シリウスの顔は強張っていた。怒ろうとしているのか、取り繕った笑顔を浮かべようとしているのか────あまりに複雑すぎる表情を浮かべて、私を睨んでいる。

そして、私の後ろにいるリーマスとピーターに気づいたらしい。
そこで彼の表情はようやく固まった────怒りに。

「…リーマス、ピーター、どういうつもりだ」
「わっ、わかんない、僕…」
「これは僕達だけの研究だったはずじゃないのか!」
「えっと、えっと、僕もそう思ってたんだけど…イリスがさっき急に"来て"って、僕達をここに────」

シリウスと受け答えしているのはピーターだけだった。リーマスは何も言えない心境に陥っているんだろうという想像ならできたけど、私は今ちょうどシリウスの視線を受け止めてしまったところだったので、そちらを気遣う余裕がなかった。

シリウスは、今まで見た中で一番怒っている顔をしていた。
スリザリン生を簡単に軽蔑するような態度じゃない。頑固なリリーへの呆れたような表情でもない。

怒りだ。これは、感情を刺激され、理性を簡単に吹き飛ばすほどの、純然な怒りだ。

シリウスは杖を抜き、私の方に向けた。

「どういうことだ、リヴィア

こうなるかもしれないとは思っていた。それでも、胃がぎゅっと痛くなる。
友達の秘密を────誰にも明かしてはならない秘密を、わざわざ暴きに来た私。彼らがそんな私を絶対良く思うわけがないと────わかっていた。

でも、私はやっぱり甘かったんだろう。
心のどこかで────「見つかっちゃったなら仕方ない」って、笑って招き入れてくれる未来も想像してしまっていた。

狼人間が世間でどういった扱いをされているかはわかっていた。
だからこそ、その秘密を守ろうと自らの友情に誓った彼らが、どんな思いでここに通っているかも────わかっているつもりだった。

今の私は完全に墓荒らしと同じだ。あるいは、領土を侵略しにきた野蛮な民族と同じだ。

私は今、友人の"最も知られたくない、知られたら最後ヒトとして生きていけない"ほどの秘密を、最も無礼な形で明かしてしまったのだから────。

胃が痛い。胸が苦しい。背筋に嫌な汗がじわりと滲み、膝が笑い出す。

リヴィア、だなんて、2年ぶりに呼ばれた。
まだ今みたいに仲良くなかった頃。友達って言って良いのかどうかすら迷っていた頃。

シリウスは、今の私を"敵"をみなしている────。

────でも。

私は、"秘密を暴きに"来たんじゃない。

"彼らの尊厳を守るために"ここへ来た。

そうでもなければ、私は絶対に墓を掘り起こしたりなんてしなかった。先住民を攻撃するような真似をしなかった。
友人の小さな秘密を一方通行で守り、何も変わらない"ヒトの友人"として一生付き合って行くつもりだった。

彼らの友情の前に私は邪魔者でしかないのはわかってる。
むしろここでシリウスが躊躇なく私に杖を向けたことで、シリウスの友情が本物であることが改めて証明されたのだ。それだけを見れば、私の背後でおそらく私以上に絶望しているリーマスにとって、これが少しでも救いになってくれるんじゃないかとさえ思えた。

だから、立て、イリス・リヴィア。
ここで怯むな。ここで逃げるな。

戦え、自分と。

「警告をしに来たんだ、ブラック

負けじと私も呼び方を変えて、杖を構える。
お互い、本気で呪いをかけるつもりがないのはわかっている。でもそこに杖があるという事実が、私達の敵対関係をそのまま現実世界に映し出していた。

「ほう、警告? 卑しくも我々の秘密を嗅ぎ回り、ダンブルドアか…あるいは魔法省に突き出そうとでも言うつもりか? それで、お前は何を見たんだ、え? 僕らがどんな小さい規則を破ったって言うつもりだ?」
「シリウス、やめてくれ」

リーマスの、泣いてしまいそうな声が聞こえた(その時また胃が縮んだ)。

「リーマス、黙っててくれ」
「────リーマス、ごめん」

シリウスには聞こえないよう、リーマスに一言…遅すぎる謝罪をした。

「嗅ぎ回ってただなんて、失礼な言い方はやめてもらえる? 誰にだって知られたくないことの1つや2つあるってことがわからないほど、私は子供じゃないつもりなんだけど」
「言葉と行動が一致してないようだな、リヴィア。僕がここ最近、お前が僕達のことを…いや、リーマスのことを探っていたことに、気づいていないとでも思っていたのか?」

やっぱりシリウスは気づいていたのか。
この人にはいずれバレるかもしれない、とは思っていた。

最近、彼の視線に2年前と同じ光を見ていた。
1年生の時────私が言いたいことを言えず、場の空気に合わせてただ薄く薄く生きている様を鋭く見抜いていた、あの嫌な視線を。

「地図は見たか?」
「あ、うん。4人が近くにいたら返しに行こうと思ってたから見たよ。でも私が見た時にはすぐそこまで来てたから、すぐ消しちゃった。…あれ、リーマスは医務室?」
「そうか。ああ、リーマスなら医務室に行ったよ。今回もかなりしんどそうだから、一晩まるまる面会謝絶だとさ」


クリスマス休暇前の最後の満月の日、偶然拾った忍びの地図を返した時には、もはや彼の目を直視できないほど、その視線はグリグリと私の胸の内を抉っていた。

「────逆に訊くけど、私が"あなた達に気づかれてないと思ってる"なんて思う? 仮に私がとある"秘密"を知ったとして、それを他言するような真似をするわけがないって…そのくらいの信頼は勝ち得てたと思ってたんですけどね?」
「ああ、だから僕はお前に何も言わなかった。お前が"何か"を知ったところで何も行動しないというのなら、止めるつもりはなかった。だがどうだ! 今日お前はここに来た! 来るなと言っておいたにも関わらず、リーマスやピーターまで連れて────」
「この2人がいないと意味がないからに決まってるでしょ! ああもう、御託は良い! 私があなた達の秘密を知ってることには気づいたくせに、スネイプが今度はあなた達を校長室だろうが政府だろうが監獄だろうが────とにかく考えられる全ての場所へ追いやろうとしてるってことに気づかないほどあなたは間抜けなの!?

シン、と場が静まり返った。

シリウスは杖を上げたまま呆然としている。後ろにいるリーマスとピーターの表情は相変わらずわからないけど────ピーターが「ヒッ」といつもの怯えた声を上げていた。

「ブラック、杖を下ろして。そうじゃないと、話ができない」
「話? いや、スネイプがここを嗅ぎつけているって情報だけで十分だ。もうお前にこれ以上立ち入らせない。お前の優等生なデカ頭じゃ、この件は処理できない!
だからそれが傲慢だって言ってるんでしょう!

再び私達が声を荒げると、背後の2人がぴくりと肩を跳ねさせた。

「なんでも自分でやろうとする────ああ、そりゃあなんでもできるんでしょうよ。あなた達は大変優秀でいらっしゃいますからね。でもね、ことはそう単純じゃないんだよ」
「自分の意見とやらが生まれた途端に饒舌になったな、人間3年生。だからってなんでも複雑に考えすぎるとその未熟な舌がすぐもつれるぞ」

まるで1年生の時みたいにいがみ合う私達。
シリウスは────言ってしまうと、4人の中で一番狡猾で怖い人だった。なのにこの人を相手にすると、どうしても私はお腹から声を出してしまう。
だって、すごく痛いから。お腹も胸も痛いから、その痛みをそのまま外へ吐き出してしまえと、つい声を張ってしまう。

「────もうやめてくれ、シリウス、イリス」

結局、場を収めたのはリーマスだった。今度はシリウスもリーマスに「黙れ」とは言わなかった。ただ私達は最後に怒りの眼差しを交わし、揃ってリーマスを見る。

リーマスは瞳に涙を浮かべていた。悲しそうな顔で、両手を挙げている。

────こんな人の前で私はあんな大声を出してしまったのか、と一瞬ショックを受けた。これは根本的には私もシリウスも関係ない────リーマスの話だったのに。

そうだった。私はまずはじめに、リーマスに話を聞くつもりだったのだ。
出歯亀で来たわけじゃないと理解してもらって、彼の秘密を暴いたことをちゃんと詫びて、その上で"理性的に"対スネイプ作戦の話をするつもりだったのに。

ああ、こんなに感情的になってしまうなんて。どうして私はいつもこんなに弱いんだろう。

「────君達に、喧嘩をしてほしくない」
「リーマス、でもリヴィアは────」
「イリスは、僕達を攻撃しにきたわけじゃない。そうだろう?」

同意を求めるように見下ろされたので(リーマスの方が背は高いのに、なぜか哀願するような顔で見上げられているような気持ちになってしまった)、私は即座に頷く。

「僕は、イリスを信じてる。警告しに来たっていう言葉を────僕達に危険が迫ってることを知らせてくれるその行為を────イリスは僕達の味方で友人だってことを、僕が信じる。────僕が去年、君達を信じたように」

リーマスの声は震えていた。
その言葉を聞いて、去年あったという────私の知らない、4人の会話を想像する。

3人はきっと、リーマスの秘密にすぐ気づいたことだったろう。

その時はもしかして、リーマスが今のシリウスみたいに怒ったんだろうか。
これは彼にとってもっとも大きくて重大な秘密で────誰にも知られたくない"汚点"だとでも言ったんだろうか(とある狼人間の自伝で「私はこの噛み傷を人生の汚点だと思っている」と悔しそうに綴られているのを読み、心を痛めたものだった)。

だから今度はシリウスがリーマスに代わって、その秘密を守ろうと────彼の盾になろうとしたんだろうか。

彼らもまた、一度は衝突していたのかもしれない。そして────今のリーマスが言ってくれたように、最後には友情を確かめ合ったのかもしれない。

もし、そうだとしたら。

私も、知りえない去年の彼らの誠意に負けないほどのものを、示さなければならない。

どうして私がここにいるのか。

今度こそ、間違えられない。私が何を考えていて、何をしたくて────何を一番大事にしているのか、はっきりさせないといけない。

「イリス、最初に訊いても良いかな」
「うん。…それよりまずごめん、リーマス。突然連れてきて、突然シリウスに怒鳴りつけちゃって。私、そんな資格なかったのに」
「ううん、良いんだ。君が本当に大声を出すなんて思ってなかったらびっくりしたけど…それより君は一体、どこまで知ってるの?
「…確証のあることは、何も」
ほーら見たことか、リーマス! こいつは何の根拠もないのにここに来たんだぞ! ただの興味本位で────」
「シリウス、僕はただの興味本位でイリスがここに来るとは思わない。イリスはそんなにバカじゃないと思う。────確証がなくても良い、全部推測で良いから、君が考えた仮説を教えて」

リーマスは冷静だった。シリウスがムスッとした顔でまだ私を睨んでいる。

「…まず前提として、あなたが狼人間であること」

ひとつめの推測を口にすると、3人が揃って嫌そうな顔をした。
最初に動いたのはリーマスだった。小さく、首を縦に振っている。

「その通りだよ。でも、どうしてそう思った?」
「満月の晩にいつも姿を消してるから。でも、それだけで判断したわけじゃない。傷とか満月の前のあなたの様子とか────狼人間に関する本や資料には全て目を通して、その特徴が全てあなたと一致することに気づいた」
「ありがとう、ちゃんと調べてくれて」
「…でも、ごめん。私、1つだけ嘘をついたの。────クリスマス休暇前、偶然忍びの地図を拾った時、私は何も見てないって言ってあなた達にそれを返したけど────本当は、あなたがマダム・ポンフリーと校庭から暴れ柳に向かってるのを…見てた」

シリウスがまた怒鳴り出した。

やっぱり見てたのか!
「シリウス、良いから一回落ち着いて。…でもイリス、どうしてそれが、僕が狼人間であることとつながると思ったの?」
「暴れ柳は、ホグズミードの叫びの屋敷とつながってるんでしょ。本当はその真下にちゃんとした隠し通路があったみたいだけど、私達が入学した年に元からあった通路は塞がれて、誰も通れないようになった。暴れ柳が植えられたことによってね」

リーマスは黙っている。

「暴れ柳は、木の幹の一部分に触れれば数分動きを止める。その間に、新たに作られた入口から叫びの屋敷に入り込んでいたんじゃないかと思ってたの。この辺りも全部調べたけど、叫びの屋敷でポルターガイスト現象が騒がれるようになったのは3年近く前から。元々誰も近寄らない廃墟だったから、今更叫び声が聞こえたところで、みんなは悪質なゴーストが棲みついたとしか思わなかったんだろうね」

ここまで、一度も「それは違う」とは言われなかった。
私はひとまず自分の仮定が全て正しいものと思い込むことにして、続きの言葉を紡ぐ。

「あなた達がここで何をしてるかは、更に憶測の話になるんだけど────。あなた達、ここで動物もどきになる薬を作ってるんじゃない?」
「!!」
「そんなことまで!?」
「驚いたな…」

これには三者三様の反応があった。シリウスは目を見開き、ピーターが甲高く叫び、リーマスが深い溜息をつく。

「どうしてそこまでわかったんだ?」

ようやくシリウスが言葉らしい言葉を吐いた。

「あなた達の性格を考えたんだよ。もしリーマスが人狼だったとして、あなた達の友情は絶対に揺らがないだろうし、むしろリーマスの救いになる何かをもたらそうとするはずだって。その方法として考えられるのは、今開発中の"脱狼薬"を完成させることか、自分達も同じ規格の獣になって、狼になった日も一緒に過ごすこと。あなた達なら絶対後者を選ぶだろうと思ったから、一番それに都合の良い魔術を調べた。そうしたらそれが、」
「動物もどきだった、ってことか…」

私の言葉をつないで、リーマスが嘆息する。

「────全て正解だよ、イリス。すごい、ひとつも訂正するところがない。君の推論は徹底的な根拠と調査に基づいた事実だ。言っちゃえば、去年のシリウスよりずっとしっかりした指摘だった」
「おい」
「でも、それならどうして今まで黙ってたの? 今回はスネイプが目をつけてるから来た、って言ってたけど、そうじゃなかったら君は…この秘密を知っていながら、ずっと黙ってるつもりだったってこと?」

まだリーマスの声は少し震えていた。いつものように優雅に笑おうとしているけど、唇が引きつってプルプルしている。私はその反応で────彼がこれまでどれほど虐げられていたのか────そしてそんな様子を見せないために一体どれだけの努力をしてきたのかを、想った。

「…あなた達が、知られたくないって言ってたからだよ」

私からしたら、それは少し寂しい宣告だったけど。

「もちろん、初めて"必要の部屋で何をしてるの?"って訊いた時にはまだ何も知らなかったから、またしょうもないことしてるのかなあ、くらいにしか思ってなかったんだけど…。ここまでの仮説を立てて、改めてあなた達の友情の間には誰も立ち入っちゃいけないって確信したの。だからリーマス、あなたの口から何らかの気持ちを言葉として聞けるまで、私はこの秘密を────人が明かしたくないと思ってることを、絶対に他言しないって誓った」

リーマスのことは心配だった。でも、いつもそこにあの3人がいるのなら。リーマスが1人になってしまうわけではないのなら。
私は"暴いてしまった者の義務"として、"沈黙"を貫くと決めた。

彼らを信じ、彼らの"友情"を信じ、そこには明確な線引きをすると約束した。

「だから本当は今日も放っておくつもりだったんだけど────」
「スネイプ、だね」
「そう」
「……わかった、話は聞く」

シリウスがようやく杖を下ろした。私が中に足を踏み入れても文句を言わない────どころか、少し気まずそうにモゾモゾと指を絡めている。

シリウス、言いすぎてごめん」
「ああ…いや、僕も悪かったよ、イリス。リーマスの秘密を興味本位でバラされたくなかった一心で、ついまた君を侮辱するようなことを言った」
「わかるよ。私もリリーの秘密に土足で踏み込まれたら多分本気で怒ってたから」
「君を頑なに仲間に入れようとしなかったのは、君の予想通り、非合法な動物もどきの研究をしてたからだ。僕達は当然魔法省に届け出る気がないし、何より狼になったリーマスと遊ぼうとしてるわけだから…ちょっと…」
「さすがにイリスに危険が多すぎるって話し合ったんだよね。さっき"これ以上立ち入らせない"って言ったのは、君を除け者にしようとしてるんじゃなくて、僕達の危険な研究に巻き込みたくなかったからなんだ。そうだろう、シリウス?」
「あー…まあ…そうとも言うかもしれない」

口ごもるシリウスに対して、リーマスは肩に乗っていた荷が下りたかのようにどっと安心した表情を浮かべていた。

「そうだな…危険すぎるし…何より僕はきっと、イリスが単純にこういうのをやりたがらないと思ったんだよ。それこそさっきイリスが言ったように、僕達の間に進んで入ろうとはしないんじゃないか…って」
「ぼ、僕にでもできないことがイリスにできないとは…お、思わないんだけど…」
「いや、危険すぎるっていうシリウスの意見には僕も賛成だ。それにそうは言うけど、僕はそもそも君達を巻き込むことだって────」
「リーマス、その話をしてるとまた喧嘩になる」

理性を捨てたシリウスに散々罵られた後でこんなことを考えるのもどうかと思うけど────結局この人が一番、私のことをわかっているな、と思った。

動物もどきになりたくないと思っているわけじゃない。
単純に格好良いと思うし、それでリーマスと更に仲良くなれるなら、それはとても魅力的な話だ。…まあ、非合法っていうところが気になるといえばそうかもしれないけど、彼らなら絶対にバレないだろうという謎の確信があるし。

でも私は、自分も"悪戯仕掛人"になろうとは思っていなかった。
既に確立された4人の輪に、ずかずかと入って行こうとは思っていなかった。

それもある種の"ライン"にはなるのだろうか。
仲良くしたい、友達でいたい、とは思うけど────この4人の友情を、たとえ自分が招いてもらえるという形であったとしても、壊したくなかった。

私はただ外側から見ているだけで良い。
仕掛けてきた悪戯を見せてもらえたら、それだけで嬉しい。
楽しそうに笑っていてくれたら、もう十分だ。

────彼らのうちの誰のことも危険だとは思ってないけど、わざわざ割り入ろうとは思わない。

そんな私の"意見"を、今日も彼はちゃんと見抜いてくれていた。

…ここまでわかりあえるのにどうしていつも喧嘩になるんだろうって、それが不思議なんだけどね。

シリウスが落ち着いてくれたことで、ようやく話し合いの体勢が整った。必要の部屋のクッションに、4人それぞれが座る。
────みんなの視線が、私に集まっていた。

さあ、どこから話そうか。
私は鞄から『最も強力な魔法薬』と満月草を取り出し、頭の中でここに至るまでの経緯を改めて思い返した。

「なんだそれ」
「順を追って説明する」

それから私は、昨日の夜に聞いた話を3人に打ち明けた。
スネイプが「満月の晩に姿をくらます」ことだけを根拠にリーマスを狼人間だと断定していたこと。弱い裏付けとして「マルフォイからマダム・ポンフリーと校庭を歩くリーマスを見たと聞いた」こと。
次の満月の晩、校庭を張ってリーマスを待ち伏せするつもりだということ。

「そそそそれじゃあ、ス、スネイプに呪いとかかけて動けないようにしてから、リ、リーマスを連れて行ってあげたら?」
「僕も一瞬それを考えた。でもイリスに反論されて思ったんだ。それじゃ根本的な解決にならない。そうだろ?」

シリウスに同意を求められ、頷く。

「そう。来月出し抜くだけならどうにでもできる。でも一度立った噂はなかなか消えないし、スネイプは執念深いから絶対に毎月校庭を見張りに来ると思う」
「で、イリスの考えは?」

私は『最も強力な魔法薬』をとんとんと叩いた。

「シリウス、答えは出てるんじゃない? バレンタインの前日、私達、話したよね」
「バレンタインの────あっ、そうか!

どういうこと、とリーマスが首を傾げた。

「それ、ポリジュース薬の材料だ!」
「そういうこと」

リーマスが「まさか」と口を開けた。ピーターが1人、「なに? なにするの?」と困っている。

「来月の満月の夜、私がリーマスになりすます。満月の日でもリーマスが元気だっていう"証拠"を突き付けられれば、あの人も要らない疑いは捨てざるを得ないでしょ」
「待ってくれ。危険だ、イリス」
「いや、僕は一番良い案だと思う。でもマダム・ポンフリーの方はどうする?」
「それについても考えてある」

シリウスの言葉を引き継ぎ、私は鞄からもう一つの道具を取り出した。
それは、私とシリウスがバレンタインデーに同時に見た────液体の入った小瓶。

「それ…混乱薬…!」
「シリウスの言う通り、今のスネイプの疑惑を晴らすためには"リーマスが元気でいること"と"マダム・ポンフリーが満月の晩にちゃんと医務室に居続けてくれること"の両方が必要になると思うんだ。だから、ちょっと嫌な役目になるんだけど…誰かにこれを飲んで、更にちょっと呪いをかけさせてもらう」
呪い!?

ピーターがびゃっと飛び跳ねたので、「あっ、呪いっていっても痛いことや苦しいことはしないよ」と慌てて付け加えた。

「なんでも歌う口調にしちゃう呪文、知ってる? あれ、混乱薬との親和性がすごく高くてさ。単体で使えば解毒も解除も簡単なんだけど…簡単に言うと、混合液を分離させるみたいなイメージ。混乱しながらわけのわからないことを歌って踊る人を治療するには、混乱薬の解毒剤だけじゃ効かないし、歌う呪いの解除魔法だけでも治らないの。で、意外とその分離作業が面倒くさくて、一晩お泊りコースに入るってわけ」

簡単な魔法同士でも、うまく掛け合わせると効果が100倍にも200倍にもなる。これはスラグホーン先生が一番最初の授業で言っていたことだ。

「はー、まさかそんな簡単な魔法で生徒を一晩医務室送りにできるなんてな…」
「でもイリス、マダム・ポンフリーは毎回僕に付き添おうとするんだ。いつか断ろうとは思ってたんだけど…」
なら、それが今回だ

シリウスが勢い良くリーマスに詰め寄る。

「傷薬だけ昼のうちにもらっておいて、暴れ柳にはもう1人で行けますって言うんだよ。だって君、もう3年も毎月同じことやってるんだぞ。そろそろいい加減独り立ちできるだろ、マジで
「うん…まあ、そうだよね。うん。言ってみる」
「で? 肝心のスネイプとはどう偶然会う?」
「リーマスがいつも暴れ柳に行ってるのは、授業終わりから夕食の間だよね?」
「うん」
「じゃ、その時間。長期戦も想定して薬は多めに作っておく。とにかく夕方から夜にかけてスネイプが校庭に現れることさえわかってれば、こっちは待っていれば良いだけなんだから、それはそんなに問題じゃないんだよ。困るのはそれより────」

スネイプと、本物のリーマスが鉢合わせてしまうことだ。

「リーマスがどうしても校庭に出ないといけないなら、スネイプをどこか他のところに移動させないといけなくなるよね。挑発すればすぐ乗って来そうだけど、あんまり争い事にはしたくないしな…」
「あ、その件なら大丈夫だ」

意外にも、私が最後まで悩んでいた問題にはシリウスが淡々と答えてくれた。

「ジェームズに任せれば万事うまく行く。スネイプと校庭でおしゃべりしてる間にでも、リーマスは誰にも見られず僕達の脇を通り抜けられるよ」
「それってどういうこと?」
「ま、それを披露する名誉くらいはあいつに取っといてやろう。とにかくその件は100%安全だと思ってくれて良い」

まあ、ここまで自信満々に言うなら信じることにしよう。シリウスの言うことに信憑性なんて感じた試しがなかったけど、彼の何かを唯一信じるとしたら、それは"友情"だったからだ。リーマスの命の危機を前にして「100%安全」と言うなら、そうなのだろう。

「あと、ポリジュース薬の材料調達もちょっと難航してるから、シリウスにお願いがあって」
「わかった。教師倉庫からの材料拝借だろ?」
「さすが、話が早い」
「後で該当ページを見せてくれ。次の授業は…火曜日か、その日には用意しておく」
「ありがとう。それから呪いを受ける役は────」
「あ、ああああの、ぼく、やるよ…!」

思っても見ない自薦の声に、私達は驚いてピーターを見た。
その顔は赤くなって震えているけど、意思は固いらしい。

「僕、多分盗みに入ったりとかできないし」
「拝借と言え」
「ポリジュース薬も作れないし」
「あ、それは最初から私1人でやるつもりだったよ」
「そうすると僕が役に立てるのってたぶん、薬と呪いで寝てることだけだと思うから…」
「ピーター、別にこれは医務室で寝てりゃ良いだけの楽な仕事じゃないぞ?」
「シリウス、茶化さないで。でもピーター、良いの? 痛みや苦しみはないけど、混乱して歌って踊るのって…結構人目も引くし、ちょっと恥ずかしいかもよ」
「ううん、な、慣れてるから…大丈夫!」

私は笑って良いのかわからず「そう…」とだけ言ったけど、シリウスとリーマスは笑っていた。シリウスなんて、「良いこと言うじゃないか」とピーターの背中をバンと叩いてる。

「ただ、そうなるとジェームズ…あいつも何かやりたがるだろうな…」
「ああ…あいつは絶対何か騒がしいことをやり出すに決まってる…」
「もうジェームズにはスネイプに因縁をつけるって仕事が待ってるから良いよ、それで」

そして最後の1人の役割は雑に決まり、私達の対スネイプ作戦は改めて成立することとなった。

「…にしても、イリスがそこまで考えて来てたとはな」
「当たり前でしょ。考えなしに"スネイプがリーマスを疑ってるよ! 気を付けて!"なんて…そんなお粗末な報告をするためだけに、友達の秘密を暴いたりしないって」
「前に薄情だって言ったアレ、取り消すよ。しかもその作戦、最高にイカしてる」
「ありがと」

シリウスにポリジュース薬に使う材料を見せると、一目で「覚えた」と言ってパタンと教科書を閉じた。

「相当規則を破ることになるけど、それは良いのか?」
「ああ…」

そんなこと。

「私は"何も知らない大人から優等生に見えていれば"それで良いから。規則と友達なんて、天秤にかけた瞬間片方の重みで壊しちゃうよ」

シリウスは少しだけ驚いたように口を開いて────そのまま、その綺麗な唇の形をニヤリと三日月模様に歪めた。

「さて、それじゃあそろそろクィディッチ競技場に戻らないと、ジェームズが────」
なんで誰も試合を観に来てくれなかっ………イリス!?

Tシャツに着替えて不満そうにジェームズが必要の部屋へ戻ってきた瞬間、元々"今日の午前中のうちにこの薬草を混ぜておかないといけなかった"シリウス以外は、クィディッチを観に行くことになっていたことを思い出した。彼は私の顔を見て、驚愕に目と口を見開いている。

「待って────なんでイリスがここにいるんだ?」

そこに少し厳しい口調が混ざりながらも、シリウスほど怒った顔をしていないのは、私が部屋の内部でもう1つの大釜を用意し、シリウス達3人も揃って動物もどきの薬の進捗を何の問題もない顔で見ていたからだろう。

────さて、今度はもう少し上手に説明しようか。



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