ。

仕方ないので、初回のホグズミード(今年は10月の初週だった)までになんとか彼らと相席できる状況が作れるよう、ある日の夜に寝室でリリーと"おしゃべり"してみることにした。

「ねえリリー、どうしてそこまでジェームズにこだわるの?」
「ずっと言ってるじゃない。セブを執拗に攻撃して、高慢ちきな態度を取ってるからよ」

うん。間違ってない。間違ってないのが困る。

ただ、この3年を経て────スネイプの周辺にも明らかな変化があることにも(これは本当に気が進まなかったんだけど)、どうしても目を向けてもらうしかないと思った。

「まあ…うん、否定しないよ。ただ…ごめんね、こんなことを言うのは本当にリリーを悲しませてしまうってわかってるんだけど…最近のスネイプはちょっと…おかしいよ」

そう。
去年から片鱗はあったけど、スネイプはまた一段と闇の魔術に傾倒するようになっているようだった。もはやあれは憑りつかれていると言っても良い。噂では、自分で呪いを開発しては周りのスリザリン生に教えて、それを他の寮の下級生で試したりしている…なんて話もあったくらいだ(もっともこれはただの噂なので、あえてリリーの前で言うことはやめておいたけど)。

スネイプがおかしい、と言った瞬間リリーの顔が歪んだ。
ああ、こうなることはなんとなくわかっていたからあんまり言いたくなかったんだけど…。
でも、何もこれは"ジェームズの株を上げるため"だけに言ったつもりではなかった。

明らかにスネイプは、人を傷つける呪いに執着している。
そしてそれは、何も彼だけに留まる話ではなかった。

休みの間にも、新聞の報道で見てきていた────例のあの人の残酷な"マグル支配"計画。これはまだ噂に過ぎないんだけど、例のあの人の部下である"死喰い人"になりたがっている人が、うちの生徒にも何人かいるとか、なんとか…そんな話も浮上していた。
学校内にいる間は安全と言われているけど、それもいつまで自信を持って言ってもらえるのかわからない。そんな報道ばかりなのだ、少なくとも一歩外を出ればすぐ隣に死の危険が迫っている状況は、嫌でも自覚しなければならなかった。

例のあの人と死喰い人が杖を向ける対象は、もっぱらマグル、あるいはマグル出身の魔法使い、そしてそれらを擁護する魔法使い達。
それまで全く影も形もなかった"悪のカリスマ"は、ある日突然世界を恐怖に陥れた。誰が敵か味方かわからない────そんな状況に、世界は戦々恐々としている(例のあの人に対抗する大人達が秘密組織を結成して今まさに戦っている、なんて噂もあったけど、もうどれが本当の話なのかはわからない)

ホグワーツにいると、外で戦争が行われていることをつい忘れてしまいそうになるけど────でもだからこそ、スリザリン生を中心とした"マグル出身者いじめ"は、スケールが小さいながらにかなり問題視されていた。
確実に彼らは、校外で起きている戦争に触発されている。学生のやれることなんてたかが知れている、と今までは軽い減点や罰則で済んでいたものでも、今は重罰化が進んでいることがこちらに戻ってきてすぐ判明した。

────スネイプは、簡単に言うとそんないじめを行っている集団の一員だった。
もちろんそれだけで彼を死喰い人候補の子だと言うつもりはない。実際、彼自身がむやみやたらにマグル出身者を攻撃している姿は見たことがなかった(誰にも言ってないけど、私はこの理由にリリーが絡んでいると思っている)。彼は決して徒党を組んで弱い者いじめをするようなタイプではない。どちらかというと、暗がりにひとりでいることを好むような大人しい性格のままだった。
じゃあ何が問題なのかと言われたら、スネイプが親しくしている生徒だ。去年、リリーはエイブリーとマルシベール、それからマルフォイの名前を挙げていたっけ。マルフォイはもう卒業したからいなくなっているけど、そのエイブリーやマルシベールが、マグル出身者いじめの筆頭格だった。
シリウス達の暴走を止められない私が言えることではないかもしれないけど、エイブリー達のやっていることを認め、自ら進んでそういう人達との関わりを深めているスネイプの行動は────果たして正しいんだろうか。彼にとってそれが正しいと言うなら、確かに私がどうこう言える話ではない。でも、その時リリーは、同じようにそれを受け入れられるのだろうか…?

「確かにジェームズ達はいつも4人でつるんでるから、スネイプ1人を狙い撃ちにするのは数的に卑怯なことだと思う。でも、スネイプのやってることは…ねえ、リリー、ちゃんとまだ許せるラインなの?」

リリーは黙ってしまった。きっとその頭の中には、幼い頃の楽しい思い出が蘇っているんだろう。
こんな苦しい思いをさせたいわけじゃない。でも、リリーは正義感の強い人だから────幼馴染だからという理由だけで、闇の魔術を不当に乱用する人を擁護する彼女の行為を、彼女自身がそのうち許せなくなってしまうんじゃないかと、私はそちらの心配をしていた。

「…セブには、ずっと警告してるわ。でも、私…セブ自身が邪悪なことをするまでは、信じていたいの…」

リリーは涙声になっていた。
このことで一番苦しんでいるのはリリーだ。もうこれ以上彼女に何も言えないと判断した私は、もうジェームズを引き合いを出すのはやめようと思った。
スネイプとジェームズを比べるのは、彼女にとって苦痛でしかないんだ。

「そっか。ごめんね、ひどいこと言って。私が言ったことなんて、とっくにリリーは考えてたよね」
「ううん…むしろ、イリスの目から見てもそうだったのね、って…よくわかったわ…。ごめんね、泣くつもりなんてなかったの…」
「泣かせてごめん。辛いよね、仲の良かった人が遠くへ行っちゃうのは」

私はリリーのベッドに移動し、ふわふわした赤い髪を優しく撫でた。
リリーは小さく啜り泣きながら、私の胸に顔をうずめた。










「エバンズはどう?」

週末、金曜日の夜。
必要の部屋で、珍しくハービーの手から逃れたらしいジェームズが私に聞いてきた。

粉末状になった何かの石(材料が多すぎたので覚えるのは放棄した)と、薬草の根をシリウスが大鍋に混ぜ入れる。その時点で液体はピンク色になっている。2回時計回りにかき混ぜたところで、私は古びた教科書に載っている難解な呪文を唱えた。

ぽわん、と青い光が鍋を包み込んだ。そして、シリウスが逆時計回りに一度掻き回すと、今度は鍋の中身が薄いスミレ色に変わる。

「────よし、ひとまず成功だ。あとは5分おきにすくい上げるように混ぜる」
「で、なんだって? ジェームズ」

シリウスと一緒に安堵の溜息をついてから、私は改めてジェームズの方を向いた。エバンズ、という名前が聞こえたような気がしたけど、私はこれから唱える呪文のことで頭がいっぱいで、とても人の声なんて聞いていられる状況ではなかった。

ジェームズは小鉢で何かと何かを混ぜながら、「エバンズのことさ」ともう一度言った。

「最近僕、エバンズにちょっとでも注目してもらえるように頑張ってるんだけど」
「なんかあれ、逆効果っぽい。リリーはあれを挑発だと思ってるよ」
「どうしてそうなるんだ?」
「さあ…とりあえず授業中、先生の質問に答えた後にリリーの方を見るのをやめたら?」

シリウスがブッと吹き出した。

「スネイプが最近おかしいよって話もしてみたんだけど、泣かれちゃったし…。ちょっとしばらくスネイプを引き合いに出すのは本当にやめた方が良いかも。リリー、かなりその辺に関しては今繊細になっちゃってる」

ゴリゴリと大きな音を手元で立てながら、ジェームズが首を捻る。

「なんであんな奴に執着してるのか、僕ずっと疑問なんだけど」
「それこそずっと言ってるでしょ、幼馴染ってそんなに簡単に捨てられないんだよ」
「イリス、分離呪文」
「あっ、はい」

ジェームズのこともリリーのことも一度頭から追い出し、私は教科書を見て呪文の動きをもう一度確認する。発音も言葉にしないまま一度唇の動きだけで練習し、実際に大鍋の上で分離魔法を唱えた。それから、化学物質の消失呪文もあわせて唱える。

それまでボコボコと大きな泡を沸かせていたスミレ色の液体は、魔法がかかったことによって大人しくなった。

「────とりあえず、次のホグズミードでの相席作戦は我慢した方が良いかもね」
「そんな無情な」
「さっきは"繊細"って一言で済ませたけど、リリーの心は今すっごく脆くなってるの。幼馴染を失いそうになってて、しかもその原因の一つがあなたにあるかもしれないと思ってるから────」
僕に!? スネイプが闇の魔術とラブラブしてるのが僕のせいだって言うのか!?
「落ち着けよ、ジェームズ」

いくらか作業が楽になったことで、シリウスが初めてこちらに意識を向けた。

「イリスが言いたいのは"君を真似てスネイプが闇の魔術を勉強してる"ってことじゃない。むしろ逆だよ。そうだろ?」
「うん。ジェームズはうちのヒーロー的存在で、むしろ闇の魔術を嫌ってることで有名だよね。でもリリーはそんなジェームズに反感を持ってる。多分スネイプはそこで────間違った方法を選んだんじゃないかな。つまり、リリーの気を惹くには、みんなの人気者のジェームズと反対の行動を取れば良いんじゃないかって────」
「まあ、あいつ自身が本気で闇の帝王に恋した可能性もあるけどな。ま、僕もどちらにしろあいつが君のことを一切意識してないとまでは思わないぞ、ジェームズ」

私とシリウスの冷静な分析に、ジェームズはグルルと喉を鳴らし、小鉢を乱暴にテーブルに置いた。

「これ、次に混ぜる粉末」
「サンキュ」

その時、必要の部屋の扉が開き、ピーターが入って来た。

「ドラゴンの鱗、持って来れたよ!」
「でかした。そこの小瓶に入れておいてくれ」
「わかった! …リーマス、大丈夫かなあ」

────今日は満月だった。私達がこうしている間、彼は叫びの屋敷でひとり自らを傷つけながら、あの狭い敷地で暴れているのだろうか。村の住民に恐れられながら、決して姿を見られないよう、誰も傷つけてしまわないよう────その苦痛を、ひとりで背負っているのだろうか。

「早く完成すると良いね」
「イリスが変身術と呪文学を得意にしてて良かった。これ、かなりそっち系の魔法が多いんだ。今まではなんとか僕達でもやってこれたけど、君がいてくれると精度が段違いになる」
「うん、うまくいけば来年度の最初にはできあがりそうだな」

この時ばかりは自分の恋より友情を優先させて、ジェームズも鍋の中身を覗きこんだ。ここ数ヶ月の様子しか知らない私は、2年生の時からずっとこの薬と格闘していたという彼らの心中を正確には知らない。

でも────。

「なあ、動物もどきって本人の資質によって姿が変わるんだろ? 僕だったら何になると思う? 獅子とか────」
「どうするジェームズ、それでふわふわの子猫とかだったら」
「わあ、猫って可愛いよね!」
「ピーター、お前は多分ネズミ。なんとなくわかる」
「ネズミ!?」
「僕がふわふわの猫ならシリウスはチワワだろ」
「ふっ、誰も狼に勝てないな、それ」

────どんな大きな問題でも、どんな苦しみの前でも、たちどころに"笑顔"を生み出せるこの人達のことが────私はやっぱり、大好きだった。

「もし僕が猫でシリウスがチワワでピーターがネズミだったら、最後の武器としてイリスも動物もどきにならないといけないな」
「イリスだったらなんかこう…キツネとかになりそうだな」
「それ、私達誰も結局リーマスに勝てないじゃん」

どんな動物でも良い。早く、リーマスに安らげる満月の晩が訪れますように。



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