クリスマス休暇前の、最後の満月の日がやってきた。
10月にホグズミードで新たな謎を抱いて以来(叫びの屋敷の噂だ)、新しい疑惑もないまま2ヶ月が経とうとしている。
私は新しい科目でも"優等生"の称号を手に入れ、クィディッチの観戦をし、例年通り楽しく過ごしていた。ただ────11月の満月の日、やはりリーマスの体調が悪そうだったことと、その翌日、顔に新しい生傷がついているのを見てしまったその記憶は、ずっと私の頭に残っている。

今年はリリーも悪戯仕掛人も、全員ホグワーツに残ることになっていた。何も残るのは彼らだけじゃない。今年は2回目のホグズミード行きがクリスマスの日になっていたので、ほとんどの3年生が休暇をここで過ごすことにしていた。ちなみに7年生のミラは、家に帰る支度をしながら「4年生以上になるともういい加減慣れるから、実家に帰る人も多いよ」と言っていた。なるほど、それでこんなに残る生徒が3年生ばかりに固まっているのか。
ジェームズはユーフェミアさんに『帰れなくてごめんね』という内容の手紙を改めて出した、と朝食の席で言っていた。なんだかんだでお母さん思いな子だと思う。

ちなみにリリーには、ちゃんと休暇前までに、ジェームズからハロウィンの日に預かっていた伝言を伝えておいた。

「ジェームズがリリーとも仲良くしたいって言ってたよ」
「じゃあまずセブを見るなり呪いをかけるのをやめて。それからあの傲慢な態度も改めて。なんでもかんでも茶化して、目立ちさえすれば何をしても良いって思ってるあの態度、真面目な人にとっても失礼よ」

そうしたら、1に対して100の罵倒が返ってきてしまった。
こんなの、どうやって本人に伝えよう。ある時ジェームズのところへトボトボと歩いて行って「リリーに伝えておいたよ、ジェームズが仲良くしたがってること」と伝えると、彼は私の表情から何一つとしてその内容を察することなく、ぱあっとお日様笑顔を浮かべてみせた。ああ、痛いくらい眩しい。

「それで、エバンズは何て?」
「えーと…スネイプとあんまり争ってほしくないって…それから規則ももう少し守ってほしいって…」
「それって、僕がエバンズと仲良くしたいと思うことと関係ある? どっちも別にエバンズには関係ないだろ?」
「つまるところ君のことが嫌いなんだろ」

私がなんとかふわふわした言葉に翻訳した返事を、シリウスがばっさり切り捨てた。
そんなわけで、リリーとジェームズの拗れた一方的な対立関係は今も続いたままだ。

「エバンズはなんでそんな頑ななのさ。あんなスリザリンの…呪いばっかり研究してるような暗い奴らの腰巾着ばっかり構って」
「まあ、リリーも"自分がジェームズにばっかり過剰反応するのは悪い癖だ"って言ってるんだけどね。それはそれとして、幼馴染のことはそう簡単に割り切れないんじゃないかな」

…正直、入学当初ならともかく、今のスネイプはちょっと私にも受け入れきれないところがあると思っていた。
これについてはホグワーツ特急で"穢れた血"と騒いでいた人と一緒にいたから…っていう理由が大きい。実際、校内で彼の姿を見る時、スネイプはいつもそういう人達と一緒にいた。

私はいつもその人達から侮辱されていた。多分、1年生の時にマルフォイを攻撃しちゃったことで、私もそこそこ"有名"になったんだろう。

「おーい、優等生、今日は誰の杖を奪うんだ?」
「穢れた血が正義面しやがって」

そんな罵倒が日常茶飯事になりつつある中、スネイプはだいたいその輪の中で静かに私を睨んでいた。スネイプが自分から「穢れた血」って言わないのは、きっとリリーのことがあるからっていうだけで、心の中では同じ言葉を私に何度も投げていることだろう。直接的に私を罵ることこそなかったものの、その目に込められた憎しみの暗い光を、私はまだ直視できずにいる。

スリザリンといえば、シリウスの弟、レギュラスともあれきり全く友好的な関係を築けずにいた。こちらに関しては正直私のことをどう思っているのかまだ計りかねているんだけど────まあ、穢れた血とあれだけ大声で言われ続けているのを聞いていれば、彼にとってもそれだけで十分見下す対象にはなるんだろうな────彼もまた、私と顔を合わせても何も言わない人だった。
ただ私は、レギュラスがスネイプと同じ理由でマグル生まれを攻撃していないのだとは思っていなかった。レギュラスには(例えばスネイプにとってのリリーのような)擁護すべき"穢れた血"の友人がいない。それでも非干渉を貫くのは、きっと単に、私達マグル生まれに何の関心もないからじゃないか…そういう風に見えていた。…それともそう思ってしまうのは、やっぱり彼がシリウスの弟だからだろうか。シリウスは基本的に興味のない相手には無視を貫く人だし。
真偽はわからないものの、ひとまず私もそれが一番賢いやり方だとは思っているので、こちらからも特にレギュラスに進んで関わろうとはしなかった。

────その日の夕方、ホグワーツ特急に乗って帰省していく知り合いを見送った後で、私とリリーは談話室に戻った。

「あっ、途中で図書館に寄って来れば良かった。古代ルーン文字の課題をやるのに、良い参考書を見かけたの。ちょっと戻って借りてくるから、後で一緒に使わない?」
「良いの?」
「もちろんよ。2人でやったら早く終わるわ」

リリーはそう言って、またすぐに談話室を出て行ってしまった。
ぽつんと残された私は、空いているソファでも探しておこうかと室内をぐるりと見回す。
残っている生徒のほとんどが、やっぱり3年生だ。ゴブストーンゲームをやったり、早くも課題に取り掛かっていたり、チェスをしていたり────思い思いの過ごし方をしている談話室は、いつになく混んでいるような気がした。

ふと、談話室の隅の方を見やった時────いつも悪戯仕掛人が陣取っているスペースだ────誰もいない床に、一枚の羊皮紙が落ちているのを発見した。
あの場所は4人の定位置となっているから、厄介事に巻き込まれないようにと(あるいは4人の会話に混ざりたくても、すぐについて行けないとわかってしまうからと)、基本的に誰も近づかない。そんなところに羊皮紙だけが落ちているのはとても不自然なことのように見えて────私は、その羊皮紙が"自分も知っているもの"ではないかと思った。

"忍びの地図"。
普段なら携帯しているはずだけど…うっかり落としたんだろうか。

地図を発現させるには呪文を唱えないといけないから、誰かに拾われたところで困ることはないだろうけど────彼らの2年数ヶ月の努力を、課題用のレポート代わりに使われてしまったら…あの4人のがっかりした顔を想像するのは、少し悲しかった。

私はそっと床に屈みこみ、羊皮紙を拾う。
彼らが近くにいたら返しに行ってあげよう。

えーと、確かシリウスが唱えていたのは────。

われ、ここに誓う。われ、よからぬことをたくらむ者なり

思い出しながらこっそり羊皮紙に向かって呪文を囁き、とんと杖先で羊皮紙をつつく。

────思った通りだった。
杖先から光がこぼれ、蜘蛛の巣を張るようにインクが無数の線を描きながら、ひとつの絵を作り上げていく。
ホグワーツの地図だ。間違いない、これは悪戯仕掛人の所有物だったんだ。

足跡をたどる魔法は、既に間取りの書き込みがなされている部分にはもう全箇所適用されていた。ダンブルドア先生は校長室に。フィルチは数人の生徒の前に立っている────また何かしら規則破りの冤罪をなすりつけているんだろう。

さて、シリウス達はどこだろうか。
改めて地図を見ていると────シリウス達を探しているはずだったのに、私はとある別の人物の名前を見つけたところですっかり釘付けになってしまった。

"リーマス・ルーピン"
"ポピー・ポンフリー"


────その2つの足跡が────校庭から暴れ柳に向かって移動していた。

「────…」

まさか。

足跡は暴れ柳の前で止まった。少し時間を置いて、マダム・ポンフリーだけが校内へ戻っていく様子が見える。

リーマスの足跡はそれからしばらくして、消えた。
────つまり、"学校の外"へと出て行ってしまったのだ。

その時私は、叫びの屋敷の噂を思い出す。
あの時、あの場所に実際に行ってみてシリウス達と顔を合わせた時────決してこちらを見ようとしなかったリーマスの姿が、勝手に脳裏に蘇ったのだ。

呆然としてしまった私は、シリウスとジェームズとピーターの足跡が駆け足で寮に向かっていることに、直前まで気づけなかった。寮の前で合言葉を言うために立ち止まったのを見た瞬間、慌てて「いたずら完了」と唱え、神秘の地図をただの羊皮紙に戻す。
そのまま杖をローブにしまいこみ、地図を持って談話室の入口の方へ向かった。

間一髪。その時ちょうど、3人が肖像画の裏の穴を通って私の前に現れた。

「あっ、イリス、それ!

ジェームズが手元の地図を指さして大声を出す。

「いつものところに落ちてたよ。誰かに拾われて落書き帳にしたら困るだろうと思って、拾っておいたの」
「うわぁ、ありがとう。僕、ついうっかり落としちゃってさ…」
「せっかく最高の魔法アイテムなんだから、気をつけて」

私はにっこり笑って地図をジェームズに返す。
大丈夫だろうか。私、今ちゃんと笑えてるだろうか。

「地図は見たか?」

礼を繰り返すジェームズの隣で、シリウスがそう尋ねる。どことなくその声がいつもより鋭い気がして、私は「笑いすぎたか」とちょっと顔を引き締めてみることにした。

「あ、うん。4人が近くにいたら返しに行こうと思ってたから見たよ。でも私が見た時にはすぐそこまで来てたから、すぐ消しちゃった。…あれ、リーマスは医務室?」
「そうか────ああ、リーマスなら医務室に行ったよ。今回もかなりしんどそうだから、一晩まるまる面会謝絶だとさ」
「大変そうだね、本当に」

何も知らない顔を装って、眉をひそめる。シリウスの視線はできるだけ正面から受けないようにしながら、私はピーターの方ばかりを見ていた。

「とにかくありがとう、イリス! じゃあまた僕ら、行くから!」

そう言って、彼らは行ってしまった。
行くからって、どこに?

────必要の部屋?

相変わらず、そこで何をしているのかはわからない。
でも────私は、なんとなく"なんのために"そこに通っているのか、わかってしまったような気がした。

リーマスの不審な行動の数々。悪戯仕掛人の、いつにも増して謎の多い発言の数々。
それらを並べ立てた時に浮かび上がるひとつの仮説が、脳裏をよぎる。

もちろん、そうでなかった時のために、ここまであらゆることを調べてきた。

満月の日にだけ体調が悪くなる病気が他にもあるか。
叫びの屋敷はいつから人が近寄らなくなったのか。
暴れ柳という危険な植物が植えられたことに、何か特別な理由はあるのか。
暴れ柳の攻撃を回避する手立ては何かあるのか────。

これらの"仮説"を立証するための状況証拠に、ひとつでも明確な否定の言葉が出てくれば、私の疑念は晴れる。リーマスの正体など探らずとも、そこにはちゃんと"別の理由"があったのだと、納得させることができる。

別に結果については、どうだって良かった。私はただ、リーマスが月に一度、ひどく憔悴しているところを見るに堪えないと思っているだけなのだから。私の考えている通りだろうがそうでなかろうが、私は"真実"さえ知ることができればそれで良い。そしてその"真実"を手に入れるため、徹底的に図書館(と、たまに必要の部屋)の力を借りて関連書籍を全て漁った。

────結論としては、こうだった。

まず、満月の日にだけ体調が悪くなる病気は、人為的な呪い以外にはないこと(呪いであれば治せないわけがない、と治癒呪文も一緒に書き添えられていた)。

次に、叫びの屋敷については相当歴史が古く、持ち主がいなくなってから随分と長いこと放置されていたことがわかった。ただ、つい数年前の出来事まで書かれている書籍を漁ってみても、ひとつとして『叫び声や騒音が聞こえた』という記述はなかった。
10年前からそれらが聞こえていると言っている人はおそらく、ただでさえ不気味に思っていた叫びの屋敷から、本当に最近謎の音が聞こえてきてしまったせいで、恐怖が助長されてそんなことを言ったんじゃないだろうか、と思った。

そして、暴れ柳が植えられた理由はわからないままだったけど────その攻撃を回避するための記述なら見つけた。それは『木の一定部分に触れると、数分動きを止める』というもの。
もっともこれは、暴れ柳という複雑な植物を育てる、あるいは治療するための方法を教える『高等魔法植物の治癒方法』という専門書籍に書いてあった話だ。これまで暴れ柳の攻略法が出回らなかったのは、それに近寄って遊ぶようなわんぱく生徒に、この本を見る機会なんてなかったせいだろう。

────私はそれらの事実が一通り揃ったところで、つい溜息をついてしまった。
ここまで出揃ってしまうと、もう自分の中でもこの"状況証拠"を自分の仮説通りに認めるしかない。
もちろん、ここまで散々探偵ごっこをしたところで、本当の動かぬ証拠に基づく確信は得られなかった。そういう意味ではきっと、リーマスが実際に目の前で"変身"をするまで、私は心の根っこの部分で信じられないままなのだろう。

ただ、"状況証拠"は全てを語ってくれた。

満月の晩、リーマスがいつも体調を崩すのはなぜ?
暴れ柳という危険な植物を"私達の入学した年"に植えたのはなぜ?
叫びの屋敷に、つい最近────2年と少し前から、これまた同じく"満月の晩"に騒音が響くようになったのは、なぜ?

加えてさっき見た忍びの地図が、私に事実を受け入れろと畳みかける。

"病人"と一緒に暴れ柳に近づくマダム・ポンフリー。そしてひとりで学校へ戻って行ったマダムと、そこから"学校の外"へ出て行ったリーマス。

暴れ柳にわざわざホグワーツの職員が、いち生徒を連れて行くのはなぜ?
マダム・ポンフリーが暴れ柳のお世話をするというのならともかく、そこにその生徒を残してひとり去ってしまったのはなぜ?
暴れ柳のふもとからリーマスが突如として校外へ消えてしまったのはなぜ?

ひとつひとつに対する回答なら、別のものも用意できるかもしれない。
しかし────答えを帰納的に"こう"仮定すると、全てが綺麗に理由づけられるのだ。
すなわち────。





────リーマス・ルーピンは、人狼である。





さて、そうなると悪戯仕掛人の行動にも色々と説明がついてくる。
リーマスが狼人間だった場合、あの3人が────特に洞察力の鋭いシリウスが筆頭にいながら────それに気づかないわけがない。

彼らは当然、リーマスがどんな秘密を持っていたって、変わらない友情を示し続けるだろう。
私でさえ、リーマスが人狼だからといって接し方を変えるつもりなんて全くないのだ。あの情に厚い3人が、そんな些細な問題で友達を見捨てるわけがない。

かといって、仲間が狼人間だという話は、たとえ気心の知れた友達であってもあまり他言したがらないはず。プライベートなことに首を突っ込むな、といつか言われたその指摘はもっともでしかないと思う。簡単な話、私はまだ、他の3人ほどリーマスの信頼を勝ち得ていないのだ。

だから、去年から彼らが私にすら黙ってやたらと必要の部屋に行っている理由────これはきっと、リーマスが狼に変身しても彼を孤独にさせない"何か"を、3人だけの力で為そうとしているんじゃないだろうか。

「とにかく、その部屋の情報は本当に貴重だ。僕ら、ちょうど誰の目にもつかないところで好き勝手やれる部屋を探してたんだ」

必要の部屋の存在を私が教えた時の、ジェームズの嬉しそうな言葉が蘇る。よくよく思い返すと、あの時リーマスは、はしゃいでいるジェームズに対して咎めるような目を向けていた。あれは単に、いつも通り彼らの悪戯を諫めたがっているだけなのかと思っていたけど────それも、"リーマスが狼人間"という仮定を前に置くと、"自分の秘密が漏れかねない発言に警戒心を抱いた"と解釈できる。

でも、"何か"を為そうとしていることがわかったところで、その"何か"が具体的に何なのかはわからないままだ。

狼の凶暴性を防ぐ薬("脱狼薬"と呼ばれるらしい)は大きな製薬会社でさえまだ開発中であって、まだ誰も完成させていないはずだし…いや、むしろ誰よりも先駆けてそれを完成させようとしてるのか? シリウスとジェームズの頭脳にピーターのひらめきが加われば、無理な話じゃない(と思えてしまうからあの人達は怖い)。

それとも何か…なんだろう…まさか一緒に叫びの屋敷に行く方法を開発してるとか…? でも、どうやって…? 人狼と渡り合うには…筋肉増強薬でも作ってるのかな。いや、でも人間の姿のままじゃあまりにもリスクが高いし────。だからこそ魔法省が危険レベルをXXXXXに設定してるわけで…。

「規則はともかく、法に触れるようなことは────」
「大丈夫、大丈夫だから」


ホグワーツ特急に乗る直前、ユーフェミアさんの懇願をさらりとかわしたジェームズのことを思い出した。

────どちらにしろ、彼らが法さえ犯すような真似をしているのは、彼のあの時の表情とこれまでの行動からほぼ確信して良いだろう。
そうすると、やはり脱狼薬を作っているという線は薄れてくる。材料によっては"ホグワーツの規則を破る"可能性は大いにあるものの、薬の開発自体は法に触れないはずだ(まだ生まれていない薬の私的な使用を規制する法律なんてないんだから)。

じゃあ、狼人間と対等に渡り合う方法を編み出しているということ?
でも、狼人間は基本的に地下に逃れるようにして住んでいるので、そもそもあまり人間の前に姿を現さない。狼人間との共存の仕方を、本は教えてくれなかった。『危険性のある人狼を発見した場合、満月以外の時を狙って処刑することが多い』────確か、書いてあったのはそんなありきたりな内容だけ。

そりゃあ、そうだよなあ。
狼になってしまうのが月に一度なら、わざわざ最も危険な日を待たずにさっさと…あー…そう、それこそ"処刑"すれば良いんだから。あんまり考えたくないけど。

狼になっても対等に付き合おうとするなんて、そんなのって、同じくらい大きな獣にでもならない限り────。

────あっ!

うろうろと答えの出ないことを考えていた瞬間、本日二度目の雷が落ちてきた。

狼と同じくらい獰猛で、大きな獣になる方法が────ひとつだけある。

私は慌てて寝室に駆け上がり、"中級変身術"の本を取る。

『動物もどき』

それは、見たことのない単語だったからとなんとなく覚えていた得意科目の一項目。
興味本位でなり方を調べようとしたら、その本が禁書の棚にあることを知って落胆したものだった。

でも、少しだけ憧れていた。
自分を変身させられる魔法なら今後習っていくと言われたけど、本人の資質に合わせて動物に姿を変えるなんて────本人の内なる獣を外に解放するみたいで、なんだか格好良い…と。

自分でも、どうして突然このことを思いついたのかはわからなかった。
ただ、恒久的に自らの姿を動物に変えることができる魔法、そしてそれが相当に高度な魔法であることを予想した時────自然と、動物もどきのことが頭に浮かんだのだ。

『動物もどき────動物に変身できる能力を有する者を指す。後天的に習得できるが、大変複雑な魔法薬を調合した上で難易度の高い呪文を唱える必要があるため、本人の魔法使いとしての素養面や、時間面においてともに非常な困難が伴う。
この能力を持つ者は、特定の動物に随時変身することができる。ただし、習得の際にどの動物に変身するかを選ぶことはできず、当人の資質に最も相応しいものに姿を変えることとなる。
その危険性の高さは常に危惧されており、また能力の悪用を防止するため、魔法省が厳しくその動向を監視している。具体的には魔法省により登録簿が作成されており、名称や特徴を詳しく記載することが法により定められている。
20世紀中に登録された動物もどきは7名のみ。』

────これだ。

人に見つからずに長時間集中できる空間。
法に触れる可能性のある────というか間違いなく法を犯す行動。
狼人間とも対等に渡り合える力を手に入れる魔法。

彼らなら────間違いなくこっちの方法を選ぶ。
もちろん、一時的な変身魔法でに自分の姿を変える方法だってある。満月の晩にだけその魔法をかければ、もっと簡単に彼らは狼人間と渡り合えるだけの力をつけられるのだろう。

でも、それだと彼らがここまでの時間をかけて、人目を忍びながら何かをやっているというところに矛盾が生じてくる。それに何より────彼らが、そんな"簡単な方法"で満足するとは思えなかった。あの向こう見ずで友情に厚すぎる人達だったら、もっと根深い────それこそ一生を左右するような魔法の方に惹かれるのは、ごくごく自然なこととして納得のいく話だった。だって、これは友人の人生が懸かっている問題なのだから。きっと同じレベル感で、彼らも自分の人生を懸けたいと思うに違いない。

そうだ────彼らはきっと、狼を鎮静化させる薬なんて作らずに、自分達も同じだけの力をつけて"遊びたがる"はず。
だって、彼らが────ピーターはわからないけど────ハムスターやウサギみたいな弱々しい生き物に変化するとはとても思えない。彼らは私と同じくらい、自分が獰猛で大きな獣に姿を変えるであろうことを確信しているはずだ。それこそ獅子とか、ドラゴンとか、なんと言われたって納得できる。

私は点と点が線でつながったような感覚に陥っていた。
冷静になれ、とバクバク鳴っている心臓に手を当てる。

今までずっとモヤモヤしていたものが晴れた(気がした)せいで、ちょっとだけ高揚してしまっているのを感じる。
でも良くないよね、友達が狼人間だと知ってこんな気持ちになってたら。
謎が解けてスッキリしたなんて、そんなの、リーマスが喜ぶわけがない。

それにまず、材料が出揃ったところで、私はちゃんと前提に立ち返った方が良い。
これは全部、私の推測の域を出ないんだと。
結局のところ、リーマスが狼人間かどうかなんてわからないし────わからない以上、こちらからその話をするのはご法度だ。いつか彼が教えてくれるのなら、私だって彼らと一緒にリーマスの苦痛を和らげる方法を探したいけど────知られたくないと思われていることを知ってしまった責任は、"無言"という方法で取るしかない。

いつも通りでいなきゃ。
秘密を共有できると思えるほど信頼されてないのは少し寂しいけど────私は、自分が思っている以上にリーマスに対しての感情が全く動いていないことにも少し驚いていた。

私、本当に真実を知りたかっただけなんだなあ。
確かに、今頃リーマスがひとりで苦しんでるのかもしれないと思うと、ものすごく胃が痛くなるんだけど…。リーマスが人狼だからって、私のリーマスへの気持ちは何も変わっていなかった。

上品で、大人っぽくて、優しくて、勉強を教えることが得意で────そしてとても大事な、私の友達。

「イリス? ごめんね、遅くなって。ルーン文字の参考書、借りてきたわ!」

階下からリリーの声が聞こえる。
私は中級変身術の教科書を元通りサイドテーブルの上に載せた。

ごめんね、リーマス。今まで探るような真似ばっかりして。
でももう、これ以上は踏み込まないから。約束する。

私は絶対、沈黙を守るよ。



[ 34/149 ]

[*prev] [next#]









×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -