試験が終わった後、私達は再び禁じられた森の奥の広場に集まり、ぽかぽかと夏の陽気が近づく日だまりのなかでサンドイッチを食べていた。

「試験結果は卒業式と同時に交付されるのよね」
「うん。その結果を私達それぞれの志望進路先に送付して、採用の可否を判断するって」
「ううー…っ、なんだか緊張するわ。私ったらつい背伸びして、魔法界で一番大きい製薬会社に進路志望を出しちゃったの…」
リリーを採用しない企業なんてある!?

ぷるぷる震えているリリーに思わず叫んでしまったのは、私とジェームズだった。リリー親衛隊の綺麗なハモりにシリウス達がぷっと吹き出す。
だって、品行方正でホグワーツの首席で、魔法薬学のテストなんて満点の5倍くらいの点数をつけられる魔女なんだよ!? むしろ企業の方から破格の給料を提示してオファーするくらいじゃないとおかしくない!?

「ジェームズとシリウスは本当にどこにも就職しないの?」
「まるで無職みたいな言い方はやめてくれよ。僕らは騎士団の専属メンバーになるってだけなんだから」
「そうそう。就職したところがたまたま給料を出さないってだけ」

彼らの意思は、5年生の時から変わっていないようだった。それぞれ親戚筋がそれはもう目が飛び出るほどのお金持ちなので、生活の心配はいらないんだそうだ。騎士団の活動に専念できるというのは、彼らにとっても、そして世界にとってもきっとありがたいことなんだろう。

「リーマスは?」
「うーん…素行調査をされるところだと100%雇ってもらえないからね…。ちょっとした雑貨屋とかで働くことになるかな」
「ホグワーツの先生になって戻って来れば良いのに。闇の魔術の防衛術の先生なんて毎年コロコロ変わってるし、今年のジェイキンズ先生ももう引退が決まってるんでしょ?」
「いやあ、僕も恥を忍んでダンブルドア先生に相談しに行ったんだけど、流石に卒業したての若造に教師は任せられないって言われちゃってさ。代わりに来たのが騎士団の勧誘だったってわけ」

でも、それじゃあリーマスの衣食住はどうなるんだろう。フリーター生活をしている人もそりゃあたくさんいるけど、騎士団の(多分ものすごく忙しい)生活と並行して片手間にバイトをしているようじゃ、そのうち立ち行かなくなっちゃうんじゃないだろうか。

「騎士団の本拠地になる場所が見つかったら、そこに住まわせてもらえるかもしれないんだ。そうなったら、まあ贅沢はできないけど最低限生きていくことならできるし、まあそれまでの間をなんとか食いつなげば良いかなって」
「なるほどね」
「ワームテールは?」
「僕もあんまり大きいところでは雇ってもらえないだろうから…ダイアゴン横丁のどこかの宿のお手伝いをしようかと思って。ほら、あの辺りって情報収集にも最適だし…」

ピーターはいつも自分を過小評価しすぎている。比べる相手が主席クラスのジェームズとかだからどうしたって自分が劣ってしまうように感じるのは仕方ないのかもしれないけど、一般的な規格で測れば彼だって十分優秀な生徒だ。それこそ望めば(あと自信をつければ)、どこにだって雇ってもらえそうなものなのに。
でもまあ、常に魔法使いでごった返しているダイアゴン横丁で情報収集に務めるというのは実にピーターらしい、とも思った。彼が噂集めを得意としていることは私達皆が十分に承知しているし、きっと彼のもたらす情報は、騎士団を陰で支えるのだろう。

「イリスは結局進路、どうしたんだ?」

最後に進路を訊かれたのは私だった。
私の進路なら、もう3年前から決まっている。

「国際魔法協力部に行くつもり」

何度も言ってきたことなのに、改めてこの場で口にした瞬間、彼らはそろって目を見開いた。

「え、あれってマジだったのか?」
「イリスの家だってマグルの中じゃそこそこお金持ちなんだろ? お母様とやらを言い包めて騎士団に専念すれば良いじゃないか!」
「あなたならもっと…こう、闇祓いとか、そっちの専門職に就くと思ってたわ」

口々に反論…ではないけど、意外だという声が浴びせられる。意外も何も、私は最初から国際魔法協力部への入省を示唆していたのに。
まあ…確かに、言い出した時は本気じゃなかったことも認める。最初に私が魔法省に入ると言い出したのは、他ならないリヴィア家から逃げ出すためのただの口実に過ぎなかった。実際あの後も、進路を訊かれればなんとなく"最初に思いついたから"という理由で「国際魔法協力部に行きます」と答えていただけで、そこにきっと、私の意思はなかった。

でも、そのいい加減で曖昧な希望が明確な"志望"に変わったのは────去年のことだった。

「騎士団の活動はもちろん頑張るつもりだよ。でも、魔法省に入ることは騎士団に貢献するためのひとつの道にもなると思うんだ」
「…どういう意味?」
「つまりね────」

去年、私達はホグワーツ内部にいる"未来の死喰い人"と杖を交えた。
ダンブルドア先生が見張っているホグワーツの中でさえ、ヴォルデモートの手は着実に伸びていた。ヴォルデモートが唯一恐れると言われた魔法使いの目の前で、だ。

その時私は、「死喰い人は思ったより身近なところに潜んでいるのかもしれない」と思った。もしかしたら家の隣に住んでいる人が本当は死喰い人かもしれないし、近所で買い物をするようなお店の店員さんだって、夜になったら人を殺めているかもしれない。

────そして、それならばその手はきっと同様に、"政府"にも及んでいるはずだ。

だってヴォルデモートは、"魔法界の支配"を目論んでいるという。それをどういう形で実現させるつもりなのかは知らないが、今この時魔法界の"最高法規"になっている魔法省に死喰い人、あるいはその協力者をのさばらせることは簡単にできることだろう。ホグワーツでさえ、それができたのだから。

私にとって、最も安全で守られていると思える場所はホグワーツを置いて他になかった。
そんなホグワーツも完全に安心できるとは言えなくなってしまった今、私は何よりまず"魔法界の頂点"たる組織を守りに行くべきだと考えた。

それが、魔法省────つまり、この世界の最高機関だった。
魔法省が陥落してしまえば、闇の魔法使いが覇権を手にする日がぐっと近づいてしまう。そうなる前に、私は内部の腐敗を防ぎたかった。国際魔法協力部がどの程度内政干渉できる部署なのかはよくわかっていないが、少なくとも魔法省でどんな人が働いているのかくらいはわかることだろう。そして内部に何か異変が起きた時には、きっと民間企業で働いている人よりは早くそれに気づき、騎士団と連携して対処することだって可能になるだろう。

「闇祓いみたいに死喰い人と直接戦うことになるような部署より、あくまで表向きは"外交"と称して内情を探りに行く方が、きっと私に合ってると思ったんだ」

そう、私はこれからも"優等生"であり続けると誓った。
"裏"では騎士団の一員として、世界が闇に呑まれないよう、世界が温かい光で満ちるようその命を捧げるつもりでいる。でも"表"では、あくまで魔法省のエリートとして良い顔をしながら、できるだけ多くの人と関わりを持とうと思ったのだ。ひとりでも多く、そして誰よりも早く、闇を抱えた魔法使いを見つけるために。

「なるほどな、そう考えると確かに国際魔法協力部はイリスに一番合ってる」
「本当に抜け目ないよなあ、フォクシーって」

シリウスとジェームズが感心したようにうんうんと頷いた。

「きっとそれは顔の使い分けが巧い君にしかできないだろうな」
「やっぱり考えることが何枚も上手だよね、イリスって」

リーマスとピーターはそう言って私を褒めてくれた。

「私、あなたのことを誇りに思うわ」

そしてリリーは、私の手を取って本当に心から誇らしげな顔をして、そう言ってくれた。

「ありがとう」

出任せに言った言葉を本当に実現させようとする日が来るなんて、3年前は思ってもみなかったけど。もしかしたら、言霊というものは本当に存在するのかもしれない。全ては思い描いた未来へ繋げるため────私が守った"優等生"の名は、最後にちゃんと、私に微笑んでくれた。

後日、私達7年生は学期末のパーティーの前日に、一足早く卒業式ということで大広間に呼び集められた。
周りにあるのはよく知っている顔ばかりだ。直接会話をしたことのない人もいるし、会話をしたことがないはずなのに一方的に嫌悪の眼差しを向けてくる人もいた。

「諸君」

全員が揃ったところで、ダンブルドア先生が席を立った。
今日は、大広間の4つのテーブルが取り除かれ、代わりにあちこちに円形の小さなテーブルが置かれている。立食パーティー形式ということらしい。マグルの世界での卒業式とは少し違ったスタイルだ。

「7年間、よく毎日頑張って勉強してくれた。ホグワーツでの生活が君達にとってかけがえのない思い出の日々として、これからの君達の糧となってくれることを切に願う」

ダンブルドア先生は青い瞳をキラキラと輝かせ、私達をじっくりと見回した。

「────7年前、もっと幼く、人によっては魔法の存在すら知らずにここへと誘われた君達が、今こうして誰も欠けることなく、立派な成人となってここを卒業してくれることを心から嬉しく思う。みんな、随分と大人になったのう」

まるで本当のおじいちゃんみたいだ、と思った。先生はニッコリと笑って私達の成長をひとしきり喜んでくれた後、「さて、それでは1人ずつ卒業証書を渡して行こうかの。こうして君達の名前をひとりひとり聞くのはそれこそ7年前の組分けの儀式以来じゃ。帽子によって選ばれた寮で過ごした7年間を噛みしめて────名前を呼ばれたら、前へ出て来ておくれ」と言った。

生徒の名前を呼ぶのは、やはりマクゴナガル先生のようだった。

「ハッフルパフ、アルベルト・ロジャー」

ハッフルパフの男の子が、ダンブルドア先生の前に堂々と歩いて行った。
あ、あの子────覚えてる。7年前、組分けの儀式の時にも最初に名前を呼ばれた子だ。あの時は何もかもが初めてで、突然大勢の人の前で名前を呼ばれて────緊張しきった様子でよろよろと頼りなく帽子を被る彼の姿を、自分に重ねてドキドキしながら見守った記憶がある。

もう、あの時の弱々しいロジャーはどこにもいなかった。
次に呼ばれたスリザリンの子も、顎をくっと持ち上げ、まるで王様のように気高く気品のある仕草でダンブルドア先生から証書を受け取っていた。
次の子も、また次の子も────。

誰もがみんな、この7年に、そして自分の寮に、最後に自分自身に────自信を持っているようだった。
私達はもう、ABCを教わるだけの子供じゃない。
7年という長いようで短い時間を、私達は全力で生き抜いた。

グリフィンドール、リヴィア・イリス

名前を呼ばれた瞬間、自分がグリフィンドールに属されたことで悩んだ日もあったことを思い出した。

でも今は────自分の名前の前に"グリフィンドール"と付くことが、こんなにも誇らしい。

私は会場の後方から、ゆっくりとダンブルドア先生の前に踏み出した。
1歩1歩、まるでホグワーツで過ごした1日1日を回顧するように。

私を見る生徒の中には、友好的な目を向けてくる友人もいれば、侮蔑的な目を向けてくる敵もいた。スネイプなんて、視線だけで私を呪い殺すような目で見てきている。
────あれ、でも。
私はそんな視線の中で、確かにこちらに────まるで憧れの人でも見るかのような眼差しを向けている人がいることにも気づいた。

ヘンリーがそうだった。彼は眩しそうに、口元を緩めて私に熱い視線を送っている。
彼だけじゃなかった。何人かの男子生徒や、女子生徒まで────「やっぱり風格が違うのね」、「稀代の優等生って二つ名は伊達じゃないわ」そんな羨ましげな囁き声まで聞こえてきた。

私、嫌われてるばかりじゃなかったんだ。

シリウス達のようなカリスマになりたいと願ったことはなかった。でも、私も知らない間に────きっと、ホグワーツにおいて彼らと同じような立ち位置にいたのかもしれない。なんて、今のこの景色だけで判断するなんてさすがに傲慢かな。

ダンブルドア先生の前に立ち、礼をする。

「イリス」

先生は私の名前を呼んで、卒業証書を手渡してくれた。

「君の勇気に、心からの敬意を表する」

────それは、今まで先生からもらった言葉の中で、最高の賛辞だった。

「ありがとうございました」

迷った私を導いてくださって、ありがとうございました。
私に未来の道を切り開いてくださって、ありがとうございました。

私に────何もなかった"私"に、ホグワーツという居場所を与えてくださって────ありがとうございました。

証書を受け取った後、私はマクゴナガル先生にも礼をする。
マクゴナガル先生は、7年前と変わらない────キビキビとした姿勢としゃきっとした雰囲気で、私にひとつ頷いてみせてくれた。

「突然の訪問、失礼します。あなたがミス・イリス・リヴィアで間違いありませんね?」

7年前、マクゴナガル先生が突然うちを訪ねて来た日のことを、私は決して忘れていなかった。

「ええそうです、ミス・リヴィア、あなたはれっきとした魔女なのですよ」

先生がそう言ってくれた日、私の人生がガラリと変わった。いや、その日に新しい人生が始まったのだ。

私と同じように卒業証書を手にしたシリウス達と、おしゃべりを楽しみながらご飯を食べる。

「なんだか変な感じだよな。7年生の名前がひとりずつ呼ばれるのなんて、それこそ入学した時以来だったからさ────」

シリウスは私と同じ感覚に陥っていたらしい。7年前、自分達を待ち受ける日々を何も知らずにおっかなびっくりでいた新入生の全員が(まあ、シリウスとジェームズはおっかなくなったりもびっくりもしなかったんだろうけど)、今こうして堂々と笑い合っているのだから。

「急に成長したみたいだよね」と言うのはリーマス。彼もまた、目を細めて周りの様子を見ていた。

「私達、皆大人になったのね。あんまり実感が湧いてなかったけど、こうして見ると────確かに、6年前のことをよく思い出すわ。まだ11歳で、子供で、無知で────ええそうよ、ジェームズ、あなたもよ

"無知"のところで何か言いたげに口を開いたジェームズはリリーの鋭い言葉に瞬殺されてしまった。それを見て、ピーターがクスクスと笑う。

「とにかく、これで僕らも晴れて"一人前"────言ってしまえば、ようやくひとりの人間として立派に扱われる存在になったわけだ」

シリウスの締めの言葉が、私の胸にまっすぐ刺さった。

自分がどこにもない、ただのリヴィア家のお人形だった私は、ここで初めてイリス・リヴィアというひとりの人間になった。
そして自分を得た私は、自分の意思で、これからの長い人生を────世界のため、なんて格好良いことを言いながら、その実どこまでも自分のためだけに生きるつもりだった。

「そうだね。一人前の人間らしく頑張るよ」
「そのなんでもとりあえず頑張る姿勢、もう少しなんとかならないか? 見てるこっちが疲れる」



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