ホグワーツ最後のクリスマスを前に、私達7年生の監督生はいつも以上に精力的になって準備を進めていた。
今年はレイブンクローの飾りつけも効率的に終えられたらしく(メイリアが監督生でない他の生徒にも手伝わせたらしい)、またも手薄だと嘆かれていたスリザリンの領域を手伝いに私達が行くことにはならずに済んだ。

そういうわけで、リーマスと私は東塔の見回りと飾りつけを楽しみながら行っていたのだが────。

「まさか本当にあなた達まで出てくるとはね」
「まあまあ、たまにはお世話になってるホグワーツを綺麗に着飾る役目を手伝ったって良いじゃないか」
「別に事件が起こるなんて期待してないぞ」

なぜか、私達のすぐ近くでシリウスとジェームズまでもが杖を振って、先程ハグリッドが置いて行ってくれた樅の木に明かりをつけていた。

「はー、まさか僕達が談話室で平和に遊んでる間にそんなエキサイティングな冒険をしてたなんて」
「来年は僕達もクリスマスの飾りつけ、手伝うか?」


去年のクリスマス前、レイブンクローとスリザリンを巻き込んだトラブルが発生した時、この2人はその場に自分達が居合わせなかったことを心から悔いているようだった。

こちらは今年もまたあんな事件が起きるなんて、考えたくもないというのに。でもいつだって事件というものは、望んでいなくても向こうの方から勝手に落ちてくるのだ。だったら、不運にも有事が起きてしまった時には人手があった方が良い。実際2人は"トラブルを待ち望んでいる"ことを除けばよく働いてくれていたので、私達も特に文句を言うことなく助っ人をありがたく迎え入れていた。

「ピーターとリリーは?」
「ピーターは変身術の補習。エ…リリーはふくろう小屋に行くって言ってた。どっちも終わったらこっちを手伝いに来るってさ」

途中、ジェームズが「ムーニー、あっちの隠し部屋にクリスマスプレゼントを仕込みに行こう!」とリーマスを連れ去ってしまったので(「なんで僕が!」とリーマスが言っていたが、「監督生と一緒なら先生に見つかってもお咎めを受けにくいだろ」と封殺されていた)、私はシリウスと2人でたくさんの星を天井や壁に貼り付けていた。

「それにしても、僕らがまさかエバンズを"リリー"って呼ぶ日が来るとはな」

シリウスはまだ彼女を"リリー"と呼ぶことに慣れていないらしい。去年の揉め事をきっかけに彼女が私達の仲間入りしたことを自然な流れによるものだと理解していても、私が彼らに歩み寄った時ほどの時間と手間をかけていないからか、人一倍警戒心の強い彼はまだそれに対して違和感を抱いているようだった。

「まあ、私も…正直、リリーがあなた達に心を開く日が来るとは思わなかったよ。これに関してはジェームズが頑張ったって言うのが一番かな」
「確かに、あいつが一番リリーの気を引こうと躍起になってたからな」
「シリウスはリリーのことをどう思ってるの?」
「頑固頭」

何一つ変わらない評価に、ついぷっと笑ってしまう。シリウスもつられたように笑い出した。

「────まあでも、賢くて正義感が強いっていうのはこの1年弱でよくわかった。…それに、全く興味のなかった去年までだって、彼女が君の良い友人であるなら僕にとっても良い友人になりえる余地はある、くらいには思ってたさ」
「まあまあ、随分と高みからものを仰ること」

前まではいくら私がリリーのことを擁護しても鼻で笑っていたくせに。

「これに関しては、私はジェームズの方が見る目があったんだなって思うね」
「簡単に言ってくれるけどな、プロングズがエバンズの話ばっかりするようになった頃は大変だったんだぞ。毎日おはようからおやすみまでエバンズって語尾につけないと気が済まないようだったから、一回本気であいつの上唇と下唇を呪いでくっつけてやろうかと思ってたんだ。君がいる前では流石に抑えてたようだったけど、こっちは危うくアレルギーを起こすところだった」

私でさえ(それこそ去年のバレンタイン前とか)ジェームズの"エバンズ病"にはうんざりしていたというのに、あれでも抑えていた方だったとは。

「リリーはどうしてプロングズを受け入れたんだ? リリーの方こそ僕らのことを散々嫌がってたじゃないか」
「プロングズが命がけでリリーを守った時、流石にあの凍った心も溶けたみたい」
「ああ、スネイプがクルーシオを使った時か」

リリーはそれを「不謹慎なこと」と言っていたが、第三者から見ればそれくらいの大きな出来事でも起こらない限り、リリーの頑固な頭は解れないと誰もが思っていただろう。その話を聞いた時の私がそうであったように、シリウスにとってもそれはごくごく自然なこととして吸収されたようだった。

「僕だって君が危険に晒されるくらいなら自分の命を差し出した方がマシだって思うね」
「やめてよ、縁起でもない」
「はは、まあそこまでしなくてもちゃんと僕の誠意が君に伝わってる分、僕の方がプロングズよりいくらか幸せだな」

そう言ってすぐジェームズに張り合うシリウスを見ていると、まるでまだ幼い11歳の、自分の力を誇示することに執着していたあの頃のことを思い出す。

「私達の場合はその分"お互いに"ぶつかることが多かったからね。覚えてる? 6年前のクリスマス────あの時はこんな風に一緒に飾りつけの準備をするなんて、思ってもみなかったよ」
「ああ。僕もまさか君がこんなにふてぶてしい女になるなんて思ってもみなかった」
「それ、褒めてないよね」

あの頃の私だったら、きっとそこで「ふてぶてしい」と言われることもなかったし、そんな言葉に素直に「褒めてないよね」なんて喧嘩を売るようなことだって言えなかっただろう。
歳月は同じように過ぎていくのに、心の在り方が違うだけでこんなにも違う世界が見える。私達は7年間もホグワーツという狭い箱庭に閉じ込められているはずなのに、毎年新鮮な気持ちで日々を迎えられる。

それの、なんと幸せなことだろう。

「あ、イリス。ちょっと止まって」

シリウスが、私の頭を見て何か気づいたように名前を呼んだ。ちょうど壁に最後の飾りをかけようとしていた(一面に張った魔法のモールを点灯するところだった)私は、彼の言葉を受けて杖を上げたままの姿勢で固まる。

彼はそっと私に近づくと、まるで繊細なガラスの工芸品に触れるような手つきで、私の髪を一房掬い上げた。

「星の粉がついてる」

魔法で出した、永続的に輝く光の粉。シリウスは丁寧に私の髪を梳いて、「ほら」ときらめく星の粉を見せてくれた。

「ありがとう。3回目にもなるとひとつひとつの魔法がどうしても雑に────シリウス?」

顔が近い。
彼は秘密の宝物を見せるように星の粉を私に見せた後、まるでまだ私がその粉に覆われているかのように、眩しげな視線を私に向けた。

あ────これ、キスしようとしてるんだ。

誰もいない廊下の隅、星の粉のきらめく中、樅の木の陰に隠れて、彼はそっと私の髪にもう一度触れた。まるで見えない力に引き寄せられるように、彼の大きな背が屈められ、綺麗な顔が私に近づく。

そうして、サンダルウッドの香水がふわりと鼻孔を掠め、彼の吐息が私の唇に触れたその瞬間────。

「フォクシー、クリスマスの朝になったらリリーに────おっと! お楽しみ中にごめんよ!」

────ジェームズの愉快な声が、私達の恋人らしい時間を鮮やかに奪っていった。

シリウスは構わず私に軽いキスをしっかり落としてから、ジェームズに向かってイライラとした溜息を大きく漏らした。

「まったく、なんでお前はいつもそう僕達の邪魔ばっかりするんだ!」
「さっきまでは邪魔してなかったじゃないか! 君達が2人きりになれるようにムーニーを連れて隠し部屋で遊んでたし────」
「今さっき"リリーに"って言ってたよな? 僕達を2人きりにするなんて良い奴ぶって、自分だってしっかり愛しい彼女に何か仕掛けてたじゃないか」

私とリーマスが揃って「まあまあ」とシリウスとジェームズを宥める。兄弟喧嘩を諫めるのも、立派な監督生の仕事なのである。

「それで? クリスマスの朝になったらリリーを、の後は?」
「あ、そうそう! クリスマスの朝に、リリーをこの先の隠し部屋に行くよう伝えておいてほしいんだ。場所はわかるよね?」
「うん、天使の絵の裏側だよね。中に何か仕込んだの?」
「そりゃもう、リリーに僕の愛の全てを伝えられるビッグサプライズを用意したんだ」

後ろでリーマスが呆れたように笑っているのが見えた。何があろうと私には関係ないが、せっかく友情を越えた何かが生まれようとしている彼女の心を再び冷やすようなことにならなければ良いな、とだけ思った。










クリスマスの準備を無事に終え、ホグワーツは休暇に入り随分と静かになった。
イブの夜、私はリリーに約束通りジェームズからの伝言を伝える。

「明日の朝になったら、東塔の3階にある隠し部屋に入ってほしいって言ってたよ」
「隠し部屋? それ、どこにあるの?」
「ええと、3階まで降りて、右側に進んで行くと天使の絵が飾られてるんだけど、その天使が持ってるリンゴを指で撫でるの。そうしたら開くようになってるから」
「そう…それは良いけど、あなた、中に何が仕込まれてるか知ってる?」
「知らない」

僕の愛がうんたらかんたら、と言っていたような気はするが、そこで私が曖昧なまま彼の愛を語ろうとしたところで、野暮になるだけだろう。伝えろと言われたこと以上のことは聞かなかったことにすることに決め、私はそのままベッドに入った。枕元には、事前に用意していた小包がひとつ。

────去年、私はシリウスに日付が変わると同時に談話室に呼ばれ、その場でプレゼントをもらっていた。私はいつも通り、そして他の人と同じように翌朝ベッド脇に届くよう配送手続きを取ってしまった後だったので、すぐにお返しができなかったのだ。

だから今年は、私もちゃんと手で彼にプレゼントを渡そうと思っていた。
中に入っているのは、どんな悪天候でも視界がくっきり開けるゴーグルだ。バイクを乗り回すのが好きな彼の役に立ってくれたら嬉しいと思い、私はその魔法のゴーグルに更に自分でも魔法をかけ、"勘の良いマグルや違法バイクをつけ狙う魔法使いの警察の気配を察知したらアラームで報せ、自動的に逃げ道のルートを指示してくれる"機能を上乗せした。

この私が違法バイクの使用を認め、まるで規則破りを推奨するような真似をするなんて────シリウスが知ったら、どんな顔をするだろうと考える度に笑ってしまう。確かに普段の私ならそんなことはしないだろう────が、私は5年生になる年の夏休み、シリウスと星空の下でバイクに乗ってデートしたあの夜のことを忘れられていなかった。
あんなに幻想的で、"美しい"なんて言葉じゃ足りない自然と人の生み出す明かりに溢れた世界を、私は生まれて初めて見た。あの世界の中をシリウスが悠然と走っている姿を、これからも見ていたいと思った。

朝になったら、誰よりも早く起きて彼の目を覚まさせに行こう。そしてまだ寝ぼけている彼に、これを渡すんだ。
そんなことを考えながら、眠れぬ夜を過ごしていると────他の子が全員寝静まった頃、女子用寝室の外からコツコツと何か窓を叩く物音がした。

なんだろう、迷ったフクロウでもやって来たのだろうか────そう思って外を見ると────。

「シリウス!」

驚きから叫び声を上げかけて、他の子が寝ていることを思い出し急いで声を潜める。リリー、シルヴィア、メリー、誰も起きる気配はないことにひとまず安堵し、改めて窓に駆け寄る。

────窓を叩いていたのは、シリウスだった。箒に乗っているらしい、ふわふわと浮きながら口の動きだけで「開けて」と言っているのが見える。
私は寒気で部屋の子が起きてしまわないよう、窓のすぐ内側に防寒魔法のバリアを張ってから開けた。

「何してるの!?」
「可愛い彼女を聖夜のデートにお誘いしようかと思ってね」

簡単に言ってくれるが、深夜に校舎を抜け出すだけじゃなく箒まで盗み出して、こんなところまで上がってくるなんて────まったくこの人は、常に規則を破っていないと死んでしまう病でも患っているんだろうか。

「温かい談話室の方が良ければ戻るけど、どうだい? 今日は随分と星が綺麗だぜ」

言われて空を見上げると、確かに空は澄んでいて、普段靄がかかってばかりいる星空もハッキリと見えた。凍える風に、滞留している空気が全て押し流されてしまったようだ。そこにあるのは、程良い闇に静まり返ったホグワーツの庭と、輝く星空と、そしてシリウスだけ。

私の世界に映るのは、それだけだった。

「どうする? プロングズほどのパフォーマンスはお見せできないが、代わりに安定性なら保障するぞ」

────ああ、今年は私が彼を驚かそうと思ってたのにな。
この人はいつだって、私のちゃちな予想など遥かに超える驚きと発見を、当たり前のような顔をして持ってきてくれる。いつだって、私をこの狭い世界から連れ出してくれる。

これだけ身の周りが魔法に溢れているというのに、私にとっては彼こそが最も神秘的で、そして最も魅惑的な"魔法"だった。

私は急いでローブとマフラーを身に着け、シリウスへのプレゼントをローブのポケットに忍ばせると、窓の桟に足をかける。シリウスは笑って「随分お転婆になったな、優等生」と言ってこちら側に箒を寄せ、彼の後ろに乗り移る私の手を引いてサポートしてくれた。
一瞬、人ひとり分の重みが加わったことで箒がくんと下降する。その衝撃を受け、反射的にシリウスの腰をがしっと抱きしめてしまった。

「それで良い。箒の2人乗りは僕も初めてだから、しっかり捕まってろよ」
「えっ、さっきは安定性なら保証するって────わあっ!」

言い終わる前に、彼は箒を上へと向けて高く高く上昇した。星明かりを頼りに、彼はホグワーツの上空をゆっくりと旋回する。

「マグルの街並みとはまた違った魅力があるだろ」

────上からホグワーツを見下ろすのは初めてだった。いくつもの塔と、まばらについている部屋の明かりが点々と見える。遠くの方には、いつも私がリリーと散歩している湖や禁じられた森、そしてハグリッドの小屋もあった。

「防御魔法がかかってるからこの辺りまでしか上がれないんだけど────どうだい、気分は」
「すごい…箒でこんなに高いところまで上がったのなんて、初めて。自分がいつも生活してる城を見下ろすのってなんだか変な気分────」
「これだけちっちゃく見えると、まるでこの城が自分の物になったみたいに思えるだろ」

言い得て妙だ、と思った。
眼下に広がるホグワーツ城。掌に収めるには小さいが、両腕をいっぱいに伸ばせばその広大な敷地をまるまる抱えられてしまいそうだ。こんな小さな城の中を毎日必死に走り回っているのかと思うと、それがなぜだか無性におかしなことに思えてしまい、私は周りにシリウスしかいないのを良いことに大声で笑ってしまった。

「どうした、何か面白いものでもあったか?」
「ううん────ただ、なんだかよくわからないんだけどすっごく楽しくなっちゃって!」

自分でも何がそこまで面白いのか、うまく説明できなかった。
2年前の空中デートの時とは、少し何かが違う気がする。見ているものが普段自分の生活拠点になっている大きな城だからなのか、それともこの2年の間でシリウスに対する気持ちがまた少し変わったからなのか────理由はわからないのだが、私は今、素晴らしい解放感に心地良く浸っていた。

「よくわからないけど楽しい、最高の言葉だな」
「ありがとう、シリウス。私────」
「今までで一番嬉しいクリスマスプレゼントをもらった気分?」
「そう!」

それから私達は、天文台塔の屋根に揃って着陸し、でこぼことした石を足掛かりに並んで腰かけた。ここから見ると、まるで星が手に届くんじゃないかと思えるほど近くに見える。そう見えるだけとわかっていながら、私は夜空に手を伸ばしてみた。当然その手は空を掠めるだけなのだが────澄んだ空にかざした手の隙間から星が零れ落ちて来るような錯覚に陥り、私はまたしてもそこで心がときめくのを感じる。

「────でも、プレゼントはこれだけじゃないんだな」

シリウスはそう言って、ローブのポケットから綺麗に包装された包みを取り出して私に手渡した。

「ありがとう。実は私も今年こそはって思って、持って来てるの」

やっぱりあのタイミングで持ち出しておいて良かった。私は彼と同じように魔法のゴーグルが入った箱を彼に手渡す。彼は少しだけ驚いたようだった。まさか、私が去年と同じように朝までプレゼントが彼の手元に渡るのをぬくぬくと待っているだけだとでも思っていたのだろうか?

「今開けても良いか?」
「もちろん。私もここで開けるね」

お互いに包みを交換して、丁寧に包装を剥がす。
────私が渡された箱に入っていたのは、掌サイズの小さな本のようだった。
開いてみると────驚いた、本を膝に置いて最初のページを捲った瞬間、私の目の前の高さまで小さなドーム状の星空が広がったのだ。星々の間には微かな点線が繋がっていて星座を浮かび上がらせている。オリオン座におうし座、おおいぬ座────シリウスも見える。見たところ、冬の空のようだ。

「君との星空デートが忘れられなくてね。お互い天文学の成績はそこまで誇れるものじゃないけど、お遊びの範疇でなら良い思い出になると思って」
「すごいね、これ────すごく綺麗」
「ああ、今は現実世界とリンクした季節の星空になってるけど、望んだ季節を言えばいつの星座だって見られるんだ」

試しに「春の星座を見たい」と言ってみる。するとページがパラパラと勝手に繰られ、中盤で止まり────再び、見開いたページの境目から光が溢れ、私の前に小さなプラネタリウムを展開した。しし座、てんびん座────なるほど、春に見られる星座がいくつも点滅しては私にその所在を教えてくれる。

「すごい! これがあれば雨の日でもシリウスとデートしてる気分になれ────」
うわ! 格好良いなこれ! ちょうど新しいゴーグルが欲しかったんだ、ありがとう!」

私のお礼は、遥かに大きなシリウスの歓声に呆気なく掻き消されてしまった。18歳の成人男性の面影などどこへやら、彼はキラキラと幼子のようにゴーグルを眺めまわし、必要もないのに装着して「似合うか?」なんて訊いてくる。

「心なしか視界がいつもよりクリアに見えるな」
「悪天候対応機能付きだからね。ついでに私のお節介で、マグルや警察避けの魔法もかけておいたから、良かったら使って」
「まさか君が、違法バイクを乗り回すのに手を貸してくれる日が来るなんてな」
「どっかの誰かさん達のお陰で、すっかり規律の境界線が曖昧になっちゃってね」

そんなことを言いながら、お互いに笑い合う。星空をふたりじめしているこの時間の前でだけは、どんな呪いも争いも笑って蹴飛ばせるような、そんな気さえしていた。

────だから、明け方になって箒を返しに行った帰り道、城の大広間でフィルチに運悪く遭遇した時も、私はまだ笑っていた。「監督生様が堂々と規則破りとは、いよいよホグワーツも廃れたものだ」と嫌味を言われても、まだ笑っていた。マクゴナガル先生に完全に呆れ返った顔で怒られ、罰として箒小屋の掃除を命じられた時でさえ、私の幸福感を消し去ることはできなかった。

「考えてみれば、私、罰則受けるのって初めてかも。意外と楽しいね」
「君って本当、よくわからないところがイカれてるよな…。マクゴナガルに怒られてヘラヘラしてられるのなんて、僕とプロングズくらいだと思ってた」

徹夜をしてハイになっていたのも悪かったのかもしれない。終始ニコニコと笑顔で箒小屋の掃除をする私を見て、眠たげな罰則常習犯は大きい欠伸をしていた。

マクゴナガル先生に怒られるようなことなんて、普段の私だったら全力で回避しに行っていただろう。しかしホグワーツ最後の年だからという早めの郷愁感や、シリウスとのデートですっかり高揚しきっていた気持ちのお陰で、少しくらい羽目を外しても良いんじゃないか、なんて私の自由を求める本能の声がまたしても私を大胆にしていたのだ。

先生も先生で、シリウスと付き合っている以上、私がいつか何かやらかすということは予想していたようだった。怒ってはいながらも、私が規則を破ったことを意外に思ったり、ましてや失望したりするような素振りは一切見せなかった(それが良いことなのかはわからないが)。先生はただ「くれぐれも他の生徒の前では監督生らしい振る舞いをなさい」とだけ言って、私達の幼い青春の思い出を甘い味のまま残してくれたのだ。

箒小屋の掃除が終わる頃には、もう朝の9時になっていた。その頃にはいい加減私の高揚した気持ちも落ち着き、後には酷い眠気だけが私を今にも地べたに倒そうとグラグラ頭を揺らしていた。

「────よし、その辺りで解放してやろう。これに懲りたらもう夜中に箒小屋に忍び込んで空を飛ぶなんて猿みたいな真似はしないことだな」

フィルチの嫌味に見送られ、私達はグリフィンドール寮へと戻る。

「ああ…流石に眠いな。今日は1日寝て過ごそう」
「僕もそうするよ────あ、待って、イリス」

シリウスがそう言って私を引き留めたのは、東塔の3階まで昇ったところだった。

「なに?」
「見てみろよ、あれ。面白いから」

彼が指さしている右側の方を素直に振り向いた時────私は眠気など一切忘れ、そこにあったものをつい凝視してしまった。

────廊下の中腹、ちょうど天使の絵が飾られている辺りの場所で、リリーとジェームズがキスをしていた。

「ちょっと、あれ!」

思わず声を潜めてシリウスの方を向く、彼も半分閉じていた目を今や全開にし、キラキラと輝かせて私と同じものを見ていた。

「何があったかは知らないが────プロングズの愛の全てとやらは、どうやらちゃんと彼女に伝わったらしいな」

私達はこっそりその光景を眺め、彼らが唇を離す前にそっと階上へと足を進めた。
ああ────この時、この時代の全ての人へ、ハッピーメリークリスマス!!



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