クリスマス休暇明けの半年は矢のように過ぎていった。こちらにきてから4ヶ月程度しか経っていなかったあの当時は、まだ1年の3分の1しかこなしていなかったはずなのに。

────気づけば、もう学期末試験を迎えようとしていた。

もちろん、この日々を惰性で過ごしてきたわけじゃない。
ただ、最初の3ヶ月で慣れた授業のルーチンが繰り返され、リリーとは相変わらず仲良くし、シリウスとは冷戦状態が続いている。わたしにとって、あのクリスマスの出来事があまりに衝撃的すぎて────"いつも通り"に過ぎていく日常は、ちょっとだけ呆気なかった。

シリウスとは、できることなら仲直りしたいと思ってる。でも少しでも近づくとものすごく嫌そうな顔をされるので、そこから話しかける勇気は出せなかった。

わたしは、弱虫なままだった。

「エクスペリアームス!」

今日の夜わたしは、リリーに付き合ってもらって昼間にリーマスから教わった武装解除呪文の練習をしていた。授業中、先生に言われた通り唱えているはずなのに、わたしは毎回吹っ飛ばした杖を自分の手元ではなく、明後日の方向にやってしまっていたのだ。授業中に相手になってくれていたリーマスは、毎回わたしの杖を武装解除すると、なんなく片手でそれをキャッチしていた。
先生は「吹き飛ばせるだけでも十分です、杖を思い通りのところへ飛ばせるのはかなりレベルの高い証拠ですよ」と言っていた…ので、一応授業が求めている最低水準はクリアしているんだけど…。当然、クラスで一番を目指さなければならないわたしは、リーマスと同じところまではできるようにならなければならない。

「うーん、何も間違ってないと思うんだけど…」

何度目かにリーマスの杖を教室の外へ吹き飛ばしそうになりながら、あわてて回収して謝りながら返したところで、リーマスがううむとうなっていた。

「イリス、もしかしてだけど、"呪い"ってすごく悪い言葉だ…とか思ってない?」

思ってます。

「確かに人に攻撃することってあんまりあってはいけないことなんだけど…僕らが勉強してるのは、あくまでその攻撃を防ぐ"お守り"の魔法なんだ。そう思ってやってみたらどうだろう?」

なるほど、呪いではなくお守りか。
人に杖を向けること自体まだちょっとためらってしまうわたしにとって、リーマスの言葉はそれこそお守りのようにわたしのふところにスッと入った。
ただ、そう言われたからってすぐに改善する…というわけではないので、こうして夜になってからリリーと自主練習をしていたのだ。

「でもイリス、クラスの半分は魔法を唱えても相手の手元で杖をピクピクさせることしかできてない中で、ちゃんと武装解除できてるだけでも十分すごいと思うわ」

リリーはそう言って励ましてくれた。うん…まあね…その武装解除が特大ホームランになってるとはいっても、確かに相手の手から杖を手放させてるんだから、目的から大きくズレてるわけではないんだけどね。

あいまいに笑いながら呪文を唱えること10回目、ついにわたしはリリーの杖を武装解除した上でそれを手元に回収することができた。

「わっ! やったわ!」

杖を取り上げられたとは思えないリリーの反応。「ありがとう」と心をこめて言って、リリーに杖を返す。
ただでさえ宿題やらテスト対策やらで忙しいのに、こうしてわたしのくだらない"優等生"というレッテルを守るために付き合ってくれるリリーは、本当に親切な人だ。

「ごめんね、遅くまで付き合わせて」
「良いのよ。わたしもとっても良い練習になったわ。手首をひねりすぎるクセ、指摘してくれてありがとう」

リリーも最初はわたしの杖をあちこち変な方向へ飛ばしていたけど、わたしがリリーの杖を返した後に「最後の一回」と言ってかけてきた魔法は、見事にわたしから杖を奪いリリーの手の中へとおさまった。彼女は本当に、何においても天才的だ。

「それにしても、ルーピンって本当に上手なのね。今日の実技練習、わたしついみとれちゃった」
「うん、それにあの辺の魔法はシリウスやジェームズもうまいよね」
「まあ…ええ、そうね。あの2人についてはどこそこ構わず悪用しないことを祈るばかりだわ」

そう、わたしもリリーも認める通り、シリウスとジェームズは何をやらせても相変わらずトップクラスにうまかった。ルーピンやリリーやわたしは、全体的に良い成績を取りつつもそれぞれに得意不得意がある。でもあの2人は、"不得意"なんて言葉を知らないとでもいうようにどんな難題でも軽々とこなしていた。それこそ、練習している姿なんて見たことがないのに。

あの3人と、そこにピーターを含めた4人組は、早くも学校中の注目の的になっていた。"グリフィンドールの新たなカリスマ"と、同学年だけでなく一部の上級生からもささやかれていたのだ。当然ジェームズはそれを聞くたびに胸を張って堂々と歩いてたし、シリウスもまんざらでもなさそうな顔で横を歩いていた。リーマスは少しだけ恥ずかしそうにしつつ2人の後ろをそっとついて行き、そこから10メートルくらい遅れたところでピーターが走りながら追っている。…4人組の図は、いつもこんな感じ。

3人がとても成績優秀なことは誰もがわかっていた。
だから、みんなが"カリスマ"と4人一緒にまとめて呼びながらも、どうしてもはみ出てしまう"1人"がいることに、わたしたちは目を向けざるをえなくなる。

「────わたし、たまにペティグリューがどうしてあの3人とつるんでるのかよくわからなくなるのよね。もちろん彼もとても熱心に勉強してるのはわかるんだけど…」

ピーターは、リリーの言う通りあまり"優秀な魔法使い"ではなかった。授業中も失敗続きで、忘れ物も多い。話し方もちょっとオドオドとした感じで、動きもなんだかぎこちない。確かにあの4人組の中で見ると、少しだけ浮いているように見える。

でもピーターが彼らといるのは、きっと彼らが"成績優秀なグループ"であり、そして"みんなから崇められるカリスマ"でもあることにおいて、決して"自分も彼らと同じ人種だ"と思ってるからっていうわけじゃないんだと思う。
ピーターはもっと、"人としての本質"を見て、彼らに惹かれてるんだ。

「────たぶん、ピーターも楽しいんじゃないかな」

あの3人(というか主に2人)の考える"冒険"が。

グリフィンドールは勇敢な生徒が集まる寮。でもだからって、みんながみんなあっと驚くような非日常を望んでるわけじゃない。誰もが主人公になりたがってるわけじゃない。確かに熱意のある人は多いように思えるけど、なんでもかんでも目立って中心にいたい、と思っているようには見えなかった。

その点、シリウスとジェームズはまるで"グリフィンドール"というイメージを体現したような人だった。悪く言えば傲慢で無鉄砲。でも、何もないところから最高に面白いことを見つけ出す天才で、それに伴う実力も十分持ってる。リーマスはあの2人の監督者って感じ。進んで規則を破るタイプじゃないけど、うまいぐあいにあの双子のブレーキになって"野蛮なこと"を"面白いこと"に仕上げてる。

ピーターの場合は、それを一番近いところで見ていたいんだろう、と思う。

実際、わたしも先月くらいまではリリーと同じように「ピーターはどうしてあの3人といつも一緒にいたがるんだろう?」って思ってた。

その疑問に答えが出たのは、ある日の天文学のあと。
天文学は夜に授業が行われる。その日はたまたまリーマスが体調不良で授業を休んでて、シリウスとジェームズは授業が終わるなりまたもやどこかへ消えていった後だった。
リリーが先生に質問しに行くと言っていたので、わたしは授業の備品を片付けながら待っていることにした。そこでその作業を手伝ってくれたのが、ピーターだった。

「手伝ってくれてありがとう」
「ううん、良いんだ。…今日はあの3人もいないし、夜の校舎を1人で歩くの…その、ちょっと怖くて…あの、だから」
「リリーのが終わったら一緒に戻ろうか」
「うん、ありがとう」

ピーターはホッとしたような顔で笑った。どことなく、その顔が小さくてかわいいハムスターみたいに見えて、わたしもつられて笑顔になる。癒し系だな、ピーター。

「ピーターはどうしてあの3人といつも一緒なの? リーマスはともかく、シリウスやジェームズって結構過激じゃない?」

わたしはピーターの警戒ぶりに、自分と似たものを感じていた。
わかる、わかる。周りが自分のことどう思ってるか気になっちゃって、なかなかうまく言葉を出せない気持ち。
わたしだったら、(シリウスとケンカする前までは)あの3人と"たまに"遊ぶのは好きだったけど、"いつも"行動を共にしようとは────物理的に無理だって思うだろうな。

でも、ピーターはそれを訊かれた瞬間ぱあっと顔を輝かせた。

「それが楽しいんだ! あの3人、とってもクールなんだよ! いつもみんなの真ん中にいて、注目されてて、かっこいい! あの3人といると────なんだか自分まで強くなれたような気がするんだ! も…もちろん、僕はドジだし頭も運動神経も悪いから、全然そんなことはないんだけど…」

なるほど、自分も強くなれる気がする、か。
その感覚はわたしにはわからないけど、ピーターはとにかくそれが楽しいんだそうだ。そしてあとの3人の普段の接し方を見るに、彼らの方もそういう風に扱われることを少なくとも嫌ってはいないみたいだった(だってシリウスがピーターを「弱虫」って言ってる…ことはあるけど…私に対してキレた時のようなああいう姿を見たことないもん)。

そうか。ピーターはピーターで、ちゃんと"自分の意思"を持ってあの3人と一緒にいるのか。

「そんな風に自分のこと悪く言わないで。ピーターはあの3人と"冒険"するのが大好きなんだね」
「そ、そうなんだ! あの3人といると毎日が冒険みたいで……」
「じゃ、その時点でもう優秀で立派なグリフィンドール生じゃない」
「わっ…そんなこと、言ってもらえるなんて…。あ、ありがとう、イリス!」

顔をぽっと赤くして、ピーターは喜んでくれた。
同じことをシリウスに言ったらきっと、「今日はまた一段と皮肉がきいてるな」って言われそう。だってわたし、本当は寮生の資質がどうとかあんまり重要視してないし。そもそもこのわたしがグリフィンドールに属された時点で、組み分けの正当性が一気に疑わしくなるというものなのだ。そのことを、シリウスとケンカしたあの日、わたしは嫌になるほど思い知った。
わたしはきっと、本当はどの寮にも向いてない。そして逆にどの寮にいるからって、本人の性格なんて計りきれない。要はそういうことでしょ…と自分をなぐさめることしか、あの時のわたしにはできなかった。

でも、そこまで見抜いて嫌味を言ってくる人は、今いない。
素直で優しいんだろうな、この子は。

────そんなことがあったので、わたしは目の前のリリーに意識を戻し、先月ピーターが話してくれた言葉を聞かせた。

「冒険、ねえ」

リリーはずいぶんと嫌そうだった。これは何もリリーが彼らを嫌ってるから、というだけでなく、彼らの"冒険"がたびたびホグワーツの規則に触れ、何度も減点されているからという理由も含まれているんだと思う。

「まあ、寮対抗戦の得点はクィディッチでかなり点差をつけてるし、わたし自身に被害が及ばない以上は何も言わないわ」
「リーマスもこの間同じこと言ってた」

シリウスやジェームズほどに嫌ってはいないリーマスの名前には、リリーも穏やかな微笑みで返してくれた。

「ルーピンも大変なのね」



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