「ねえ、本当にクリスマスには誰も帰って来てくれないの?」
「ごめんって、ちょっと今年はやりたいことがあるんだ────」
「ジェームズ、あなたって最近本当にそればっかり。一体何をしてるの? 規則はともかく、法に触れるようなことは────」
「大丈夫、大丈夫だから」

規則はともかく、とか言う辺りがジェームズのお母さんらしい。
9月1日、キングズクロス駅で、ユーフェミアさんは最後までジェームズへクリスマス休暇に帰ってきてほしいと言っていた。彼女がジェームズの「やりたいこと」を心配する度に、彼は「大丈夫」と繰り返していたけど、私は見た────ジェームズが、ユーフェミアさんに見えないよう振り返って、シリウスにニヤリとした顔を見せたのを。

────えっ…そこでその顔って…まさか、本当に法を犯すようなことをしてるの? いや、まさか…ね。

「イリス、あなたもいつでもうちに来て良いんですからね。我が家だと思って────」
「うちにいる間、母さんはイリスのこといっちばん気に入ってたもんね」
「ありがとうございます、ユーフェミアさん。…でも、私もクリスマスにはホグワーツに残る約束をしている友人がいるので…」
「ああ、そうなのね…。1年経つのが本当に待ち遠しいわ…」
「母さんがこんな感じだから、ジェームズ、せめて手紙はたくさん書いて送ってくれ」
「オーケー、父さん。毎日でも書くよ」

ジェームズは茶化していたけど、私はこの2ヶ月、2人には本当の娘のように大事にしてもらっていた恩を強く感じていた。なんていうか、よくわからないんだけど、理想の家族を体験させてもらったような気持ち。

「フリーモントさん、ユーフェミアさん、本当にありがとうございました」

2人と固く握手を交わしてから、別れの挨拶を済ませる。
その時、「リーマス!」とシリウスが大きな声で吠えた。シリウスの視線を追うと、遠くの方に同じように両親と挨拶をしていたのだろう、頭を撫でられハグをされていたリーマスが、こちらに気づいて駆け寄ってきた。

「やあ、2週間ぶり」

顔色は別れた時より随分良くなっているみたいだった。そのことにホッとしながら、私も「久しぶり」と声をかける。
5人で汽車に乗り、去年と同じように私だけ中で離脱。4人は早速空いているコンパーメントを独占していた。

今年は早めに乗車したお陰で、比較的空いている車両が多かった。まだ誰もいないコンパーメントに入り、リリーが来るのをひとり待つ私。
夏休み、魔法使いと────そして友人と一緒に過ごしていたお陰で、去年ほどホグワーツを恋しく思うあの苦しさを感じずに済んだ。なんだか、まだ去年度末にここに戻ってきたのがついこの間のことのように思える。ちゃんと時間が地続きに流れている感覚、といえば良いのだろうか。もしあの2ヶ月を自宅で過ごしていたら、私はせっかく見つけた"私"をまた失うことになっていたかもしれない、と今更ながらぶるりと震える。

「イリス!」

ユーフェミアさんにいただいていたお菓子を広げたところで、リリーが嬉しそうな顔をしてコンパーメントに入って来た。

「リリー、久しぶり!」
「ええ、あれから変わってない?」
「うん、ずっと元気だったよ」
「良かった」

リリーは私の真正面に座ると、「これ、アイルランドのお土産」と言って1枚のコインを渡してくれた。

「ありがとう…これ、何?」
「レプラコーンモチーフの金貨よ。レプラコーンは知ってる?」
「一応、知識としては。見つけたらお金持ちになれるっていう妖精だよね?」
「そう。マグルの間でも一応ただのよくある空想として名前が通ってるけど、あのね、レプラコーンって実在してたの。"こっちの"レプラコーンは本当に金貨をバラまいてたわ。まあ、その金貨は偽物で、時間が経つと消えちゃうんだけど…だからこれは、金運が上がるお守りみたいなもの」

その模造金貨には、三つ葉のクローバーが彫られていた。クローバーの中心には、あまり可愛くない小人のおじさんのイラストが描かれている。あごひげを生やして、あぐらをかいてこちらを睨みつけていた。

「デザインは可愛くないんだけど…」
「ううん、すっごいユニークだよ。ありがとう、リリー。…それじゃ、旅行には行けたんだね」
「ええ。とっても楽しかったわ! ダブリンにいたんだけど、あそこって本当にすごいの。先史時代の歴史がまだ残ってて────」

リリーの話はとても面白かった。プトレマイオスの足跡やヴァイキングが入植してきた歴史を学んだこと、豊かな緑地が広がる公園を散歩したこと、図書館や劇場などの文化施設にも足を運んだこと────ただでさえ楽しそうなネタであることに加えて、リリーはとても話し上手なので────車内販売のおばさんが訪ねてきた時にはビックリして飛び上がってしまうほど、私は彼女の話にのめりこんでいた。

「────それで、ポッターの家はどうだった?」

まさかこっち側の話を聞きたがるとは思っていなかったので、リリーの旅行記がひと段落したところでそんなことを尋ねられた私は、少しその質問を処理するのに時間をかけてしまった。リリーは笑っている。ジェームズがどうだった、というより、純粋に私がこの夏をどう過ごしていたのか気にしてくれているみたいだ。
まあ…スリザリンさえ絡まなければ彼らはとても"良いやつら"なので、リリーも穏やかに聞けると思ったんだろう。

「楽しかったよ。ユーフェミアさん…ジェームズのお母さんがね、すごく料理上手で。このタルトは良かったらおやつに食べてって持たせてもらったの。リリーもどう?」
「わあ、ありがとう。恥ずかしくて言えなかったんだけど、ずっとそれ、おいしそうだなって思ってたの」

リリーは嬉しそうにマスカットの乗ったタルトを口にすると、一瞬で目を輝かせた。

「おいしい!」
「でしょ!」

それから、今度は私が夏休みの話を聞かせた。最初のうちはもっぱらクィディッチをして遊んでいたこと、8月に入ってからは家を出てあちこち回ってみたこと、途中でリーマスが帰ってしまった後は、つきっきりでピーターの宿題を見ていたこと────。

「まったく、あなたって本当にお人好しなんだから」

自分のレポートを3人に公開したことを話すと、リリーが呆れたような溜息をついた。

「ピーターのあの泣きそうな顔を見て断れる人なんてそうそういないよ…」
「ルーピンとは今日、会えた? 私もあの人が度々体調悪そうにしているの、ちょっと気になってたの」
「うん。今日は元気そうだった」
「それなら良かった」

再び会話が落ち着いたところで、お手洗いに行こうと私は席を立った。リリーに一言告げてからコンパーメントの扉を開けると────。

「あっ…」

偶然、目の前を通りがかっていたスネイプと、目が合ってしまった。

「久し、ぶり」

返事があるなんて最初から思っていなかったけど、一応こっちの対スネイプスタンスとしては、"攻撃されない限り他の人と同じように接する"と決めていたので、何も気にしていない風を装って声をかけてみる。

スネイプはやっぱり無言だった。前を歩く何人かのスリザリン生と一緒に行動していたのも悪かったのかもしれない。チラリと中にいるリリーを見やって、そのまままっすぐ私が行こうとしていた方向と反対に歩き去っていく。

「セブルス、知り合いか?」
「いや、全く」
「俺、あいつ知ってるぞ。3年のリヴィアだろ、"優等生"の」
「ああ、"穢れた血"の────」

仲間っぽいスリザリン生の、嘲笑うような会話が聞こえた。

穢れた血

実際に面と向かって言われたことはなかったけど、私はその言葉が"マグル生まれ"に対する最大の侮蔑表現であることを本で読んでいた。私の育ちにそんなワードが出てきた試しがなかったので、言われたところであんまり侮辱されたっていう実感はないんだけど────まあ、マグルでいう"×××"とか"××××"とか(あまりにも酷いので心の中で唱えることにさえ抵抗感があった)、そういう言葉にあたるんだろう。

うん、あんまり気分は良くない。まさに"人間扱いされていない"って感じ。
ひとまず今の会話がリリーに聞こえていたら嫌だなと思って振り返ると────リリーは、会話どころかスネイプの存在すら気づかなかったかのように、窓の外を見ていた。

「リリー…」
「…セブとね、言い争いになったの」

またか、と思ってしまったけど、さすがにそこまでは口にしなかった。
2年前、入学前にもリリーはスネイプと揉めたと言ってひとりで泣きながら汽車に乗っていたんだっけ。結局あの場でシリウスとジェームズという"共通の敵"が出来てしまったこで、良いのか悪いのか2人の仲は戻ったと思ってたんだけど…。

「今一緒にいた人達、見た?」
「ああ、うん。なんか体の大きい…上級生かな」
「そう。エイブリーとマルシベールって言うらしいの。…あと、監督生だから今は別のコンパートメントにいるんでしょうけど、そこにマルフォイも含めて、セブは去年からあの上級生達とすごく親しくしてるのよ」

その時のリリーの顔を百味ビーンズに喩えるなら、鼻くそ味を食べたってところだろうか。マルフォイが去年私に見せたゲロ味の顔よりはまだマシだけど、それでもすごく嫌そうな顔をしてる。

私がシリウス達とつるんでるのは快く許してくれるのに(それでも数ヶ月かかったけど)、スネイプが自分の寮の上級生と一緒にいるのは嫌なのか。…やっぱりそれは、彼らが"穢れた血"という言葉を大声で楽しそうに使っていることに、少なからず彼女自身も傷ついてるからなのかもしれない。

「スネイプのこと、嫌いになった?」
「ううん…誰とつるんでるか、っていうだけで判断してセブのことを嫌いたくはないの。でも、あんな風に人を侮辱する言葉を平気で使って、邪悪な呪いを誰かれ構わず使うような人達は嫌い」

リリーの複雑な心を思うと、つい尿意を忘れて胃がきゅっと縮まるような気がした。
入学前から仲良くしてた友達が、自分の"ライン"を越えた向こう側へ行ってしまおうとしている────きっとリリーは、スネイプを何度も止めたんだろう。闇の魔術を知っていることも使えることも否定しないけど、どうかそれを罪のない人に放つことだけはしないでと。

でも、その答えがあれだ。スネイプは結局リリーが嫌った人達と一緒にいるし、その人達の言動を容認している。リリーに執着して、リリーを自分の手元に置いておきたがっているくせに、そのリリーが引き止めようとしてくる時には決して応じない。
一体、何がしたいんだろうか、あの人は。

「…言い争いになったって、そのことで?」
「そう。セブは"あの人達は悪い人じゃない、それに僕を非難する前にポッターやブラックがもっと酷いことをしているだろう"って言うの…」
「…そうかな?」

私はそうは思わない。シリウスもジェームズもお騒がせな人だし、スリザリンへの偏見はたまに行き過ぎだって思うこともあるけど、それでも生まれだけで人を差別するような人じゃない。遊び感覚で、呪いをかけたりはしない。

「私は決してポッター達が善良だとは言わないわ。でも、私…あの2人が今のスリザリン生と同じだとは、とても思えないの」
「少なくともシリウス達は、あそこまでバカじゃないよ」
「…ふふっ」

この場にいる人の半分以上が、祖先のどこかからマグルの血をもらっている。そんな場でわざわざ"穢れた血"なんて言葉をチョイスして高らかに笑っているようでは、彼らは学校の人気者になったりはしていなかったと思う。

そう思ったから素直にそう言っただけなんだけど、なぜか泣きそうだったリリーに笑われてしまった。

「…何か変なこと言った?」
「いいえ、あなたの言う通りよ。ただ、あなたの口から"バカ"なんてわかりやすい言葉が出るなんて思ってなかったから…」

「うるさいだって」
「まさかイリスの口からそんな下品な言葉が出るとは思わなかったな」
「掘れば掘るほど出てくるよな、イリスって」


…ついこの間、似たようなことを言われたことを思い出した。
私、そんなに変わったのかな。自分じゃあんまり実感がないんだけど。

意外とあの人達とリリーにも似ているところがあると思う(私との接し方とか、ふとした表情とか)…けど、それを言ったらせっかく笑ってくれたリリーの顔がまた曇ってしまいそうだったので、私はそれ以上何かを言うのはやめて、戻って来た尿意を引き連れてお手洗いに行くことにした。

コンパートメントに戻って、今日の新入生歓迎会で出るメニューを予想し合っているうちに、終着点が見えてきた。

────今年も無事、"帰って来られた"。

楽しいお勉強の時間が始まる予兆に、早くも私の心は躍っていた。



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