地獄のバレンタインをなんとか逃れ、平穏無事なイースター休暇を過ごした後。外には新緑がきらめき、爽やかな春風が吹き抜けていた。
ちなみに私はバレンタイン以来、2ヶ月くらいシリウスと意識的に距離を置いていた。バレンタイン直後はまだやっかみが続いていたけど、「あの日はたまたま一緒にいただけで、私達の間には何の関係もありません。ただの友人です」という地道なアピールが功を奏し、イースター休暇が明ける頃にはいつも通り私が悪戯仕掛人とつるんでいても、陰口をあまり言われなくなった。

そして、いよいよ5月────1年間の復習に加え、更に量の増えた課題と格闘する日々が始まった。
来月に控える試験に向けて、先生方の指導には更に熱が入る。

闇の魔術に対する防衛術では、私が心の隅で気にしていた事項に遂に突入した。

"人狼"。

私はこの授業で、決してリーマスの方を見ないようにしようとしていた。
リーマスが狼人間かどうかということを調べる段階で、おそらく同世代の誰よりも知識をつけてしまったものの、元々防衛術に秀でているわけじゃない私があまり余計なことを知っていると、きっと私が彼のことについて嗅ぎ回っていたことを怪しまれてしまう。だから私は、アップルビー先生の説明をさも「初めて聞きました!」というような顔で聞き、ノートを取っていた。

「そこで、現在は魔法省に人狼の生活を支援する"狼人間援助室"が設置されているが────」

…全く機能していない、ですよね。ええ。だってその魔法省が狼人間を危険レベルXXXXXにしてるんですもんね。まったく、本末転倒も甚だしい。
狼人間のことを調べていると、自分が13歳の小娘だということを忘れてつい政治に物申したくなってきてしまう。私は心の中で沸々と湧き上がる怒りを抑えながら、先生の講義をぶーんと聞き流していた。

「────ミス・リヴィア、君はこの魔法省の政策についてどう思う?」

すると、アップルビー先生が不意に私に質問をしてきた。

「えー…」

魔法省の設置している狼人間援助室の施策について?
どうしよう、すっかり自分の思考に没頭して、質問が飛んできた時のことを考えていなかった。
ええと…こんな時、"優等生"であればなんと答えるだろう。

魔法省はできる限りのことをやっている、人狼が危険であることに変わりはなく、ヒトと同じ職に就くことは困難であるため、現在協議中の"給付金制度の実現"が最もヒトにとって安心できる方策なのではないか。

────こんなところだろうか。

頭にはすらすらと"それっぽい回答"が浮かんだにも関わらず、そんないつもの"優等生・ミス・リヴィア"のおべんちゃらが口から出ることはなかった。

リーマスのことを考えるなとあれだけ言い聞かせたのに、私は無意識のうちに狼人間に肩入れしていたのだ。

だって、友達だから。

たとえリーマスが狼人間じゃなかったとしても、そして今が授業中(という"模範的な答え"を求められる場)だったとしても、私は本心から"人狼"という種族は、同じ"ヒト"としてもっと守られるべきだと思っていた。攻撃対象とみなされ地下に追いやるのではなく、満月の晩における"彼らの"安全対策をとることを第一優先とし、早急に地上で他の人と同じ暮らしを保障すべきだ、と確信していたのだ。

「────現在協議中の給付金制度は、人狼の暮らしを安定させるために有効な施策だと思います。ただ、魔法省において狼人間援助室の人員は足りていないのではないでしょうか。本気で人狼の人権を保護したいと考えているのであれば、何の特徴もないただのヒトだけでなく、人狼にも同等の権利を保障するために、もう少し魔法省の配慮があっても良いかと思います。────もちろんこれは他の魔法生物においても同じだと考えています。地球は私達ヒトだけのものではなく、あらゆる種族が平等に棲息する世界です。それぞれの特徴を正しくとらえ、むやみに危険扱いするのではなく、それぞれが生きやすい環境を整えることこそが、政府が第一に掲げるべきことではないでしょうか」

優等生らしい意見はそのままに。狼人間ばかりを贔屓しないように。
そう考えながら答えた私の言葉はいつもよりちょっと長くなってしまったけど────そして、確実に狼人間を擁護するような言い方になってしまったけど────決して間違いではない、"理想論"だった。

そう、最初からどうせ無理なのだ。全てのヒトから狼人間への理解を得ようなんていうのは。
魔法省にどれだけ訴えかけたところで、他の魔法使いにどれだけ訴えたところで、差別がなくなることはない。
これに関しては、どれだけ教科書を読んだところで、どれだけ言葉を強くしたところで、何の意味もない。

どこかの誰かさん達みたいに、"隠れながらでも行動しないと"意味がないのだ。

「なるほど、なるほど。君の視点は大変リベラルだね、ミス・リヴィア。君の意見をそのまま魔法省に届けたいくらいだよ。グリフィンドール、10点。さて、私の意見も実は非常に彼女のものと似ており────」

"優等生"は、"アップルビー先生"の期待する答えをきちんと出した。
ただそこに紛れた"私の本音"に、一体どれだけの人が気づいてくれただろうか。

リーマス。
私があなたの秘密を知っているということを、あなたは知らなくて良い。
ただ、"何も知らなくても狼人間の味方をする人間"がいることを知ってくれたら、それで良い。









その日の夜のことだった。

夕食を食べ終え、いつも通りリリーが図書館に寄ってから談話室へ戻ると言うので、ひとりで玄関ホールを通ると────。

「間違いない。今日、ちょうど人狼の項目について勉強した。特徴や時期が一致してる」

コソコソと何かを話しているスネイプの声が、柱の陰から聞こえた。

人狼?

奇しくも私もずっと執着していた単語が聞こえ、つい靴紐がほどけたフリをしてその場にうずくまり、聞き耳を立てる。

「なあセブルス、でもまさかグリフィンドールのルーピンが人狼だなんて…それじゃあダンブルドアは、人狼を入学させたっていうのか?」
「そうだ。満月の晩、あいつは必ず姿を消す。僕は知ってるんだ。廊下であいつらとすれ違う時、一昨日はルーピンだけがいなかった。覚えてるか? 一昨日は満月だった────。病気だとか家庭の事情とかで通してるらしいけど、あの傷はどう見たって人狼のものだ」

────背筋が凍り付いた。

スネイプは今、はっきりと「リーマスが人狼である」ことを口にした。
私よりずっと薄い根拠で、ただの憎しみだけで、そう断言してみせたのだ。

「オイ、それってかなりすげえゴシップになるんじゃないか? ルーピンは退学、ダンブルドアも最高の場合解雇になるかも────」
「ああ。だから次の満月の晩、僕は校庭を張る。なんでも、ルシウスが先月ルーピンとマダム・ポンフリーが夜に校庭を歩いてるのを見かけたらしい────。ルシウスはそこまでルーピンを気にしていなかったからそこまで思い至らなかったらしいけど、間違いない、あいつは毎月、きっとどこか校外に放たれてるんだ────」

彼らに見つかる前に、私はダッシュでグリフィンドール塔に戻った。
心臓が鳴っているのは、何も走ったからだけじゃない。

どうする。スネイプが、リーマスを人狼だと決めつけて、次の満月の晩に後を尾けようとしているなんて。

スネイプは、結局リーマスが人狼かどうかなんてどうだって良いんだろう。
私ほど、彼のことを想っていないから。
ただ、人狼かもしれないというネタで、憎い彼らの評判を落とすような"何か"が掴めれば上々だ────そのくらいに思っているに違いない。

それがどれほど軽率だったとしても、彼の悪戯仕掛人への悪意だけは本物だ。
よく調べもせず、慎重にもならず、彼らはリーマスの知られたくないことを卑劣な手段で暴こうとしている。

どうする。
どうする。
私に何ができる。

リーマスに警告する? いや、でもリーマスは私が彼の秘密を知っていることを知らない。
それに警告したところで何ができるというんだ。
「スネイプが秘密を嗅ぎまわってるよ」って言ったからって、次の満月の晩に狼化を阻止することなんてできない。リーマスに余計なストレスを与えるだけになってしまう。

かといって、黙っていたらそれこそスネイプは次の満月の晩、本当にリーマスの後を尾けるだろう。そんなことになったら────最悪、狼になったリーマスと対峙する羽目にもなりかねない。

私はひとつ、深い息を吸った。
吸った息を、長く長く、そして細く吐いていく。

カッカしていた血流が、穏やかに流れるように。
慌ただしく拍動していた心臓が、落ち着くように。

だめだ、冷静になれ。

ただ警告するだけじゃいけない。
私に必要なのは、だ。

リーマスを傷つけず、スネイプの計画を挫くような、完璧な策が。

私はもう一度目を閉じて深呼吸した。

さあ────イリス・リヴィア。

優等生の名に懸けて、今こそ知識を全集結させて。
ありとあらゆる魔法を、ありとあらゆる言葉を使って、全てを丸く収めて

どうしたら、スネイプはリーマスを疑わなくなる?
どうしたら、リーマスの満月の晩の安全を守れる?

どうしたら、私とリーマスの友情を続けることができる?

考えて。
考えて
考えて────

私は一晩中考え続けた。

リーマスを疑わなくなるようにするためには、一番簡単なのが"満月の晩でも元気にしている"彼とスネイプを会わせることだ。聞いたところスネイプのリーマス=狼人間説はあまりにズボラすぎるから、リーマス本人さえそこにいてくれれば、もう疑う余地はなくなるだろう。

でも、どうやって?
現実問題、リーマスが満月の晩にホグワーツを離れなければならないのは事実だ。そうでなくたって、あんなに体調が悪そうなリーマスを引っ張り出してスネイプの前に突き付けるなんて、到底無理な話。

じゃあ、噂話でも流す? 「リーマスが狼人間だなんて嘘八百の噂が流れてるけどバカだよね〜、リーマスはただ生理が来てるだけなのにね〜」っていうの? それこそバカ?

ああ、どうしたら良いんだろう。
いっそ悪戯仕掛人4人も叫びの屋敷(仮)に全員押し込めちゃえば良い? 別にリーマスだけが特別なんじゃなくて、夜が一番明るくなる満月の日に学校を抜け出すのが趣味なんだ…って彼らなら簡単に言いそうだけど…。だめだ。規則破りも良いところだし、何より彼らの命が危ない。

あと、あと何か打てる手は?

もう、こんなことになるならいっそ当日は私とリーマスの中身を入れ替えて、私が元気いっぱいに廊下を走り回れたら良かったのに────。

ちょっと、待って。

「顔ならいつでも交換してやるさ」
「良いじゃん。ポリジュース薬でも使ってシリウスはクィディッチをして、ジェームズはモテモテ体験をするの」
「はは、そりゃ悪くない。僕はあいつの目の色、結構好きだしな」


それは、いつかシリウスと交わした何気ない会話。

人間の中身を入れ替える魔法となると、私はまだ知らない。
でも、外見を同じにする魔法だったら────知ってる!

ポリジュース薬、任意の相手の外見に完璧に変化する薬だ。

あれができれば、満月の晩、私はリーマスに成り代わってシリウス達と校内を闊歩できる。それがスネイプの目に留まれば、あの人達の理由もない「ルーピンは人狼だ」っていう言葉もデマカセだって笑ってやれる。

────ただ、問題がそれで解決するわけじゃない。

一体どうやってスネイプ達とその晩に偶然鉢合わせる?
一体どうやって校庭を歩いていくリーマスの姿を隠す?

そもそもこの計画は────どうしても、私ひとりではできない。
私ひとりが校内を歩いていたって、それをシリウス達に見られたら、余計にややこしいことになるだけだ。

この計画を遂行するということは、つまり彼らに────リーマス達に、私がこれまで彼らを尾け回すようなことをして、勝手に狼人間って決めつけていたことを話さなきゃいけなくなる。

その時、リーマスは何と言うだろう。当然、良い気持ちにはならないと思う。
それに、リーマスの後ろには彼以上に激情型なシリウスやジェームズだっているのだ。

話し合いの余地なんてなく、"秘密を嗅ぎ回った下劣な女"呼ばわりされる可能性もある。

もう今更彼らとの友情なんて疑いたくない。
でも────今回の問題は、あまりにも繊細すぎる。そんな問題を前に、私達のまだ鉄壁とはいえない友情が壊れないとは…断言できない。

どうしよう。

私の友情を優先して、何も聞かなかったフリをするか。
リーマスの尊厳を守って、友情が壊れることになっても私の対抗策に協力させるか。
スネイプの失態を願って、夜に校庭へ出ようとするところをフィルチに捕まることでも祈るか────。

────さあ、選んで、イリス。

私がたくさんの"理性"の中で迷っているといつも現れる、一番素直で純粋な"本能"が、この時もそっと私に語り掛けてきた。

スネイプのことはどうでも良いよ、この際。
私は、なんとしてもリーマスを守りたい。
でも…せっかくできた友達を、失うかもしれないのが…ちょっとだけ、怖いんだ。

────私はグリフィンドールの生徒だよ。確かに勇気はないかもしれないけど、グリフィンドールが求める資質は勇気だけじゃない。私はちゃんと、グリフィンドールらしさを持ってるはず。そのグリフィンドールらしさが、私に正しい答えを教えてくれるはず。

公平さ。誇り。そして────友情だ。
勇気は、そこにちょこっとスパイスされた隠し味。

────ねえ、私。どうか友情を大事にして。"達にけをかけてもらう"んじゃなくて、"の尊厳を守りたいと願う自分の"を、大事にしようよ。

────ベッドの中で、私は腹を決めた。










私は、大事な人のことを、何があったって守ってみせる。



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