シリウス達は夏に宣言した通り、今年1年の時間を"痕跡残し"に費やすつもりのようだった。

夜に寮を抜け出して隠し部屋の隅に魔法のかかった箱を置いてみたり、ジェームズが言っていた通り北塔の4階の壁を掘り進めてみたり。頻度はだいたい週に一度、週末に行われることが多かった。

メンバーはできるだけ悪戯仕掛人が全員揃ったところを狙っているようだったが、ジェームズにはクィディッチがあるし、リーマスは月一で動けなくなる。そんな中で、10月が終わろうかという今、皆勤賞を達成しているのはシリウスとピーターと────なぜか、私だった。

「イリス、"悪戯"の準備して」

今日は10月31日、ハロウィンだった。たくさんのかぼちゃ料理を食べて、満腹感と満足感に浸りながらリリーとおしゃべりをして、さあ寝ようかと寝室に上がりかけた時、シリウスに呼び止められる。

「…また?」

悪戯の準備とは言うが、別段私がするようなことは何もなかった。ただ私は彼らより多少物を変質させたり動かしたりする魔法が得意というだけなので(つまり変身術と呪文学の範囲ってこと)、杖が1本あればそれで良い。むしろいつも準備らしい準備をしているのは彼らの方だった。毎回何かしら荷物を持っているが────今日は何か"遺物"を遺しに行くつもりらしい。ピーターが何やら大きな木箱を両腕に抱えている。

リリーは呆れた顔をするだけで「じゃあおやすみ、悪さもほどほどにね」と慈悲もなく言ってひとり寝室へ上がってしまった。彼らの悪戯にいちいち目くじらを立てていた時も大変だったが、全く救いがないのもそれはそれで悲しい。

「今日はせっかくのハロウィンだから、ちょっと遠出をして────ゴーストさえ立ち寄らない、完全に封鎖された旧グリフィンドールの談話室に行こうと思ってるんだ」

旧グリフィンドールの談話室…?

「…あっ」

────そういえば、そんな場所もあるようなことを、2年生の時に(ホグワーツの歴史や魔法使いの思想を調べている間のことだ)本の記述の中で見たことがあるような気がする。あの時は「本当にそんな部屋があるならシリウス達は場所を知ってるのかな」くらいにしか思わなかったのですぐに忘れてしまっていたが、まさか本当にそんな部屋が実在していて、しかもちゃんと彼らがその場所を知っているなんて────全く考えていなかった。

ひとまずハロウィンにちなんで死者にまつわる悪戯を仕掛けたいのはわかった────が、私はそんな謎の場所で彼らが何をしようとしているのか、いつも通り見当がついていなかった。

「…わかった、手伝うよ」

それでもこうして毎回私が彼らについて行くのは、監督生として彼らの最後の大掛かりな悪戯が度を過ぎないよう見張るためだった。断じて、ちょっと楽しそうだななんて思っているわけではない。誰も知らない"昔のグリフィンドール寮"になんて、決して興味があるわけではない。

私達が動いたのは夜中の2時。すっかり誰もが寝静まったことを確認してから、シリウスと私はぴたりと体を寄せ合って透明マントを被った。ピーターはそちらの方が何かと動きやすいからと、今はネズミの姿に変身して私達の足元をちょろちょろと動き回っている。

「────ところで、グリフィンドールの旧談話室って本当にあったの?

私はてっきり、ここが作られた時からグリフィンドールの寮は東塔のあの場所にあるものだとばかり思い込んでいた。というか、寮が移設された過去があるなんて、本を読むまでは想像すらしたことがなかったのだ。

「あったんだな、これが。しかも場所は地下のスリザリン寮を通り過ぎた先にある。知ってるか? あの廊下の先にある、太った御仁が馬に乗って楽しそうに笑ってる絵。今はもう使われてないからほとんど喋らないけど、"900年前から変わってない決められた合言葉"を言うと中に通してくれるようになってる」
「…それって」

私はその時、去年スリザリン寮付近の廊下でクリスマスの飾り付けをしていた時のことを思い出した。そういえばあそこには一枚、あの冷え冷えとした空間に似つかわしくない明るい絵が飾られていた。私はそれを、しっかりと見ていたじゃないか。
なんだ…私にもちゃんとヒントは与えられていたんだ。やっぱり「そこに何かあるかも」と思うのと思わないのとでは、見える世界が全く違うようだ。

「でも、どうしてわざわざ寮の移設なんてしたの? 何か不都合があったとか?」

生徒の住居となる寮の設備を動かすことは、授業を行う教室を変えるのとはわけが違う。読んだ本には、年表の中で『グリフィンドール寮、移設』としか書かれていなかったので、私はそこに付随する事情を全く知らなかった。
しかしシリウスは「そんなこともわからないのか」というような顔で私を見てくる。

「スリザリンとグリフィンドールはかつて無二の友人だったのに、後に永遠に決裂しちまったって歴史を知らないのか?」
「そりゃ、知ってるけど」
「元々スリザリンとグリフィンドールの寮は近いところにあったんだ。レイブンクローはまた独自のプライドを持ってたから西塔の高いところに勝手に寮を構えたらしいけど、本来各寮は全て地下に置かれるものって暗黙の了解があったんだよ」
「へえ…」

だからハッフルパフの寮も地下にあるのか。どうしてスリザリンの寮はこんなに寒々としたところにあるのだろうと思ったこともあったけど、ここもかつては賑やかで温かい交流の場だったのかもしれない。

「でも、スリザリンとグリフィンドールは決裂した。まだ創設者達がホグワーツにいた頃だったから────まるで創設者の意を汲むように、それぞれの寮生もいがみ合うようになった。やがてお互いの寮生が、ただ寮に戻りたいだけなのに一戦交えないと道を通れない事態を案じたハッフルパフが、グリフィンドール側に寮の場所を移してはどうかと提案したんだ」

その時はもう、私達は地下まで降りてスリザリン寮の前を通り過ぎていた。
足音は立てないよう細心の注意を払っているが、シリウスの囁き声ですら暗い廊下に響いてしまうようで────しかしその話を途中で止めるなんてこともできず、私はただ息を呑んで二重の意味でドキドキしながらその話を聞いていた。

「グリフィンドールはそれを妥当な判断だと思ったんだろうな、ほどなくして元々の談話室を閉鎖し、まだ誰も使っていなかった東塔に新たな寮を構えることにしたんだ。────さあ、着いたぞ。僕らが生まれるより遥か前に使われていた、古のグリフィンドール寮とのご対面だ」

太った騎士が、馬に乗って盃を掲げている絵。その前に立ち止まると、シリウスは周りに誰もいないことを確認し、透明マントを脱ぎ捨てた。
大抵目の前に人が現れると、絵画の中の人は何かしらの反応を見せるものなのだが(しかも透明マントを被っていたので、私達は完全に"彼"の虚をついて現れた形になるのに)────騎士は、微動だにしなかった。まるでマグルの世界の絵画のようだ。

「────この絵、本当に"入口"なの?」
「言ったろ、今はもう"閉鎖されてる"って。この騎士は、永遠に過去のグリフィンドールの栄光を守るために沈黙を貫くことを約束した。"決められた合言葉"以外には決して反応しないんだ」
「そうなんだ…」

するとシリウスはごほんと咳払いをして、騎士と同じように盃を掲げるポーズを取りながら厳かに言った。

あなたの小さなレディに敬意を表して

あなたの小さなレディ?

しかしその言葉の意味を考える前に、私はぎょっとして絵に魅入ってしまった。
なんと、騎士の目から涙が一筋零れたのだ。

「ああ────私のちっちゃなレディ、900年の時を超えて、今なおグリフィンドールの誇りを守っていたか────! 勇敢なる若人よ、よくぞ私を見つけてくれた」

そう言うなり騎士の絵はぱっと左側に向かって開いた。奥には、私達が毎日通っているグリフィンドール寮と全く同じ穴が開いており────その奥には、どこか古びて埃を被った暖色の光景が広がっていた。

私は呆気に取られたまま、シリウスとネズミのままのピーターに続いて穴をよじ登り、中へと入った。
旧グリフィンドール寮の談話室は、私の知っている新グリフィンドール寮とそっくり同じ作りをしていた。間取りや家具の位置まで同じだ。まるで時だけが退行したようで────なんだか、時間遡行でもしたかのような変な気持ちになる。

「グリフィンドール寮の入口に掛かってる太った婦人の絵、あるだろ」

絵が閉ざされると、シリウスが部屋の中を物色しながらいい加減な口調で言った。

「うん」
「あれ、あの騎士の娘なんだとさ。新グリフィンドール寮ができた時、誰かモデルがいたのか────それとも本当に絵が子供を産んだのかは知らないけど、とにかくあの騎士は新しい寮の守人に自分の娘を選んだんだ。今やお互い行き来もできず、騎士は沈黙の約束に阻まれるわけだから、あの2人が会うことはないんだけど────ここに来る唯一の手段は、"グリフィンドールの生徒が太った婦人に心から敬意を表すること"だったってわけ」

なるほど…そう考えると、騎士が突然流した涙の理由もわかるような気がした。彼は900年もの間、姿も見えず、話もできない娘のことをたったひとりで想い続けていたのだろう。

「さて、僕の見立てだとこのどこかに"現代の悪戯仕掛人"に贈られた"先代の悪戯仕掛人"からのプレゼントがあるはずなんだが────」

シリウス達はここに何かを探しにやって来たらしい。ソファの下や暖炉の中まで掻き分けて彼が談話室の中を捜索していると、やがてピーターが甲高い声でチューと鳴いた。

「お、あったか?」

彼の鳴き声に反応し、そちらの方へ行くシリウス。ついて行くと、ピーターはシャワールームの鏡面の前でしきりに鏡の端をがりがりと引っかいていた。

「この裏だな? よし────」

そう言って、杖を一振りするシリウス。すると鏡はぱっと、さっきの絵のように左側面を支点にして開いてみせたのだ。
────中に入っていたのは、掌に乗る程の小さな擦りガラスのケースがひとつ。白くざらついた表面を見ただけでは中身が見えないのだが────私は今、自分が静かに興奮していることを感じていた。

誰も知らない、誰も入れない昔のグリフィンドールの談話室。そこには900年近く前に、確かに生徒が憩いの場として使っていて、そしてシリウス達のような悪戯好きの誰かが、こうして秘密の小箱を遺して去って行ったのだ。────いつか、彼らのようにホグワーツの謎を全て明かすような"新しい悪戯仕掛人"が現れることを信じて。

「なんだか、古代遺跡を調査してるみたいだね」

すっかり「監督するためだから」なんて真面目ぶった言い訳を忘れ、ワクワクしながら私が言うと、シリウスも目をキラキラさせて「来て良かったろ」と笑った。

再び杖で、ガラスケースを軽く叩くシリウス。ケースは僅かに振動して────まるで埃を落とすようにカタカタと揺れると、カタンと軽やかな音を立てて蓋を開いてみせる。

────中に入っていたのは、小さな古びた鍵だった。

「────鍵?」

持ち手にルビーがはめこまれている、随分と複雑な形をした鍵だった。いくつかの突起がついている上に、鍵の一番先端は丸い形に曲がっている。これでは、この鍵穴に合う扉を見つけたところでまずこれをはめこむのに苦労することだろう。

シリウスはニヤリと笑っていた。新しい武器を手に入れた悪役のような顔をしている────と言ったら、怒られるだろうか。

「良いね、謎が謎を呼ぶ────。こういうのを求めてたんだ、僕らは。これは回収するとして…僕らもさっさと"次世代への謎"を遺して寮に戻ろう。プロングズもそろそろ練習から戻って来る頃だろ」

早くジェームスに報告したくて仕方ないらしいシリウスは、その鍵をポケットに無造作に突っ込み、「ピーター、行くぞ」と談話室に戻って行った。何やらクッションを引き裂いて、予め持って来ていた木箱をその中に隠しているようだ。

────急ぐあまり、彼は気づかなかったようだが────私はそのガラスケースの内蓋に文字が刻まれているのを見た。

G・S・R・H、4つの勇気と気品と叡智と調和を讃えて。この鍵を正当に握りし若き者に、自由の翼を授ける

どういう意味なんだろう。
この鍵を正当に握りし若き者に、自由の翼を授ける────?

「イリス! ちょっと試してみてくれ!」

しかしまたも考えるより先に、シリウスに呼ばれてしまった。私は急いでガラスケースを元の鏡の裏に戻し、魔法で鏡の位置も元通りにしてから彼らのところへ行った。
そこにあったのは、抱き枕ともいえるほど大きいクッション。どこにでもある赤いふかふかのクッションなので、他のものと紛れさせてしまえばたちどころにわからなくなりそうだ。

「魔力の痕跡を微量に残してある。相当力のある魔法使いじゃないと検知できないレベルだ。そいつがこれを発見したら、この魔法を唱えて欲しいんだ。中に入ってる"プレゼント"が現れるから」

確かに、見たところそこに何らかの魔法がかかっているような気配はない。杖でつついても、クッションの端をちょこっと引き裂いてみても、その中には綿が詰まっているだけで、"プレゼント"なんてどこにも見当たらなかった。

そこで私は、渾身の力を込めて「スペシアリス・レベリオ」と────隠れた魔法を検知する呪文を唱えた。すると、クッションが僅かに光ったのだが────それ以上のことは起きなかった。
次に、シリウスが教科書に書きこんだ…外国語だろうか、そんな謎の文字列を読み取る。口の中で何度か噛まないように練習してから、私は杖をクッションに向け、おそらくオリジナルと思われるその呪文を唱えた。

「アエルタニト・フォルティー」

それまで読書灯にもならないほどしか光っていなかったクッションの光が、突然目も眩むほどの閃光を放った。薄暗かった談話室の中で急に目を焼くその光に、思わず腕で視界を遮る。

「よし! 想像以上! やっぱりイリスレベルの奴が唱えればそれだけ威力も増幅するんだ!」

シリウスが楽しそうに吠えている。数秒直射光に照らされた後、唐突にまた暗闇が戻ってきた。一瞬その光度差にシリウスやピーターの顔すら見えなくなるが、ようやく薄闇に目が慣れた頃、そのクッションを見ると────。

中に、さっきまでシリウスが持っていた木箱が入っていた。

「これ、開けても?」
「あ、こっちの箱は一回きりなんだ。中にはこれも一度きり、どんな鍵穴にも合わせられる魔法の鍵が入ってる」

木箱に杖を向けようとした私をシリウスが制止した。
どんな鍵穴にも合わせられる魔法の鍵。さっきの"どこに合うかわからない鍵"も十分魅力的だったが、こちらの響きも悪戯心を存分にくすぐってくる。

「先生から逃げたい時、急いでる時、身の危険が迫ってる時────どんな時でも、どこかに扉さえあれば好きなところに行けるんだ。もちろん行き先に防御魔法がかかってたらそこまでは突破できないけど、その場合は望んだ場所の防御範囲から出てすぐのところに行けるようになってる。僕ら、これを2年かけて開発したんだ。なかなかだろ」

しかもそれを自分で作ったというのか。改めて、彼らの発明家としての手腕に私は脱帽した。
昔グリフィンドール寮が別の場所にあったと知っている者。その場所と開け方を知っている者。微量な魔力でも探知できる技量を持った者。そして────シリウスのこの古い教科書に書かれた一見ただの落書きにしか見えない呪文を、ここで唱えることができる者。

この魔法の鍵に至るまで、いくつもの難関が待ち受けている。知力と想像力、そして最後には魔法力────要はシリウス達と同格以上の生徒にしか、この箱は見つけ出せない。
果たしてそんな生徒は今後現れるのだろうか、とクッションの裂け目を再び綺麗に戻しているシリウスを見て思う。

今はきっと、イギリス中を探しても見つからないだろう。
だって、あのガラスケースの中身だって900年もの時を経てようやく見つけ出された古代からの贈り物なのだ。シリウス達は、伊達に"稀代のカリスマ"を名乗っているわけじゃない。

でも────いつか、そんな生徒が現れたとしたら。
どんな危険も"冒険"だと笑い飛ばし、校舎を壊す勢いで調査するような、そんな破天荒な天才がまた現れたとしたら。

その時こそ、私達の贈り物はその生徒に託される。
私達が900年前の誰かからプレゼントを受け取ったように────ホグワーツの神秘は、そこにある限り脈々と受け継がれていくのだ。今まさにその継承の場面を見ているのだと思うと、私の膝はどうしても震えてしまうのだった。

「さて…これで今日の仕込みは完璧だな。思わぬ収穫も入ったことだし、戻って早くあいつらに見せてやろうぜ」

クッションは再び元の位置に戻された。ご丁寧に、他のクッションと同じ程度の埃まで積もっている。
私達は再び透明マントを被ると、そっと旧グリフィンドールの談話室から出た。

絵の騎士は、やはり何も言わなかった。

帰り道、私達は再び足音を忍ばせ、今度は会話もせずにグリフィンドール寮へと急ぎ向かった。
途中、スリザリン寮が見えた時が一番緊張した。もし深夜に出歩く悪い子が他にもいたら、面倒なことになりかねないから────と思った時、私はそんな予想を抱いた自分を激しく呪った。

ああ、そんなこと、たとえ冗談でも考えるんじゃなかった!

私の予想は悪い方向に当たってしまった。
なんと、スリザリン寮の目の前まで来た時、おもむろにその扉が開いたのだ。

「!」

私とシリウスはぎくりと身をすくませ、ひとまず物音ひとつ立てないように壁際にぴったり張り付いてその"誰か"がここを通り過ぎるのを待つことにした。いても違和感のないピーターですら、怯えきったようにシリウスの足元でぶるぶる震えている。

扉が開き、出てきた人物を見た瞬間、私達の目は更に驚愕で大きく見開かれる。

「────!?」

そこにいたのは────レギュラスだった。

こんな時間に何の用だろう。彼は辺りをきょろきょろと見回しながら、そっと地上への階段を上がって行く。

私はシリウスと目を見合わせた。無言のまま「追うか?」「どうしよう」と相談し────出た結論は、「ついて行こう」だった。

(シリウスがどう捉えているかは知らないが)ヴォルデモートと何らかのやり取りをしていると思われるレギュラス。そんな存在が深夜に寮を抜け出して、ひとりでどこかへ行こうとしている。これを見過ごすことなど、とても私にはできなかった。

ピーターが抗議するようにシリウスの脛を噛んだようだったが、シリウスは顔を僅かに歪めただけで何も言わなかった。帰りたいなら帰れ、と言わんばかりに乱暴に足をぶらぶらと振りながら歩く。何せ目の前にレギュラスがいるので、足音に気を遣うのが精一杯な私達に口論などしている余裕はなかった。

レギュラスは中央塔の階段をただひたすらに上がって行った。騙し階段に気をつけながら、私の手を取って転ばないようサポートしてくれるシリウス。ありがたく手を借りながら、私は自分の存在を殺すことだけ徹底し、レギュラスの背を追った。

彼は何のために、どこへ行くつもりなんだろう。そこで何をするつもりなんだろう。
まさか、ヴォルデモートと話す手段を持っているとでも言うんだろうか────?

様々な悪い予感ばかりを思い浮かべながら、彼の後ろをついていくと────彼がようやく立ち止まったのは、8階だった。

「ここって」
「必要の部屋だ」

また視線だけでシリウスと会話をする。中央塔の8階に用があるとするなら、それは必要の部屋の使用以外に考えられない。特にホグワーツ内の間取りを全て把握しているシリウスが自信を持って「必要の部屋だ」と言うのなら、彼は本当にそこへ行くつもりなのだろう。

バカのバーナバスの前で、廊下を3往復。現れた扉を当たり前のように開けて、彼はポケットの中に入っていたらしい物を一瞬だけ取り出してまたすぐ懐にしまい込むと、室内へさっさと入ってしまった。

「────どうする?」

ようやく声が出せるようになったところで、私は小声でシリウスに尋ねた。

必要の部屋に入られてしまった以上、私達がこれ以上追跡するのは不可能だ。レギュラスのいるところを望めば同じ場所に入れるかもしれないが、そうなった時、彼と今出くわしてしまってはあまりありがたくないことになる。
かといって、また必要の部屋からレギュラスが出てくるのを待つのも現実的じゃない。中で何をしているのかわからない以上、平気で朝までここで待ちぼうけを食らう可能性もあるからだ。

「…今日のところはひとまず寮に戻ろう。必要の部屋に入られたら、探りを入れるのは難しい」

シリウスも私と同意見のようだった。仕方なく、私達は再び足音を忍ばせ、今度こそグリフィンドール寮へと戻って行った。

談話室に掛けられた、太った婦人の絵。遠目に彼女の姿を見た時、900年も隔たれていた親子のことを思い出し、少しだけ切なくなる。しかし、それは本当に一瞬のことだった。もし彼女が眠っていたら、締め出しを食らってしまうことになる。またもや嫌な予感が頭を過ったが、幸いなことに彼女はまだ起きていたようだった。しかし、かなり機嫌が悪そうだ。

「さっきも門限破りの子を通したばかりなのよ! まったく、グリフィンドールの生徒は私をおちおち眠らせてもくれないわけ?」
「悪かったって。父親なら元気だったぞ。ほら、合言葉…"リエーフ"」
「お父様とお会いになったの!?」
「ああ、合言葉は変わってなかったよ」
「なんてこと────900年も経って、こんな嬉しい報せが聞けるなんて!」

婦人はさっきまでの怒りをすっかり忘れた様子で、地下にいた騎士と同じように泣きながら扉を開けてくれた。
談話室の中に戻ると、ちょうどジェームズがソファに横になっているところだった。

「よ、おかえり。どうだった?」
「予想以上の収穫があったぞ」

どうやらジェームズはこの時間までクィディッチの自主練習をしていたらしい。言わずもがな、こんな深夜帯に外を出歩いて箒に乗るなど、見つかったら即刻減点、罰則、最悪試合の出場停止措置だってありうることだった。でもそんなリスクなどないに等しいと言わんばかりに、ジェームズはくつろいだ様子で私達を待っていた。

まったく、この胆力を少しは見習いたいものだ。

シリウスは早速ポケットから、ガラスケースで見つけた箱を取り出した。

「旧グリフィンドールの談話室でこれを見つけた。これまでこの形に合いそうな扉なんて、あったか?」

ジェームズは鍵を受け取ると、ライトに翳してあちこちからそれを眺めまわした。

「────いや、見たことがないな、こんな特殊な鍵。しかもここにはめ込まれてるルビーは本物だ。創設者時代に作られたものなんじゃないか? ホグワーツと関係ない扉を開ける鍵かもしれないぞ」
「でもこれを隠したのはきっと僕らと"同族"の先輩だぞ。僕らなら、学校外でしか使えないようなつまらないものを校内にわざわざ隠したりするか?」
「それもそうだな」

頭を悩ませている2人を見て────やはりシリウスはここまでに見た2つの事実に気づいていなかったのか、と思った私は、素直にその情報を彼らと共有することにした。

「これ、多分創設者自身が作って生徒間で受け継いでいってたものなんじゃないかな。私達が見つけたみたいに、一定水準以上の魔法が使える好奇心が強い魔法使いにしか継承できないようなやり方で」
「え?」
「どういうことだ?」

2人揃って疑問符を並べられてしまったので、私は今日見てきたものを(シリウスには確認の意味も込めて)全て話して聞かせた。
旧グリフィンドール寮のシャワールームの鏡面の裏にガラスケースがあったこと。ガラスケースの中にこの鍵が入っており、ケースの裏蓋にはとある文字が刻まれていたこと

これが1つ目の事実だ。

「『G・S・R・H、4つの勇気と気品と叡智と調和を讃えて。この鍵を正当に握りし若き者に、自由の翼を授ける』って書いてあった」
「G…S…R…H…創設者それぞれの頭文字か。正当に握りし若き者…ってことは、それぞれの寮に属している生徒に使用権限を与えたってところか?」

私も同意見だったので、ジェームズの素早い解に短く頷く。

「すると、自由の翼を授けるってところが疑問だな。自由…どこでも使える、とか?」
「まあ、可能性はあると思うよ。今度絶対に開かないって前プロングズが言ってた部屋で試してみようか」

それから、忘れてはいけないのが────先程見てしまった、もうひとつの事実

「────あと、私、さっきこれとほぼ同じものをレギュラスが持ってるのを見た
「えっ!?」
「なんでそこでレギュラス?」

シリウスが素っ頓狂な声を上げたのに対し、ジェームズはこてんと首を傾げるだけだった。
私は旧グリフィンドールの捜索をしていたところで止まっていた話を再開し、その後偶然レギュラスの姿を見かけたので尾行することにした、という話を続けた。

「────それで、必要の部屋に入る直前なんだけど────レギュラス、ポケットから一瞬何かを取り出したの。見なかった?」
「ああ、見たけど…でも、一瞬すぎて、僕には何だったのか」
「あれ、多分鍵だよ。持ち手にエメラルドがはめ込まれた、錆びた鍵だった。流石に形状まで細かく見てる暇はなかったけど────多分、これと同種のものだと思う」

私達の前に投げ出されているルビーの鍵を指さすと、2人が驚いた顔のまま黙り込んでしまった。

「つまりね、それぞれの創設者は、それぞれの寮に相当する4つの鍵を作ったんじゃないかと思うの。一定の素質を認められた各寮の生徒だけが使うことができる、どこかへ繋がってる鍵。レイブンクローやハッフルパフのどこかにも、同じものが隠されてると思う…見つかってるかは別としてね」

先に驚きから立ち直ったのは、シリウスだった。改めてルビーの鍵を持ち上げ、しげしげと眺める。

「────じゃあつまり、この鍵の用途がわかれば、レギュラスがあの後何をしてたかもわかるってことだな?」
「ヒントくらいは得られるんじゃないかな」
「わかった。そうなったら、明日にでも開かずの部屋で一回試してみよう」

あ、でも────。

私はすっかりレギュラスが"ヴォルデモートと内通している"という前提で話を進めてしまっていたことを今更思い出した。ジェームズともこの話はしているので、きっと目的は共通しているのだろうが────シリウスにとって、レギュラスの謎の行動を突き止めることに、そこまでの意味を持たせられるのだろうか? そもそも、自分の弟が他ならないヴォルデモートその人と関わっているなんていう疑惑を持たれているなんて、彼からすれば彼自身をも侮辱しているような気持ちにさせやしないだろうか────?

少しの不安を抱えてシリウスの顔色を窺うと、ちょうど彼と目が合ってしまった。

「どうした。我が弟が死喰い人として何をしようとしているか、探るのが怖いのか?」
「えっ…」

去年度、ジェームズが言っていた言葉が蘇る。

あいつが気づいてないわけないだろ。でもそれで、あいつが弟とどう向き合うかはあいつ次第」

レギュラスが、ホグワーツの死喰い人グループのリーダーなのではないかという話をした時、彼は当たり前のように「シリウスも同じ結論に至っている」と言った。
そうは言っても彼自身に何の変化がなかったので、私はその言葉を半信半疑のままにしていたのだが────。

じゃあ、まさか本当に、弟が死喰い人になったことを知って、それでも顔色一つ変えずに笑っていたの?

「わかってるよ。根拠はないけど、レギュラスは確実にヴォルデモートと通じてる。去年度の騒動に関わってるかどうかも…確信と言うにはあまりに心もとないが────僕はあいつの兄貴だ。嫌いでも15年以上見てりゃ、考えてることや、やりそうなことはわかる。あいつは1日も早く死喰い人になりたがってたんだ。そのチャンスが与えられてる今、あいつがそれに熱心に取り組まないわけがない
「で、でもそれじゃ、シリウスはレギュラスと────弟と、戦うことに────」
「イリス」

シリウスが、厳しく────そして、どこか切なくなる声で私を呼んだ。

「レギュラスは確かに弟だ。でも、僕は血の繋がりだけで家族を選ぶつもりはない。レギュラスがどれだけ僕と似ていようが、どれだけ同じ血が流れていようが、その考え方が敵対すべきものである限り、決して杖は下ろさない」

────ああ、バカなのは私の方だった。
そんなこと、はじめからわかっていたのに。それこそ、彼にとって血の繋がりなんて、他のどんなものよりも価値のないものだと、私は入学したその時から知っていたはずなのに。

まだどこか恐れていた。
リリーがスネイプと決裂した時のことや、これから自分が戦うことで大事な人を失ってしまうかもしれないということを、無意識に考えてしまっていた。

「────そうだったね、ごめん」

大丈夫だよ、なんてリリーには強がって言っておきながら、私は"本物の光"の前にはまだまだ霞んでしまっていたらしい。
私は改めて、これから向き合わなければならない敵のことを思った。それがたとえ愛した人の弟であろうと、関係ない。情や血の繋がりで物事を判断しては、いずれ足元をすくわれる。

これは、思想の戦いなのだ。
その人が誰かなんて関係ない、その人が何を考えているか、それを見極めなければ。

古ぼけた鍵のルビーがきらりと、室内灯に反射してきらめいた。
私のブレスレットについた赤い石も、共鳴するようにきらりと光った。



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