クリスマス休暇が明けると、先生方が揃ってNEWTの話ばかりをするようになった。最初の授業で「今年はNEWTがあるからみんな頑張るように」と言ったきり、いつも通り蠅の飛ぶような声の講義しかしていなかったビンズ先生でさえ、「そろそろNEWTで重点的に問われる項目について復習していこう」と言い出したのだ。

正直、最後の年ながらホグワーツに入学して以来最も重い授業が続いた。OWLを突破してきた生徒が対象となっているだけあり、一口に授業のレベルが高いとは言っても、これまでのように新しいことをインプットする形の講義より、6年分の知識を総結集させないと座学にすらついて行けなくなる今の講義形式の方が、余程生徒を疲弊させている。

そんな中でも、1年生の時から全く変わっていないのは────。

「ポッター軍団! 授業外で無闇に魔法を行使するなと何度言わせるんだね!」

悪戯仕掛人の4人だけだった。
当然、"悪戯仕掛人"などといういかにもな名前を使っているのは、彼ら自身と私達のような親しい友人だけだ。先生方は悪戯仕掛人のことを"ポッター軍団"と呼んでいた。最初は4人の名前をそれぞれちゃんと呼んでいたものの、全員の名前を呼び終える前に彼らが逃げ出してしまうことに早い段階で気づいた先生方は、1年生が終わる頃にはすっかりそんな子供じみた呼び名を定着させていた。

「────まったく、無茶をするななんて、ケトルバーンにだけは言われたくないよな」
「まったくだ。校内にドラゴンをどうやって持ち込むか真剣に考えてマクゴナガルに怒られてたの、僕達が知らないとでも思ってるのかな?」

今日はどうやら魔法生物飼育学のケトルバーン先生にお説教を食らったらしい。授業の移動の合間に彼らが怒号を浴びせられている様は見ていたので、呪文学の授業開始ギリギリにようやく教室に飛び込んできた彼らがブツクサ文句を言っているのを私とリリーは笑いながら見ていた。

「────そういえば、プロングズとは正式にお付き合いを始めたの?」

今日の呪文学はこれまでに学んだ呪文を全て自由に使い、"自分の世界"というタイトルで決められた規格の箱の中をデコレーションするというユニークな課題が出されていた。小さな爆発物をいくつも作る者、ファンシーな光で彩られたホグワーツ城を作る者、様々な魔法と"世界"が飛び交う中、私は片手間でリリーに尋ねる。

彼女には、クリスマスの朝に彼女とジェームズがキスをしていた場面を見たことを言わなかった。ただ「シリウスとデートしてきたよ」と夜中ベッドを抜け出していた理由を正直に伝え、何も知らないふりをして「隠し部屋のサプライズはどうだった?」とだけ訊いたのだ。彼女は多くを語ってくれなかったが────「正直、ジェームズがあそこまでロマンチックな人だとは思わなかったわ」と耳まで赤くしながら言っていたのを見る限り、シリウスも言っていた通り彼の"愛の全て"とやらはリリーの乙女心にまっすぐ刺さったらしい。

「え、ええ────そうよ、言ってなかったかしら」

リリーはわかりやすく手元をブレさせ、箱の中身をすっかり爆破してしまった。強固な防御魔法がかかっているその箱の中でどれだけ大きな爆発を起こそうが周りに被害が及ぶことはないのだが、私はリリーの"世界"を壊してしまったことを「ごめん」と一言詫びた。

「でも、それならそうと教えてくれれば良かったのに」
「恥ずかしかったのよ。あれだけ嫌がってた人と────その、付き合っても良いなんて思っちゃった自分が」
「なんで? とっても良いことじゃない、ジェームズは素敵な人だよ。リリーがジェームズを良く思ってなかったことは知ってるけど、それでも私は前からリリー達がうまくいってくれたら嬉しいなって思ってたのに」
「ごめんなさい。あなたには最初に言うって決めてたの、それは本当よ」

まあでも、私もシリウスと付き合ってからそれをリリーに告げるまで1ヶ月近くかけてしまった身だ。なんとなく察していたのも同じこと、あまり責められまいとそれ以上リリーに強く言うのはやめることにした。

「いつから? やっぱりクリスマスの時?」
「そう。あの日ね────こう、今もうまく言えないんだけど、あなたに言われた通り朝にあの部屋に行ったら、私の大好きなものがたくさん詰まった部屋にジェームズがいたの。それはもうびっくりしたわ────だって、あの人、私のことを"本当に理解してくれてるんだな"ってすぐにわかるような────」

リリーはクリスマスの朝のことを語りながら、自分の箱庭を再度作り始めた。壁一面に飾られた大きなユリの花を中心に、タンポポやマリーゴールドのような小さく慎ましい花々が部屋を彩る。部屋の中央にはグリフィンドールの談話室のソファのような落ち着いた紅色のソファが置かれ、男女数人のミニチュア人形がが笑いながら何かを話しているようだった。

私はそれを見てなんとなくジェームズが部屋に仕掛けた"愛の全て"を想像しつつ、リリーのたどたどしい話を聞き続ける。

「────とにかくね、そこにいるだけで心がワクワクするような空間の中で、彼が言ったの。"僕は本気だよ"って、ただそれだけ」

普段はおちゃらけていて、まるで"真剣"という概念そのものを知らないようなジェームズ。いつも一言多くて、要らないことばかり言っている彼が彼女に伝えたのは、心から出たそんな短い言葉だけ。真面目な顔で…例えばたまにリリーの話をする時に見せるあの慈愛に満ちた口調でそんなことを言ったのだとしたら────私でさえ、そのギャップにときめいてしまいそうだ。

「あなたにはいつだったか"好きになる時はなっちゃうものなのよ"なんて知ったかぶったことを言ったけど、まさか自分までもがそんな気持ちになる日が来るとは思わなかったわ。私、その時すごく自然に思ったの────"この人の本気に応えたい"って」

そう言うリリーは、戸惑いと羞恥と、それから少しの喜びが混ざり合ったような────年相応の少女の顔をしていた。

「あの人の魅力にもっと早く気づけば良かった、とまでは言わないわ。私は確かに前まではあの人のことが心から嫌いだった。でも────きっとみんな、この7年の中で少しずつ変わっていったのね。私、あの人の魅力に"このタイミング"で気づけて良かった、となら思ってるの」

彼女が思い描く"変わっていった人"の中には、ジェームズやリリー自身だけでなく、スネイプや彼女のお姉さんのような人達も含まれているのだろう。
誰もがみんな、幼いままではいられない。誰もがみんな────きっと私でさえ、無意識のうちに"心"が育ち、それぞれの"人格"が形成されていく。

変わっていく中で、今まで親しかった人と疎遠になってしまうことや、逆に思いがけなかい人との関わりが生まれていくことは、もしかすると思ったよりよくあることなのかもしれない。私はいちいちその距離感の変化に心を乱していたが、きっとこの先そういったことはもっとごく当たり前に起こりうるのだろう。

"変化"を受け入れながら、それでも常にその時の"自分"を見失わないようにする。私にとってそれはまだ難しいことであり────そして、目の前にいるリリーは、まさにそのお手本のような人だった。

「リリーが幸せならそれが一番だよ」

私はそう言って、自分の箱庭に最後の魔法をかけた。
どこまでも続くかのような広い草原。花が咲き乱れ、動物達が戯れる自然溢れる世界の中に、箱からはみ出すほど大きな星空で蓋をする。

私にとって世界とは、"自由"であり"果てのない"ものだった。



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