「す、げー…それ全部、イリスが考えたの?」

私がリーマスの秘密を暴いたこと、そしてスネイプ対策のことを淡々と聞かせると、ジェームズは最初の警戒なんてどこへやら、すっかり感心したように目を輝かせた。クィディッチを観に行かなかったことも、もうケロリと忘れてくれたらしい。

「ポリジュース薬を作るには1ヶ月近くかかる。運良く前回の満月の直後にこの話を聞けたから、満月草は手に入ったけど…クサカゲロウは21日煎じないといけないし、とにかく時間が足りないんだ。そういうことで、しばらく私もここに居続けるつもりだから、よろしくね」

キビキビと最後まで言い切ると、ジェームズは「わかった」と笑って頷いてくれた。

「ところで、この計画を成功させるためには、校庭で本物のリーマスとスネイプが鉢合わせしないように取り計らう必要があるんだけど…。この件はシリウスが"ジェームズに任せれば大丈夫"って言ってたんだよね。何か策があるの?」

策と言ったって、そもそもこの計画を初めて聞かせたジェームズに一体何を期待すれば良いのだろう────そう思っていると、なんとジェームズは「もちろんさ!」と力強く胸を叩いてみせた。

「あれ、イリスに見せたことなかったっけ? これ…」

そう言って、必要の部屋の奥から銀色の布を取り出してきた。液体のように滑らかで、キラキラと輝いている。

「なに、それ?」
「ふふふ、まあ見てろって…」

私が興味を示したのがそんなに嬉しかったのか、ジェームズは不敵な笑みを浮かべてマントを被った。すると────。

「わぁ!」

驚きと興奮で思わず声を上げてしまった。

────ジェームズの首から下が消えている
彼の傍まで駆け寄り、肩の辺りに触れてみる────実体はそこにあるみたいだ。感触は確かにあるんだけど、目でいくら確認しても、まるで私が宙に手をかざしているようにしか見えなかった。

「これ、"透明マント"?」
「あったりー」
「なるほど、これでリーマスを隠せばスネイプに見つからず暴れ柳に行けるってことか」
「そゆこと」

なるほど、これはすごいアイテムだ。

「模造品なら資料として見たことあるけど、ここまで綺麗なマントは初めて見たよ」
「これ、僕の祖先に代々受け継がれてきたものなんだ。僕、これは"ビートルの物語"に出てくるマントと同じやつなんじゃないかって考えててさ────」

その時私は不意に、どうして2人が罰則を"適度に"受けているのか(あれだけのことをやらかしておいて、退校にならないラインをどうして超えないのか)理解した。
そして同時に、彼らがしょっちゅう授業直後に消えていた謎についても、ここに来て初めて答えを得たような気がした。

彼らはマントに守られていたのだ。

「もっと早く知りたかったなあ、それ。これを使って毎回必要の部屋に行ってたんだね。それなら誰にも見つからずに8階まで簡単に行けるじゃん」
「まあ、最近男4人が一緒に入るには限界が出てきたんだけどな」

去年の夏より更にまた身長の伸びたシリウスが物憂げに言った。

「だから最近は魔法薬の調合をもっぱらシリウスに任せてるんだ。僕はデイヴィスにいつも拉致されるし、リーマスは魔法薬がそこまで得意じゃない。ピーターもね。何人もの足が丸見えになったまま8階へ移動するリスクを考えたら、多少大変でもしばらくの間はシリウス1人に任せる方が都合が良かったんだ」
「ふうん」
「あ、でもね、魔法薬が完成した時のために、4人で呪文は練習してるんだ。ほら、動物もどきって魔法薬を服用した後に正しい呪文を自分にかけないといけないからさ。ただこれ、間違えると辺り一面を木っ端微塵にしちまうからかなり注意が必要で────」

ちょうど1年くらい前だったろうか────そういえば、校庭で大爆発を起こしてフーチ先生に怒鳴られていたシリウスとジェームズのことを思い出した。

「今度は何したの?」
「ちょっと新しい呪文を開発してたんだ」
「呪文を開発?」
「そ」


あの時は2人とも黒焦げになっていたっけ。まるで辺り一面を爆破させた後のように────。

「ねえ、去年の今頃、呪文を開発してたのって…」

思い出しながら言うと、2人してそっくりの笑顔を寄越してきた。

「そう。あれが"最後の呪文"。あれを見つけたのがマクゴナガルじゃなくて良かったよな。合法の動物もどきに見つかってたら、僕達が何をしようとしてたのかバレてたかもしれないぜ」
「それに普段の奇行も役に立ったな。"新しい呪文を開発してる"なんてトンチキなことを生徒が言ったところで、それが僕ら以外じゃなかったら絶対信じてもらえてなかった」
「日頃の行いがいざという時身を助く。リヴィア家の教えだね」
「はいはい」

一通りの話を終え、魔法薬の生成もきりの良いところまで進めてから、忍びの地図で付近に誰もいないことを確認し、私達は寮へと戻る。

「そういえば試合はどうだったの?」
「君達、ほんとに最初から最後まで見てなかったんだね…」

シュンとしてしまったジェームズをなだめながら談話室に入ると────。

────大歓声に、包まれた。

「よっ! 名チェイサーのお帰りだ! 何してた、みんな君を待ってたんだぞ!」
「ジェームズありがとう! 僕がスニッチを取られちゃった時は死も覚悟したんだけど────見たら、君が同じタイミングで逆転点を入れてくれてたんだから!!!!」

デイヴィスとハービーがまずジェームズの元に駆け寄り、あっさり私達から引き離して祝杯の輪の中へとぎゅうぎゅう埋め込んでしまった。

「えーと…つまり?」
「スニッチはハッフルパフに取られた。向こう側に150点が入って試合終了するはずだったが、ジェームズがその直前にそのその点差を覆す点を入れた、ということだな。グリフィンドールがそれまでによっぽど点を稼いでたんだろ…」

参考書の文章を読むように固い声で言うシリウス。でもその横顔は笑ってる。

「すごい! ひとり…いや3人で協力したのかわかんないけど、150点取られてもひっくり返しちゃう点を入れてたなんて! かっこいい!」
「ああ、しかもタイミングが完璧だ。本当にいつもジェームズには驚かされるなあ…」

ピーターとリーマスもかなり驚いているようだった。
あーあ、こんな時じゃなければ私も見たかったなあ。










「イリス、最近談話室でも図書館でも見かけないけど、どこで勉強してるの?」

いよいよ試験まで1ヶ月を切った頃、必要の部屋から戻ってベッドにもぐりこんだ私に、リリーがそっと話しかけてきた。

────いつか訊かれるだろうとは思っていた。去年まで、試験前はリリーといつも談話室で勉強していたから。

もちろん、普段から別行動を取ることなんてざらにある。私とリリーの得意不得意は違うから、それぞれ私はリーマスと実技練習をしたり、リリーは直接先生のところへ自主的に補習を受けに行っていたりしてたのだ。なんなら私は去年も同じように必要の部屋に通い詰めていたけど、あれは"100%自分のため"だったし、勉強と研究の両方の時間配分をうまく割り振り、適度に寮に帰っていたから、怪しまれることはなかった(まあその結果倒れたわけだけど)。

でも、今年の私は、本当にほとんどリリーの傍にいなかった。なりふり構わず、自分の勉強などそっちのけで寮を空けていた。
次の満月まであと2週間。私はほぼ毎日シリウスと共に必要の部屋へ行き、お互いの計画を着々と進めていたのだ。

当然、その違和感に気づかないリリーではない。

…ただ、なんと説明したら良いのだろう。
勘の鋭いリリーのことだ、リーマスへの違和感…彼の正体を、彼女も疑っている可能性はある。
ただ、私は彼らとの約束を違えるつもりはなかった。

絶対に誰にも言わない。誰にも言わずに済むように"裏"での協力は惜しまないけど、基本的に"表"では、あなた達の問題に私は知らないふりをつきとおす。

それは、"優等生"である私が"何があっても友達を守る"という矜持を守るためにとった選択だった。
だからこの話をリリーにするわけにはいかない。

もちろんリリーは私の一番の友人だ。悪戯仕掛人も大切な友人であることに変わりはないけど、4人で勝手に楽しそうにしている彼らに時折混ぜてもらうのと、たった1人…どんな時でも真正面から向き合ってきたリリーのどちらか一方だけを選べと言われたら、私はきっとリリーを選ぶだろう。

そんな彼女に秘密を持ち続けるのは、楽なことではなかった。結局私は去年から、必要の部屋自体の話もできていない。これについてはいつか話そうと思っていたのだが、今年に入ってから万一のことがあってシリウス達と鉢合わせてしまったら困ると思い、未だに口に出せずにいたのだ。

「……ごめん、それは言えないんだ」

必要の部屋に関することについては、秘密や嘘ばかりで誤魔化し続けてしまっている。そのことがずっと心の端に引っかかっていた私は、この時こそ誤魔化すべきであるというのに、正直に「言えない」と言ってしまった。

「どうして? 何か危ないことに関わってるの?」
「ううん。危ないことには何も。ただ、これは私1人の話じゃないんだ。私の問題だったら何でもリリーに相談して助けて、って言ってたと思うんだけど…私は今、友達のために動いてるの。その友達の秘密を、私が勝手に話すことは…できないんだ。ごめんね」

リリーのことだ、私の友達が"悪戯仕掛人の誰か"であることは察したことだろう。
彼女は少しの間こちらを見ていた。私も、せめて誠意だけでも伝わるようにとリリーの目を見つめ返す。

明るいグリーンの瞳は、薄暗い寝室の中でもキラキラと輝く宝石のようだった。

「…ねえ、イリス」
「ん?」
「もし今後、あなたが…あなた自身の問題で何か困ったり、悩んだりするようなことがあったら、一番に私に相談してくれる?」

どうしてそんなことを訊くんだろう。そんなの、今までだってそうだったし、最初からそのつもりなのに。

「うん、もちろんだよ。私はリリーのことを頼りにしてるし、頼られたいって思ってる」

そう言うと、リリーは布団の中でクスリと笑った。

「────わかったわ。じゃあ、この話はなかったことにする」
「ごめんね、話せなくて」
「ううん、良いの。私だってセブの秘密をあなたに話せなかったりすること、あるもの」

ただね、とリリーが少しだけ眉を寄せた。暗がりのせいで、泣きそうな顔に見えてしまい、やはり彼女を傷つけてしまったのだろうかと不安になる。

「ただね…ちょっと、寂しかったの。いつも試験前に一緒に勉強してたあなたがどこにもいなくて、こうして話す機会も最近減っちゃったし…。どこか、遠くに行っちゃいそうで」
「まさか!」

消え入りそうな声を掻き消すように、ヒソヒソ話していた声量を一気に上げる(シルヴィアのイライラしたような咳払いが聞こえた)。ガバッと布団をはね上げ、驚いているリリーを見下ろす。

「遠くになんて行かないよ! 確かに、これからも"誰かの尊厳を守るために"リリーに秘密を作ることはあるかもしれない。"誰かを助けるために"リリーに黙ってどこかへ行くことも、あるかもしれない。でも私が一番大事な友達だと思ってるのはリリーだよ! 私、まだずっと忘れてない。初めて会話した時に、リリーが優柔不断な私のことを"優しい"って言ってくれたことも、去年誰が正しいのかわからなくて困ってた私に、"自分の思ったことをそのまま言って良いんだよ"って言ってくれたことも。リリーは私の恩人で、一番の友達で、ずっと一緒にいたい大好きな人なんだよ!」

一気に言い過ぎたせいで、咳が出る。そして自分が思ったことをそのまま言いすぎてしまったせいで、後からどれだけ恥ずかしいことを言ってしまったのかに気づき、遅まきながらボッと顔が熱くなった。

さ、さすがに言い過ぎた…。

でも、嘘じゃない。私はずっとリリーに感謝してるし、同じだけのものを返したいって思ってる。彼女に今まで秘密や嘘を作ってきたのは、彼女を信頼していないからなどではない────。

リリーも赤くなっていた。髪の色と同じくらい、頬が朱に染まっている。

…そういえば、私からこんな風に誰かのことをどれだけ大事にしているか、ちゃんと言葉にしたことってなかった気がする。
もしそれでリリーを不安にさせてしまったのなら…こんなに大好きな人に不安を抱かせてしまったのなら、もっと言葉にして伝えていかなきゃ、と思う。

「…ありがとう、イリス。こちらこそこれからも頼りにしてるし…いつでも頼ってね。私だって、あなたのことはずっと大事な友達だって思ってるんだから」
「ウン…ソウスル…」

あまりの恥ずかしさに耐え切れず、途端にぎくしゃくとした声になってしまった。いそいそと布団の中に潜り直し、改めてリリーと目を見合わせ、お互いに吹き出す。

「あのね、もうこの話はおしまいって言ったけど、ひとつだけお願いしても良い?」
「なに?」
「命を危険に晒すようなことだけはしないでね。もしそれが、友達の尊厳を守るための大切なことだったとして、どうしても避けられないっていうのなら、"危険になること"だけは事前に私にも教えて。あなたはあなたの秘密を守るべきだと思ってるんだろうけど、私はまずあなたを守りたいの」

リリーは真剣だった。状況を何もわかっていないからこそ、最悪のケースまで考えこんで、私の心配をしてくれているんだろう。
どうしてこんなに素敵な子が私の友達なんだろう、と一瞬間抜けな疑問が頭を過ってしまった。

「────約束する」

私にとってこの世で一番の幸福があったとするなら、それはリリーと友達になれたことかもしれない。
その日はとても良い夢を見た。私の大好きなリリーと、一緒にいて楽しい悪戯仕掛人と、それから私の6人で仲良くしている夢だ。それが夢でしかなかったことがとても残念だったけど、いつかそんな日が来たら良いなあって────朝起きて、そう思った。



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