この間リリーを泣かせてしまった負い目から、私はしばらくジェームズの話を彼女にできずにいた。
次ホグズミードに行った時、シリウスとジェームズからそれぞれ夏休みの宿題を見せてあげた報酬を買ってもらう約束をしていたので、それを口実に同行を提案できないかと思ったんだけど────この感じだと、やめておいた方が良さそうだ。

リリーはここ最近、前にも増して塞ぎ込みがちになっていた。スネイプとの付き合い方をどうしたら良いか迷っているんだろう。

「リリー、ホグズミードにまで行く元気がなかったら、ちょっと校庭を散歩しない? 3年生以上はみんなホグズミードに行ってるから、人が少なくて気持ち良さそうだよ」

私は最終的に当日、ホグズミード行きそのものをやめることを提案した。

「イリス…ごめんね、気を遣わせて。あなただけでもブラック達と一緒に行ってきて良いのよ」
「ううん、私はリリーと一緒にいたいな」

ここでリリーが「一人にしてほしい」と言うようだったら、私はシリウス達について行ったかもしれない。でも3年以上一緒にいるからわかる。リリーは本当に構ってほしくない時だったら、ベッドで寝たふりをするはずだから。
いつも通りお寝坊して、昼前に談話室に下りていった時、リリーはぼーっと本を読んでいるようだった。でも、ページは全然進んでいない。だから私はしばらく様子を見た後、こうして散歩することを提案した。ここにいても良いけど、あんまりスネイプのことばっかり考えて根を詰めていたら、いよいよリリーが壊れてしまうような気がした────だから、きっと気分転換が必要だと思って。

たったそれだけのことなのに、リリーはまた泣きそうな顔になる。
やっぱり相当堪えてるみたいだ。

「…ありがとう」

2人で、ゆっくりと校庭を散歩する。湖を眺めて、禁じられた森の外側に沿って歩き────森番のハグリッドが住んでいるという小屋に辿り着いた。

「イリスはハグリッドと話したこと、ある?」
「ううん、ほとんどない。リリーは?」
「外でケトルバーン先生の課題をやってた時に、たまたま会って色々教えてくれたの。ハグリッド、今すぐにでも魔法生物飼育学の先生になれるんじゃないかってくらい生き物のことに詳しいのよ。良かったら訪ねてみない?」

ちょっと元気になってくれたリリーがそう言うので、私は緊張しながらも「うん」と頷いた。
ハグリッドといえば、あの大きくて髭もじゃのおじさんだ。キラキラした目は少年みたいだけど、やっぱり大きくて威圧感があって、初めて見たときは随分びっくりしたっけ。

「こんにちは、ハグリッド!」

リリーが小屋の部屋をノックすると、中でゴッ! ドガッ! と痛そうな音が響き、立て付けの悪い扉がガガッと開いた。

「おっ、リリー…と、お前さん、もしやイリスか? リリーからよく聞いちょるぞ、イッチ番の仲良しだからいつか連れて来るってな」
「あ…はじめまして。イリス・リヴィアです」

実ははじめましてじゃないんだけど。とはいえ前回ハグリッドに会った時の私はリーマスの姿をしていたので、あくまで初対面の体を装って握手した。

「この時間、生徒はホグズミードに行っとるんじゃなかったのか? お前さんたち、なんだってまたこんなところに────」
「今日は人の少ない落ち着いたところでぶらぶらお散歩することになったの」

リリーが恥ずかしそうに私を見ながら言った。私に感謝してくれていることが伝わって、こちらも少し照れてしまう。

「そーか、そーか。今日は天気もええからな。散歩にはもってこいだろうて…でもせっかく来てくれたんだ、茶でも飲んでいくか?」
「ありがとう、ハグリッド」
「ありがとうございます、いただきます」
「イリス、俺にはそんなに気を遣わんでええ。なんせ俺は教師でもないし、リリーやジェームズ達とは友達みたいに接しちょるからな…お前さんも、もちろんジェームズは知っとるだろ?」
「は…うん」

敬語を続けるべきか迷ったけど、ハグリッドがあまりに人懐っこい笑顔で言ってくれるものだから、あまり距離を取りすぎるのも良くないと(損得勘定で)判断し、私も敬語をしまいこむことにした。

ハグリッドはティーカップに紅茶を淹れて出してくれた。
お茶をいただきながら、さっき扉を開ける前に鳴っていた騒音の出所は何だったんだろうとそれとなく小屋の中を見回す。

そこはとても雑多な物が所狭しと積み上げられた風景だった。そのまま狩りでも出かけられそうな服装や装備が壁にかけられ(これのどれかにぶつかりでもしたのかな?)、天井からはハムや鳥が吊り下げられ、小屋の奥の方にはとてつもなく大きなベッドが置かれている。本当にここに寝泊まりしているらしい。

一口に魔法使いって言っても、やっぱり生活様式はだいぶ違うんだなあと思わされた。

「ジェームズとシリウスは本当にええ子でな。よくここを訪ねて来てくれるんだ。まあ、やたら森に入りたがるのだけが困ったところなんだが…」

お、僥倖?
おそるおそるリリーの顔を盗み見ると、彼女は無表情のまま紅茶を飲んでいた。

「そんで、このリリーも一度魔法生物飼育学の課題を手伝って以来、何かと土産を持ってきてくれる。この年のグリフィンドール生はみーんなええ子だ。義理に厚い。友情を大事にしちょる。イリス、リリーはお前さんの話もたくさんしてくれたぞ」
「私の?」
「そうだ。とっても優秀な魔女で、誰にでも公平で優しい子だと言っちょった。確かに賢そうな顔をしちょる。え? 4年生にしちゃ顔つきが大人すぎるってもんだ」

それは…喜んで良いのだろうか。
まあ、褒めてくれているのだろうとは思ったので「ありがとう。ハグリッド、リリー」と2人にお礼を言っておくことにした。

「そうだ、ジェームズと言や、やっこさんのクィディッチのプレーは年々磨きがかかっとるな?」

ハグリッドは私達全員の共通の話題と思ってか、ジェームズの話を出してくれた(私は心の中でよっしゃ! と思った。ハグリッドの前ではリリーも流石に露骨に嫌な顔はできなかったらしい)。

「来月のスリザリン戦が俺は楽しみでなあ。もっとも俺がどっかのチームを贔屓しちゃなんねえんだが、でもほれ、やっぱり才能のある選手は応援したくなるもんだろうて。当然
、2人も応援に行くだろう?」
「うん」

私が即座に頷いたせいで、リリーも「えーと、ええ、そうね」と答えざるをえなかった。

「ジェームズは歴代最高のチェイサーって言われてるって本当?」
「ああ、俺も長いことここにいるが、あそこまで"魅せる"のが巧い選手は他に見たことがねえ。単なる"ゴールに入れる技術"が高いだけじゃねえんだ。観客を全員巻き込んで、相手選手の目まで奪って────気づいた時にゃ、自分のチームのシーカーがスニッチを取って試合はおしまいだ! わかるか? 観客が全員、ジェームズの虜になる!」

これは良い流れだ、と思った。
クィディッチの話なら、スネイプが関係ないからリリーを傷つけずに済む。実際ジェームズのプレーが素晴らしいのは事実だし、あそこまでのミラクルプレーをかまされた後なら多少自慢げな顔をして歩いていてもそう目立たないだろう。

リリーがクィディッチを観に来てくれたら、ジェームズの好感度が上がること間違いなしだ。

たっぷり話し込んでからハグリッドの小屋をお暇した後、早速私は次のクィディッチ観戦にリリーを誘ってみることにした。

「リリー、良かったら1回だけ観に行ってみない? もちろん好きじゃなかったらすぐ帰る、ってことで」
「もちろんそれは…嬉しいけど…でも、あなたはブラック達と一緒に行く約束をしてるんじゃないの?」
「別にいつも一緒に行く約束をしてるわけじゃないし、嫌じゃなかったら私は喜んでリリーについて行くよ」
「ありがとう…実は、その、クィディッチ自体にはちょっとだけ興味があったの」

それは、今まで気づかなくて悪いことをしちゃったな。

「そうだったんだね。ルールとかはわかる?」
「なーんとなく…って感じ。ペナルティーとかはよくわからないけど」
「あ、それは私も全然わかんないけど大丈夫だよ。今のところ、わけわかんないところが楽しいって感じだから」
「ふふっ、わけわかんないところが楽しいって…あははっ」

談話室にいた時の、どこか虚ろで悲しげだったリリーが声を上げて笑ってくれたことに、私は安心した。ダメ元だったけど、散歩を提案してみて良かった。

それから談話室に戻り、2人でチェスをやっている間に、ホグズミード組が戻ってきた。
シリウスとジェームズがそれぞれ大きな箱を持ってこっちにやってくる。

「え、何あれ」

リリーが怪訝そうな顔をする前で、私はつい笑ってしまった。
厳かな顔をしている2人は今きっと、"女王様に捧げものを献上する召使い"になりきっているんだろう。私の前まで来ると、片膝をついて跪き、箱を頭上に高々と掲げる。

「こちら、イリス・リヴィア女王陛下への上納品にございます」
「不肖シリウス・ブラックより、ハニーデュークス店のチョコレート詰め合わせボックスにございます」
「ジェームズ・ポッターよりスクリベンシャフト羽根ペン専門店の虹色ペンにございます」
「うむ、大義である」

私も乗っかってわざと低い声を出し、それから3人でけらけらと笑い合った。

「今年も夏休みの課題を手伝ったの。2年連続で無償なのは嫌だったからホグズミードのお土産を買ってくるようにお願いしてたんだ」

呆気に取られているリリーに、状況を説明する。

「まあ…あなたってほんと…ふふ」

さっきのハグリッドとの会話のお陰もあったのだろうか。いつものイライラした表情はなく、私達の茶番に呆れてしまったというように小さく笑っていた。

「そして、これはエバンズに」

ジェームズがパッと立ち上がり、リリーに小さなチョコレートの包みを渡した。

「シリウスがイリスにチョコレートを選んでる間に買ったんだ。いつも勉強しかしてないみたいだから、甘い物が良いと思ってね。たまにはエバンズも遊んだほうが良いぞ」

言い方はかなり悪いけどまあセンスは良い、ジェームズ!

「僕はあくまでイリスに借りを返そうとしただけなんだけど、ジェームズはそれじゃいつも一緒にいるエバンズに何もないのが不公平だって言っててな」

そして完璧なアシスト、シリウス!

「ありがとう。そうね、勉強なんてしなくても余裕で満点を取れるあなたからしたら、ちょっとした遊びも必要なのかもしれないけど────生憎こちらは凡才極まりないので、ありがたくいただいてまた勉学に勤しむわ」

ああー…リリー…今のはリリーがちょっと頑固すぎたよ…。

シリウスがポンとジェームズの肩を叩き、2人して寝室の方へ向かって行ってしまった。

「リリー…」
「…今のは私が言いすぎたわね」

条件反射みたいなものなんだろう。これは相当時間がかかると思った方が良い。

ええと、これから控えてるイベントは…まずハロウィン? どこかでランチでも一緒に…は無理か…。
やっぱりクィディッチに賭けるしかないな。あとは…そうだな、クリスマスプレゼントとかも使えるかもしれない。

あれこれと人のことばかりを考えている間に、私のキングはリリーのナイトに取られてしまった。

「あっ、負けた…」
「ふふ、考え事でもしてた?」
「空気の読めない臣下が2人、突然現れたものだからね」
「あの中ではあなたが一番偉いのね」
「そんなことないよ!? 私、なんかいつもバカにされてるし!」
「…仲が良いのね」

リリーは目を細めてそう言った。どこかその顔が寂しそうで────つられて私まで、寂しくなってしまった。
スネイプと仲直りしてほしいとはもはや思わない。客観的に見れば、もうその可能性は絶望的だ。

だからこそ、と思う。
だからこそ、人によっては傲慢と思われることもあるけど、あの4人とぜひ親交を深めてくれたら────きっと彼らは今度こそ、変わらない友情を誓ってくれるだろう。



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