ホグワーツでの、最後の年が始まった。
大広間に先に通される私達上級生。新入生が湖を渡ってここへ来るのを待ちながら、私はそっとスリザリンの方のテーブルを見回した。

いる。
クーパー、バロン、ローウェンの下級生組と、オーブリーとスネイプ────それから、レギュラスも。

去年、私はジェームズとこっそり"秘密の話"をした。ホグワーツ内から死喰い人を募り、それを邪魔する者を排除しようとするグループのリーダーが、彼────レギュラスではないかと。
最終的に大きな騒動となってしまったとはいえ、学期末に私はピーターから"噂話"として彼らの挙げた成果を聞いていた。
結果から言うと、どの寮からもまだ学生の段階で死喰い人になろうという気概を持っている者はいなかったそうだ(これはピーターからの情報だ────"外側"の彼が掴めた情報ということは、つまり当然"内側"のボスのレギュラス(仮)にも伝わっているはず)。

とあれば、もはやホグワーツにレギュラスが留まる理由はないように思うのだが。ヴォルデモートに消されたというわけでもない以上、去年の彼の功績はそこそこにヴォルデモートを満足させる(あるいは及第点をもらえる)ものだったはず。
だったら、さっさとこんな光の魔法に満ち溢れた場所なんておさらばして、彼が本当に仕えるべき相手の前に跪いた方が良いんじゃないだろうか。

それとも、ヴォルデモートはまだ何か企んでいて、ホグワーツ内における密偵を必要としているのだろうか?

あれこれと考えを巡らせていた私は、その瞬間聞こえてきた爆発的な拍手と歓声に驚いてしまい、びくりと体を跳ねさせ手元のカップを倒してしまった。
新入生の入場だ。誰もがみんな、この時ばかりは全ての確執を忘れ、未来ある若者の登場を喜んでいる。誰もがみんな、これから自分の寮に"仲間"として入ってくることになる後輩を歓迎している。

新入生は大広間の前方に整列させられた。マクゴナガル先生が長い羊皮紙を取り出し、1人ひとりの名前を呼んでいく。名前を呼ばれた生徒はよろめきながら、あるいは堂々とした足取りで組み分け帽子を被り、そして4つに分かれたテーブルのいずれかに向かって行った。

スリザリンの生徒が心から嬉しそうに笑うのはこの瞬間か、クィディッチで勝利を収めた時くらいだ。幼いながらにやはり気品のある生徒がどんどん緑色の垂れ幕が下がったテーブルに迎え入れられるのを見て、私はどうかその誇り高さはそのままに、光の道を歩んで欲しいと願った。

レイブンクローにはいかにも真面目そうな生徒が、ハッフルパフには優しそうな面持ちをした生徒が、そして我らがグリフィンドールにはこの儀式自体を楽しんでいるような生徒が属されていく。もう6年も前のことなんて思い出せないが、私にはとてもこんな風に魔法に溢れたイベントを楽しめる余裕なんてなかったはずだ。それでも上級生の目から見ると、私も十分"グリフィンドールらしい"生徒だったんだろうか。

その後、ダンブルドア先生の短い演説の後で、私達は2ヶ月ぶりになるホグワーツのご馳走をお腹いっぱい食べた。この階下では、しもべ妖精がせっせと私達のご飯を作ってくれているのだろう、と思うとなんだか不思議な気持ちになる。種族も大きさも全く違うが、食べ盛りの子供に喜んで親がおかわりをよそってくれる、そんな光景を思い描いてしまったのだ。

ご飯を食べた後は、さっさと解散。今年も5年生の監督生を筆頭に、私達は列の後方で新入生の列が乱れたり他の寮生と混ざることのないよう監督する。

「6年違うだけでこんなに小さく見えるんだね」
「私もそれ、思った。6年前のシリウスとジェームズが、おちびちゃんのくせして我が物顔でホグワーツを闊歩してたのかって思うと笑えてくるよ」
「はは、本当だ。あいつらもあの頃は恐れ知らずだったからなあ…まあ、今もか」

リーマスと他愛ない雑談をしながら、談話室に戻る。初めて寮に入る1年生達が興味深そうに談話室やシャワールーム、寝室を探検しているのを見ながら、私はリリーと悪戯仕掛人が占領しているソファの一角にぼすんと腰掛けた。

「元気だね、今年の1年生は」
「おいおい、うら若き17歳が言うセリフか?」
「逆に君の方が年を取るにつれて元気になってるぞ、イリス。1年生の時なんてもう存在すら見えてなかったのに、今じゃこれだからな。見ろよこの貫禄。ソファに座ってるだけなのにどこぞの勲章でも持って来た騎士みたいな顔してる」
「ただ"昔は地味だったけど今は堂々としてるね"とさえ言えば誉め言葉になるのに。ジェームズはいちいち喧嘩を売らないと気が済まないみたいだね」
「ごめんって」

全く悪びれる様子のないジェームズを見ていると、こっちの気も抜けてくる。同じく引率疲れでどこかくたびれた顔をしているリーマスの分も合わせて2つ、リリーが水を差し出してくれた。

「お疲れ様、2人とも」
「ほら見てよジェームズ。同じ主席なのにぜーんぜん違うよ。リリーって本当に気遣いができる良い子なんだから」
「知ってるさ、リリーは優しくて気高くて最高の女の子だなんてこと、僕は何年も前から気づいてたよ」
「私なんか入学した翌日にはとっくに知ってたけどね」
「どうでも良いけど、あなた達の勝手な喧嘩に私を巻き込まないでいただける?」

優しいはずのリリーはピシャリと厳しい言い方で私達のじゃれ合いを終わらせてしまった。一息ついて、会話もなくなったところで、私達もそろそろ解散することにする。

明日からはまた、毎日授業まみれの日々だ。でもそれも最後だと思うと、どこか感慨深くなってしまうのだから、"最後"という概念は本当に罪深いと思う。










"最後"を意識しているのは私だけではないようだった。
翌日から始まった授業では、先生方が口を揃えて「ホグワーツ最後の年です」と言うのだ。

「7年生は卒業の前に、NEWTを受けることになっています」

そう言ったのは、例によってマクゴナガル先生。他の先生も「今年はNEWTがあるから気合いを入れてね」くらいの軽い言葉なら掛けてきたが、私達に向けてはっきりと警告するようにNEWTの単語を出してきたのはマクゴナガル先生が初めてだった。

NEWT────めちゃくちゃ疲れる魔法テストと呼ばれるそれは、7年生が受ける正真正銘最後の試験だった。5年生の時にもOWLという特別形式での試験は受けているが、今年度待ち受けているNEWTは、OWLにおける要求水準を満たし、6年生以降の授業継続を認められた"選ばれし生徒"のみが受験できる、最終難関の場だった。この結果如何で就職先も決まり、ひいては人生を決めていくことになる。

OWLの時点で授業継続の可否が言い渡されることにより、ある種私達はそこで一度篩にかけられている。それを乗り越えてなおこの席に座っている以上、授業のレベルが格段に上がるのも当然のことだと思っていたが────。

「────私のクラスでは、去年からNEWT対策の授業を行うべく、本来7年生で習得する基準の魔法も教えてきました。そのため、今年は新しい魔法を覚えるというより、7年分の勉強を6年分に凝縮したその復習を行う時間に充てたいと思っています」

マクゴナガル先生は表情一つ変えずにそう言った。
ああ、去年に入ってから変身術の難易度が急に上がったと思ったのはそのせいだったのか…。私はOWLを突破した優秀な生徒なら使いこなせて当然の6年生レベルの授業を受けてるんだと思っていた。当然楽なことではなかったが────私は最初の授業から、変身術が大好きだったのだ。どれだけ大変でも、辛いと思ったことはなかった。

「あなた方の中には既に気づいている方も多いでしょうが、魔法とはただひとつ呪文を教科書通りに唱えれば済むという話ではありません。幾多の魔法を組み合わせ、時には魔法薬や魔法道具のような有体物とも組み合わせ、何倍もの効果を発揮させることこそが魔術の真髄なのです」

いつだったか、混乱薬と歌うたいの呪いを同時にかけられたピーターがとんでもない姿を晒していたことを思い出す。「僕は弱虫の毛虫」…今でも思い出せるその音痴なフレーズを脳内で再生して、がくがく震えながら先生の説明を聞いているピーターに申し訳ないことをした、と改めて謝罪の視線を後ろから送る。

「変身術も同様です。例えばポリジュース薬のように、他人にすっかり模すようなやり方、あるいは動物もどきのように自分をまるごと動物に変えるやり方など、"変身"の方法も多岐に渡りますが────呪文の併用、そして然るべき魔法薬の服薬により、髪、顔つき、体格、声、仕草、その全てをバラバラな他人、動物に変化させることもできるようになります」

人工キメラみたいなものか。そういえばジェームズ、行きのホグワーツ特急の中で、やたらと自分の顔を変えて遊んでいたっけな…。

「そこで、今日はまずその第一歩────自分の声と聴覚だけを、猫に変えてください。その他のパーツは全て皆さん自身のパーツのままです。良いですか、声と聴覚だけですから、喉元に毛を生やしたり、猫の耳を生やした場合は"不可"とみなします。そして、隣にいる者と会話をしてください。声帯と聴覚が正しく猫のものになっていれば、普通に喋っているつもりでも自分の喉からは猫の鳴き声が聞こえますし、相手の猫語も自然と理解できるようになっています」

それからたっぷり1時間、教室内はニャーニャーと猫の鳴き声で一気に騒がしくなった。
他の人がこの教室の前を通ったらさぞ驚くことだろう。人間がみんなして猫の真似事をしているなんて、とてもまともじゃないとさえ思われるかもしれない。

「なあ、これができればもう少し大きい声で内緒話ができるんじゃないか?」

ちょうど私の後ろで練習をしていたジェームズの猫語が聞こえてきた。確かに耳には「ニャー」と言っているようにしか聞こえないのだが、なぜか意味は理解できるのだった。

「確かにな。僕達が廊下でニャーニャー言い出したら、内緒どころか余計人目につくことが間違いないことを除けば完璧だ」

一緒にやっているのはシリウスなのだろう。言葉の隙間に笑っているのでさえ聞き取れた。

そしてその時は

すると、いつの間にそこにいたのか、私の横をマクゴナガル先生がすっと通って行き、シリウスとジェームズの間に立って"人の言葉"で話しかける。

「────余計に人目についているあなた方を私が発見し、その言葉を正確に読み取ってあなた達の悪戯を事前に阻止するでしょうね」

猫の動物もどきであるマクゴナガル先生に、"猫語の内緒話"は通用しない。
シリウスとジェームズは2人して「はあい」、「すいません」といい加減な謝罪をする。

授業の終わり、体の全ての機能を人間に戻した後で、先生は再び座学に入った。

「今日は猫で実践しましたが、他にも犬や猿のような動物においても同様の手順でその言語を理解することができます。ただし、動物の中には魔法をかけても言語を正確に理解することが難しいものもいます。その動物と理由を述べられるものは?」

他に誰もいなかったので、私が手を挙げる。その内容なら、前にリーマスがクリスマスプレゼントでくれた『歴史とともに振り返る"変化魔法"の神秘』に書いてあったのでよく覚えている。

「では────ミス・リヴィア」
「はい。まず希少価値の高いレッドデータアニマル…それから、特にイギリスに限ってはホグワーツの4つの寮のモチーフとなっている獅子、蛇、鷲、穴熊の動物言語も理解が難しいとされています。理由としては、いくら原始に神秘の力があったとしても、結局"魔法"を発展させるのは人間による科学的な研鑽のみだからです。レッドデータアニマルについては、まだその声帯や聴覚を模倣するだけのサンプルが足りないことから、そしてホグワーツ4つの寮のシンボルアニマルについては、それらへの敬意としてあえて研究を放棄したことから、人間の手による魔法での擬態が難しいと言われています」

だから、後者────ホグワーツのように、学校が尊んでいるシンボルアニマルだからという理由で動物言語の理解に困難性が伴う動物は、国ごとに若干の違いが生じるんだそうだ。

「完璧な説明です。グリフィンドールに10点。ミス・リヴィアの言う通り、わが国イギリスではレッドデータアニマルに加え、ホグワーツの4つの寮のシンボルアニマルは基本的に言語理解が難しいものとして挙げられています。ただ、それはあくまで"難しい"と言われているだけであり、学ぼうと思えば後天的に言語力を身に着けることも十分可能にはなります。そして付け加えると────稀に先天的に、これらの動物言語を理解できる人間が存在しています。著名な人物として、誰かそういった人物を知っている方は?」

マクゴナガル先生の問いに、今度は私以外の数名も手を挙げる。

「では────ミスター・ブラック」

シリウスが手を挙げるなんて珍しい。真面目に授業を受けている姿なんて2年に1回しか見ないのに、一体どういう風の吹きまわしだろう────そう思っていたが、その後に出てきた彼の答えで、私は彼が手を挙げた理由を悟った。

「サラザール・スリザリン。蛇の言語を理解する、パーセルタング」
「正解です。グリフィンドールにもう10点」

なるほど、偉大なるスリザリン様にはそんな機能も備わっていたというわけね。

先生はその後、スリザリンの系譜を引いている者がもし存在すればパーセルタングの能力も受け継いでいる可能性が高いことや、他のレッドデータアニマルの動物言語を解する人物を何名か紹介して、授業を終えた。

「シリウスが手を挙げるなんて珍しいことをするから何かと思ったよ」

次の薬草学の授業に向かいながら、シリウスにそう言うと、彼はニヤリと笑ってこちらを見た。

「由緒正しきブラック家として、敬愛すべきサラザール・スリザリンの権能は正確に皆様にお伝えしないとな」

────とまあ、そんな皮肉や冗談、そしてお叱りやお褒めを受けつつ、私達の最後の年は着々と進んで行くのだった。

────そして、季節は秋から冬へと移ろっていく────。



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