「休暇中、もしブラックとまたもめたり────ポッターも含めて何か嫌なことを言われたら、いつでも手紙で知らせてね。呪いを送ってやるから」

リリーは実家に帰る直前まで、怒ったように何度も繰り返していた。わたしがシリウスともめたと聞いて、しかもわたしたちどちらもがこの休暇中ホグワーツに残ると知ってからずっと、こんな感じだ。この間わたしがリリーの後で「ホグワーツに残るリストに名前を書いたよ」と言った時も「わたしもそうすれば良かった」と言ってたけど、その時はまだこんな風に怒っていたりはしなかった。
だってそもそも、リリーは家に帰りたがってたから。…たぶん、ホグワーツに来る直前にケンカしちゃったお姉さんと、もう一度話し合うために(「だから家には帰らなきゃ」って、わたしがリストを書いた日の夜、リリーは入学式の直前に何があったかを泣きながら教えてくれた)。

「多分大丈夫だよ。シリウスはたぶん…そんなに、子どもじゃないと思う」
「十分ガキよ」

リリーの口からそんな食い気味の荒っぽい言葉が出てくると思ってなかったので、つい笑ってしまった。それを見て、リリーもつられて笑った。

…リリーはああ言ってたけど、わたしは本当にシリウスがそこまで子どもではないと思ってた。わたしはきっと、彼が言った「家を嫌ってる」というあの言葉を信じているんだと思う。家を嫌う人は、その"家"の話をしたくない人の気持ちも…きっとわかると思うから。だからシリウスはきっと、この話を他人のいる前でペラペラと喋ってきたり、必要以上にこのことでわたしに絡んできたりはしないだろう。

リリーを送り出した翌日、わたしはゆっくりお昼近くまで眠り、すっきりと目覚めた。枕元にはどこからどう届いたのか────お母さまとお父さまとパトリシア、それからリリーからも、それぞれクリスマスプレゼントが届いていた。
最初にリリーからの包みを開ける。中にはダイアゴン横丁で人気らしいチョコレートボックスが入っていた。それを見て、思わずひとりで笑ってしまう。だって、わたしもリリーに全く同じものを贈っていたから。お互い魔法界に詳しくないと、どうしてもチョイスが限られてしまうらしい。
それからお母さまとお父さまの包みを飛ばして、パトリシアの分を開ける。すると、中からとても綺麗な黄金の砂時計が顔を出した。

『メリークリスマス、イリスお嬢様。この砂時計は、唱えた時間に合わせて砂の量が調整される仕掛けになっています。眺めているだけでも綺麗だし、勉強時間の調整にも役立つからと、私の学生時代にはとても人気の品でした。よろしければ使ってくださいね。
パトリシア』


外からの光に照らされて、まるでグリッターが輝いているようにキラキラと反射する砂時計。試しに「ええと…5分?」と話しかけてみると、途端に細かい粒子の数が極端に減り、ひとりでくるんとひっくり返った。さらさらと、砂漠の砂のような黄金の粒がゆっくりと下に溜まっていく。

わお、ユニーク。

────クリスマスにホグワーツに残ることを、当然お母さまたちは喜ばなかった。『クリスマス休暇はいつ帰れるの?』という手紙が11月に来た翌日、『学校に残ります。』と勇気を出して返事を出してみた。それから2週間何も音沙汰なかったので、当日無理やり家に戻されるんじゃないかってちょっと不安だったけど────ようやく返ってきた返事は、『寂しいけれど、あなたのためですからね。しっかり勉強するように。』という内容。

おっつけで届いたパトリシアからの手紙で、わたしはこの空白の2週間に何があったのかを知った。
どうやらあの後、パトリシアがうまくお母さまに言ってくれたらしい。いわく、「わたしがクリスマス休暇を利用して勉強し、同級生と差を広げたい」って言ったとか、なんとか。本当に彼女がいてくれなかったら、わたしの勇気なんてすぐぺしゃんこに潰されていたことだろう。

それにしても────わたしのため…か。

幸せになるため、わたしの未来のため……なんの疑いも持たずに信じてきたその言葉も、今じゃ重たい荷物でしかない。

でも、そんなことを娘が考えてるなんて知らないから、お母様はこれからもわたしのキャリアコースだけを夢見て、押しつけてくるわけで。

「はぁ……」

ホグワーツにいるのに、わたしの心は重たかった。ベッドを出て談話室に降り、ふかふかの椅子を占領して、お気に入りのクッションを抱きしめながら外を眺める。
なんだかせっかく離れてみても、結局考えることってここに戻るんだなぁ。どんだけコンプレックスなんだろ。

イリス!

溜息と同時に名前を呼ばれたので憂うつを引きずりながら振り返る。するとその瞬間に大きな破裂音がし、目の前で光がチカチカと溢れ出した。突然の事に頭が真っ白になったわたしは、叫び声を上げるのも忘れて椅子からひっくり返る。

はははっ! どうだい、ポッター特製特大クラッカー!!!

ちょっとしたインテリアになりそうな壺くらい大きいクラッカーを両手でかかえ、わたしを見下ろして笑うのは、ジェームズだった。人の少なくなったグリフィンドールで彼の元気はさらに増し、なんかもう手がつけられないのは一目で明らか。

そうだった。すっかり家のことで頭がいっぱいになってたけど、今この期間にここに残っているのはわたしとジェームズと────

「見事に吹っ飛んだな」

────シリウスの3人だけだったのだ。

思わず、シリウスの顔色をうかがう。昨日のことがあったばかりだし、まだ軽蔑するようなあの目を向けられるんじゃないかって。
でも、シリウスは昨日のちょっとしたいざこざなんて全くなかったかのように────いつも通り、ちょっとけだるげで、周りを注意深く観察しているような顔をしている。

「どう? ビックリした?」

ジェームズの元気さにも少しだけ驚かされた。シリウスから昨日の話を聞いていないわけがないと思ってばかりいたので、揃って嫌そうな顔をされると思ってたのに。

「………すごく」
「やった! さっきシリウスと一緒に声かけたんだけど気づかなかったみたいだからさ。このくらい大きかったら聞こえるかなって!」
「効果バツグンだったな」

珍しく笑いながらわたしの手を引き起こしてくれるシリウスは、その後ジェームズと良い音でハイタッチをしていた。

あ…あれ…? いつも通りだ…。
大丈夫なのかな。わたしが気にしすぎなだけで、シリウスはわたしに「そう育てられた」って言われたことも、「かわいそうなやつ」って言ったことも、そんなに気にしてなかったのかな…。

わたしが混乱してるのは完全にクラッカーのせいだと思っているらしいジェームズは、まだ大笑いしていた。笑い転げているせいで、寮の床のほこりがローブにくっついている。

「だ…大丈夫? こんなにハデに広げちゃって……」
「何言ってんだい、せっかくグリフィンドールは僕らが占拠したんだから、ハッピーにいこう!!」
「ジェームズ……」
「はい、じゃあまずイリスも景気づけに一発」

何も言わせてもらえないまま、ジェームズにクラッカーを手渡される。威力は身を持って知ってる……全部吹っ飛ぶくらいの、大きな大きなクラッカー。

「………」
「ん? クラッカーの使い方はわかるよね?」

ジェームズに言われて慌てて頷くわたし。

…そう。今ぼーっとしてしまったのは、別にクラッカーを初めて見たからなんてそんな理由じゃない。

でも────彼らの笑顔を見ていたら、家のことも、シリウスとのことも、わたしの頭から離れていった。気にしないわけじゃない、けど…気にしないように"ふるまって良い"んだと、言われたような気がした。

シリウスの考えてることは未だにわかんないけど、ジェームズの笑顔を見てるだけでもなんだか心が軽くなるみたいだ。改めて、彼らは色々な意味ですごい人だと思う。

「……ありがとう、ジェームズ」
「何言ってんのさ、友達だろ」

クラッカーくらい いつでも分けるよ、って勘違いしたままふんぞり返るジェームズにつられて、気づけばわたしも笑っていた。

壊れやすいものが周りにない事を確認して、部屋の真ん中の何もない空間に向けて慎重に紐を引く。慎重に引いたのにやっぱり音はハデ。反動で自分の体がまた吹っ飛んだ。

「わっ!」
「っと……お前が撃つ時は後ろに壁がなきゃダメだな」

そう言って肩を支えてくれるシリウスの目も、なぜかいつもより優しいような気がした。

夕飯の時間に3人で大広間に行くと、そこにはレイブンクロー生が3人とスリザリン生が1人いるだけだった。わたし達が並んで席について間もなく校長先生が入ってきて、その7人で全員らしい事に気づく。

テーブルには沢山のクリスマス料理が並んでいた。おまけに特大クラッカーまである。…まぁ、実はさっき談話室でジェームズたちが鳴らしてたやつの方が大きかったんだけど。

「人数いないのにオモチャはやたらあるなあ」
「全部使い尽くしてからじゃないと帰れないな」

それにしてもこの2人は、よっぽど遊び足りないらしい。

「ほらよ、イリス」

シリウスに手渡されて、クラッカーの紐を引く。爆音と一緒にもうもうと煙が立ち込めて、消えた後に残っていたのはたくさんの花だった。

「わぁ……」
「なんだ、花か」

ジェームズのコメントにわたし、苦笑い。

それから上座のダンブルドア先生がクリスマスキャロルを指揮して、杯を楽しそうにかかげた。わたし達も真似をして、乾杯。

「こっちにもアルコール入れてくれて良いのにな」
「しもべ妖精に頼んだらやってくれるんじゃないか?」
「しもべ妖精?」

悪巧み顔のジェームズとシリウスの会話に聞き慣れない言葉があった。素直に口を挟むと、ずっと魔法界にいる人には常識らしく、めちゃくちゃ驚いた顔をされた。

「それなりに大きい屋敷なら一般の家庭にもいるよ。名前の通り魔法使いのしもべとして働く妖精さ」
「しもべとして…って、それ……大丈夫なの?」
「大丈夫っていうか、奴らにとってはそれこそが生きがいなのさ。互いに望んでることをしてるわけなんだから何の問題もない」

そういうものなのか。

聞けば、しもべ妖精はホグワーツにもたくさんいて、いつも食べてるご飯は彼らが作ってくれているものなんだそうだ。ジェームズとシリウスは彼らの拠点であるキッチン(?)をこの間見つけたらしく、何度か既に乗り込んでいるらしい。
大丈夫なのかなぁ、そんなに校内を勝手に歩いて、もし先生に見つかったら…校則違反とかならない? 罰則とか、ならない?

「イリスも行くかい? たくさんお菓子もくれるよ」
「えっ」

行ってはみたい。みたい、けど……見つかって罰則になったら、わたしの優等生という評判が…。

「こいつ足遅そうだし、菓子なら談話室に持ち帰ってやるよ」

くだらないメンツを保つための言い訳をぐるぐる考えていたら、そんな風にシリウスが笑った。

「ま、確かに人数ばっかり増やすのも賢くないしね。じゃ、後でグリフィンドールパーティーやろっか」

ジェームズはそう言って立ち上がり、シリウスを連れて行ってしまう。「15分後に、談話室で!」

笑顔で手を振りながら、わたしの心にはなんとなく納得のいかない気持ちが渦巻いていた。
今のシリウスの言葉。

きっと、わたしがあんまり行きたがっていない事に気づいて、自然にわたし抜きになるよう仕向けてくれたのだと思う。それが善意によるものなのか────はたまた昨日みたいに見下されてのことなのかは、わからないけど。

わざと遠回りをしながら、のたのたと談話室に戻る。早くリリーに会いたいなあ。あの子といる時が一番安心する。明るくて、まっすぐで、優しい子。

「────好きなの」

うん、今まで できた数少ない友達の中で一番好き。

「って、………誰?」

ぱっと飛び込んできたその声は、わたしの知らない人のものだった。ちなみに女の子。ちょっと高くて、キンッと響く。

きょろりと見回して、階段の脇────ちょうど柱の陰になっているところに、人影が2つ見えた。
おぉう、告白の場面に遭遇してしまった。申し訳ないので足音を立てないように通り過ぎる。本当は別の道を使いたかったんだけど、最低限の安全な道しか知らないわたしにそれはムリな相談だった。

あぁ、こんな事ならシリウスかジェームズに抜け道を聞いておくんだった!! あの人たちなら、すでにウワサとして出回ってる秘密の通路を絶対いくつか知ってるはずなんだから!!

名前も顔も知らない女の子に謝りながら柱の反対側を歩く。
────でもその何秒かの間、わたしはとてもそれどころじゃない声を聞いてしまった。

「いくら言われてもムリだ」

え………?

今のって………シリウス?

「どうして? やっぱりあのリヴィアって子と付き合ってるの?」

続く女の子の返事には、わたしの名前があった。
我慢できずに立ち止まってしまう。

……なんでわたし?

こっそり告白現場を覗くと、案の定そこで告白されていたのはシリウスだった。ジェームズはそこにはいなくて、ひとりであのダルそうな顔をしたまま立っている。

「は? …なんでそこでイリスなんだ?」
「し、知ってるわ…。あなたが同じ寮の中で一番あの子と親しいの…あの男の子たち3人を除いたら、女の子の中では一番親しくしてるじゃない…。それにわたし、見たの! 昨日、誰もいない廊下を2人きりでひそひそ親しげに話してるところ…!」

それ違う! めっちゃ誤解! 全然親しくない! めちゃめちゃヘイト向けられてたの!
声にならない言葉をテレパシーみたいに念じながら、まだわたしは動けずにいた。

「そんなに一緒にいないし、親しくもない。イリスのことは好きじゃないし、付き合ってもない。でもきみのことも絶対に好きにならないし、付き合えない」

シリウスはあからさまに面倒くさそうな顔をしてた。それが事実であることは間違いないんだけど────「好きじゃない」と言われるのは"女の子として"好きじゃないって意味だってわかってるんだけど────でも、ああもキッパリ言われてしまうのは、辛かった。
苦手とはいっても、友達だと思ってたから。
2人きりになるのは怖いけど、シリウス"たち"と一緒におしゃべりしてるのは楽しかったから。

────お互いにあまり良い感情を持っていないとわかっていても、わたしの方は、彼を────"家に逆らった"尊敬すべき人だって、思ってたから。

それをあの子が理解できたかは微妙だけど(しかもよく見たらレイブンクローの人だ、他寮の生徒からあんなに熱い告白をされるなんてすごい)、シリウスは本気で興味がないらしく、もう女の子を見てはいなかった。

とりあえず、もうこれ以上ここにいたくない。シリウスの冷たい顔がまるで自分にもそのまま向くんじゃないかという気がしてしまったので、わたしはそのまま後ろ足でその場を離れようとした。

「!!」

するとその時、だるそうにあっちこっちを見回していたシリウスと、柱ごしに目が合ってしまった。シリウスは明らかにぎくりと身をすくませている。その反応で何か異変を感じたらしく、レイブンクローの女の子もこちらを見る。

ウワ、最悪だ。

女の子がワッと声を上げて泣き出してしまった。

「ああ────やっぱりそうなんじゃない!」とか言いながら、走って逃げて行ってしまう。うん、絶対あれ、何も理解されてない。

「────イリス」

気まずそうに、シリウスがわたしを呼んだ。わたしはもうどうしたら良いのかわからなくて、シリウスに見つかってしまった以上わたしまでもが逃げるわけにもいかず、おろおろと視線をさまよわせながら立っていた。

「聞いてたか、今の」
「うん…ううん」

思わず素直に頷いてしまってから、「聞いてたことがバレたらマズい」という理性が首を振らせる。でも「ううん」と言った瞬間シリウスが顔をしかめたのを見て、その嘘こそがマズかったのだということを思い知った。

「…ジェームズは?」
「ああ…ひとりで厨房に行ってる。途中で僕だけ呼び止められたから、あとで合流することになった」
「…そうなんだ」
「────好きじゃないって言ったのは、恋愛対象として見てないって意味だから」

あたりさわりのないことだけ言って濁そうとしたわたしに、シリウスは「きみが何を気にしてるかはわかってる」とでも言うかのように、そんな言葉を投げてきた。

うん、わかってる。
でも────。

「…でも、シリウスは…わたしのこと、そんなに好きじゃないよね。人としても

思ったより、わたしは傷ついてたみたい。普段だったら、そんな自分から不和を生むような発言、するはずがないのに。
ちょっとショックだった。同じ寮の同じ学年で、もちろん2人きりになんてそうそうならないけど────それでも、リリーを除けば確実にシリウスは"仲の良い"枠に入る人だと思ってたから。ひとまず、彼"個人"への複雑な気持ちはよそへやるとして────彼"ら"といるのは、とても楽しかったから。

だから、あんな風に「好きじゃない」って言葉にされてしまうのは、たとえそこにどんな意味があっても、まだ幼いわたしには単純に受け入れるのが辛い事実だった。

シリウスは困ったような顔をしてる。わたしが珍しくそんな風に挑戦的なことを言ったから、うろたえてるんだろう。

「イリスこそ、僕を嫌ってると思ってた」
「嫌いじゃないよ。でも────シリウス、今日は普通に接してくれたけど…昨日、わたしのことすごく汚いものを見るような目で見てた。きっと…ジェームズたちにももう話してるんでしょ。わたしが弱虫で、お母さまの言うことを聞くことしかできない優等生だって。…一緒になって、バカにしてるんでしょ」

一度口から出た言葉は止まらなかった。
ずっとずっと、シリウスはわたしのことをそう思ってるんだろうって、悲しく思ってた。そしてそれを否定できない自分の弱さが、もっと悲しかった。

だから思いがけず────昨日の今日でこんなことになって、わたしの心はあまりにも素直にそれを言葉にしすぎてしまった。

「…弱虫な優等生だとは思ってる」

少しだけ間を置いて、シリウスは認めた。たぶん、嘘をついても仕方ないって思ったんだろう。────それほどまでに、わたしの自虐は的確だったんだろう。

「きみの家がどういう風にきみを育てたかなんて知らない。でもいつもビクビク周りの顔色ばっかりうかがって、マグルの目なんてどこにもないのにいつも怯えてて、言いたいことを何一つ言おうとしないその顔が、正直腹立つ」

そしてシリウスは、的確な自虐をそのまま言葉にして返してきた。
わかってる、わかってるよ。そんなこと全部ムダだってことくらい。
でも、わたしはあなたほど強くない。

強くは、なれないんだよ。

「シリウスは良いよね、だって周りの顔色をうかがうことも、怯えることも、言いたいことを呑み込むこともしないで済むほど勇敢なんだもん。でも、みんながみんなそうじゃないんだよ」
「はっ、だったらそんなやつらは全員グリフィンドールから追い出されっちまえば良い」
「ちょっと、そんな言い方…」

勢いで言いかけて、呑み込む。
でもシリウスが、そのわたしの"クセ"を見逃してくれるはずがなかった。

「最後まで言えよ。どうせお前が腹にいろいろ溜めてるのは知ってるんだ。ここで僕に何を言ったからって、由緒ある素晴らしいリヴィア家様に何か影響があるのか?

完全に、バカにされていた。
そのせいで、わたしは今まで感じたことのない怒りがふつふつとこみあげてくるのを感じる。

こんなの、初めてだ。ダイアンにいじめられた時だって、悲しくなったけど怒ったりはしなかった。お母さまに理不尽なことを言われても、胃が痛くなるだけでやっぱり怒ったりなんて…できなかった。

でも、シリウスの言い方に────わたしは、とても怒っていた。
たぶんこれまでは、他の誰もわたしが"腹にいろいろ溜めてる"ことを知らなかったから、こうまで"わたしの嫌いなわたし"を刺激してこなかったんだろう。今まで自分の気持ちを抑えるだけでみんな満足そうにしてたから、その笑顔に流されてたんだろう。わたし自身も、そんな周りの反応を見て「これで良いんだ」って、良くないとわかってる自分の弱さを認めちゃってたんだろう。

それが、今、ぷつりと切れた。

わたしの弱さは"良くない"もの。
わかっている。わかっていたけど、目を逸らしていた。

それを目の前で否定されて、やっぱり良くないことだって…自分で納得する前に攻撃されて、わたしの心は爆発してしまった。

だったら言ってやる! わたしはね、昔から"自分の思ったことは全て悪"って言われて育てられてきたんだよ! 考えなしに発言するなんてバカのやること、向こう見ずに行動するなんて愚か者のすること、そういう価値観が正しいって言われ続けてきたの! 今更11年しみ込んだその考えを、そんな簡単にひっくり返せるわけないでしょ! 誰もかれもがシリウスみたいに単純じゃないんだから!」
単純だと!

わたしが大声を出した時、シリウスは一瞬ビックリしたみたいだった。でもわたしの口から出る"本気の言葉"が…きっと、思ったより攻撃的だったんだろう。負けじと声を大きくして、シリウスが吠える。

「ああ、僕の考えてることなんて"単純"すぎて"複雑"なきみにはわからないだろうさ! 僕の家だってそうだった! 純血こそ正義、マグルは忌み嫌うべきもの、血で全てが決まり、闇の魔術が最も強いのだと────でも僕はそうは思わなかった! だからグリフィンドールに来たんだ! イリス、僕ときみの違いはなんだ! 閉鎖的な環境で一方的な教育を受けても立ち上がれたかどうかだ! 僕は簡単に11年の考えをひっくり返してみせたさ! ならその"単純さ"は弱さなんかじゃない、"勇気"だと自信を持って言う!」
「シリウスにわかるの!? テストで1点でも取りこぼしたらわたしは"いらない子"だって言われる気持ちが!」
「ああわかるさ! 僕なんてキラキラとした光の魔法に興味を示しただけで"家族じゃない"と言われてきた!」
「だったらどうしてそれを破ることの難しさを理解してくれないの!? あなた、もしスリザリンに分けられてたら、こんな風にわたしに"偉そうにお説教"なんてできるはずがないでしょ!」
「それでも帽子はグリフィンドールを選んだ! それが証拠だ! 僕は僕の意思で、闇より光を選んだんだ!」
「わたしだってグリフィンドール生だ! 自由を手にして、冒険を望んで、そしてここへ来た!」
「ほーう? じゃあ今のところまったくそれは生かされてないな、イリス! 今のお前はどこからどう見ても腰抜けだ!」
「無鉄砲と勇気を間違えてない!? わたしは発言を選ぶことを、思想を他言しないことを、間違ってるとは思わない! ────現にそのお陰で、この間箒小屋であなたたちを助けた!

ちょっと恩着せがましいことを言った、とは思った。でも効果はてきめん。シリウスはうっと言葉に詰まる。
つまるところ、わたしの"優等生ぶり"はやはり"間違ってはいない"のだ。"リヴィア家の教え"は、世間において高く評価される生き方なのだ。

わたしがそれを嫌っているのは、そのせいで"発して良いはずの自分の意見"まで流されてしまうこと。"持つべき自分の思想"が、消えてしまっていること。

「────ああ、間違ってはいないんだろうさ」

シリウスが低い声で言う。わたしの言動が周りにどんな影響を与えているかは、彼もよくわかっているんだろう。

でもきっと、彼もわたしと同じような理由でわたしに反感を持っている。発言を選んだって良い、思想を言いふらさなくたって良い。問題なのは、"言わないこと"じゃなく、"言いたいことが言えず、ただ周りの環境に溶けようとしている"こと。わたしという人格が、世間に消えようとしていること。

「でもな、僕たちと楽しそうに笑っているきみは────いかにも"楽しそう"に笑ってるのに、いつも何も言わないんだよ。良いとも悪いとも、好きとも嫌いとも言わず、ただ僕らに"合わせてる"だけ。何かしら考えてるのはわかってるのにその中身がわからないまま、"空気で笑ってる"やつと一緒にいて、僕が本当に楽しいと思うか?」
「それは…」
「そりゃ大人から見りゃ、イリスは素晴らしい生徒だろうさ。言うことは聞くし、成績も優秀だし、規則は破らない。でも────僕から見たら、お前は誰よりもつまんないやつだ、イリス。同じ境遇だったからこそわかる。そんなんじゃお前はきっと、一生誰からも理解されないよ。自由を手にしない限りな」

つまんない。誰からも理解されない。

わたしは────わたしは、そうあるべきと育てられてきた。
でも、それが正しいのかずっと疑問に思い────そして、それがきっと本当の意味で"わたしのため"や"わたしの幸せ"になることはない、とホグワーツに来て知った。

わたしは一体、誰のために生きてるんだろう。
お母さまとお父さまのために生きてる"わたし"に、何の価値があるんだろう。
"わたし"は…どこにいるんだろう。

ここに来てからずっと、そんな悩みを抱えていた。

なのに────ああ、それを────シリウスから先に言われてしまうなんて。

泣いてしまいそうな顔の筋肉を、ぎゅっと締める。だめだ、ここで泣いちゃいけない。弱いやつと言われたばかりなのに、さらに弱みを見せるような真似、絶対にできない。

「わたしだってわたしのこと、理解できないよ。だってシリウス、わたしたちはまだ子どもだよ。夏になったらお母さまのところに帰らなきゃいけないし、魔法界のことを何も知らないわたしは、まだこっちで生きていく術すら知らない。わたしは…ううん、わたしたちは、この学校の外を出たら、決して自由になれないんだよ。たとえ今、あなたがどれだけ自由でいるとしても。わたしたちに、"本当の自由"なんてないの」

シリウスがグリフィンドールに入ったという証拠、それは確かにシリウスの勇敢さと自由さを形にした結果だと思う。
でも、忘れちゃいけない。まだ未成年のわたしたちにとって、ここだけが世界ではないということを。この狭い安全地帯から離れた瞬間、わたしたちどちらもが、家に縛られた存在に戻ってしまうことを。

それだけ告げて、わたしはシリウスに背を向けた。談話室へ戻るなら、また彼と同じ道を歩かなきゃいけないことになるけど────それでも、たぶんもうわたしたちが口をきくことはないだろう。わたしはもう、できるだけ早くベッドに戻って眠ってしまいたかった。

ひとりに、なりたかった。

「────昨日の件は、ジェームズには話してない。家の問題を言いふらされたくないっていう"分別"くらいは、僕にもある」

顔を背けた瞬間流れてきた涙を悟られないように、流しっぱなしにしたまま歩いていると、後ろからシリウスの静かな声がそう言った。



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