リリーがポッター家を訪ねてきたのは、それから4日後のことだった。
私だけ、昼の間にダイアゴン横丁に行き、教科書を揃えてから漏れ鍋でリリーを待つ。
待ち合わせ時間の11時ぴったりに、彼女は現れた。

「イリス! 待たせてごめんなさい、迎えに来てくれてありがとう!」
「いえいえ。それよりリリー、主席就任おめでとう」

リリーは案の定、ジェームズが主席バッジをもらった翌日に『主席バッジをもらったわ!』という内容の手紙を寄越してきた。わざわざ違う封筒に、3日後にダイアゴン横丁に行った後、その足でお邪魔しても良いか、というユーフェミアさんとフリーモントさんに対する丁寧なお伺いも添えて。
もちろん夫妻はリリーを歓迎してくれていたので、私は『おめでとう』と『待ってるね』の2つを書いて、返事を出したのだった。

フローリアンフォーテスキューのアイスをおやつに食べながら、私は改めてリリーのバッジを見せてもらう。銀色にピカピカ光る、綺麗なバッジだった。"HG"────Head Girl、"主席"の文字が刻み込まれている。

「私、きっとリリーが選ばれるって思ってた」
「私はあなただと思ってたんだけど」

私が監督生になった時にも、似たような会話をしたものだったっけ。リリーも同じことを思ったのか、私達は一瞬黙って互いを見つめ、そして同時に笑い出した。

「だって私、OWLの結果でリリーに惨敗だったもん!」
「そんなこと言ったら、普段の素行はあなたの方が余程目立って優秀よ!」

私からしてみれば、主席は監督生の上位互換だ。私よりリリーの方が、ホグワーツの"顔"として相応しいと選ばれたことになる。
でもリリーは、同じくらい私のことを尊敬してくれているようだった。成績によって選ばれる主席より、周囲を巻き込みながら先生方の"目"の代わりとなる監督生という立場の方が尊いものだと思っているらしい。

なんだかそう言われるのはとても恥ずかしいことだったのだが、私はいつだって対等な立場だった。主席だとか監督生だとか以前に、何物にも替えられない"友人"だったのだ。

それから私達は、漏れ鍋の暖炉を借りてポッター家へ向かう。
私が先に暖炉に入り、ポッター家へと戻った。またリリーが出てくるまでモタモタ暖炉の中にいるんじゃないかと心配したのか、真っ先にシリウスが駆けつけて灰を落とし、部屋の中に招き入れてくれる。

「エバ…リリーはすぐ来るのか?」
「うん、もうすぐ来るよ────ほら」

言うや否や、私の背後で緑色の炎がゴウッと上がった。けほけほと咽せながら、リリーが炎の中から現れる。

「なかなか慣れないわね、これ…」
「お疲れ様。今ユーフェミアさんを呼んでくるね」

今度は私がリリーの手を引いて、火格子から出してあげる。リリーは初めて来る魔法使いの家を見て、4年前の私と同じように「わあ…」と小さな溜息を漏らした。失礼にならないように、あまりジロジロとした視線を向けないよう努力しているのがわかる。

台所で夕食の仕込みをしていたユーフェミアさんを呼ぶと、彼女はすぐに暖炉まで駆けつけ、リリーと固い握手を交わした。

「あなたがリリーね? ジェームズから話は聞いてるわ、いつも仲良くしてくれてありがとう」
「えーと…いえ、こちらこそ。お世話になります」

一瞬、「仲良くしてくれて」いるのがついこの間からのことであると思い出したのか、リリーが言葉に詰まったのがわかった。しかしそこは流石リリー、ユーフェミアさんを心配させまいと、にっこり笑顔で握手に応える。

「魔法使いの家は初めて? あっちにね、フリーモント…夫なんだけど、彼が集めた魔法道具コレクションが置いてあるの。夕食までもう少しかかるから、よかったらゆっくり眺めて待ってて。ジェームズ達なら外で遊んでるわ。イリス、帰って早々に悪いけど、お手伝いよろしくね」
「喜んで」
「あ、イリスが手伝うなら私も────」
「良いの良いの、今日のあなたは大事な主賓なんだから、休んでて」

そうは言っても、リリーは1人で悪戯仕掛人の4人と遊んだ試しなんてない。どうやら彼らの親交がもう少し深いらしいと思っているユーフェミアさんは頑なに彼女をキッチンに立たせようとしないので、仕方なくリリーはフリーモントさんのコレクションをぼけっと眺めていた。

その日の夕飯は、いつも私達が最後の夜を迎える時と同じくらい豪勢なものだった。イングランドの郷土料理と、私も大好きなポッター家直伝のミートパイ。デザートには、いつかリリーにもお裾分けしたことのあるマスカットのタルトが出てきた。

「わ! これ、ホグワーツ特急でイリスに少しいただいてから、私大好きなんです!」

タルトを見た瞬間、リリーの緑色の瞳がぱあっと輝き、彼女は両手を打ち鳴らして喜んだ。その顔を見た瞬間、ポッター夫妻がにっこりと笑う。

「あっ…す、すみません…はしたないですよね」

慌てて椅子に座り直し、モゾモゾと居心地悪そうにお詫びを言うリリーに「違うのよ」とユーフェミアさん。

「初めてイリスがうちに来てくれた時にもね、私の料理をおんなじ顔で喜んでくれたものだから、それを思い出しちゃって」
「ジェームズとシリウスも双子のようだとしょっちゅう思っていたけど、イリスとリリーもまるでこうして見ると姉妹みたいだな」

私達が姉妹? リリーと顔を見合わせたが、全く似ていない相手の顔を見てもあまり実感が湧かなかった。

夕食後、私達は再びジェームズの部屋に集合した。
昨日のうちに「動物もどきであることをリリーに話したい」とジェームズが言ったのがきっかけだ。
当然、最初のうちはシリウスがこれに猛反対していた。リーマスはその時微妙な顔をしていて、ピーターは多数決で決めてほしいとでも言いたげに各人の顔を交互に見ていた。

「リリーを正式に僕らの仲間だと認めるなら、真の姿を晒すべきだと思うんだ」
「いや、これは元々リーマスの尊厳が関わってる話だ。リーマスが"うん"と言うまで見せるべきじゃない。それに君はエバ…リリーが好きだから、そんな簡単になんでもペラペラ喋りたがってるってだけで、客観的に考えたらあいつに本性を見せられるほど僕らはまだ仲良くもなんともないんだぞ」
「僕は正直、もう正体についてはバレてるんじゃないかと思ってるから…。まあ、抵抗がないと言えば嘘になるけど…」
「みんなの決断に任せるよ…」

ここまで意見が割れてしまうと、結局彼らが意見を求めてくるのが────私になるというわけで。

「フォクシーはどう思う? リリーに僕らのことを正直に話しても構わないと思う?」
「よく思い出せよ、イリス。君がリーマスの正体と僕らの計画を暴きに来た時、僕らがどんな反応を君に見せたか。君は僕らの攻撃的な態度にも全く怯まず、それだけの覚悟と根拠を示して僕らを守ろうと歩み寄ってくれたんだぞ。覚悟も根拠もない女の子に"これから仲良くなる予定だから"っていう理由だけで晒して良い話だと本当に思うのか?」

シリウスが私の覚悟を尊重してくれているのはとてもありがたいことだった。
でも、この件について言うことがあるとするなら、私には最初から1つしかなかった。

「リーマスの意思が一番大事っていう意見には同感。でも話すこと自体については問題ないと思うよ。リリーは秘密を守れるし、友情に厚いし、大抵のことならちゃんと自分の頭で理解して呑み込んでくれる子だから」

────私は誰より、何より、リリーを信頼しているのだ。
だからそもそもそんな私に意見を求める方が間違っていると思う。「私はあんなに苦労してリーマスの正体を掴んだのに、リリーにはアッサリ打ち明けるなんて!」みたいな言い方で嫉妬するほど、私は惨めな人間ではないのだから。

「────まあ、イリスの信頼もあるし、今後のジェームズとの関係を考えれば、打ち明けるのは早い方が良いと思うな」

結局躊躇いがちにリーマスがそう言ったことにより、私達はその晩、リリーにそれぞれ動物もどきに変身した姿を見せることになっていた。

「────なあに? 話って」

「大事な話がある」と言って呼ばれたリリーはきょとんとして私達の顔を見ていた。

「リリー、実は僕達は、君にとても大事な秘密を隠していたんだ。その────」
「僕が、本当はただの人間じゃないってことを」

ジェームズの言葉をリーマスが引き継ぐ。彼は怯えるようにリリーの顔色を窺っていたけど(彼の半生を思えば当然の反応だろう)、対するリリーの反応は実に淡泊だった。

「ええ、なんとなくわかってたわ。でもそれがあなたという人間と友人でいることに何の関係があるの?」

────これには正直、私も面食らってしまった。
リリーがなんとなくリーマスの正体を掴んでいることは予想していた。そして彼女に危害が及ばない限り、彼女は決してリーマスのもうひとつの姿を蔑んだりしないだろうということにも確信を持っていた。

でもまさか、こんなに当たり前に"友人"という言葉が出てくるとまでは────流石に思っていなかったのだ。

「それで? 話ってそれだけ?」
「あ、いや、ええと、その、もうひとつあって」

リリーの反応に驚いたのは私だけじゃなかったらしい。すんなり最初の難関を受け入れられてしまったことをまだ処理しきれていないまま、ジェームズがしどろもどろになって2つ目の秘密を打ち明けようとしている。

「────見せた方が早いだろ」

なかなか切り出さないジェームズに業を煮やしたのか、シリウスはその時唐突に黒い大きな犬に変化した。

「えっ!?」

こちらは流石のリリーも予想していなかったらしい。シリウスがいたところに突然黒い犬が現れた────そのことに少なからず怯えた表情を見せ、座ったまま1メートルほどの距離後ずさった。

「僕ら、リーマスと満月の晩にも変わらず遊ぶために、それぞれ動物もどきになったんだ。全員が変身すると部屋に収まりきらなくなるから今はやめておくけど、僕は牡鹿に、ピーターはネズミに変身する」

シリウスがジェームズの言葉を肯定するように「ワン」と吠えた。その声にびくりと肩を跳ねさせ、リリーはおずおずとシリウスの顔を覗き込む。

「ええと────じゃあ、この犬が、シリウスだって言うの?」
「そうだよ」
「で、でも動物もどきって────相当高度な魔法で、しかもなるにはかなりの時間がかかるって聞いたけど────」
「あ、それは────覚えてる? 3年生の時、私が度々姿を消してどこかへ行ってた時のこと。私がリーマスの正体を掴んだのはその時なんだけど、シリウス達は2年生の時から3年間かけて、リーマスのために動物もどきになってみせたんだ」

私が補足説明をすると、合点がいったのか────いや、合点はいったもののまだ納得できていないといった様子だろう、リリーは完全に戸惑った表情のまま「あ、ああ、あの時のことね────えっ、あなた、そんな前から彼らに協力してたの!? こんなクレイジーな計画に!?」と私に向かって叫んだ。

きっと今、リリーの脳内では「どうせ魔法省に登録していないんでしょう」とか、「一体どれだけの規則と法律を破っているの」とか、倫理的な言葉が並んでいることだろう。
でも、私達は全員本気だった。真剣な顔をして、リリーが理解してくれるまでじっと待っていた。

「────相当大変だったでしょう」

しばらくの間があってから、リリーは溜息と共にそう言った。

「大変だったさ。シリウスは延々と大鍋をかき混ぜて、僕はずっと魔法薬の調合。ピーターには材料調達をしてもらったし、イリスには複雑な呪文をかけてもらうところで全部助けてもらった」
「…あなた、それでずっと忙しそうにしてたのね」
「黙っててごめんね」

リリーは困ったように笑っていた。非合法の動物もどきを3人も前にして、彼女が道徳観と友情の狭間で揺れていることが手に取るようにわかる。

「バレないように頑張って」

結局、彼女は最後にそれだけを言った。その言葉の内に秘められた感情を全て読み取るのは難しかったが────少なくとも、意識的な面では"受け入れよう"としていることだけはハッキリとわかった。

そうしてジェームズの部屋を後にして、私は結局一泊だけすることになったリリーと、同じベッドに入った。

成人男性が広々と使える客室のベッドは、細身の女子生徒2人が入っても十分にスペースが余っていた。去年までリリーと狭苦しいシングルベッドで一緒に寝ていたことを考えると、なんだか同じベッドにいるのにいないような…そんな不思議な気分になるのだった。

「まさかあの3人が動物もどきになってたなんて全く知らなかったわ。普段の素行を見てるとつい忘れるけど、あの人達って本当に優秀なのね」
「優秀だし、何より友情を大事にしてるからね。自分の大事な人のためなら規則も法律も関係ないんだ」
「まあ…その意見に賛同して良いのかはわからないけど」

いくらか気持ちが落ち着いたのか、リリーはクスクスと笑っていた。

「それにジェームズのご両親って、とっても素敵な方だったわ。なんだかあったかい家庭っていうのを久しぶりに見た気がする。あの人が当たり前のように友達を大事にしてるのは、きっとあのご両親の教育の賜物なのね」
「うん。私もユーフェミアさんとフリーモントさんは大好き。私の両親もああだったらなあって思うもん」
「そうね。────ねえ、あなたはもう、二度とお母様とは会わないつもりなの?」

それは、雑談の延長で問いかけられた、なんの他意もない素朴な疑問だった。
しかし私は、その簡単な質問にすぐ明確な答えを出すことができなかった。

「……」

私はきっと────このままお母様とは、二度と会わずに生きていくんだろう。
この後、どこかに就職さえすれば、いよいよ私は本当の意味で自立することができるようになる。

もちろん援助してもらっている現状がある以上、金銭面における関わりだけは何らかの形で保ち続けるつもりでいる。でも、例えばこんな風に年に一度顔を見せたり、友人を招いたり────そういう温かい家庭をもう一度あそこで築こうという気には…とても、なれなかった。

4年生になる年、私は「安定した職に就き、良い家庭を築いて安心させます」と言ってみせた。そのことはよく覚えているし、お母様は実際私がそういう人生を歩んでいくものだとすっかり信じ込んでいることだろう。
だから、その部分だけはまたなんとか"丸め込まないと"いけない。まだその方法をどう取るべきなのか悩んでいる最中ではあるが、家族と"親子としての縁を切る"という結論だけは、既に確固たるものとして出ていた。

「────ごめんなさい、ちょっと無遠慮だったわね」

なかなか答えを返さない私を見て、リリーは私が気分を害したと思ったらしい。暗闇の中、しゅんとした声が小さく客間に響いた。

「ううん。気にしてないよ。ただ────私も、そういえば卒業後の両親との関わり方を考えてなかったなあって…」

リリーは「そう…」と、まだ自分の言葉を失言だと思っているかのように小さく答えた。

「私もね、悩んでるの。不死鳥の騎士団に入るのは良いんだけど、正式なお給料が出るお仕事じゃないし、生きて行くためには仮の姿が必要になるなって…」
「そうだね。リリーは去年の進路相談、なんて出したの?」
「製薬会社よ。私は魔法薬学に長けているから、医療用の魔法薬を調合する調合師になったらどうか、ってマクゴナガル先生に勧められたの」
「そうなんだ」

リリーが作ってくれた薬なら、安心して飲めそうだ。

「不死鳥の騎士団の実態がわからない以上、卒業した後にどう自分の生活バランスをとっていけば良いのかもわからないんだけどね。もちろん魔法薬の調合にはとっても興味があるの。でも────やっぱり、世界の平穏の前には比べられないわ。そうすると、どうしたって騎士団の任務を優先させなきゃいけないだろうし」
「そうだね」
「…イリスは、不安じゃないの? あなたなら国際魔法協力部だろうがどこだろうが絶対にうまくやっていけると思うけど────"自分の生活"と"世界の安全"を秤にかけられてるのよ、私達」

彼女の言うことはもっともだった。
生きて行くためには、お金がないとやっていけない。ジェームズのようにご両親のお金が莫大に残っているような学生なら、むしろ就職なんて回りくどいことはせずに騎士団の任務に専念した方が良いに決まっている。私だって実情なんて知らないけど────敵対する相手がヴォルデモートである限り、騎士団の任務が普通の仕事の片手間でこなせるような簡単なものでないことくらい、想像ができる。

私達は、来年からどうやって生きていくんだろう。
簡単に騎士団に入るとは言ったが、まだ発足したとすらきちんと言えない組織で(だって、来年卒業する私達に「"創設メンバー"になってほしい」とダンブルドア先生は言ったのだ)、どんな生活を送れば良いんだろう。

それに、騎士団として明確に"ヴォルデモートの敵"を名乗ってしまえば、私自身じゃない────私の友人や知り合い、そして家族にまで、危険が及ぶことになる。おそらくリリーが私に親ともう会わないのかと尋ねたのは、これが最大の理由だったのだろう。そして私は、それもあって"家族と縁を切る"という選択を取ることを決めた。

そう、私の場合は元々身の伴わない"縁"だったから、簡単に切ろうと思えたのだ。
しかし、リリーが悩んでいることだって、痛いほどに理解できる。

自分の命を差し出すだけなら、自分の独断で決められる。
でも、自分が自分の命を差し出すことによって、危険な目に遭ってしまう無関係の人達には、どう頭を下げたら良いんだろう。

これは何も、家族に対する話だけじゃない。私達が今まで関わってきた大事な人達全員に置き換えても、全く同じ問題が残ってしまう。

私は私が戦うことに対して、どう周りと向き合っていけば良いのだろう。
────実のところ、私は既にこの間のイースター休暇でその問いを自らに投げかけ、そして最後には────全ての迷いを切り捨てていた。

どれだけ不自由な生活になろうとも、どれだけ命を危険に晒すことになろうとも、私は敵に立ち向かう。その間で大切な人が危険に晒されるというのなら、きっとその人達だって私が守ってみせる。
色々なことがあって、悩んで、迷って、そうして残ったのは、そんな単純な答えだった。

自分がまだ理想主義の日和見なことを言っているのはわかっていた。
でも、覚悟だけなら────もう、十分すぎるくらいにしてきたのだ。

だからもう、私に言えることは────。

「────きっと夜だから、心が不安定になってるだけだよ。リリー、私達なら大丈夫。表の顔も裏の顔も上手に使い分けて、自分のことも、大事な人のこともみんな守れる。私、そういう"物事をうまく収める"ことなら得意だったから、不安だって言うならリヴィア家式の流儀も教えてあげるよ。だから安心して」

とんとんとリリーの肩を叩きながら、子供に言い聞かせるように囁く。
大丈夫だよ、リリー。リリーにはいつも、私がついてるから。
だから私が困った時には、どうか助けてね。

リリーは私が懇々と言い聞かせる「大丈夫だよ」という言葉を、ずっとずっと聞いていた。ようやく不安そうな表情が薄れ、「ありがとう」という言葉が出る頃には、最後まで言い終わる前に寝入ってしまっていた。

私もリリーもまだ戦争を知らないはずなのに、ちょっとしたいざこざや考え方の違いによって、大切な人を────家族や友人を、失ってきている。失う痛みを、知っている。
きっと本格的に戦禍に身を投じてしまえば、これから失う数は多くなる一方なのだろう。覚える痛みは増えていくばかりなのだろう。

それでも私は、戦うことをやめるつもりはない。
たとえ誰かを失うことになったとしても────いつかシリウスが星空の下で眺めた名前も顔も知らないたくさんの誰かがそれで救われるのだとしたら────私も彼のように、そんな世界のために命を燃やしてみたかった。










翌朝、リリーは名残惜しそうに帰って行った。
そして中旬頃には、リーマスも帰って行く。

ホグワーツの生徒としての最後の夏、私とシリウスとジェームズとピーターは、毎日のようにジェームズの部屋で"ホグワーツに残す傷痕"を作っていた。

私が来た日にめちゃくちゃになってしまったジェームズの部屋は、一応部屋としての形を取り戻し、箱もどこか整然とした状態で並べられるまでになった。

「────これだけ作ったのは良いけど、どうやってこれをホグワーツに持って行くの?」
「郵便だよ。運んできてもらうんだ」

ジェームズは簡単に言うが、ここにはどう見ても怪しいグッズしかない。果たしてこれらが去年末から一層警備の厳しくなった郵便物の検閲を通るのかどうか、私は疑わしく思っていた。

「…没収されない?」
「まあこれを見てみろよ」

訝しげに言う私にシリウスが指し出したのは、1枚の羊皮紙だった。ジェームズの字で、何か長いリストが作られている。

「えーと…"ふくろう便検閲リスト"…? 何これ、検閲基準と没収対象が全部書いてあるじゃん! こんなもの、魔法省にしかないだろうにどこで…」
「君が言った通りだよ、魔法省でもらってきたんだ」
「どうやって…」
「そりゃ、父さんが魔法省の知り合いを訪ねた時に、"発明が趣味なんですが、うっかり良くないものを作りたくないので参考のために見せてください"って言って見せてもらったんだよ」

こともなげに言ってくれるが、彼は今自分が何を言っているのかわかっているのだろうか────と言いかけて、やめる。

そうだ、目の前にいるのはあのジェームズ・ポッターなのだ。

"父親の知り合いをうまく言い包めて郵便物の検閲リストをちゃっかり見せてもらい、一瞬で記憶して後から書き起こし、それに抵触しないラインギリギリのものだけを作って郵送する"こどなど、彼にかかれば造作もない。

「この無害なものたちをホグワーツに持ち込んで、最後にちょちょいっと魔法をかければあーら不思議、あっという間に玩具にも武器にもなる魔法グッズの完成さ!」
「武器になるような使い方をする人の前でその話をしないようにね」

本物の天才を前にして私が言えることなんて、その程度のことだった。

そうして夜は何度も明け、9月1日、私達は最後となるホグワーツ城行きの汽車へ向かっていた。
いつも通り別れを最大限に惜しんでくれる優しいポッター夫妻に見送られ(卒業してもまた顔を見せてね、と何度も念を押された)、私とリーマスは監督生用のコンパートメントへ、そしてシリウス達3人は悪戯仕掛人専用のコンパートメントを探す旅に出た。

今年もやはり、監督生用のコンパートメントに乗り込んだのは私達が最後だった。なんとなくなんだけど、この3年、いつもレイブンクローの2人が最初に来て、そこからハッフルパフの2人とヘンリーが同着くらいで乗り込み、最後にドイルがずかずかと入って私達を待つ────そんな順番が予想できるようだった。

「さて、それじゃ全員揃ったところで、去年度末シェアしたことからおさらいしていきましょうか」

ここでも指揮を執るのは、メイリア。3年目ともなれば、同じ監督生の中でも彼女がまとめ役に仕上がっていくのは至極当然のことのように思えた。

「ヘンリー、去年、クリスマス前の飾りつけを他寮生に手伝わせてどうだった? …まあ、途中でそれどころじゃないことが起きたからわかりにくいだろうけど、あくまで効率面として」
「ああ、助かったよ。物理的にもそうなんだが、助っ人が来てくれるっていう点で精神的にかなりやる気が出たな」

嬉しそうに言うヘンリーの隣で、あの時早々に準備を放棄していたらしいドイルが「フンッ!」と鼻を鳴らす。ヘンリーはこの2年ですっかりスリザリンの鼻つまみ者になってしまった。もちろんスリザリンにも彼のような公平で親しみやすい生徒はいるのだが、どうやら他の寮を敵視している大多数の他の生徒からは相変わらず厄介者として扱われているらしい。

「アンナ、厨房への押し入りの様子はどう?」
「お陰様でだいぶ減ったよ、ありがとう」
「じゃあ去年の課題はひとまずクリアね。じゃあ今年の課題だけど────」

そんなこんなで20分程会議が行われた後、例年通り私とリーマスが最初に巡回へと送り出された。

「毎回思うんだけど、これを僕らがやる意味ってあるのかな?」

この2年、生徒を叱ったり何かを没収したりしたことのない監督生は、私達だけだった。私もリーマスと全く同じ気持ちを抱いていたので、つい笑ってしまう。

「なんか他の生徒も"グリフィンドールの監督生ならジョークグッズで遊んでても怒られない"って思ってるよね、絶対」
「実際僕らがここで"監督生らしく"振る舞おうとすると、真っ先に駆けつけないといけないコンパートメントがあるからね────ああ、ほら、噂をすれば、だ」

リーマスの指さした先には、シリウスとジェームズとピーターがお腹を抱えて笑っているコンパートメントがあった。何の話をしているのかはわからないが、時折ジェームズが杖を自分の顔に向けて、目玉を飛び出す寸前までぐりぐりと前に押し出したり、鼻を引っ込めて蛇の鼻孔のような形に変えたりして遊んでいるらしい。

「別に迷惑をかけてるわけじゃないんだけど、風紀上一番問題があるのは間違いなくあいつらだからなあ…。あいつらを放っておくとなると、他の生徒を叱ったり没収したりなんてできないし」
「かといって、あの人達は私達の言うことなんて一つも聞かないもんね」
「聞かないだけならまだ良いさ。これで巻き込まれて僕らまで遊ばれているところをメイリアなんかに見られたら…」

その先のことを予想したんだろう、リーマスは恐怖にぶるりと身を震わせた。

楽しそうな笑顔で満ちているコンパートメントを見ながら、私はふと6年前の────入学式の日のことを思い出していた。
あの日は確か、リリーがひとりで窓辺に座っているところに私が相席させてもらって、そこにシリウスとジェームズが来たんだっけ。あの時から2人はずっと変わってない。いつだって自分達だけで最高に楽しいことを生み出して、最高に楽しそうな顔で笑ってる。

ああ、でも────。

私はその後に覗いていったコンパートメントで、同級生と額を突き合わせながら何やら話し合っているスネイプと、また別のところでメリーと2人でおしゃべりしているリリー(私の姿を見かけた時、2人揃って手を振ってくれた)を見ながら、私はそこに生じていた"変化"を肌で感じる。

あの時は最悪だった。ただでさえ半泣きのリリーを見ては気まずい思いをしていたのに、ジェームズとシリウスがスネイプと大きく揉めて、リリーが怒ってスネイプを連れ出してしまって。

全てはあの日から始まっていた。
まだ固い友情で結ばれていたリリーとスネイプ。最初から今までずっと親友としての絆を育んできたシリウスとジェームズ。誰の味方もできず、何の意見も言えずオロオロしているだけの私。

そこには今みたいな境界線なんてなくて、だからこそ状況は悪化していく一方で────。

「イリス? どうかした?」

考え事に耽る私に、リーマスが心配そうな声を掛けてくれる。

「ううん。なんか、私達もこの6年で変わったなあって」

色々なことがあって、私達の間にはたくさんの亀裂が入って、それを修復したり、更に深めたり────そうして、今の私達の関係が完成された。
もうきっと、リリーはお姉さんと喧嘩したところで泣いたりはしないだろう。シリウスとジェームズがスネイプに絡んでも、"スネイプを連れて"怒って出て行ったりはしないだろう。そして私も────何も言えないまま、空気のようにそこに座っているだけではないのだろう。

「郷愁に浸るには早いよ、イリス。まだ僕らには1年あるんだから、楽しんでいかなきゃ」

リーマスは笑っていた。彼ともきっと、3年生の時に私が必要の部屋に乗り込んだりしなければ、ここまで仲良くはなれていなかったのだと思う。
だから、私も「そうだね」と言って笑った。

6年かけて、創り上げられてきた私達という形。

今年はその、集大成だ。



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