第1回目のホグズミード行きは、ハロウィンの日になった。
事前に許可証をマクゴナガル先生に提出した上で、当日は校舎の入口で管理人の審査を改めて受け、それからようやく外出が許される。

今年から、ホグワーツの管理人がアーガス・フィルチという名の男性に変わった。蒼白な目をギラギラと光らせている、いかにも"管理人っぽい"顔の男性だ。プリングルの時でさえ厄介だったというのに、フィルチは更にミセス・ノリスと呼ばれる猫を連れていて、2人体制でホグワーツを"管理"していた(この学校に来て3年目、もう猫が人間と同等の仕事をしていると言われても驚かない)。
この猫がまたフィルチと同じくらい生徒の行動に厳しく、規則破りのラインを鼻先が掠めただけで────どうやっているのか、数秒後にフィルチを召喚する能力を持っていた。まったく、厄介であることこの上ない(この学校に来て3年目、もはや猫が人間以上に仕事をしていると言われても驚かない…)。

どうしてこんなに面倒なのかと言われたら、フィルチはどうやら、プリングル以上に私達生徒のことが嫌いだかららしい、と答えるしかない。
『生徒は規則を破る不届きもの』────これがフィルチの信条。何もしていないのに「入室禁止の部屋に行こうとしたな?」とか、「授業前になぜそんな軽装なんだ! サボるつもりだろう!」とか難癖をつけて(ちなみに授業前に手ぶらだったのは、午前最後の授業が防衛術で、杖以外のものは要らないと言われていたからだ)、生徒に罰則を与えようと躍起になっていた。
せっかくプリングルに「リヴィアは規則を破らない」というイメージを植え付けられそうなところだったのに、これじゃまたイチから…いやマイナスからのスタートだ。

我が身を案じるかたわら、私はシリウスとジェームズの罰則の数がいよいよ5倍くらいに増えるんじゃないかとも心配していた。でも────2人は管理人がどれだけ変わっても、自分達の行動だけは全く変える気がないそうだ。

「だって、ホグワーツのことを何も知らない新参者と、この神秘の城を解明するために2年まるまる費やしてきた僕ら、どっちの方が有利だと思う?」

ジェームズ曰く、そういうことらしい。
私は以前、この2人なら本気を出せば、全く罰則を受けずにあらゆる悪事をこなせるんじゃないかと思ったことがあった。でも、それについてはジェームズから「パフォーマンスさ。たまには目立つ行動を取って年相応に罰を受けておかないと、"等身大のヒーロー"にはなれないからね」と返ってきており、実際彼らの罰則を受けるペースはこの2年少し、増えも減りもしていなかった。目立ちたがりな天才の考えることは、本当にわからない。

「シリウスもそうなの?」
「いや、僕は等身大のヒーローには興味ない。まあ…ただ、せっかく楽しいことをするなら、コソコソ隠れてやるよりみんなと笑いをシェアした方が楽しいだろ…とは思ってる」

こっちの考えもよくわからないけど、とりあえず2人はこれからも適度に罰則を受けつつ、新しい管理人ともうまく(?)やるつもりのようだった。

そんなフィルチの検問を無事に通過し、ハロウィン当日の昼下がり、私とリリーは外の新鮮な空気を吸いながら、ホグズミードへの道をゆっくりと歩いていた。

「"三本の箒"のバタービールが名物らしいわ。それから、"ハニーデュークス"にはとってもかわいいお菓子がたくさんあるらしいの!」

リリーはいつも通り、しっかり事前準備をして臨んでいるようだ。あそこに行きたい、あれを食べてみたい、と珍しくはしゃいでいる姿を見て、私も「良いね」「楽しそう」と合間合間になんとか相槌を打つ。

目的地のホグズミードに着いた瞬間、私はまるで絵本の中に迷い込んだような錯覚を抱いた。魔法使いだけの村と聞いていたので、もう少しヘンテコ…というか、言ってしまえば"不気味な世界"を予想していたんだけど(だって、親の許可証がいるくらいだし)────ここはどちらかというと、良い意味で"アナログな場所"だった。
科学の力を必要としない魔法の村は、茅葺屋根の小さな家や、カラフルな色に塗られた壁の目立つ店がひしめき合う、小さくも賑やかな場所だった。ひとつひとつは確かに調和を無視した個性溢れる建物ばかりだったけど────これは初めてダイアゴン横丁に来た時と同じ気持ちだ────空がよく見えて、見たことのない道具がそこかしこに飾られていて、新鮮なのにどこかノスタルジーを感じさせる(おそらく、昔からある建物が多いからなんだろう)。

リリーと2人で過ごしていたので、道中でシリウス達と正面から会うことはなかったけど、ゾンコの悪戯専門店の前でショーウィンドーに並ぶ数々のグッズを眺めている4人組の後ろ姿ならちらりと見かけた(リーマスは、今日は元気そうだった)。

ハニーデュークスで大量のお菓子を買い、羽根ペン専門店でユニークな羽根ペンを一通り眺めてから、私達は三本の箒に腰を落ち着ける。
噂のバタービールはジョッキに注がれて運ばれてきた。泡立っていて、熱い。飲むと少し甘いバニラ(それともこれがバター?)のような味が広がった。体の芯まで温まる程良い甘さと熱さだ。

「1日中ここにいられそうね」

唇の上に白い泡をつけながら、リリーがにっこりとそう言った。

「本当だね。さっきの光って喋る羽根ペン見た? 授業じゃ絶対使えないけど、談話室で使ってみたら面白そう」
「羽根ペンと喋りながら宿題をやってるイリスなんて見たら私、笑っちゃうわ。あ、光って喋ると言えば、グラドラグスの新作見た?」
「向こうにあった洋服屋さんだよね? 見た見た、でも私、喋る靴下とか嫌だよ…臭いぞ、なんて言われたらもうショックでその日授業に行けない…」
「ふふっ、私も。でもあのキラキラしたマフラーは可愛いと思わない?」
「あ、わかる。アクセサリーみたいだよね」

しばらくここまで通ってきた店の話で盛り上がり、話題は次にどこへ行こうかというところへ移る。

「ゾンコは行かなくて良いの? 結構人気みたいだけど」
「リリーがあんまり興味ないかなって思ってたんだ」
「うーん、確かに買いはしないと思うけど、ちょっと見てみたいとは思うわ」
「そうなの? …じゃあ行ってみたいな」

そう言うと、リリーの目にちょっとだけ悪戯仕掛人と同じようなきらめきが宿る。彼女はとても理性的で、規則もすごく大事にしてるから、ああいう"おもちゃ"は素通りするかと勝手に思ってたけど…やっぱり、この子にもあの4人とちょっと似てるところがあるみたい。使う使わないは別にして、リリーはゾンコに関する噂話をとても楽しそうにしていた。

「あと叫びの屋敷…も名物なんだよね? 何かのお店?」
「あー、あそこは肝試しスポットらしいわ」
「肝試し?」
「そう。古い屋敷なんだけどね、なんでも…満月の晩になると叫び声が聞こえて、ものすごい騒音が鳴るから、みんな怖がって近づかないらしいの。中には入れないけど、行ってみる?」

満月の晩に、叫び声と騒音、ねえ…。

「へえ…それっていつからの話? ずっと前からそんなポルターガイストみたいな現象が起きてるの?」
「よくわからないわ。10年以上前って言ってる人もいるし、つい2年くらい前にひどくなった! って騒いでる人もいるみたいよ」

…2年前からっていう説も、あるんだ…。

「うん、ちょっと見てみようよ。入れないなら安全策は施されてるんだろうし」
「イリス、あなたって結構勇敢よね…」
「え、全然そんなことないよ。呪いもポルターガイストも怖いもん。ピーブズとか未だに遠目で見るだけでビクビクしちゃうし」

ただ、私は────なんとなくそこにあるのは呪いでもポルターガイストでもないんじゃないか、と思っただけ。

「よし、じゃあ残りの時間はちょっと羽目を外すコースね。戻るまでにあと1時間しかないわ、そろそろ行きましょう」
「オーケー」

三本の箒を出て、私達はまず叫びの屋敷へ向かった。
屋敷は荒れ放題だった。ぼうぼうと草が生い茂り、窓という窓に板が打ち付けられている。門を超えて家の前まで行くことはできそうだったけど────リリーの足を止めたのは、呪いでもポルターガイストでもない────シリウス達だった。

「何してるの?」
「何してるんだ?」

リリーとジェームズの声が重なる。

「叫びの屋敷を見に」
「叫びの屋敷を偵察に」

私とシリウスの声が重なる。

「イリスもエバンズも、オカルトなんて好きだったっけ? ここ、ゴーストも嫌うって有名なヤバいとこだよ」
「せっかく初めて来た村だから、一通り回ってみようって言ってたの。それだけだよ」
「ああ、それなら見た通りだよ。僕達も中に入れるんじゃないかと思ってぐるっと回ってみたけど、外には抜け穴一つない。窓も扉も全部こーんな感じで塞がれてるからな」
「なあんだ、残念」

言いながら、4人の顔をさりげなく見る。
シリウスとジェームズの顔はいつも通りだった。
リーマスは、顔を伏せていた。
ピーターが一番表情豊かで────あわあわと、怖がっているとも困っているともとれる顔をしていた。

4人の顔はそれぞれ怪しいけど────さすがに、これだけで何かを判断することはできないな。
仮にリーマスが狼になる間、ここに隔離されているとして────確かに、"ゴーストも近づぎたがらないほど恐れられている屋敷"であれば、周囲への安全は確保されるのだろう。狼人間は確かに"魔法使いを殺せる生き物"として恐れられているけど、物理的な力は大型の動物と同じくらい。ここまで厳重に板や杭が打ち込まれている堅牢な建物をぶち壊すことまでは、できないはず。

でも、じゃあ仮に満月の晩にここに来るとして、どの道を使ってここまで来るの?
校外へ出ようとしたら、絶対に他の先生や生徒が気づいてしまう。仮に全ての先生がリーマスを狼人間(仮)と知っていたとしても、満月の夜中に外をウロついて、ホグズミードまで行って…なんて道のりを、毎月誰にも見られずに遂行することなんてとてもできるはずがない。

やっぱり、考えすぎなんだろうか。

「リリー、もう行こう。ここには何もないみたい。ゾンコの方が楽しそうだよ」
「そうね」
「エバンズもゾンコに行くの?」
なに、悪い?
「君が行くなんて意外だなあって思ってさ。でもめちゃナイスアイデア。あそこ、すっげえ面白いよ!」
「ジェームズの父さんが開発した直毛薬も売ってるぜ。ほら、言ったろ、ジェームズの父さんはそれで一財産儲けたんだって」
「それって────」
それはどうも

直毛薬って、どちらかというともう少し真っ当なお店で売られてるようなイメージだったんだけど、まさかゾンコで扱うような類のものだったのか。つい気になって話を聞こうとした私をリリーがぴしゃりと遮り、引きずられるようにして私はその場を離れることになってしまった。
ジェームズは明らかに好意的に話しかけていたと思うんだけどなあ。

「リリー、ジェームズは別にケンカ売ったわけじゃないと思うよ」
「…ごめんなさい、これはもう私の悪い癖ね。きっとあなたが相手だったら、同じことを言われても笑って否定できたと思うんだけど、ポッターを前にすると何を言われてもついムカッとしちゃうの」
「うん…まあ…ジェームズにいつも悪意がないってわかってくれてるなら私も何も言わないよ…」

2人揃って呆れた笑いを漏らしながら、ゾンコの悪戯専門店へ向かった。
リリーは…わあ、本当に意外。永遠にぽんぽん飛び跳ねるボールとか、そのまま飛んで行ってしまう羽根ペンとか────しゃっくり飴なんていうどう考えてもしょうもないグッズにまで興味を示して、目をキラキラさせていた。

私はどうやら、リリーのことを大いに勘違いしていたのかもしれない。
規則重視で厳しくて、悪戯の類を全て嫌ってるものかと思っていたけど…(申し訳ないけど、これはシリウス達のせいだ…)リリーはただ"悪戯仕掛人のやっていること"を咎めていただけだった。ユニークなグッズのあれこれを手に取ってははしゃいでいるリリーと笑い合っていると、とある棚に"スリークイージーの直毛薬"が置いてあるのを見かけた。

あ、本当だ。直毛薬…開発者欄にフリーモント・ポッターって書いてある。すごい売れ行きらしく、頻繁に棚卸されていた。
今更になって私は、ポッター家の広い庭のことを思い出した。「土地だけはある」、だなんて、謙遜にもほどがある。ジェームズがいつも金貨をジャラジャラさせていた理由が、今になってよくわかった。シリウスが「バカ売れしたお金の一部を土地に充てている」と言っていただけのことはある。あの家は本当に、ポッター家の資産の一部だったんだ。

私は飛ぶように売れる直毛薬を見て感心しながら、視線を隣にずらした。

「あ、リリー。ゴブストーンセットとかあるよ。ほら、ミラが教えてくれたやつ」
「本当だ、でも私あれの臭い、ほんっとにダメなの…」

そんな会話をしながら、店を一周する。「見るだけ」なんて言っていたのに、最終的にリリーは結局"本当に飛んでいく羽根ペン"を買っていた。

私達は大満足で学校へと戻って行った。玄関ホールで出て行った全員が揃っていることを確認されてから、談話室へ戻る。
飛んでいく羽根ペンが飛ばないよう、リリーは早速ペンをベッドの足に縄で括りつけている。あまりにもそれに苦戦しているので、「先に大広間に行って夕食の席を取っとくよ」と笑いながら、私はハロウィンディナーのテーブルへ向かうことにした(「お…お願い! ああもう、こんなもの勢いに任せて買うんじゃなかった!」とリリーは叫んでいた)。

寝室の階段から談話室へ降りると、悪戯仕掛人が隅の方でひそひそと話している姿が見えた。
彼らは基本的に、"私にでさえ聞かれたくない"本当の内緒話をする時は寝室か────あるいは"必要の部屋"へ行く。他の生徒は避けているけど、ああして談話室にいる時は話しかけてもオーケーってことだ。そういうことで、私は大広間に行く前に会合を開いている4人組のところへ行った。

「随分話し込んでるね。良いものでも手に入った?」

シリウスの頭上から声をかけると、ちょうどその真向かいに座っていたジェームズがニヤッと笑って手招きをした。
シリウスとピーターの間に座ってジェームズの手元を見る。そこには忍びの地図が広がっていて────彼はちょうど、そこに新たな通路を書き加えようとしているところだった。

「さっき、ハニーデュークスの店でホグワーツと直結してる抜け道を見つけたんだ」
「…毎回思うんだけど、どうやってそんなところを探すの?」

だってこれ、校舎の4階の廊下から伸びてる道っぽいけど…行き先は…"ハニーデュークスの倉庫の床下へ"って。何をどうしたらハニーデュークスの倉庫に行こうって思うのか、まずそこがわからない。

「そりゃあ君、立ち入り禁止の場所には入ってみるのがマナーだろう」

シリウスが何を当然のことを、といった顔で言ってきた。この人達はもう一度エレメンタリースクールでマナーについて学びなおしてきた方が良いと思う。
とはいえ、地図に実際に書き込まれているのを見るのは初めてだったので、私は小言を呑み込んでジェームズの手元に視線をやった。ペンは普通のものっぽいけど、インクか羊皮紙に魔法をかけているのだろうか。ジェームズが通路を書き込むと、黒い線が一瞬だけ金色に光り、そしてまた元の黒色に戻った。

「良いなあ、ホグズミード! 僕らの地図作りにまた幅が広がったね!」
「ああ、校内の事情は粗方調査し終わっちゃったもんな」
「今回はお手柄だったな、ピーター。お前の小柄さとすばしっこさのお陰で誰にも見つからずにこの道を見つけられた」
「へへ」

彼らの言葉通り、地図はもう3/4が出来上がっていた。あと残されているのは地下部分だけだ。特にスリザリン寮があると言われている辺りの空白がまだ目立っている辺り、彼らもそこまで積極的に行きたいと思っていないんだろう。

「イリスはあれからなんか新しい秘密、見つけた?」
「ううん、今年はまだ何もしてないから、わかんない」
「"今年はまだ何も"だって。まるでこれから何かするやつのセリフみたいだな」
「2年前のイリスに聞かせてやりたいよな」

茶化されながら、見る度に完成していく地図を見る。
校内の秘密は確かにほとんど暴かれているようだった。校外に続く抜け道は────暴れ柳の真下につながる道と(これは1年生の時に見た)、それから更に、4階の廊下の鏡の裏にある隠し通路も追加されている。

さっきも思ったんだけど、一体どうやってこんな風に中からつないで外に出られる道を探し当ててくるんだろう。

ホグワーツは無敵の要塞だと思ってたけど、意外とこれじゃあ外から侵入することも────ん、待って。外と、道を繋ぐことも────できるって?

「僕達も中に入れるんじゃないかと思ってぐるっと回ってみたけど、外には抜け穴一つない。窓も扉も全部こーんな感じで塞がれてるからな」

叫びの屋敷で会った時、シリウスに言われたことを思い出す。

あの古びた家の"外に"出入口がないとして、もし"中に"、別の場所と繋がっている秘密の抜け道があったとしたら────?

────いや、いや。

はっと天啓のように思いついた案だったけど、すぐに私はその予想を振り払った。

学校の中からそんなに簡単に叫びの屋敷につながる通路があったとなったら、こんな風にちょっと好奇心の強い生徒にすぐに見つかってしまうじゃないか。リーマスのことも、そして好奇心に殺されかけている猫も守ろうと思ったら、私ならそんな通路は塞いでしまう方がよっぽどマシだって…考える…だろう…。

────ちょっと待って。

通路を塞いだ方が、マシ?


私は改めて地図に目を落とした。1年生の時、既にシリウス達が書きこんでいたひとつの抜け道。それは────私達の入学年に合わせて植えられた暴れ柳が真上に鎮座しているせいで、誰も通れなくなってしまった"使えない抜け道"だ。
でも例えば────この木が、叫びの屋敷に続く"本来の通路"を塞ぐために植えられたのだとしたら? そして、暴れ柳という"誰も近づかない"巨木のどこかに、新しい通路の入口が作られていたとしたら────?

いや、わかってるよ。
暴れ柳は確かに人避けにはもってこいだけど、全然安全じゃない。近づいた瞬間太い枝にバッシーン、って打たれて終わるだけ。簡単に"どこかに新しい通路の入口が"なんて言ったけど、そんなことを考えることがまず現実離れしている。だってそんな方法があったら、デイビィが片目を失いかけることなんてなかったでしょう?

ただ────。

私達が入学した年に植えられた暴れ柳。学校外のどこかへつながるはずだった、塞がっている通路。2年前から満月の晩になると騒ぎ出す、ポルターガイストの噂…。

もちろん、どれもこれも決定打に欠けている。
そもそも本当にこの通路は、叫びの屋敷に続いてるの?
仮に暴れ柳が叫びの屋敷への本来の通路を塞ぎ、そして別の箇所に"新たな入口の役割"を持たせられたとして、そうしたら今度はどうやってあの木の危害を避けるの?
叫びの屋敷にまつわる噂なんて、10年前から起きていると言っている人もいるようだし、根拠が薄いにも程がある。

ただ────私はなんとなく、この3つがどこかでつながるような…そんな気がしていた。
リーマスは狼人間で、月に一回叫びの屋敷でひとりその苦痛に耐えている。そして、誰にも見つからないようそこに至るために、ホグワーツにある暴れ柳の危害を何らかの方法でかわしている。そんなシナリオが、どうしても頭の中で構築されてしまう。

それとも、私が確固たる証拠を掴みたいがために、それらを無理につなげようとしてるだけなのかな。ちょっとその辺はわからないし、こればかりは誰にも相談できないのでなんとも言えないんだけど。

「イリス、どうかした?」

考え事に耽ってしまった私に、リーマスの声がかかる。

「あー…この地図、"必要の部屋"が書かれてないなって思って。中央塔の作成は去年急いで進めたんだよね? なんで肝心のあの部屋を書かないの?」

まさかあなたのことを考えていました、なんて言えるわけがないので、私はさも「必要の部屋の記述がないか探してたの」という風を装って尋ねてみた。

「いや、それがさ、何回書いても消えちゃうんだ。見てろよ────」

ジェームズが困ったように言いながら、インクを中央塔の8階に滑らせる。
バカのバーナバスがいる辺りの対面に、"必要の部屋"と書き込み、小さな間取りの部屋の形で囲った。

すると、インクが金色に一瞬光り────そして、次の瞬間には文字も部屋の枠も、消えてしまっていた

「うわ、本当だ」
「一通りの防御魔法がかかってるよくわからない部屋でさえ、こうして存在だけは残してくれるのに、ここだけは何度やってみてもダメ。多分…創立時代からの古い、誰も知らないような魔法で守られてるんだと思う」

"不明な部屋"と書かれた部屋を指さしながら、ジェームズは悔しそうに言った。それは必要の部屋を書きこめないのが悔しいのか、それとも不明な部屋の中身を暴けないのが悔しいのか────どっちもだろうな、と予想する。

「ふうん、不思議だね、ホグワーツって」

適当に返事をして、「そういえばリリーのために夕食の席を取っておく約束してたんだった。そろそろ行くね」と立ち上がった。

「───あ、ねえ、僕らも一緒しちゃダメかな? エバンズって話してみたら意外と面白いと思うし、その…向こうがあんまり友好的じゃないだろ? この機会に親交を深めたいと思ってるんだけど」

背を向けようとした私にそう言ったのは、驚くべきことにジェームズだった。
ファンも多いけど敵も多いジェームズは、「嫌われたなら仕方ない!」と笑い飛ばすような人だったはずなんだけど…。

そういえば、リリーのことはずっと可愛いって言ってたっけ。リリーが可愛いのは事実だし、ジェームズはリリーだけじゃなく色んな女の子のことを気にしてたから私もそこまで深く考えてなかったけど…。

意外とお茶目なところとか、きっぱりしてるところとか、ふとした時の反応とか────私も、リリーはジェームズ達と似てるなあって思う時は何度かあった。
リリーにその気さえあればすぐに仲良くなれるだろうとも。

そういえばジェームズ、さっきリリーがゾンコに興味があるって言った時、すごく顔を輝かせてたっけ。去年私がどんな風にリリーに励ましてもらっていたのかを話した時も、「エバンズって結構良い子だよな」って言ってたし。
あの2人は、お互いにあまり良い第一印象を持っていなかったはず。ただ、リリーが今でもそれを引きずってるのに対して、ジェームズの方はその印象を少しずつ良い意味で裏切られてきているのようだった。

そう、だからその"リリーが引きずってること"が問題なんだよなあ…。

「うーん、多分今すぐって言ったら嫌がると思う。でも、ジェームズが仲良くしたがってたことは伝えておくね」
「うん、わかったよ。ありがと!」

ジェームズ、リリーのことが気になるのかな。
リリーもあれでいてかなり人気だからなあ。好きになっちゃったらかなり大変な道のりになるだろうけど…。

親友に友達が恋をする。これって結構面白いことになりそうじゃない?
ちょっとの間だけ、私はリーマスのことも何もかもを忘れ、ジェームズがどんなつもりで今の言葉を発したのかについて考えてしまった。



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