次の日から、私は夜通し考えた"作戦"を実行に移すことにした。

やらなければならないことは以下の通り。
@ポリジュース薬を作り、来月の満月の晩に私がリーマスになりすます。
A本物のリーマスが見つかってしまう前に、私含めた悪戯仕掛人の"4人"で元気に楽しく"おしゃべり"している場面をスネイプに見せる。
BAの過程を成功させるために、スネイプと当日必ず鉢合わせるよう計らう。
C@〜Bの過程を成功させるために、悪戯仕掛人全員の協力を得る。

…これは…課題が後になればなるほど、その成功率も下がっていくように思えてならない…(内容はどんどん大事になっていくというのに)。

正直、ポリジュース薬なら私ひとりで作れる自信があった。リーマスの毛髪を少しもらうことだって、きっと造作もない。

でも、ポリジュース薬は持続時間に制限がある。それに、スネイプが具体的な見張りの時間を明示しなかった以上、私が校庭をうろついている間に彼が来る確率は…ハッキリ言って、五分五分といったところ。そして、たとえ私と一度会うことができても、その後に本物のリーマスと出くわすようなことが起こってしまったら、その時こそ一巻の終わりだ。

だからこそCの"悪戯仕掛人の協力"がなければ、この作戦そのものが成り立たなくなってしまうわけなんだけど…この点について、私は未だにこれといった良い方法を思いつけていなかった。
こればっかりは「リーマス、あなた狼人間なんだよね? スネイプがあなたのこと狙ってるみたいだからちょっと協力してくれない?」なんてズケズケと言えるような話じゃないからね。

計画のひとつひとつを組み立てながら、深呼吸する。
落ち着いて、イリス・リヴィア。考えれば、きっと何か良い策は見つかるはず。

この私が立てる計画に、穴があってはいけない。
絶対に完璧な計画を立てなければいけない。

そうは言っても時間がないことだけは確かなので、Cの対策は後回しにすることとし、まずは@に取り掛かる。
翌日に魔法薬学と薬草学の授業が立て続けにあったのは幸いした。ポリジュース薬は完成までに1ヶ月かかると見ておいた方が良いから…自分で全ての材料を調達しようとしていたら、まず間に合わなかったことだろう。

早速私は、魔法薬学の授業終了後、スラグホーン先生のところへと向かった。

「先生、すみません。1つお尋ねしたいことがあるのですが」
「なにかね、ミス・リヴィア? ああ、今日の君の薬の出来栄えならいつも通り、120点の出来栄えだとも!」
「あっ…ありがとうございます。実はその、今回の老け薬の調合の時、私、予習の時に参考として『容貌変化の基礎』も読んだんです」
「ほっほう! 素晴らしい授業への熱意だ! さよう、今回は魔法薬の調合という形で一時的に見た目を老けさせる薬を煎じたが、変身魔法や呪いのかかった道具など、非常に多岐に渡る方法で我々は自分の体を"変化"させてきた────」
「はい。私もとても興味深く拝読しました。あまりに面白かったので、つい注釈につけられていた参考文献にまで手を伸ばしてしまったんです」

いたずらっぽく微笑むと、スラグホーン先生が一層嬉しそうに「素晴らしい姿勢! グリフィンドールに5点あげよう!」と言った。あ、いや、今はそういう話じゃ…まあ加点されたから良いか。

「ただ、その中にひとつだけ、先生の許可がないと読めない本があったんです。『最も強力な魔法薬』────スラグホーン先生ならもちろんご存じだと思うのですが、危険な魔法薬が掲載されており、悪用を防止するために禁書の棚に収められています」

そこで私は笑顔をひっこめ、しゅんとした顔をする。

「先生、先生ならわかってくださいますよね? たとえ私がそのような危険な本を読んだところで、決してそれを作ろうなんて思わないことを。私はただ、勉強をしたいだけなんです。特に私は魔法を知らずに育ちましたから、魔法薬という神秘に溢れた繊細な分野に非常に興味を持っていて…」

スラグホーン先生は私がそこまで言ったところで、肩に手をガシッと置きボンボンと叩いた。赤くなりそうなほど叩かれた後、「もうよろしい。みなまで言わずとも、よくわかった」と厳かな声で言う。

「もちろんだとも、ミス・リヴィア。君の知識欲とそれを落とし込む一連の作業には、私も常々感心していた。さあ、羊皮紙とペンをこちらに引き寄せておくれ────君の偉大な将来のために、私は喜んで力を貸すとも!」

この人、本当に一度乗せるとどこまでも行ってくれる人だよなあ…。
スラグホーン先生の許可証を鞄に大事にしまいこみ、私は薬草学を受けるべく温室へと向かった。

「始業ギリギリよ、何かあったの?」
「ううん、ちょっとスラグホーン先生と話してた」
「ああ…あの人、あなたのことスラグ・クラブにすごく呼びたがってたわ」
「来年からなら行くかもって伝えておいて。マルフォイがいる間はちょっと私、ヘビに睨まれたカエルになっちゃうから無理」
「ふふ、そのカエルがヘビの牙を抜いちゃうんだから、世界って面白いわよね」

リリーと雑談しながら、2限続きの授業を受け終える。
こっちでもやるべきことがある私は、授業中に失態を犯さないように、それだけに集中してマンドレイクの収穫を行った。

「イリス、ランチはどうする?」
「ごめん、なんか爪の間に土が挟まっちゃってなかなか取れないから、よく手を洗ってから行く。先に大広間行ってて」
「わかったわ」

水道の水を垂れ流しにしながら、生徒達が減っていくのをチラチラと見やる。
やがてほぼ全員の生徒が温室を出たところで、「ようやく土が取れた」とぼそりと大きめの独り言を言い、水を止めた。

「すみません、スプラウト先生。よろしいでしょうか?」

そして、鉢を片付けていた先生を呼び止める。

「実は先程の授業が魔法薬学だったんですが、スラグホーン先生からひとつお使いを言い渡されていて」
「お使いですか?」
「はい。満月草が、先生の研究のために少しだけ足りていないそうで…一昨日が満月だったからスプラウト先生なら少々お持ちかもしれない、もしよろしければ分けていただけるよう言ってもらえないか、とのことなのですが…」
「ああ、満月草ね。それならこの間、逆にこっちは収穫しすぎたと思ってしまったくらい残ってるのよ────ちょうど良かった。あなたが届けてくれるんですか?」
「はい。私、この後またスラグホーン先生とお話があるので」
「先生方から信頼されていると忙しいですね。良いことですよ」

スプラウト先生は笑って満月草を快く私に渡してくれた。

よし、これで一番厄介な材料は手に入った。他にも先生用の倉庫にしかなさそうな材料もあるけど────どうせいつか悪戯仕掛人にこの作戦の話をしなければならないなら、協力させた上でその辺の窃盗にも一役買ってもらおう。

私は急いで図書室で『最も強力な魔法薬』を借り、それからリリーとランチを食べる。

「ポッター、明日の試合は頑張れよ!」
「ジェームズ、応援してるからね!」

グリフィンドールのテーブルはいつもより賑わっていた。明日に控えているハッフルパフ戦を前に、我がチームは三度連続のクィディッチ優勝杯を狙っているのだ。シーカーのハービーやキャプテンのデイヴィス等々、他の選手にも同様の声援がかかっていたけど、やっぱりジェームズは桁違いだった。彼のプレーはとにかくミラクルでデンジャラスで…ああ、うまく思いつかないけど、とにかく箒と一体化した妖精みたいになるのだ。伊達に"グリフィンドールのヒーロー"をやっていない。

その様子をぼんやりと見ながら、私は次の課題のことを考えていた。
私の"本気"は今全部鞄の中に入っている。あとはそれを、"いつ"、"どこで"彼らに示すかということ。

結局計画のA〜Cについては全部悪戯仕掛人の協力がないと"完璧な計画"にはならないと思っていた。
だからタイミングを見計らって────おそらく必要の部屋が良いだろう、そこへ行く予定になっていたのだが────。

いかんせん、"動物もどき計画"の首謀者なのであろうジェームズが、最近クィディッチに囚われてしまっているせいで、私はうまくこの話を切り出せずにいた。
もちろん4人で姿を消す日もたまにあったけど、それは本当に極稀なこと。ジェームズはデイヴィスにはなかなか逆らえないらしい。シリウスも最近はどこかへよく1人で行っているみたいだし、それ以外の2人が談話室の隅でのんびりトランプをやっている光景も、よく見るようになっていた。

どうする? こっちからいっそ必要の部屋に呼び出そうか? でもあんまり話す前から不信感を持たせたくもないしなあ…。

「やあ、イリスも明日の試合は来てくれるだろ?」
「あ、うん。もちろん。頑張ってね!」

すれ違いざま、ジェームズとハイタッチをする。
────これじゃあ明日、はさすがに無理だろうなあ。










そう思っていた、まさに翌日のことだった。

クィディッチ観戦のため、いつものように悪戯仕掛人達と10時45分に談話室で待ち合わせていた私。しかし時間通りに寝室から下りてみると、そこにはリーマスとピーターしかいなかった。

「あれ、シリウスは?」

ぐるりと見回すも、シリウスの姿は見当たらない。おかしいな、いつも誰かが遅刻してくる時はみんな揃って遅れてくるのに────。

リーマスとピーターが困ったように顔を見合わせている。

「えーと、シリウスならちょっと急用で…」
「いや、先生の罰則じゃなかった?」

そして、ピーターがおどおどと言った言葉をリーマスが優しく言い換えた。

「……」

────残酷なことだけど、彼らの言葉には嘘しか感じられなかった。

まず「シリウスが急用」だというピーターの言い訳がお粗末すぎる。
リーマスもそう思ったのだろう、「罰則を受けている」という理由はもっともらしかったけど、その言い方にちょっと慌てたような雰囲気があった。

シリウスは、急用でも、罰則でもない。
なのに相棒の試合を観に来ない。

なぜか? そんなの…この状況を見れば、一目瞭然というものだ。
…なるほど、シリウスだけが最近どこかへ行っているのは、ひとりであそこに向かってたからなのか。

「────ねえ、2人とも。ちょっとついて来てもらっても良い?」
「え?」
「どうしたの?」
「ちょっと────話があるの。それこそ、急用で」

本当は、ジェームズも交えて話すべきだとは思っていた。
ただ、クィディッチの日は生徒も教師もみんな観戦に行くので、校舎内をうろついている人はいない。

そんな日に必要の部屋に悪戯仕掛人の1人がいることが確定しているのであれば、それを利用しない道はなかった。

去年より格段に彼らのスケジュールを把握しにくくなっている今、何より次の満月が迫っている今、私に十分迷うだけの時間は残されていない。
思い描いていた"完璧"とは違うけど、でも、この機会を逃したら────その時こそいよいよ、私に打てる手がなくなってしまうような気がした。

「ねえ、イリス…こっちって…」
「まさか、必要の部屋に行くつもりなのか?」

無言を貫いて、2人の前を行く。来たくないのなら来なくても良いけど、私が突然必要の部屋に行こうとしている理由を、少なくともリーマスの方は察したんじゃないだろうか。

「イリス、あんまり人のプライベートに首を突っ込むものじゃないぞ」
「でも、私が必要の部屋に行こうとした時にはみんなして理由を訊いてきたじゃん」
「そんなに気になるなら君も来てみれば良いじゃないか」


あの時言われたことを、私が実行しようとしているんじゃないかと────そう、まさにその通りだよ。

「イリス、試合が始まるよ」

リーマスの声は優しいけど…固かった。何かを恐れているみたいだ。
その声を聞いて、少しだけ良心が痛む。

────ごめん、リーマス。絶対に沈黙を守るって約束したのに。

中央塔の8階、バカのバーナバスの前。

────でも、このままじゃ、あなたの尊厳が奪われてしまうかもしれないから。

廊下を3回、往復する。

「イリス」
「イリス、お願いだから────」

リーマスは最終的に何かを懇願してきていた。ぐっと堪えて、現れた扉をさっと開ける。

「────…」
「っ!!!!」

案の定だ。

────必要の部屋の中には、シリウスがひとり、大鍋をかき混ぜながら立っていた。



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