その日から、シリウスとジェームズはわたしに話しかけてこなくなった。
もっともジェームズの方は、無視をしているというわけじゃない。あいさつはしてくれるし、厨房でもらったとか言うお菓子を(目の前を通りがかった時だけ)渡してくれたりもする。

でも、シリウスには完全に無視されていた。こちらはあいさつもなし。おすそわけもなし。
こちらもあんな大ゲンカをしてしまった以上、とても平常心で話せるなんて思っていなかったので、わざわざ近寄ろうとはしなかった。

幸いなことに2人ともしょっちゅう寮を空けていたので、わたしは日中のほとんどを談話室で過ごしていた。ふかふかの椅子に座って、本を読むだけ。課題は3日ですべて終わらせたので、あとはじっくり趣味に没頭できる。

────シリウスとのケンカは、何日経ってもわたしの心に大きなダメージを残した。
ただ単に友達とケンカしたってだけじゃない。
あれは────あの日は、初めてわたしが"思っていても隠していたこと"をぶちまけた日だった。
お互いの育ちがよく似た境遇だった、ということもアダになったんだろう。今となってはどうしてあれくらいの挑発でキレちゃったのか、自分でもわからない。でもあの時はとにかくもうガマンができなくて、思っていることを全部そのまま、言葉も選ばず、攻撃的とわかっていつつ、吐いてしまった。

その上で、改めてシリウスの言葉を思う。
キラキラした魔法に惹かれただけで「家族じゃない」と言われる気持ち。
どんな気持ちなんだろう、と思いながら軽く杖を振る。窓が開き、外を舞う雪が中に入って来た。でも、その雪は冷たくない。きれいな結晶のかたちがよく見えるように、魔法で雪の粒を大きくする。そんなわたしのかたわらにあるのは、パトリシアから贈ってもらった砂時計。今は"3時間"で設定してるので、砂粒の量も多く、落ち方も遅い。

────世の中にはこんなにキラキラきれいなものがあふれてて、とても魅力的なのに────それに興味を持つことすら許されないなんて。
わたしがテストで満点を取ることなら、努力でなんとかできた。でも、きれいなものをきれいと思っちゃいけないなんて…そんなの、努力でどうこうできるとは思えない。

シリウスの実家がどんな空気なのかは想像しかできない。でもきっと、わたしがその家で生まれていたら、わたしは逆らうことなんて考えもせずにスリザリンへ行けるよう帽子にお願いしていたんだろう。

わかってる。シリウスのことを単純だ、とか言ってしまったけど、彼は紛れもなくグリフィンドールの素質を────誰よりも誇り高い勇敢さを持っている人だ。生まれは似てるのに、考え方は真逆なんだ。
そんな彼がわたしに腹を立てるのはもっともだと思う。わたしですら"自分"のないわたしにたまに腹が立つっていうのに…。しかも誰も知らなかったはずの、"わたしがあえて自分を殺してる"ことをシリウスだけは見抜いていたなんて…そりゃあ、何倍にも腹が立っただろうな。

休暇中、本を読みながらもわたしはずっとシリウスのことばかり考えていた。でも仲直りをする気にもどうにもなれないまま、モヤモヤとひとりきりで過ごしていた。

だから年が明けて、リリーと他の寮生が戻ってきてくれた時────わたしは心の底からほっとした。

「イリス、久しぶり! チョコレートをありがとう、ふふ…わたしたち、同じものを贈り合ってたのね。それで、ホリデーはどうだった?」
「あー…うん…」

何も言えずモジモジしているわたしを見て、リリーは小さくためいきをついた。

「ブラックとは仲直りできてないのね…」

仲直りできてないどころか更に大ゲンカしました。

「ポッターは大丈夫だった? 嫌なこと、言われてない?」
「あ、うん。シリウス、ジェームズには何も言わなかったみたいで…」
「へえ、意外ね」
「リリーはどうだった? お姉さんと…」
「ああ…そうね…わたしも、あんまりうまくいったとは言えなくて…」

リリーの花のようなかわいい顔が、急に萎れてしまった。
お互い、あまり良いホリデーじゃなかったみたいだ。

「だから正直、ここに戻ってこれてすごくホッとした。やっぱりイリスと一緒にいるのが一番楽しいわ」
「わたしもそう思ってたとこ」

そうして2人、顔を見合わせて笑う。

「ねえ、イリス。わたしはブラックのこと嫌いだけど、でも…あなたとブラックが仲直りできるように心から願ってるわ。だから何かもし力になれることがあったら言ってね。…あー、でも、ポッターと組んで何かしてくれって言われたらうまくできる自信はないけど…」

最後に冗談めかして言うリリー。正直でありながら「絶対わたしの味方だよ」って言ってくれるその優しさに、わたしはホッとすると同時に────リリーのすごさを改めて実感した。
リリーはいつもわたしに「優しい」って言ってくれるけど、それはあいまいで"誰の味方もしない"わたしの中立的な立場を無理に良く言ってくれてるだけ。わたしにはこんな風に、"自分の意見をしっかり言いながら友達を守る"ことは言えない。

わたしの弱さを優しさだと言ってくれるリリーに、いつも救われてた。
でも────シリウスとのケンカがあった後だと、そんな救いですら…わたしの"優しさ"ですらやっぱりただの"弱さ"でしかないんだって────思い知らされる。

「シリウスとケンカしたんだって?」

そして、この話は当然"向こう側"にも伝わっていた。ホリデー明け、最初の呪文学でペアを組みながら練習していると、リーマスが柔らかい口調で話しかけてくる。せっかく家でゆっくりしてきたはずなのに、彼の顔はひどくやつれていた。リーマスはたまに、こんな風に病気なんじゃないかって心配してしまいそうになる姿を見せるけど、何か持病でもあるんだろうか。…とは、失礼になりそうなのでなかなか訊けなかった。

「あ、ごめん…まだ喋りながらだとうまく唱えられなくて」

リーマスが杖を向けたハンカチは、ビリビリに破れてしまった。今日出されている課題は"広げられたハンカチをたたむ"というもの。わたしは苦笑いしながら、「レパロ」と唱えて破れたハンカチを元に戻す。
「ありがとう」とリーマスも笑ってお礼を言ってくれたけど、その顔はやはりどこかぼんやりとしているようだった。シリウスとのケンカの話は、ただでさえ日頃からシリウスとジェームズのいたずらにわずらわされているリーマスには、余計に頭の痛いものだったんだろう。

「あー…そう。ホリデー前にもちょっともめたって話、知ってる?」
「うん、聞いたよ。といってもシリウスは"ちょっと意見が対立した"としか言わなかったけど…クリスマスの日に同じ話で大ゲンカしたって」

シリウスはどうやら、わたしがリリーに話したことと同じことを彼らに伝えていたらしい。つまり、ほとんど何も言っていないってこと。
示し合わせたわけじゃないのに、同じ濁し方をしていたことはわたしにとって思いがけないラッキーだった。

「ジェームズには話してない」と言っていたシリウスの言葉は本当だったようだ。てっきり"友情"を優先すると思っていた以前の自分を少しだけ恥ずかしく思う。彼はちゃんと、"人としての尊厳"を優先してくれた。

「その呪文、杖を左側にふる時にちょっと上にはねさせる動きを入れると結構うまくいきやすいよ」

わたしの言った通りに杖をはね上げて、リーマスが呪文を唱える。ハンカチはモゾモゾと動き、端をはみ出させながらもなんとか四つ折りにたたまれた。

「ありがとう、イリス」
「いいえ。…そうなんだよね。シリウスとその…まあ、結構大声で言い合っちゃって」
「イリスが?」
「うん、わたしあんなに声を大きくしたの初めてだった」

リーマスは疲れたような顔をしながらも、「きみも大声を張ることがあるんだな」と楽しそうに笑っていた。

「…リーマス、気にしてないの?」

もちろん嫌そうな顔をされるよりは笑ってくれる方が良いけど、シリウスと仲の良いリーマスがわたしにあまり良い感情を向けてくれるとは思えない。今までみたいに呪文学や防衛術を教え合うような────今まで通りの仲の良さを続けてしまって、彼らの友情にさしつかえはないだろうか。

「僕が? 気にしないよ」

リーマスの答えは簡単だった。わたしの顔を見て、相当ビックリしたことがわかったらしい。更に笑みを深めて、もう一度ハンカチをたたむ練習をする。

「シリウスとジェームズだって、あれでいて入学した頃はしょっちゅうケンカしてたんだ。きみが大きい声を出したのは確かに意外だったけど…シリウスは、そもそも"よっぽど嫌いなやつ"と"仲良くしたいやつ"以外とはわざわざ大声でもめるような真似をしないんだ。面倒くさがりだからね」
「…じゃあわたし、きっとよっぽど嫌われてるんだ…」

ズンと沈むわたしの胃。そりゃ、好かれてないだろうとは思ってたけど…。
すると、リーマスがまた笑ってわたしの胃を引っ張り上げる。

「たぶん、逆だと思うよ」
「逆?」
「うん。シリウスはイリスのこと、嫌ってなんかいない。あいつは嫌いなやつのことは嫌いだってハッキリ言うけど…イリスのことが嫌いっていうのは一度も言ったことがない。僕が保証する。ただ…そうだね、詳しいことは何も知らないけど、ケンカしたって聞いた時、シリウスは…その、ちょっと挑戦的な感じで…ずっときみのことを気にかけてたんだ。『僕たちと一緒にいて本当に楽しいのかな』とか、『もっとガツンと言えば良いのに』とかね。僕は"きみがそうしたいと思ってる"んならそれで良いんじゃないか、って思ってたんだけど、シリウスはきっと────きみともっと、心から話し合える友達になりたかったんだよ。反発したいんじゃなくて、理解しあいたいって」

すぐに「もちろん、僕がきみの言動を認めてるからって友達になりたくないと思ってるわけじゃないよ」と言い添えて、リーマスはまたハンカチをたたんだ。

「シリウスが、わたしと友達に…?」
「うん。理由を訊いたら『僕とあいつは似てるから』だって。あんまり僕はそう思わないんだけど、本人としてはどう思う?」

間違いない。シリウスは、わたしたちの育ちのことを指して似てると言ったんだ。
だからこそわたしの弱腰な姿勢にイライラしてあんなケンカになったわけなんだけど…その本心に、"本音をぶつけ合いたい"というポジティブな理由があったなんて、思いもしなかった。
もっとも、リーマスがあんまりわたしを落ち込ませないようにわざとそういうことを言ってくれてるだけなのかもしれないけど。本当のところは、それこそシリウスしか知らない。

「…どうかな。わたしもあんまり…」

ただ、わたしは彼と自分が似てるとは思えない。育ちは同じでも、そこから芽生えた感情は全く逆だった。
だからわたしたちはぶつかったんだもの。似てるわけがない。

「まあ、ちょっと時間が経って頭が冷えれば、シリウスももう少し態度を和らげると思うよ。だからきみさえ良ければ、変わらず僕らと友人のままでいてくれたら嬉しい」

リーマスは大人だ。リリーとはちょっとまた別の考え方をしてるけど、"シリウスとわたしの問題はわたしたちだけの問題"であり、"リーマスには何の関係もない"ことを言葉にして伝えてくれた。わたしとリーマスの間には、わたしとリリーほどの友情はまだないから────却って、"シリウスを思いやったからこそ出た言葉"はわたしの心を安心させてくれた。

「うん、こちらこそ」

なんだか、わたしだけ子どもっぽいな。
ちょっと情けなく思いながら杖を振る。ハンカチはフリットウィック先生がデモで見せてくれたものとほとんど同じ、端のそろった綺麗な四つ折り状態になった。アイロンをかけられたみたいに、折り目もきれいにできた。

「素晴らしい、ミス・リヴィア!」

いつものように先生がそう褒めてくれて、グリフィンドール生がキラキラとした眼差しでわたしのハンカチを見ている。その中にシリウスの視線もあったけど、彼はわたしと目が合うなりふんと鼻を鳴らして(遠いから何も聞こえなかったけど、あれは確実に盛大にフンッ!と言っていた)そっぽを向いた。

────前言撤回。子どもっぽいのは、もしかしたらわたしだけじゃなかったかもしれない。



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