翌日の晩、ホグワーツに行く前日のこと。
私は夕飯を食べ終え、シャワーを浴び、シリウス達と少しトランプをして遊んだ後、客間でひとりリリーが戻ってくるのを待っていた。

リリーは今、ユーフェミアさんに呼ばれてひとりで居間に行っている。きっとジェームズの話だろうと見当をつけて、またリリーが混乱するようなことにならなきゃ良いけど、とベッドでシリウスから去年もらったクリスマスプレゼントの本を開く。
適当に開いたページには、今の季節────夏の夜空に見える星が広がっていた。2年前の夏、天上と眼下の星々に挟まれながらシリウスとバイクに乗って夜空を駆けたことを思い出す。あのバイクは今も元気に、ポッター家の庭で出陣の時を待っている。なんと彼は今年、バイクでここまでやってきたのだそうだ。

"何も見ていない"マグルと、魔法警察の目をうまく掻い潜りながらここまでの道のりを飛んできたシリウスのことを考えて、私はひっそりと笑ってしまった。何もこんな暑い日の続く昼間に、自分から太陽に近づかなくても。

飽きずに星の本を眺めていると、ようやく部屋がガチャリと静かに音を潜めて開く音が聞こえた。私がもう寝ていると思ったのだろうか、リリーが足音も忍ばせ、電気もつけずにこちらに近づいてくる気配がわかる。

「お話は終わった?」
「わっ! …あ、起きてたの? 今さっき終わったところよ」

リリーの素直な反応に私はまたも笑って、ベッド脇の電気をつけた。オレンジ色の光の中、リリーは少し疲れた様子で私の傍に立っている。頬に見えるのは涙の跡────だろうか?

「どんな話をしたの?」
「ジェームズの話を聞かせてくれたわ。小さい時のこととか、ホグワーツでは散々迷惑をかけたでしょうとか────それから、今後のこととか」
「今後のこと?」
「お母さん、かなりジェームズのことを心配してたわ。彼だけじゃなくて…去年初めて会ったばかりの私のことまで、まるで本当の娘のように思ってくれてるって言ってくれたの」

きっとその話をしていた時、ユーフェミアさんは泣いていたんだろう。湿っぽい空気にならないよう頑張ってくれているのはわかっているが、それがわかってしまうからこそ、私はその空元気が辛かった。魔法使い同士で戦ったことがないユーフェミアさんにとって、私達がこれから行こうとしている場所は、きっと私達の想像より、そしてもしかすると現実のそれよりずっとずっと苦しいところに見えているのかもしれない。

「それでもジェームズの手を取ってくれてありがとう、って言ってたわ。もちろん、プロポーズされてることとかは言ってないわよ。だからお母さんもそういう意味で言ってるわけじゃないと思うんだけど────あの子のことをどうかよろしくね、って。泣かれちゃって…気づいたら、私ももらい泣きしちゃった」

照れくさそうに頬に手を当てるリリー。私もユーフェミアさんがどういうつもりで、どこまでの未来を見据えてリリーに息子を託したのかはわからない。でも、この場でジェームズを預けるのなら、きっとリリーが一番相応しいと一目で見抜いたことは間違いないだろう。シリウスという親友だっているけど、彼はほら────ねえ、2人一緒にいると、つい無茶をしがちだから。

「リリー、あんまり気負いすぎないでね」
「大丈夫、だと…思う。でもちょっと、私…ほら、皆に比べたら"敵"と相対するようになったのも最近だから、もしかしたらまだ危機感が足りてないのかもって思っちゃうの」

そんなことはないと思うんだけど。5年生の時にスネイプと縁を切り、6年生の時に杖を交えた時に、リリーは二度も、大半の魔法使いなら経験しなくて良いはずの覚悟を決めてしまった。どれだけ長い時間闇の魔法使いと戦っていたかなんて関係ない。彼女の危機感と覚悟は本物であり、だからこそダンブルドア先生も彼女の入団を許可したんだろうから。

「それに、ユーフェミアさん…"私達なら自分の身を自分で守るくらいはできるから、あなたもあなたの家族を大切にしてね"って私に言ってきたの。でも私、家族に何も言わないで出てきちゃった。ねえイリス、死喰い人ってやっぱり、こっち側の家族を重点的に狙ってくるのかしら?」

端的に言えば、「そう思う」という答えが本心だった。
でも、家族に何も言わずに出てきたというリリーの────家族とこれからも変わらない交流を続けたいと願っているリリーの前で、そんな残酷なことを言って良いのかどうか、躊躇う。

「────どうだろう、わからない。私はもう家族とは半分縁が切れてたし、守り切れる自信もないから私に関する全ての記憶を抹消してきたけど…」

言葉は選んだつもりだったが、リリーは「そんな!」と悲痛な声を上げた。

「あなた…そんなことをしたの!? お父様とお母様を守るために、自分の存在を消すなんて、そんな────ああ、やっぱり私────」
「待って、待って、リリー。そういう意味じゃない」

また泣きそうになってしまったリリーの前で慌てて手を振り、落ち着かせる。

「言ったでしょ、私の場合は半分縁が切れてるって。いくら表向き魔法省に入って満足させられたとしても、私が実家に戻ることはどうせもう二度とないんだよ。両親だって、私がいつまでも出世も結婚もせず、連絡さえしなかったら、また意味のない理由で自分を見当違いに責めて、私を連れ戻そうとしてくるに決まってる。リリー、私と両親はもう根本的に考えが合わないの。私はリヴィア家にとって、もうどう足掻いても要らない子に育っちゃったんだよ。だから、いっそ最初からいないことにした方が楽だったし、その方が多分お互い幸せになれると思ったの」

そんなことない、と言ってくれようとしたのだろう。しかし少なくともリヴィア家の規格に合っていないという事実が私を傷つけているわけではないことを思い出したのか、彼女は「そんなこと────」と言ったきり口を噤み、続きを促した。

「でもリリーは違う。ご両親がいつどこで何をしているのか、ちゃんと定期的に連絡を取り合えるでしょ? 危険に晒されそうになったらいつだって守りに行けるし、きっとご両親もリリーのそんな行動を受け入れてくれるよ。お姉さんとはまだ仲直りできてないって言ってたけど────でも、この間手紙をもらったって言ってたよね?」
「ええ、私のことは極力他の人に言わないようにして、まるで妹なんていないかのように振る舞ってるって…明言はされなかったけど、手紙の至るところから滲み出てたわ」

じゃあ、リリーに必要な"忘却魔法"はもうかかっているも同然だ。リリーさえ姉の存在を公言しなければ、お姉さんはこれ以上の魔法なんてなくたって(悲しいことだが)リリーのことを"忘れて"生きていくのだろうから。

「じゃあきっと大丈夫。リリーはちゃんと、家族を守れるよ。私、自分の生き方を優先することってとっても大事だと思うけど、だからってそのために大切なものを全部排除しないといけないわけじゃないとも思うの」

私みたいに、どちらにしろ家族の存在がお互いにとって"不利益"になってしまう場合でない限り、リリーにはまだまだたくさん大切なものを抱えてほしい。私の場合は、たまたま両親が私の生き方を優先する上でその道を塞いでくる存在だったから、その障害物をできるだけ穏便な方法で取り除いただけのつもりだった。両親には両親の"私がいない幸せ"を歩んでほしかったから忘却魔法をかけたけど、"私だけの幸せ"を願ってくれたパトリシアには真実を打ち明けて、全てを抱えさせた上で出てきている。私だって、私の大切なものを大切にしたまま今ここにいる。

「私達は何かを捨てに行くんじゃない、大切なものを守りに行くんだよ。だからリリー…────さっきも言ったけど、どうかそんなに気負わないで」

リリーはようやく心に平静を取り戻してくれたようだった。
大きなベッドに一緒に入り、彼女は「あなたの言う通りだったわ。私、ちょっと力みすぎてた」と深呼吸する。

「────ねえ、イリス」

リリーが安心してくれたことがわかって、私の体には心地良い眠気が纏わりついてきた。話し終えたところで目を瞑ろうとした時、彼女に名前を呼ばれる。

「なに?」
「私、やっぱりジェームズと結婚するわ

────その瞬間、眠気なんて一気に吹っ飛んでしまった。










確かにリリーの中でほぼ答えは決まっているのだろうとは思っていた。彼女が言っていた通り、今の彼女は「誰かに背中を押してほしい」状態なだけで、そういう意味では私とユーフェミアさんがその任を負っていたのかもしれない。
でも────でも、ちょっと早すぎない? え、迷いが吹っ切れるの早すぎない?

一晩経って、突然の結婚宣言の理由や承諾する時期を聞き出した後も、いやむしろその後の方が私の目はどんどん冴えていくようだった。胸につかえていた不安が消えていったリリーはその後すぐに幸せそうな顔をして眠り出したが、今度は逆になぜか私の方が心をかき乱されてしまい、まんじりともせず朝を迎えてしまったのだ。

曰く、「大切なものが大切だとわかってるなら、大切にできるうちにそれを確かなものにしたい」とのことで。彼には明日、ホグワーツで夕食を食べた後に「イエス」の返事をするそうだ。

何一つ不誠実なところも、不明瞭なところもない。むしろリリーの言葉はこれ以上ないほどにすっきりとしたもので、そしてこれまでの経緯を思えば十分当然に出るであろう発言だった。私やユーフェミアさんが彼女にかけた言葉が、迷っていたリリーに明かりを灯せたなら、それは素直に嬉しいことだと思う。

そうだった。最近すっかり忘れていたけど、リリーは「こう」と思ったらすぐ行動に移せる、驚くほどに思い切りの良い人だったのだ。
7年一緒にいて、お互いに励まし合ったり慰め合ったりしているうちに麻痺していた。彼女は私よりずっと、物事に白黒をつけるのが上手な子だった。

「────なんだか眠そうだな」

ご飯を食べ、持ち込んでいた魔法省の仕事を済ませ、まだ日の高いうちにポッター家の暖炉の前に立った時、今日初めてようやくまともに言葉を交わすことになったシリウスが怪訝そうに話しかけてきた。

「昨日、あんまり眠れなくて」
「リリーは健康そのものじゃないか。またひとりで何か考え込んでいたのか?」

無職オア夏休み中の5人は今日、私に申し訳なさそうにしながらお昼近くまで眠り、ブランチをした後でジェームズの部屋に集まり、ダンブルドア先生と会った時に何と言って入団させてもらうか相談し合っていた。
そんな中でひとりだけ仕事を持ち込んでいたのは、むしろ私が「いつ騎士団に何を言われても良いように早く終わらせたい」と勝手を言っただけのこと。却って彼らに気を遣わせてしまったことを申し訳なく思っていたのだが、そのお陰で私は今とてつもなく眠かった。リリーとジェームズが結婚した後の毎日を勝手に想像しては首を捻りながら朝を迎え(眠れなかった理由がわかった。リリーとジェームズがテレビに出てくるようなラブラブ新婚生活を送っている姿をうまく想像できなかったのだ)、昼過ぎまでずっと集中状態で仕事をしていたので、そのツケが一気に回ってきていた。

「ううん。たいしたことじゃないんだ。もう解決したし」

結局、リリーとジェームズの結婚式すらまだ思い描けないことに気づいた私は、それ以上考えることを諦めた(といって勝手に消えてくれるものでもないから困るのだが)。リリーにはあれだけ大きなことを言っておいて、一番現状について行けていないのは私じゃないか、情けない。

「それなら良いんだけど」

私の表情や口調から、本当にたいしたことがないということはわかったのだろう。シリウスはそれ以上詮索してこなかった。

リーマス、ピーター、リリーを送り出したところで次は私の番。煙突飛行粉を暖炉の中に投げ入れ、ごうっと大きなエメラルドグリーンの炎を出現させる。

「じゃ、すぐ後でね」
「ああ。くれぐでもすぐに暖炉からは出ろよ
「わかってるって」

笑いながら、私は暖炉の中に入った。

「ホグワーツ、校長室へ」

灰を吸い込まないよう抑えた声でそう言うと、私の体は高速で回転し────次に目を開けた時には、すっかりもう馴染みの光景になってしまったダンブルドア先生の部屋が目の前に広がっていた。

「おかえり、イリス」

そこには先に着いていた仲間と────そして、ダンブルドア先生とマクゴナガル先生が立っていた────って、え、マクゴナガル先生もいるの!?
5年生の時の進路相談の時から、マクゴナガル先生が騎士団の存在を知っていることはわかっていた。である以上、先生がそのメンバーであることももちろん十分可能性のあることだと頭では理解しているつもりだった。
でも、まさか本当にマクゴナガル先生が今日ここに来ているなんて。

「ご無沙汰しています、先生方」

驚きを顔に出さないよう気をつけながら挨拶をしていると、背中にドンッと什器を乗せられたような衝撃を感じた。
目の前の光景にばかり気を取られていた私は忘れていたのだ────「目的地に着いたらすぐ暖炉から出なければならない」ということを。

君の耳は飾りか!?

シリウスが早速私を怒鳴りつけた。

「ごめんって。ちょっと懐かしさに浸っちゃって」
「1ヶ月しか経ってないじゃないか」

文句を言いながらも、いつも通り自分が先に格子を出て、私の手を取ってくれるシリウス。そんな私達の様子を、ダンブルドア先生が楽しそうに見つめていた。マクゴナガル先生でさえ、呆れたような溜息をつきながら笑っている。

シリウスの言っていることは最もなんだけど────それにしても、なんだか変な感覚だ。1ヶ月前、あんなにしんみりとした気持ちでこの学校を去ったつもりでいたのに、またすぐに戻って来るなんて。あの時あれだけの郷愁感に浸ったのが今更ながらに恥ずかしくなる。私は"ホグワーツは戻って来ようと思えばいつでも戻れる場所"だということを知らなかったのだ。

最後にジェームズが到着したところで、ダンブルドア先生は改めて両腕を広げて私達を歓迎してくれた。

「皆、ホグワーツへおかえり。学期が終わるなりジェームズのふくろうがわしを訪ねてきた時にはそれはもう嬉しくてのう、わしも張り切って皆を迎える準備をしておったのじゃよ」

私達を迎える準備? マクゴナガル先生と何かしてくれたんだろうか?

「さて────もはや問うまでもないことじゃろうが、皆には改めて、この場できちんとここへ来てくれた理由を聞かせてほしい。騎士団に入りたいとのことじゃったが、ここにいる全員が同じ気持ちでいるんじゃな?」

頷く私達。

「敵は恐ろしく強大で、残酷で、そして人の心を持たぬ哀れな闇の魔法使いじゃ。その者を打ち倒すことは、おそらく半分以上の魔法使いの悲願であると同時に、その困難性からほとんどの魔法使いが匙を投げてしまうほど大変な問題でもある。これまでのどんな試験よりも、どんな決闘よりも苦しく厳しい戦いになるじゃろうが、覚悟は良いな?」

また、頷く私達。
ダンブルドア先生は私達全員がちゃんと首肯したことを確認し、再びにっこりと笑った。

「よろしい。ならば────わしは喜んで皆を不死鳥の騎士団に招き入れよう」

そしてあっさりと、私達の入団を許可してくれた。

「本当はのう、もう少し君達が成長するまで待とうかとも思ったのじゃ」

しかし、ダンブルドア先生の話はそこで終わらなかった。

「6年生の段階で、わしは確かに君達に騎士団の存在を明らかにした。ただその一方で、入団するまでにはももう少し時間をかけ、君達が本当に"我々の秘密"を共有しても問題のない人材か調べる必要もあったのではないかと悩んでおったのじゃ。決して君達を疑っているわけではない。これはもう────老婆心と思って許しておくれ。わしは君達に、まだ"守られた世界"で年相応に社会の表舞台で活躍する未来も歩ませてやるべきかもしれぬ、と思っておったのじゃ」

6年生の学期末、ホグワーツ内における戦いを経た私達に初めて「騎士団」という言葉を使った、あの時の先生の姿が、目の前の老人と重なった。私達の"安全"を守るべきか、"危険"を冒すという私達の意志を尊重すべきか、先生もあの時は迷っていた────というより、私達に改めて考え直させたがっていたのだ。もちろん、結論は変わらなかったが。

「しかし────実は君達が卒業する前に、わしが信頼を置いてやまないミネルバが、迷うわしの背を押してくれたのじゃよ。君達は立派な成人魔法使いであり、本物の勇気ある高潔な志を持って卒業後はきっとここに戻ってくるでしょう、とな。だからわしも、その時が来たらもう何も言わず、快く君達を受け入れようと決めたのじゃ」

マクゴナガル先生が私達の入団に賛成してくれた、と聞いて、いよいよ平静を装おうとしていた私の表情筋が崩れた。ぽかんと口を開けてしまい、慌ててそれに自分で気づいて唇をきゅっと引き結ぶ。

「聞けばジェームズ、イリス、君達は在学中から明確に騎士団への入団を志望しておったそうじゃな。わしもその話を聞いた時には驚いたものじゃった。まさか学生で、当然未成年でもあった君達が、そんなに若い頃から今と変わらぬ強い意志を持っていてくれるとは思わなんだ」

きっとあの時「軽率だ」とマクゴナガル先生が言ったそれは、誰の目から見ても正しい忠告だったんだろう。私だって、あの時はまだ"日和見"なままだった。本当の戦いなんて、知らなかった(今も"大人の戦い"は知らないままだし)。

だからダンブルドア先生が評価してくれているのは、"5年生の時から騎士団に入りたがっていた私達"ではなく、成人し大人として扱われるようになり、ある程度社会の実情や戦いを知った上でなお顔を背けなかった"今の私達"のことなんだろう。

そう、わかってはいるんだけど────。

嘲るようなシリウスの小さい笑い声と、胸を張るジェームズの姿が両側に見えていた私は、あの時の自分の無鉄砲さにどうしても羞恥心を抑えきれなかった。
でも、同時に私は、"あの時の発言とその後の然るべき言動"があったお陰で、今こうして…自分でも拍子抜けするほどあっさりと、騎士団への入団を許してもらえているのだということにも気づいていた。確かにあの場でマクゴナガル先生に直談判してしまったのは間違いだったかもしれないけど、あの時私に"不死鳥の騎士団"という指標がなかったら、果たして私は皆と一緒にここに立っていられただろうか。こんなにも────簡単に受け入れてもらえていただろうか。

本当はもっと、腰を据えて説得にかからなければならないと思っていた。シリウス達もそれについては同意見だったので、私達はどうやって自分達の覚悟を示すか、この2日でずっと話し合ってきていたのに。

「さて、堅苦しい話はこの辺にして、校庭の方へ行こうか?」
「校庭ですか?」

問い返したのはジェームズだった。ダンブルドア先生が言った「準備」は、校庭で行われるものなのだろうか。

「そうじゃよ、ジェームズ。君達がこのタイミングで間髪入れずにわしを訪ねてくれて本当に良かった。こちらの方でもそろそろ"何人か"同志を募ることができての────そこに君達を加えてようやく、"組織"として名乗れる規模にまで騎士団は育ったのじゃ。これから本格的に団体としての活動を開始するにあたって、顔合わせの小規模なパーティーくらいはしたいと思ってのう」

パ…パーティー?
私達は慌てて互いの格好を見て、パーティーに参加してもおかしくないか確かめ合った。一応、校長先生に会いに行くということだったので、卒業後に買った成人用のローブを着用してきてはいる。ダンブルドア先生が何も言わないということは(そしてこの人がドレスコードなんてお堅いものを指定するとは思えないので)この格好のまま向かっても良いんだろうけど────。

私は、これから突然「騎士団のメンバーに会わせる」と言われたそのことに、まず戸惑ってしまっていた。
マクゴナガル先生がここにいただけで驚いたくらいなのだ。まだ入団したという実感もないままに、知らない大人とたくさんはじめましてをしなければならないなんて────大いなる敵と戦う覚悟があると言った直後にこんなことを考えるのは本当に情けないんだけど────緊張する。

「マクゴナガル先生」

校長室を出て、1ヶ月ぶりの校舎を歩きながら私はマクゴナガル先生に声を掛ける。

「なんですか」
「その────ありがとうございました。私達の入団を推薦してくださったと────」

私とジェームズが騎士団に入りたいと言った時には"大人として"反対しておきながら、いざ同じ立場になった時には誰より心強い味方になってくれた。私達はもちろん自分の意志で自分達が"戦える人間である"ことを証明しようとしてきたが、実際(私が知る限りでは)魔力も知力もズバ抜けている物凄く強い魔女が味方になってくれていたことは、思った以上に嬉しかったのだ。

「進路相談を受けてから、私はあなた方の素行を特に厳しく見ていました。ポッターはともかく、よりによってリヴィア、あなたまでがそう言い出すということは、当然ここにいる6人ともが同じ話を共有しているだろうと思っていましたから」

流石です。リリーには言ってませんでしたが、間違いなく悪戯仕掛人の4人はあの頃から私やジェームズのような"馬鹿"と同じことを考えていました。

「特にポッターについては、確かに普段の素行はあまり規則に沿っているとは言えませんでした。しかし無法な戦争において規則など関係ありません。私はあなた方の素質を公平に判断し、そして騎士団に置くに相応しいと判断したまでのことです」

いつも厳しくて、滅多に笑わない人だけど、私はなぜだかマクゴナガル先生が昔からとても好きだった。尊敬すべき、偉大な人だと思っていた。
未成年と成年の境界線はきっちりと引き、教師と生徒としての領域は絶対に守る。その上で、いつも柔軟でありながらも公正な判断をしてくれる。

「それでは、私は今後もそれに相応しい振舞いを続けます」
「期待していますよ、今後は"仲間"として」

────マクゴナガル先生から、こんな風に親しみのこもった目を向けられることがこんなにも嬉しいなんて、初めて知った。










校庭には────ざっと10人と少しくらいの人数が集まっていた。全員知らな────あ、ハグリッドがいる────でも、遠くからでもよくわかる彼の姿を除けば、そこは予想通り知らない人ばかりだった。

しゃんとしなきゃ。想像はしていたけど、ここにいるのは全員私達より力も経験も豊富な魔法使いなのだ。これから手を借りることもあれば、逆に手助けしなければならない局面も来るかもしれない。そういう時に、がっかりされないよう────「イリス」

肩肘張って小集団の中に入ろうとする私に、シリウスが笑いながら声をかけた。

「リヴィア家の悪い癖」
「あ」

もう家の悪い部分は全部私の中から排出したと思っていたんだけどな。どうやら、必要以上に心身に力を入れすぎてしまっていたらしい。

「大丈夫だよ。僕らがあの人達より劣ってるのは年齢だけだ。マクゴナガルの推薦があって、ダンブルドアから正式に入団を許されたんだぞ。なーんにも気負うことなんてない。ここにいるのは、ホグワーツの同級生みたいなもん…いや、そういう意味ではそれ以上にくつろげるかもしれないぞ? なんせここには同じ理想を持ってる奴しかいないはずだからな」

…シリウスは少しリラックスしすぎではないだろうか。どう考えても同級生には見えない大人びた威厳のある魔法使いの顔を眺めながら、私はやっぱり背筋をちゃんと伸ばしておくことにした。

「皆、お待たせ」

まるでちょっとした待ち合わせをしていただけのように、ダンブルドア先生が魔法使い達に声をかける。何人かは既にこちらに気づいていたようだったが、ここで全員の目がダンブルドア先生とマクゴナガル先生、そして私達6人に向く。

「残念ながら半数ほど来られなかった者もおるが、皆、多用にも関わらず招待に応じてくれてありがとう。今日は伝えた通り、ここに6人の新たな仲間を加え、正式に不死鳥の騎士団の発足を祝うために集まってもらった。状況は深刻になる一方じゃが────今日ばかりは、同じ志を持って集まった者同士、親交を深め、より一層固い結束をするために、楽しい時間を過ごしてほしい」

ダンブルドア先生はそう言うと、私達1人ひとりを丁寧に掌で指しながら紹介してくれた。

「ジェームズ・ポッター。フリーモントとユーフェミアの息子で、主席にもなった元グリフィンドール生じゃ。そしてこちらがシリウス・ブラック。ブラック家の家系には残念ながら友好的な関係を結べなかった者も多いが、彼は自分の意志でここを選んでくれた」

こんな感じで、リーマス、ピーター、リリーと紹介されていき────。

「最後がイリス・リヴィア。元はマグルの出身じゃが、ホグワーツに入学するなりその高い魔力と知性、そして勇気を存分に発揮し、特に監督生に就任してからは何度もわしの目の代わりになってくれた」

そんな誉れ高い言葉で、私の紹介をしてもらった。

「この子達はまだ成人してからそう経っておらぬが、既にホグワーツ内部において起きてしまった死喰い人の計画を食い止める戦いで、誰一人犠牲者を出すことなく勝利しておる。あの戦いを起こさせてしまったことがそもそもわしの失態と言わざるを得んが────却って、それによってわしは彼らの行動は騎士団の行動指針から見ても気高いものであったと思い知らされた。加えてミネルバも、グリフィンドールの寮監として7年間彼らを見守り、卒業後は即座に騎士団に入れても差し支えない実力と思想を持っておると断言した。そこで今日、騎士団にとっても記念すべきこの日に、彼らを喜んで我々の仲間として迎えたいと思う」

ダンブルドア先生がそう言うと、全員の温かい拍手が浴びせられた。私達より何歳か年上の、いくらか親しみやすそうな人もいる。既にダンブルドア先生と同じくらいの年なんじゃないかと思うような、往年の魔法使いもいる。しかし、この時はその誰もが同じように、私達を歓迎してくれた。

「さて、長くなってしもうたの。それでは皆、改めて乾杯といこうか」

すぐ傍にいた魔女が、私達にシャンパンの入ったグラスを分けてくれた。丸くて人懐っこそうな顔をした、少し年上と思われる優しげな女性だった。

「不死鳥の騎士団の正式な発足と、創立に伴い新たに加わった仲間を祝って────乾杯!

チン、と小気味良い音がした後、がやがやと一気にその場は騒がしくなった。ダンブルドア先生の乾杯を皮切りに、パーティーがスタートしたのだ。ホグワーツの校庭でまさかご飯を食べる日が来るとは思っていなかったので、違和感の残るまま私は様々な魔法使いと挨拶を交わしていた。

「キャラドック・ディアボーンだ。よろしく」

あ、この人、ジェームズの両親と仲が良いって言ってた人だ。

「アバーフォース、アルバスの弟だ────お前、どこかで会わなかったか?」

ディアボーンさんの後に声を掛けてくれた人の顔を見て、私は声を上げずにやりすごすために思い切り唇を噛まなければならなかった。

私、この人知ってる。ホッグズ・ヘッドのバーテンだ。

去年、ルビーの鍵がどこに繋がっているか試すため、私はシリウスを連れて必要の部屋に行っている。その時たまたま出口となってしまったのが、ホッグズ・ヘッドだった。そこで私達は、あまり友好的とは言えない態度でこの人からバーから出て行くように言われていた。

そ、そうか。あの人がこの人なのか。そしてサラッと言われてしまったが、この人はダンブルドア先生の弟さんだったのか。
誰もが皆最初から親しみやすいわけじゃない。私達だって、それはわかっていた。ここへは友達を作りにきたわけじゃなく、あくまで"敵と戦うために手を組む仲間"との顔合わせのために来たのだから。

とはいえ、あの人と一緒に何かしろって言われたらまた緊張してしまいそうだなあ…。そんなことを思った私は、アバーフォースさんが私の顔を思い出してしまう前にそそくさとハグリッドのところへ行くことにした。

「ハグリッド、久しぶり」

ハグリッドの周りにはリリー達5人が集まっていた。やっぱり、いくら和らいだ空気といってもそこに学生時代からの友人がいるのといないのとでは大きな差があるらしい。ハグリッドと5人の同級生とテーブルを囲んだ瞬間、私は自分がホグワーツの生徒として戻ってきたかのような錯覚に陥る。

「俺はお前さん達みーんなここに来ると思っちょったぞ! だってなあ、ほれ、お前さん達は皆優秀だったし、プライドも持っとったし…」

ハグリッドは既に少し酔っているようだった。訛りのある口調で唸るように発せられる彼の言葉は、まるで異国の歌を聞いているような気持ちにさせてきた。

私達はそれから1時間ほど、ハグリッドの傍にいたまま、挨拶に来てくれた人と互いに自己紹介をし合った。驚いたのが、誰も私達を見下すような態度をする人がいなかったことだ。あのアバーフォースさんでさえ、"騎士団のメンバー"として挨拶した時には、対等な目線で私に手を差し出してくれた(逆にそこで「対等だ」と思われていたからこそ、"去年ホグワーツからの抜け道でこっそりお忍びデートをしに来た生意気なホグワーツ生"との顔が一致しなかったのかもしれない)。

シリウスの言うことは正しかったんだ、と私はダンブルドア先生がおひらきの合図をしたところでようやく理解した。
ここにいる人達は、誰も私達を年齢で判断したりしない。それはつまり、若いからといって容赦されるわけでもないということ。私達は────"然るべき素養と力を持った闇に対抗する魔法使い"として、この場の全員から同じ目線で見られていた。

「────楽しい時間はあっという間じゃな。名残惜しいが、この後また仕事に戻らぬ者もおると聞いておる。一度ここでおひらきとしよう。できることなら、近いうちにまたこうして皆と、今度は何の悩みもなく笑って顔を合わせられることを願いたいものじゃ」

パーティーの時間が終わっても、その場はまだ賑わっていた。ダンブルドア先生の言う通りまだ別の仕事が残っているらしい何人かの魔法使いが校舎に(おそらく暖炉を使うために)戻って行ったが、半分以上の魔法使いは今から二次会と言わんばかりに更に酒のペースを速めていた。

「嬉しいことだ。今までもダンブルドアの意志に賛成して共に戦ってきたつもりではいたが、こうして"団体"であることを確認できると心持ちが随分と変わる」
「そうね。これでメンバーは22人になったのかしら? 私達が声を掛けてもらった時より相当増えたわ」
「それに、何より新しく入ってきたのがホグワーツ卒業したての魔法使いっていうのが良いじゃないか、え? 大人は皆すっかり例のあの人に怯えて家から出たがらないっていうのに、ちょっと前まで子供だった奴らの方がよっぽど肝が据わってる!」

そんな会話から、これまで"不死鳥の騎士団"という呼称こそあっても、"団体"として大きな活動をしてこなかったのであろう彼らの経緯がなんとなく想像できた。これまでの彼らは、ダンブルドア先生からの指示や自分の判断で、どちらかというと個人や家族ぐるみで闇の魔法使いと対峙してきたんだそうだ。でも、こうして20人を越えれば、そんな"個人"達は立派に"集団"を名乗れるようになる。もっと大規模にひとつの作戦を進めることもできるし、それだけヴォルデモートに脅威を感じさせることもできる、と皆が喜んでいた。
そうか、私達はそんな嬉しい記念すべき日に、ここに加入させてもらったんだ。そして私達6人が入ったことで、騎士団はようやく"集団"になれたんだ。

「お前達、宿が決まってなかったら、うちを使うと良い」

そろそろ宿を探さなければならないので、と言いながら酒の席に呼んでくれようとする仲間達の誘いをかわしていると、その合間を縫ってアバーフォースさんが私達にそう声を掛けてくれた。

「ホッグズ・ヘッドって店は知ってるか?」

一瞬、シリウスと顔を見合わせた。

「はい、もちろんです」

一番ホッグズ・ヘッドの雰囲気と合わないリリーが答えてくれたのは幸いした。仲間である以上「陰気で怪しい人が出入りしてるパブ」だなんてとても言えやしなかったが、かといってそんなところをよく知っているという素振りを見せてしまえば、すぐに私達がホグワーツでどんな立場にあったのかがバレて嫌がられそうだ。

「もちろん、学生の頃は立ち寄ることもしなかっただろうが────、2階に空き室が2部屋ある。男どもにとっては狭いかもしれんが、一晩凌ぐくらいなら新メンバーの顔に免じて無償で貸そう」

思った以上に優しいアバーフォースさんにお礼を言いながら、私達はなんとかフェンウィックさんからリーマスを引き剥がし、パーティーの場をお暇した(リーマスはなぜかフェンウィックさんにいたく気に入られていた)。

「私、不死鳥の騎士団ってもっと大規模だと思ってたわ。ジェームズ、あなた、騎士団は例のあの人に対抗する最も大きい組織だって言ってなかった?」
「言ったよ。それに僕の言ったことは決して間違いじゃないさ。弱腰な大人達はだーれもヴォルデモートに対抗しようなんて思ってないんだ。6年生の時にダンブルドアも言ってたろ、ヴォルデモートが現れた瞬間すぐに信頼できる…マクゴナガルとかその辺を集めて"反ヴォルデモート・クラブ"なら立ち上げたけど、それを立派な"集団"にまで伸し上げるためにはあまりに時間がかかりすぎてるって」
「何よそれ、自分が"悪"だと思っているものを"悪だ"と言うだけなのに」
「リリー、世の中の人はね、皆が君ほど高潔じゃないんだよ」

パーティーが終わった後の私は、緊張感から解放されることもできず、今度は前を歩く親友2人の会話をハラハラと見守っていた。さっきまで挨拶を交わしたはじめましての人の顔も名前など、ホグワーツを出た瞬間魔法のように全部吹っ飛んだ。
何せ、この後彼女には────プロポーズを受けるという、人生の大イベントが待っているのだから。

「君だけまだパーティー会場にいるのか?」

一向に体から力が抜けない私を揶揄って、シリウスが隣に並ぶ。

「余韻に浸ってると言って」

いい加減なことを言いながら、私はホッグズ・ヘッドまでの長い長い道のりを歩いた。
いつ言うんだろう。まさか皆がいる前でじゃないよね。そうしたら、夜になって部屋が分かれる前には彼を呼び出すってことだよね。わあ、私、またリリーのことをベッドでそわそわしながら待っていないといけないんだ。どうしよう、どんな気持ちでいたら良いんだろう。もういっそリリーがいない間はシリウス達と遊んでようかな。うん、そっちの方が────「ジェームズ」

パブの前まで来た時、私の心臓はリリーの声によってドッカン! と花火でも打ちあがったんじゃないかというほど大きく鳴った。

来た。遂にリリーが、ジェームズを呼んだ。

「話があるの。ちょっとだけ良い?」
「なんだい?」

ジェームズは素知らぬ顔で応じ、私達には「先に入ってて」と言った。
その顔を見ていると、彼は本当に────シリウスにすら、この話をしていなかったんだろう、ということがわかる。わかってはいたことだが…彼は誠意を持って、本気で人生の選択をしていた。

「なんだろな、リリーの方からわざわざプロングズを呼ぶなんて珍しい」
「また何か悪さしたのが見つかったのかな?」
「いや、だったら僕らも一緒に怒られるはずだよ」

何も知らない様子の3人の背を見ながら、私は2階への階段を上がって行く。
うーん…この人達の前で白を切り通すのもそれはそれで難しそうだな…。やっぱりリリーのことはひとりで待つことにしよう…。

「あれ、こっち来ないのか? まだおねむには早いぞ、ベイビー」
「あ、うん。ちょっと新品のローブに疲れたから着替えたい」

適当に言い訳をして、私はシリウス達から離れることにした。アバーフォースさんから案内されていたのは、廊下の突き当りから向かって左側にある2室。どうやら奥側の方が4人用の部屋だったようなので、私はそちらを男子達に譲り、手前側の部屋の扉を開けた。

────しかし、わざわざここで距離を取る必要はなかったようだった。

パッドフット! ムーニー! ワームテール! フォクシー! 僕、リリーと結婚するぞ!

────翌朝、騒音被害で訴えられませんように。



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