ジェームズとリリーの結婚の報せは、ホグズミード中に伝わったんじゃないかとさえ思われた。驚きのあまり声も出ない様子のシリウス、徐々に顔がにんまりと笑んでいくリーマス、意外と即座に状況を呑み込んで「ほんと!? やったあ!」と歓声を上げるピーターを連れて、私達は結局それぞれの部屋に分かれず男子部屋の方で集まることになった。
こうして見ると、本当にここまでよくひとりで秘密を守り切ったものだと思う。ジェームズはお酒にでも酔ったんじゃないかと思うほどデレデレしきった表情で、真っ赤になって俯いているリリーの肩を抱きながら私達に囲まれていた。

「まさかリリーの方からプロポーズしたのか?」

そりゃあ、事情を知らなければそんなコメントも出ることだろう。リリーがジェームズを呼んだせいですっかりそう思い込んだらしいシリウスが、愕然としながらようやく言葉を発する。

「いや、言い出したのは僕から。ホグワーツを卒業する前の日の夜にね」
「えっ…でも、君達、あれからなんにも────そんな素振り────」
「そりゃ、僕の人生で一番真面目な話だったからな。絶対彼女に無理な迫り方はしたくなかったし、君達に話したら────ほら、僕のことだから。また調子に乗って事あるごとにその話をしちゃいそうだったんだ」

ジェームズも随分とこの7年で成長したものだ、と思ったのは私だけじゃなかったようだ。

「大人になったなあ、プロングズ」
「ああ…プロングズがまさか僕にさえ相談せずに何か決めるとは思わなかった」
「じゃあさっきリリーがジェームズを呼んだのは、その"返事"ってこと?」
「え…ええ、そうよ…」

自分の性格を客観的に顧みるだけの成長を遂げていても、中身自体は変わっていないジェームズは、完全にそれまで保っていた沈黙が破られた反動で有頂天になっているようだった。それに比例するように、どんどんリリーの顔が赤くなっていく。そろそろ髪の色と見分けがつかなくなりそうだ。

「役所にはいつ行くんだ?」
「結婚式も挙げるよね? いつ?」
「ハネムーンには行けるかな?」

そしていつだってジェームズにつられていく悪戯仕掛人達は、更に彼女に追い討ちをかける。誰も止めてくれないまま部屋の温度が上がるばかりなので、仕方なく私が(私だって飛び上がって喜びたいのに!)少しばかり冷や水を掛けることにする。

「待って、落ち着こう。リリーが死んじゃう」

いつの間にかジェームズの鼻先まで身を乗り出して迫っていた3人は、私に言われてようやくぺたんと腰を床につけ、少しばかりの距離を取った。

「さてはイリス、君はこの話を前から知ってたな?」

目敏いシリウスが、この局面でも一切驚かない私を見て悔しそうに言った。

「リリーから相談されてたから」
「女の子ばっかりすぐ結託する!」
「フォクシーはリリーにとって特別だから、それは仕方ないよ」

きっとそう思っているのは本心でのことなのだろうが────浮かれ切ってなんでも肯定してきそうな今のジェームズがそう言ったところで、何も納得感はない。今なら「ホグワーツを爆破してこい」と言っても、喜んで従われてしまいそうな雰囲気だった。

「まあまあパッドフット。おめでたい話なんだ、嫉妬はよそう」

私の次に冷静になってくれたリーマスが、シリウスをなんとか宥める。それもそうだと思い直したのか、それとも怒ったような顔をしていることに耐えきれなくなったのか、彼は遂にニヤッと笑って「ああ、本当におめでたいよ」と言った。

────その晩、男子達は夜通し話し込んでいたそうだ。私とリリーだけは「頑張ったね」「ありがとう」と(それ以上の会話は既にポッター家で済ませてしまっていたので)、早々にそれぞれのベッドで眠り、翌朝のチェックアウトの時間も元気なままでいられた。

「────ここに来た時、君がやけに眠そうだったのはこのことを考えてたからだろ、違うか?」

朝、アバーフォースさんに厚くお礼を言って、ついでに暖炉を借りてポッター家に戻ろうとしている時、欠伸をしながらシリウスに訊かれた。

「当たり。さすがシリウス。私も流石に初めて聞いた時はびっくりして眠れなかったよ」
「だろうな。早めにエバンズじゃなくてリリーって呼ぶようにして良かったよ。まさかこんなに早くあのエバンズがポッターの名を背負うとは思わなかったからな」
「私も」

シリウスは煙突飛行粉の巾着を手に取って、中身をひとつかみすると暖炉にぽいと放った。

「────君はさ、」

そしてエメラルドグリーンの炎が舞い上がる中、私に背を向けてシリウスは言う。

「君は────…」
「ん?」
「…いや、なんでもない」

いや、何かを言い"かけた"。結局最後まで言葉にしてはくれず、彼はそのまま炎の中に入って一足先にポッター家へ帰ってしまう。

────なんとなくその言葉の中身を想像しながら、私も後に続いた。見慣れたポッター家の暖炉前でフリーモントさんとユーフェミアさんに出迎えてもらった時にはもう、彼はそんな生まれかけの言葉なんてなかったかのように、来た時同様私に手を貸して火格子から出してくれるだけだった。

私が戻った時にはもう、リリーとジェームズが結婚するという話は夫妻にも伝わっていた。どうせ一番最初に戻ったジェームズが「ただいま」より先に「リリーと結婚するよ」とでも言ったんだろう。ユーフェミアさんなんてまた目尻に涙を滲ませながらリリーを抱きしめていた。

────幸せだった。
この時はまだ、ここにいる誰もが幸せだった。










8月の終わり(リーマスはいつも通り一足先に帰っていたが)、私達はそれぞれの家へと帰った。きっとこれが、人生最後の長い夏休みになる。これからそれぞれ仕事を始めて、騎士団の任務も並行するようになるにつれ、一緒に集まれる時間がぐっと減ることだろう。

「いつでも来てね」
「健康にだけは気をつけて」

ポッター夫妻に見送られ、私は漏れ鍋伝いにロンドンの借家へと帰った。
騎士団のメンバーとの顔合わせやらリリー達の結婚やら、立て続けにビッグニュースが続いたせいで、なんだかとても慌ただしい1ヶ月のように感じられた。ワンルームの自分の家がなんだかとてもがらんとして物寂しく思える。

しかし、そんなひとときの別れで悲しんでいる暇はない。
あの後、私達には早速騎士団から最初の仕事が言い渡されていた。

私、リリー、リーマス、ピーター ────いわゆる、お給料のもらえるところで就職したメンバーに伝えられたのは、まず周りの環境を探ってほしいという内容だった。それぞれの職場の噂話を集め、人間関係を観察し、敵となりうる人がいないかどうか確認する。そして、いないに越したことはないのだが────もし敵勢力が入り込んでいた場合、ダンブルドア先生に報告した上でその相手に焦点を絞って尾行開始。うまくヴォルデモートの根城ないし彼を引きずり出せるような状況に持ち込めれば御の字、それでなくともこちらは数で負けているので、とにかくあらゆる情報が必要とのことだった。

シリウスとジェームズには、それぞれ今何をしているかわからない、しかし死喰い人であることはほぼ確定している魔法使いの消息を追うようにと伝えられた。
ジェームズが追うのはソーフィン・ロウルという男。私はその男を知らなかったが、フリーモントさん曰く「聖28族のひとりだ」とのことで────つまり、純血の者のみがその系譜を繋いできた家系のひとりなんだそうだ。
シリウスには、コーバン・ヤックスリーを追うよう指令が下された。こちらも聖28族の人らしい。

やたらと聖28族の人ばかりが出てくるな、と私はここでも純血思想の闇を思い知る。誰もがそうとは言いたくないが、やはり意図して純血を継いでいる家系からはヴォルデモートの思想に賛同する者が出やすいようだ。

「イリス、最後にひとつ、君に頼みたい極秘の任務がある」

それぞれに初めての長期任務を課して、再びポッター家へ送り返した後。最後になった私をダンブルドア先生は呼び止めた。

「極秘の…ですか?」

わざわざこのタイミングで言ってきたということは、ここからの話はリリー達にでさえ漏らしてはならないことなのだろう。魔法省に務めているからこそできるような何かだろうか、と思って粉の入った巾着袋を暖炉の上に置き直すと、ダンブルドア先生の口からは驚くべき者の名前が出てきた。

「さよう。君には、レギュラス・アークタルス・ブラックの行方を追ってほしい」

────え。

レギュラスの…行方を…?
でも、レギュラスは今年7年生になる────まだホグワーツの生徒のはずだ。わざわざ行方を追わずとも、最初からダンブルドア先生の目の前にいるんじゃないのか。
確かに私達は6年かけて、彼がヴォルデモートに与していることを知った。そりゃあ、彼がそうしようと思えばいつでもホグワーツなんて退学して────。

まさか。

私はしばらくポカンとしてダンブルドア先生を見つめてしまっていた。その視線だけで、私の戸惑いは十分に伝わったことだろう。先生は軽く目を伏せ、悲しげに言う。

「これはわしの失態じゃ。その尻拭いをさせるような真似を君にさせてしまうことを、深く詫びなければならない。レギュラスは、先日退学届を出したのじゃ

まさか────レギュラスが、本当に退学してしまったなんて。

私達のせいだ、と瞬時に去年のことを思い出す。
私達は、エメラルドの鍵を使ってヴォルデモートと連絡を取っていたのであろう彼から、大事なその連絡手段を取り上げてしまった。スパイ活動をすることもできず、敬愛するヴォルデモート卿と連絡すら取ることができず、宿敵の膝元に寝かされる気分はどんなものだったのだろう。何かヴォルデモートから罰せられたりしただろうか。それとも、自分の意志だけでここを去ったのだろうか。

真偽はわからない。しかし、わからないからこそ────追わなければならない。

「6年生の段階では君達に話さなんだが、わしはその時点でレギュラスが一連のホグワーツ内における争いに一枚噛んでいるのではないかと踏んでおった。だからこそ、君達生徒には何も明かさず、わし自身の目で、本人には気取られぬよう注意深く見ているつもりじゃった。しかし────わしは甘かった。レギュラスはおそらく、何らかの手段でヴォルデモートと連絡をそれまでも連絡を取っていたはずじゃ。そして、その手段が────これまた何らかの形で直近取り上げられ、それが彼を退学に追い込んだのではないかと考えておる」

なんとなく、なんとなくなのだが────ダンブルドア先生は、"何らかの手段"の中身を全て知っているんじゃないだろうか、と思わされた。先生がこんな風に自分を責めているのを見るのは初めてだ。しかし同時に、そこには"自分の介入しきれなかった事情"、つまり私達が独断で彼と対峙したことによって、彼が退学したのではないかという────疑惑の念も、隠れているような気がしたのだ。
私が責められているわけじゃない。連帯責任だ、と言われているわけでもない。ただ、"どうしてダンブルドア先生が私にこの仕事を任せたのか"、その理由が少しだけ透けて見えるような気持ちになる。

「シリウスと交際している君にこの任務を押し付けることがどれだけ非情なことかはわかっておるつもりじゃ。しかしレギュラスは先学期を終える頃、君に並々ならぬ嫌悪感を示しておったじゃだろう」

────やっぱり、この人は知ってるんだ。
私達の間にあった確執を。私とレギュラスが殊更に、悪い意味で互いを特別視し合っていたことを。

「だからわしは、この任務は君にしか頼めぬと判断せざるを得なかった。レギュラスは今、どこでどうしておるのかわからぬ。しかしそこに君の存在が露わになれば、彼もまた姿を現すかもしれないのじゃ。イリス、騎士団に入ったばかりでこのようなことは責が重いと思うかもしれないが────」
「いいえ」

知っているのなら、むしろもっと冷酷に私にこの任務を与えてほしい。
たとえ先生があれらの事件を知らなくとも、もうこの人は私に"優しい校長先生"として振舞う必要はないはずだ。だって私は"不死鳥の騎士団"のメンバーとして、命を懸ける覚悟でここへ戻って来た。入ったからにはもう、与えられる任務に文句や泣き言を言うつもりは一切なかった。

「私がやります。どんな情報だろうと、どんな痕跡だろうと、全て洗い出して────そして、必ずレギュラスを先生の前に突き出します」
「────君には本当に頭が上がらぬのう」

先生は最後にそう言って、私をポッター家に帰してくれた。

私は先生との約束通り、自分に与えられた追加の任務については一切────リリーにも、シリウスにも話さなかった。特にシリウスには、そんな話などできるわけがなかった。

ただ────同時に私は、シリウスの助けなしでこの任務を遂行させられるだろうか、と心の隅で不安を抱えてもいた。
だってあれは────いつだっただろう、まだ3年生とか、そのくらいの頃だった気がする。ジェームズの家に初めてお邪魔した時、そのあまりの広大さに感動して「魔法使いのお家ってみんなこんな感じなの?」と訊いた私に、シリウスは苦々しげにこう答えた。

「…僕の家には、父があらゆる安全対策を施してる。マグルはおろか大抵の魔法使いにも探知されないよう、ロンドンのあまり治安が良くない区画の一部に紛れさせたんだ」

特定の居所を持たず、場所を転々とすることで追っ手を撒いている死喰い人も確かにいるとは聞いている。しかし私は、レギュラスがホグワーツを退学して安全に身を隠すなら、実家こそが最も安全な場所なのではないかと考えていた。
マグルのみならず、大抵の魔法使いでさえ探知できない場所。確実に自分の味方といえる家族が衣食住を提供してくれる場所。追っ手から逃れて無闇に移動するより、確実に安全と思える住み慣れた家にいた方が、彼も安心してヴォルデモートの任務を遂行できるのではないだろうか。

いくら狡猾とはいえ────たかが10代の魔法使いが、ダンブルドア先生にも、他の騎士団のメンバーにも見つからないような場所にいる。それならその居所は、ロンドンのどこかにあるというその実家か────あるいはもはや、ヴォルデモートのすぐ隣に控えているか、そのどちらかなのではないだろうか。

そんな仄暗い予想を胸に、私は9月から魔法省に勤め始めた。
ロンドン広しといえど、自宅と職場の両方がそのロンドンにあるのだ。どこかでレギュラスの手掛かりを掴めますように、と恐怖心を抑えながらあえて治安の悪い区域を通ってみたりしながら、私は日々を過ごしていた。



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