3月の終わり、イースター休暇を迎える頃。私達は休暇前に大量の課題を出されているし、6月に控えているNEWTへの総復習も抱えながらとなれば、そろそろ誰かしらが発狂するんじゃないかと思────「もうダメエエエエエエエエエエ!!!!!!」────ああ、やっぱり出てきてしまった。

魔法薬学の授業中、スリザリンの女子生徒が突然金切り声を上げて失神してしまった時、教室は僅かにどよめいた。今日の課題は"自分らしさを表現する薬"というこれまた曖昧なものだった。ちょうど私は"万能薬"(言葉だけだと万病に効く薬のように聞こえるが、この薬は1日中自分がなんでもできる"万能な人間"になったかのような気持ちにさせてくれる、フェリックス・フェリシスとよく並んで挙げられる気分高揚薬だった)の最後の仕上げに取り掛かろうとしていたところだったのだが────その叫び声にうっかり手元を滑らせ、不死鳥の毛を2本だけ入れれば良いところを5本も入れてしまった。

失神してしまった彼女が何を作ろうとしていたのかはわからない。ただ、彼女の大鍋からは髑髏の形をした煙が立ち上り、シューシューと嫌な音を立てていた。遠くの席からでもわかる悪臭から判断するに、あまり良い出来栄えとは言えまい。きっと彼女は彼女なりに努力して、毎日頑張って、その結果がアレになったせいでプツンと精神の糸が切れてしまったんだろう。

スラグホーン先生がスリザリンの子を医務室まで運んでいる間に、私は入れすぎた不死鳥の羽毛の倍率に合わせて他の材料も少しずつ足していった。手順から外れて入れられた材料は多少混ざりきらずに浮いてしまっているようだったが、効用としては問題ないだろう。

授業が終わった後、生徒達の間では倒れた女子生徒の話で持ち切りになった。
他人事じゃない、この間同じような生徒を見た────といった内容ばかり。NEWTという最大の敵を前にした今、寮同士のいがみ合いになどかまけている暇はないようだった。女子生徒に同情する声はあっても、それを馬鹿にするような生徒は誰もいない。誰もがみんな、追い詰められていた。

「ちゃんと必要な分はくすねてきたか?」
「ばっちりだ。スラッギー爺さんも、まさか生徒の提出物がホグワーツの堅牢な壁に風穴を開ける材料になるとは思いもしないだろうな」

────ここでも、関係ない話をしているのは彼らだけだった。
ちょうど私達の後ろにいた彼ら話の端っこを偶然聞いてしまっただけではあるが、"ホグワーツの壁に穴をあける"というフレーズに興味と心当たりがあったので、私はそっと歩調を緩めてシリウスとジェームズの隣に並んだ。

「────何の話?」
「おや、盗み聞きとは趣味が悪い」

そう言いながらも、2人は実に楽しそうに笑っていた。

「ホグワーツの壁に風穴を開けるなんて話、監督生としては聞き捨てならないものでね」
「ふふん、主席様を前にしてお説教とは偉くなったな」

お互いに自分の肩書きになど頓着していないので、そんな嫌味の応酬を交わしながらでも空気は和らいでいた。私がジェームズの切り返しに思わず笑いだすと、彼らはそれで気を良くしたのか、揃ってポケットから片手でようやく掴めるほどのサイズの粉薬を取り出した。

「北塔の4階の壁に窪みがあるって話、覚えてる?」

もちろん。夏休みの時点で既にその窪みが"かつて誰かが掘り進めて隠し通路を作ろうとした場所じゃないか"と予測していた悪戯仕掛人。この数ヶ月、彼らがせっせとその作業を引き継いでいることも、ちゃんと私は把握している。

「僕が作ったのは"爆発薬"。パッドフットが作ったのは"柔軟薬"。僕はド派手に目立ちまくるのが好きだし、パッドフットはスリザリンの名家の出でありながらグリフィンドールに入った"柔軟"な奴だ。僕らはどちらも課題に沿った薬を提出しておいて────」
「それで、これをうまく組み合わせて活用して、壁をもっと効率良く掘り進めようとしてるってわけ。このくらいの薬なら空き時間で作っても良かったんだけど、授業時間を遊びに使えるならそれに越したことはないからな」
「最近、壁の強度がどんどん上がってるんだ。それにわざと壁に強化魔法がかけられてるような痕跡も残ってる。だからまず柔軟薬で硬くなった壁を柔らかくして、爆発薬で一気に活路を開くつもりでね。これでぐっと作業スピードが上がるはずさ」
「考えてみれば、魔法で守られてる部分にブチ当たったってことは、それだけ外に近づいてるってことでもあるからな。僕らの偉業が達成される日も間近だぞ」

矢継ぎ早に、こちらが口を挟む暇もなくまくしたてるシリウスとジェームズ。それこそ試験勉強なんてそっちのけで最近そのことばかり考えていたのだろう、まるで1人の人が喋っているように流暢に"偉業"とやらの話をしている2人の様は、顔立ちは全く違うのに本当の双子(それもかなり幼い)を見ているようで微笑ましかった。

「その抜け穴がどこに繋がるかは見当がついてるの?」
「方角と距離を考えると、禁じられた森の奥の方ってところかな」

────前言撤回、私の微笑みが急速に凍り付く。

「禁じられた森って────そんなところと繋げたら流石に危なくない?」
「何を言ってるんだ、フォクシー。まさかとは思うけど、"禁じられた"って名前だけであそこが危ないところだと勘違いしてないか?」
「まあ、確かに行ったことはないけど…でも禁じられてるからには、それだけの理由があるってことでしょ? 人間じゃとても友好的な交流が図れない動物もいるって聞くし」
「それは嘘じゃない。でもそれは、人間が"傲慢で不遜な輩"だからいけないんだ」

マナーさえ守っていれば、禁じられた森はホグズミードよりよっぽど安心な場所だよ、なんてとても信じられないことを言うジェームズ。

「だっていくら禁じたところで、あの森が"ホグワーツの敷地の一部"であることには変わりないんだから。ダンブルドアが認めてない生き物はあそこには多分いない。ホグズミードなんて、一見平和に見えるけど、死喰い人が現れたら一瞬で恐怖の無法地帯と化すんだぞ。よっぽどそっちの方が脅威じゃないか」

一見それはもっともな反論のように思えたが、軽やかな言葉に紛れた"多分"というワードを、私は聞き逃さなかった。シリウスとジェームズはしょっちゅうあの森に行っているらしいからそうやって自信を持っているんだろうが、ダンブルドア先生の目がホグワーツ全てを遍く見通しているわけじゃないということは、先生本人が言っていたことでもあるのだ。たとえその言葉が謙遜だったとしても、あんな鬱蒼とした森の中に全く危険がないなんて、やっぱりとても納得できない。

「それによく考えろよ、僕達は別に玄関ホールの誰の目にもつくような場所にその道を作ろうとしてるわけじゃないんだぜ。北塔の4階なんて普通誰も寄り付かないところの、しかもたくさんある銅像のうちの"たったひとつ"の裏に隠された道なんだ。そんな場所をわざわざ見つけるような"ならず者"が、今更禁じられた森程度で怯えるタマとは思えないね」

────まあ、今シリウスの言ったことになら一理ある、と思った。
何の用もない、使われている教室もないような廊下の銅像の裏をわざわざ調べて、どこに繋がっているかもわからない道を嬉々として進んで行くような人なんて、それこそ彼らのような恐れ知らずの無鉄砲な生徒しかいないことだろう。そんな人が仮に今後現れたとして、「禁じられた森に通じてるから危ないよ」と声を掛けたところで聞くだろうか?
私は溜息をつき、もうそれ以上彼らに警告を発するのはやめることにした。










「フォクシー! リリー!」

そして、彼らの"偉業"とやらはイースター休暇の最終日に達成された。
お昼ご飯を食べ終えて、NEWTに向けて勉強をしようとリリーを誘って談話室にいたところ、悪戯仕掛人が4人揃って寮に戻って来て私達のところへ一目散に駆けてきたのだ。

「開通式をやろう! 遂に向こう側が見えた!」

何のことやらわかっていないらしいリリーは「えっ? 開通式?」と繰り返していたが、私はそれを喜んで良いのやらわからず、比較的まともなリーマスとピーターにその判断を委ねることにした。
しかしこれについては悪戯仕掛人全員の総意だったらしい。リーマスは「ぜひ君達にも立ち会ってほしいってジェームズとシリウスが聞かないんだ」と言いながらも目を輝かせているし、その道が禁じられた森に通じるであろうことを知っているはずのピーターでさえ、「楽しみだなあ、遂に見つけるだけじゃなくて僕らが新たな"道"を作っちゃうんだ!」とはしゃいでいる。

新たな隠し通路を作ることが彼らの夏からの悲願であったことはよく知っている。その先にあるものがちょっとアレってだけで…まあ…断る理由はないか…。

完全に浮き足立っているシリウスとジェームズを筆頭に、私達は談話室を出て北塔へと向かった。道すがら、リリーに事のあらましを説明する。彼女は「秘密の抜け道を作ろうとしている」と聞いたところで呆れたような溜息をつき、「どうやらその先は禁じられた森に繋がっているらしい」と聞いた瞬間ぎゅっと眉根を寄せた。おそらくだが、きっと彼らから同じ話を聞いた数週間前の私も全く同じ顔をしていたことだろう。

それでも誰一人として文句を言わないまま、私達は北塔の4階、オペラ歌手の銅像の前へと到着していた。

ジェームズが杖を振り、銅像を動かす。
そこには、確かに彼らが言った通り窪みが────いや、もはや彼らの手によって完全に人が通れるサイズにまで拡張された"穴"が開いていた。穴はまっすぐ下へと通じているようで、階段こそないものの、(おそらくシリウス達の魔法で)側面に足や手を掛けられるドアノブのような形をした土塊がところどころに突き出ていた。

「下には一応草を敷き詰めて、衝撃を受け止めるための魔法もかけてあるけど、このまま地下まで降りて行かないといけないからくれぐれも気を付けて」

そう言って、ジェームズが一番最初に穴を降りて行った。土塊に手足を掛けて、器用に下へ下へと降りて行く。

「良かったらイリスとリリーが先に降りて。何かあった時、下にはジェームズがいるし、上には僕らが待機してるから助けられると思う」

彼の姿が小さくなったところで、リーマスが私達に下へ降りるよう促した。この口ぶりから察するに、何度か彼らもここを降りているのであろうということはわかったので、ひとまず命の安全だけは確信した私が先に降りることになった。

土塊はしっかりと穴の側面に固定されていた。土でできている穴のはずなのに、掴んでも蹴飛ばしても、砂粒ひとつ落ちてこない。私はその強度に更に安心感を覚え、ジェームズの真似をして少しずつ少しずつ下へと降りて行った。
支えがあるとはいえ、不安定な足場を降りて行くのは大変なことだった。何度か手足が滑りかけてはヒヤリとし、なかなかジェームズの言っていた草地に辿り着けないことで疲労感も増していく。
そろそろ土塊を掴む手が麻痺しようかという頃になって、ようやく眼下にこんもりと山のように積み上げられた草地が見えた。高さで言えば家の2階くらいまではありそうだったが、眼下に広がる草の葉が見るからに柔らかそうだったことと、衝撃に備えた防御魔法がかけてあると言っていたジェームズの言葉を信じ、私は思い切って手を放してそのまま下にジャンプした。

彼らのかけた魔法は、思った以上に強く私を守ってくれた。手が限界を迎えていたこともあり決死の思いで飛び込んだつもりだったが、草の中に埋もれる前にふわりと風が舞い、重力に任せて勢いを上げて落下していた私の体は、急速に速度を落とす。まるで鳥が空から急下降して優雅に着地するように、私も軽やかに爪先からとんと草の柔らかな感触を味わった。

そこは、4畳半ほどの小さな正方形のスペースになっていた。一面に草が敷き詰められており、正面にひとつだけ、また人が悠々と通れる大きさのトンネルがまっすぐ、今度は地続きにできている。先は見えない────まだまだ、道のりは遠いようだ。

「お疲れ、フォクシー。怪我はない?」

先に降りて待っていてくれたジェームズが尋ねる。私は「思った以上に元気」と答え、彼らの魔法の効果に改めて尊敬の念を覚えた。
ほどなくして、リリーが降りてくる。次いでシリウス、ピーター、リーマスの順に降りてきて、私達は全員揃ったことを確認してから、正面のトンネルを通って行った。

「ムーニー、ちゃんと銅像は元の位置に戻したか?」
「もちろん。誰が通ってもその先にこんな空間が広がってるなんて気づかないよ」

そんな会話をしながら、彼らはのんびりピクニックにでも行くかのような雰囲気で歩を進める。私達はそれぞれ杖先に明かりを灯していたので、暗いトンネルでもしっかり互いの顔や自分の足場は確認できていた。

「ねえ、禁じられた森に通じってるって本当? 私、行ったことがないんだけど…」
「私もだよ。シリウス達はマナーさえ守っていれば危ないことはない、なんて言ってるけど、正直不安」

ピクニック気分になれていないのは、私とリリーだけのようだった。お互いに拭えない恐怖を共有しながら、彼らにおずおずとついていく。

「大丈夫だって。それに外の景色はまだちょっとしか見えてないんだけど、多分あそこ、どの生き物も棲んでない場所だから」
「なんでわかるの?」
「僕らが禁じられた森に何回入ってると思ってるんだよ」

そんなこと、知るものか。

私達はそのまま、和やかな雑談と恐怖に震えた戯言を交えながら進んで行った。
同じ景色が続いているせいで時間間隔はすっかり麻痺してしまっていたが────だいたい、ホグワーツの校庭をまっすぐ縦断して、森の奥深くまで進んだ頃だろうか。そんなことを考えるようになった時、ようやく遠くに杖の明かりではない、自然の光が見えるようになった。

「あそこが出口だ! まだ人が通れるほどにはなってないよ。外が見えた段階で君達にも来てもらおうと思って、中断してきたんだ!」
「ご足労いただきましてありがとうございます」

疲弊と恐怖の狭間に揉まれ続けていたリリーが、力なくジェームズのわくわくした声に返した。

トンネルの出口は、彼らが言っていた通り人が通れる程の大きさにはまだ至っていなかった。この中で一番筋肉のついているジェームズの腕がようやく一本通せるくらいだろうか。しかし「見てみて」と言われ、その穴から外を覗くと────確かにそこには、"森"が広がっているようだった。鬱蒼と茂る木々が周りに見えるのだが、私達がこれから出ようとしている場所は、ちょうど木の生えていないちょっとした広場のようになっている。今度こそ本物の草地が広がるその場所には、名前のわからない小さな花も咲いていて────なるほど、彼らがピクニックに行くみたいだと思ったのは、本当にこの先がピクニックにお誂え向きの場所だったからなのかもしれない。

「諸君、ここで改めて我々の苦労した半年間を思い返したいと思う」

私とリリーが交互に穴の先を見て、どうやら目立つ危険はないらしいとひとまずの安堵を得たところで、ジェームズが重々しく口を開いた。

「思い返せば、あの窪みを見つけたのは去年の今頃だった────」
「ちょうど死喰い人達と戦ってた頃じゃん。いつの間にそんなことしてたの?」
「それはそれ、これはこれなんだよ。邪悪な奴らと戦うことと、ホグワーツの謎を解き明かすことは決して並行できないことじゃない」

一瞬だけ素の口調に戻ったジェームズが私の茶々を跳ね飛ばすと、再び咳払いをして演劇口調に戻した。

「先程フォクシーも言った通り、我々はその時、大いなる敵と相対していた。だからあの窪みの先に"何か"があると確信していながらも、それを追求する暇まではなかったわけだ」
「なあ、もう良いからドカンと一発ブチかまそうぜ」

去年の話からひとつひとつこんな調子で振り返られていたら夜になってしまう。思ったことは同じだったのだろう、唯一ジェームズの口を止められるシリウスが呆れ返ったように杖を穴の方へと向けた。

「わ、待って待って。やるなら全員一緒にやろう。そのために連れてきたんだから」
「え、全員一緒に?」

ということは、私とリリーもこの穴を開けるってこと?
ジェームズは当然だという顔で私に笑いかけた。

「君達は僕らの大事なアシスタントなんだから。ホグワーツ最後の思い出作りには、なんとしても携わってもらわないとね」

人を巻き込んで楽しいことをするのが何よりも大好きなジェームズ。彼にとっては、"自分がこの窪みを見つけたこと"も、"悪戯仕掛人でこの穴を掘り進めてきたこと"も、全く関係なかったらしい。功績(と呼んで良いのかはわからないが)を独り占めする気なんて最初からなく、彼は"仲間"とその楽しみを分かち合うことだけを考えていたのだ。

なんとなく、リリーが彼のことを好きになってしまったのも、わかるような気がした。

「3つ数えたら全員でコンフリンゴだ、良いね?」

誰も異論は唱えなかった。ジェームズが満足そうに穴目掛けて杖を向けるのに倣い、私達も全員、人に当たらないよう気をつけながら杖をまっすぐ穴に向ける。

「3、2、1────コンフリンゴ!

6人分の爆破呪文が、小さな穴に発射された。

狭いトンネルに、大きな爆発音が反響した。鼓膜が破れるんじゃないかと思われるほどの轟音に、私は思わず目を塞ぎ、杖を持っていない方の手で片耳を塞ぐ(それでももう片方の耳がモロにその衝撃を受け、キーンと煩わしい耳鳴りがした)。

────目を開けると、そこには日の明かりが差し込む豊かな草原が広がっていた。
だいたい私の家が庭も含めて一軒分まるまる収まるくらいだろうか。日光を遮る木々の立ち並んだ"森の入口"しか知らなかった私には、目の前の景色が"禁じられた森の奥にある場所"と言われてもなかなかピンとこなかった。

「────ここ、本当に森の中なの?」
「ああ。ケンタウルスもアクロマンチュラも近寄らない、森のもっともっとずっと最奥部だ」

シリウスは恐ろしいことをサラッと言いながら(だってアクロマンチュラって、相当獰猛な危険生物じゃなかった!?)、春の陽光が柔らかく照らす緑の大地へ躍り出た。
ジェームズも「やった!」と言いながらトンネルを出て行き、それに従ってリーマスとピーターも軽やかな足取りで外の明るい世界へ飛び出した。

私とリリーは、最後に一度だけ顔を見合わせる。

────そして、私達も遂に、禁じられた森の"誰も立ち入らない"という未知の空間へと足を踏み出したのだった。

「でも、どうしてこんな森の奥に何もない場所があるのかしら」
「さあ? きっと昔の生徒か先生か────とにかく誰かが、僕らみたいに森を散策して誰もいないスポットを見つけて、ここを秘密のピクニック会場にしたんじゃないかな」
「そして秘められた、誰も入れないと思われていたその場所に、僕らがようやく架け橋を繋いだんだ」

悪戯仕掛人達は誇らしげにトンネルの出口を見つめていた。

「偉業、か────」

例えば、多くの人を救ったり、何かの未来文明を作ったり。
そういった誰の目にも明らかな偉業とは、少し異なるのかもしれない。

でも────。

「ねえフォクシー、トンネルの出口に花のアーチをかけてくれないかい?」
「アーチ?」
「そう。せっかく7年越しに僕らもホグワーツの謎を一つ"創った"んだ。その痕跡を、ここにも残しておきたくて。そういう魔法なら、君が一番上手だろ?」

────これもまた、確かな"偉業"の一つなのだろう。
神秘に守られた城に、一つの風穴を開けたこと。危険と言われている森の唯一の安全地帯に、無法者の憩いの場を作ったこと。

これは誰にも知られてはならない、そして知るべき者しか知ることのできない、神秘の城に相応しい偉業だった。

私はジェームズの提案を呑み、6人分の爆破呪文でバラバラに砕け散ったトンネルの歪な出口の形を覆うように、杖で綺麗なアーチ型を描いた。杖先から淡い紅色の閃光が噴き出し、私が描いた形をなぞるように地面から蔦がにょきにょきと絡み合って、ひとつのアーチを作る。

トンネルの端と端、2か所の地面から伸びたアーチが中央で絡み合い完全に繋がると、その蔦からはいくつもの花が咲いた。大きな花から小さな花まで、色も赤や黄色、白など様々なものを取り揃えながら、太い蔦を隠しきってしまうほどの花が咲き乱れる。

「まるで何かの神殿みたいだな」

私が作ったアーチを見て、シリウスがそんなことを言ってくれた。
改めて自分の作品に満足していると、ジェームズが出来上がったばかりのアーチの方へたっと駆けて行く。そしてトンネルの出口の右側、アーチの根元に屈みこむと、そこに何かを置いたのが見えた。

なんだろう。私は同じようにジェームズの挙動を不審に思ったらしいリリーと一緒に、彼の傍まで近付く。

彼が置いていたのは、小さなガラスケースだった。

「なに、これ?」
「僕達から後輩への、プレゼントだよ」

ジェームズはそう言って、ガラスケースの蓋をとんとんと杖で2回突く。
すると、ガラスケースの蓋がポンと開いた。中に入っていたのは────ルビーの鍵だ。

「これ────」
「もう少し見つけるのが早かったら僕達もこれを大いに活用してたかもしれないんだけどね。卒業まで4ヶ月となった今、もう今更僕達がこれを占有するより、ここまで辿り着いた悪戯好きな後輩に譲り渡すことにしたんだ」

よく見ると、ガラスケースの蓋の裏には何か文字が刻まれているようだった。旧グリフィンドール寮で見たそれと同じように綺麗に彫り込まれているそれは────。

『G・S・R・H、4つの勇気と気品と叡智と調和を讃え、この鍵を正当に握りし若き者に、自由の翼を授ける。
────悪戯仕掛人とそれを常に助けた2人の才媛による、友情を込めて。』


私達がこの鍵を見つけた時とほぼ同じ文言に、そんな"私達の足跡"も刻まれていた。

「これを見つけるのがグリフィンドール生かどうかはわからない。使い道を理解してくれるかもわからないし、理解したところでそれをどう使うかもわからない。かなり無責任なことをしてるとは思うよ。でも────」
「それなら、これも一緒に入れてほしいな」

私達が何かまた批判するとでも思ったのだろうか、ジェームズが何やら言い訳をしたがっているようだったが、私はそれを遮って"あの日"からずっとローブに隠し持っていた物をルビーの鍵と一緒にガラスケースに収めた。

────それは、私達がレギュラスから盗み取ったエメラルドの鍵だった。

「────今はまだグリフィンドールとスリザリンが手を取り合うなんて考えられないけど、いつかずっと先────私達が死んだずっと未来で誰かがこれを見つけた時、その時にはまたここが創設された頃みたいに、4つの寮が足並みを揃えていられると良いよね」

ジェームズの案に反対する気など、私にはなかった。
"普通の生徒"がこの鍵を簡単に見つけられるようにしていたら、もしかしたら抗議のひとつくらいはしていたかもしれない。しかし、こんな場所に来るような生徒はまず"普通"じゃない。その人がジェームズ達のような光の魔法使いであれ、レギュラスのような闇の魔法使いであれ、"特別"な嗅覚と才覚を持ってここまで訪れた生徒にだったら、私もこの鍵を握る権利はあって当然だと思っていた。

だってこの鍵は、生徒の自由のために作られたのだから。
きっとこれは大人の手に渡したり、壊したりするべきじゃない。レギュラスのような使い方をしている人がいたとしても、きっとその時には私達のように、それに真っ向から反逆する生徒だって現れることだろう。

────なんて、希望的観測すぎるだろうか。

「────うん、良い案だね」

ジェームズはそれでも笑ってくれた。2つの鍵を収めたガラスケースの蓋を再び閉め、今度こそ花の陰にそれを隠す。

「さあ、もうすぐ日が暮れる時間だ。帰る時間を考えたらそろそろ戻った方が良いだろう。今日の目的は達成したしね」

リーマスの号令で、私達はその場を後にした。

「次に来る時は、NEWTを終えた後かな」
「サンドイッチでも持ってピクニックでもしようか」

来た時とは少し違う────全員が穏やかな気持ちでそんな会話をしながら、長い長いトンネルを戻って行く。

「レギュラスはそろそろ自分の持ってる鍵が偽物だって気づいたかな」
「すぐ気づいただろうな、ヴォルデモートに定時連絡ができないって焦ってるかもしれない」
「それで何か痛い目に遭わされてなければ良いんだけど…」
「どうなったって自業自得さ。あいつはあいつの意思で、闇の道を選んだ。愚弟の心配をする前に、僕らは僕らの道をちゃんと歩いて行かなきゃ。ほら、この直上トンネルを昇るのは降りる時よりキツいぞ」

シリウスの言う通りだった。エメラルドの鍵を見たことでレギュラスを案じてしまう気持ちが一瞬だけ胸を過ったが、すぐにそんな浅い心配など掻き消えてしまうほどの重労働が私を待っていた。
途中、何度も何度も下にいるシリウスに魔法をかけて体を支えてもらいながら(繰り返しこの道を往復しているのであろう彼は流石に慣れているのか、片手で杖を握りながらでも安定した足取りでトンネルを昇ってきていた)、私はなんとか4階の廊下まで辿り着いた。

最後にまたリーマスが銅像を元の位置に戻して、トンネルの道は塞がれる。

そうして私達の"秘密"は、ここに永遠に残されることとなった。



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