朝方にもそもそとベッドに入るなり一瞬で寝入った後、気持ちよく目覚められたのは結局昼過ぎになってからのことだった。起きてみて、ここ数日ずっと胸につかえていた何かが取り除かれたような気持ちにまず陥り────それから、眠っている間にもずっと腕についていた赤いブレスレットを見て、その理由を思い出す。

不安なことは多いけど、このブレスレットをつけている限り、彼を感じることができるような気がする。そしてそれがあるだけで、私は私が思っているよりずっと強くなれるような気がするのだ。

「あら、お目覚め?」

ぽやぽやと寝坊の余韻に浸りながらベッドでごろごろしていると、ちょうどどこかから帰ってきたらしいリリーが笑いながら寝室に上がってきた。

「私、午前中ずっと課題をやっつけてたせいでまだお昼が食べれてないの。遅めのランチにしようと思ってるんだけど、良かったら一緒にどう?」
「ありがと、私も行くよ」

うんと背伸びをして、体を動かす準備をする。その時、露わになった手首にブレスレットがついているのを見たリリーが「それ、2年生の時の?」と尋ねた。

「ううん。今年のシリウスからのプレゼント。今回は材料から全部自分で作ってくれたんだって」
「へえ、物も気持ちもリメイクってこと?」
「そうそう、まさにそんな感じ」
「粋なことするのね」

彼女は素直に感心したようだった。ベッド脇のサイドボードには、まだ4年前のこれとよく似たブレスレットがプリザーブドフラワーの脇にちょんと置かれている。
こうして見ると、彼と過ごした時間の変遷をそのまま見ているようで面白い。

そういえば、リリーはジェームズから何をもらったんだろうか。

「リリー、ジェームズから今年は何か贈られた?」
「ええ、私もブレスレットよ。去年のと比べて急に大人っぽい中身になってるし、どこを見てもショップの名前が書いてないから、どこのものかと思ってたんだけど…その様子だと、ブラックと一緒に作ったのかもね」

彼女はやけに気のない風に言って、自分のサイドボードを指さした。そこには窓から射す冬の太陽を受けて、緑色にきらめく宝石をつけたブレスレットが置かれている。

「綺麗な緑。リリーの瞳の色を思ったんだろうね」
「…それ、カーテンを閉めてベッド脇の明かりにかざしてみて」

無難な感想を伝えたところ、返って来たのはそんな不思議な言葉だった。何かまた仕掛けがあるんだろうかと、素直にカーテンを閉めて日光を遮断し、ベッド脇の人工灯にかざしてみる。

────すると、さっきまで緑色だった石は鈍い赤色に輝き出した。

「すごい、今度は赤? 緑と赤…リリーの目と髪の色だ!」
「アレキサンドライト、って知ってる?」
「もちろん。太陽の下では緑色に光るけど────あ…そうか…これ、アレキサンドライトを模してるんだ」

太陽の下では緑色に光るけど、人工灯の下では赤く光る貴重な宝石、アレキサンドライト。
シリウスが私の石は「本物のルビーじゃない」って言ってたから、これも何らかの魔力を施して"そう見えるようにした"だけなのかもしれないけど────。

「メッセージカードに『アレキサンドライトの君へ』って書いてあったの。これには流石に脱帽したわ。だって、悔しいくらいにとっても綺麗なんだもの」

言葉通り、リリーは悔しさを滲ませながらプレゼントを褒めていた。それでもその口の端が笑いを噛み締めているようにヒクヒクと動いているので、私も自然と笑顔になる。

「シリウスはこれを作るのに1ヶ月かかったって言ってた。ジェームズもきっと、同じくらいリリーのことを想って、それを作ったんじゃないかな。つけていってあげたら喜ぶんじゃない?」
「なんだかプレゼントに釣られた女みたいで嫌だわ」
「ねえ、リリー」

私は着替えの手を止めて、上半身だけシャツを着た状態でリリーに向き直る。忙しなくレポートや教科書を整理していたリリーも、私があえて彼女の名前を呼んだことで動きを止め、まるで私がこれから何を言おうとしているのかはわかっている、といった風に複雑な顔でこちらを見た。

「今年に入ってから、ジェームズが自分の気分だけで左右されて誰かを呪ったり、必要以上に誰かを辱めるような冗談を言った?」

────私は、そろそろリリーにちゃんと"今"を見てほしいと思った。

リリーとジェームズの間の溝が深いことはわかってる。それを埋めるのには相当な時間がかかるだろうとも思っている。
今の段階ではまだ、完全にジェームズからの一方的な片想いだ。いくらスネイプと決裂したからって、それ以前に育ててしまったジェームズへの敵意がすぐに消えてなくなるわけじゃない。

でも、ジェームズだっていつまでも11歳の頃のままじゃない。
物の分別もつけられないような、やんちゃ坊主のままじゃない。

今年に入ってから、ジェームズがよくわからない言いがかりをつけて(特にスリザリン生に)喧嘩をすることはなくなっていた。それは去年の末、シリウスが私に「理由もなく杖を上げることはしないと誓う」と言ってくれたことと少なからず関係してるのかも、なんていう風にも思っていたけど…。

むしろ彼は、無用な争いを"避ける"ようになっていた。もちろんスネイプとの戦いはまだ続いている。顔を合わせれば、誰の目にもつかないところでやりあっているという話も、実は後から聞かされていた。
でも例えば、期初に私がレイブンクローの下級生からいちゃもんをつけられていた時に颯爽と助けてくれた時のこととかを思い出せば────彼は変わらず"目立ちたがり"でありながら、それをうまく利用して他の生徒とのいざこざすらエンターテインメントに変えてしまう────いわば、"本物のカリスマ"になろうとしているように見えていた。

「…言ってないわ」
「ジェームズが傲慢で目立ちたがりな嫌な奴、って言うのはずっと聞いてるし、まあ…あの人の性格をそういう風に捉える人が多いのもわかってるよ。でも、ジェームズのクィディッチの采配とか、授業の成績とか見てたら、少なくともあの人の言葉が"中身のないいい加減なもの"とは言い切れないんじゃない?」
「…まあ…そうかもしれないけど」

リリーは渋々、私の言ったことを認める。
そう。ジェームズには確かに入学してきたばかりの頃、知識も技術も中途半端なままに自分を過大評価する部分があった(もちろん同学年の私から見れば彼は最初から十分に天才だったけど)。でも、こうして成人を間近に控えた今、彼の知識や技術は完全に成熟してきている。もう誰が見たって、彼が"実力のある魔法使い"であることは間違いないのだ。

「リリーがジェームズのことを嫌うことについては何も言わないよ。でも、ジェームズも少しずつ変わっていって、大人になってる。そんなあの人が、嘘偽りのない心でリリーのことを好きだといって、時間と手間をかけてこんなに綺麗な物を贈ってくれたんだよ。その真心を素直に受け取っただけで、リリーを"物に釣られる女"だと思う人は、いないんじゃないかな」

私がシリウスからこのブレスレットをもらった時、世界中のどんな宝石を集めて並べられたってこの石には敵わないと思った。
それと同じ感情を抱けと言いたいわけじゃない。ただ私は、この素敵な石にこめられたシリウスの────そしてジェームズの────混じりけのない誠意を、どうか優しいこの親友にもちゃんと汲んでほしかったのだ。

「まあ…そうね。あなたの言うことは…正しいと思うわ」

リリーは視線を泳がせながら、私の言葉を認めてくれた。リリーもジェームズが本気で彼女に惚れこんでいることはわかってるんだろう。その上で、彼女自身の中でだんだんと彼を嫌う理由が薄れていっていることもきっと間違いじゃないと思う。
ただ、今までずっと敵視してきていたはずの対象と、どう向き合ったら良いかわからずに戸惑っているだけなんだろう。ジェームズの話になると急に歯切れが悪くなる最近のリリーの様子を思い返しながら、私はひとりそんな分析をする。

「じゃあ今日だけね。今日だけ…確かにとても綺麗だから…」

そう言いながら、彼女は左腕にそのブレスレットをつけてくれた。
きっとジェームズ、大喜びするだろうな。

────案の定、その後談話室でシリウスが私に話しかけに来てくれた時、後ろからついてきていたジェームズが目敏くリリーの手首に気づいた。

「エバンズ! それ、気に入ってくれたのかい!?」
「あー…ええ、うん。アレキサンドライトって発想、とても素敵だったわ。ありがと────」
「良かった! パッドフットと2人で散々悩みぬいて考えたんだ! やっほーい! 僕の1ヶ月は報われたぞ! おーい、ムーニー、ワームテール!」

せっかくリリーとまともに会話ができるチャンスだと言うのに、ジェームズはすっかり浮かれ切っていつもの定位置にいたリーマス達のところへ去ってしまった。そのあまりの素早さといったら、まるでクィディッチで箒に乗っている時のようだ。

「…あれのどこが大人になったっていうの?」

リリーはまるで幼い子供を見ている母親のように、笑って頬杖をついていた。
その表情は少しだけ意外に思えたけど────少なくとも、彼の"誠意"はちゃんと伝わっていたらしい。そのことが、嬉しかった。

だけど────。

「先生、折り入って頼みたいことがあります」
「え、なんか嫌な予感」
「お願いだよフォクシー、バレンタインにエバンズからのチョコレートがどうしても欲しいんだ

後日、ジェームズからわざわざ呼び出されてそんなことを言われた時には、流石に「調子に乗りすぎ」と両断してやろうかとも、思ってしまった。










「エバンズのチョコレートが欲しい」がジェームズの新しい口癖になったのは、1月の中頃だった。リリーは宣言通り、クリスマスのあの1日を終えた後、その華奢な手首によく似合う繊細なブレスレットをつけることをやめてしまっていた。それでも私は知ってるんだ、ブレスレットが私のあげた一輪挿しの脇に、ずっと置かれていることを。まるでその光景は、シリウスからもらったプリザーブドフラワーの脇に2年生の時もらったブレスレットを置ている私と同じようだった。

でもそんなことを知らないジェームズは、リリーの心の中で微細な変化が起きていることも知りようがない。リリーにはリリーのテンポがあって、(少なくとも今年に入ってからジェームズが彼女に悪い印象を与えていないことだけは確かなんだから、)それに合わせて彼もゆっくりと好意を伝えていけば良いだけなのに────どうにも事を急いてしまうのは、彼の変えられない性分のようだった。

「だから助けて、フォクシー」
「とは言ってもねえ」

正直、リリーに「ジェームズにチョコレートを贈ろう」なんて、とても言えるわけがなかった。今まで、私になら友情の証として悪戯仕掛人にチョコレートを贈ってきた経緯がある。でもそれだってハニーデュークスの通信販売で買った安物だし、バレンタインを特別なイベントとして捉えたことなんて────あー…思い出したくもない3年生の時を除けば、皆無だったのだ。当然、リリーと「チョコレートを誰に贈ろうか」なんて相談したこともない。
それを突然今年に入って「ジェームズに」なんて言い出したら、いい加減私までジェームズの恋路を全力で応援してる"悪戯仕掛人側の人間"としてあしらわれて終わってしまう。

勘違いしないでほしい。ジェームズの片想いを応援していることは事実だが、私は何よりリリーの気持ちが第一なのだ。ジェームズが彼女を好いているという"誠意"を伝えることには手を貸しても、リリーの気持ちをジェームズに向かせるために無理をして動くつもりなんて最初からなかった。

「だって君はパッドフットに何か贈るだろ?」
「そりゃそうだけど」
「そのついでで良いから!」
「ついでって…だいたい、リリーがまだジェームズを受け入れきれてないのはわかってるでしょ? そんな相手からもらう心のないチョコレートでも嬉しいの?」
「もちろん。エバンズからもらえるものならなんだって喜んで受け取るよ。それがたとえ呪いだとしてもね」
「盲目的すぎる…」

これにはもう溜息をつくしかなかった。
そういえば、2年前に彼は同じようなことを言ってたっけ。クリスマス前、リリーへのプレゼントに悩んでいる彼に「そもそも嫌われてる相手にプレゼントを渡しても無駄」と切り捨てたシリウスを、ジェームズはいとも容易く笑い飛ばしたのだ。

「何を言ってるんだ、シリウス。エバンズが僕を好きじゃないことなんか最初っから知ってるさ。でも、だからこそ、向こうの"嫌い"を埋めても余る程の"好き"を伝えるんだろ? それに僕らはまだまだ子どもじゃないか────大人になる必要なんて、どこにもないね」

あれからもう、2年も経つのか。彼はまだ、自分のことを"子供"だと思ってるんだろうか。私から見たら、もう彼は十分に大人なのに────。

「まあ、エバンズのことになるとプロングズの年齢退行が著しくなるのは、もう病気だと思って諦めるしかない」

夕食のテーブルで隣に座っていたシリウスが、全く興味のない様子で助け船にもならないアシストをしてきた。リリーは今、スラグ・クラブの会合中だ。彼女がいないのを良いことに、ジェームズは私の前で1ヶ月後のイベントの話をやいやい喚き散らしていた。

「うーん…それとなく話を振るとか…? でもリリーはそういうの聡いからすぐにこっちの魂胆がバレるだろうしなあ…。寮のみんなに配ろうよって提案する? でもそれは私も準備が面倒だしなあ…」

口の中でもごもごと策を探してみるが、どれも自然に"リリーからジェームズへチョコレートを贈らせる"方法とは言えなかった。

「いっそリリーにも贈るって建前で2人でお互いに作っちゃえば────あ、そうだ!」

そもそも良い案なんてあるわけないと思いつつ、ジェームズの手前パフォーマンスとして考える素振りをしていただけだったが────私はふと、"妙案"を思いついてしまった。

「成功する方法、あるかも!」

ジェームズがガタンと立ち上がる。

「本当かい!? 流石フォクシーだ!!」

周りのグリフィンドール生が「なんだなんだ」、「またポッターが騒いでるのか」と呆気に取られている中、ジェームズはもうすっかりリリーからチョコレートをもらったかのような満面の笑みを浮かべて私の手を取った。

「あ、あの、でも成功する"かも"だからね? 間違いなく成功するわけじゃないから、あんまり大きな期待は────」
「それでも良いんだ、ほんの少しだけ期待が持てるってだけでも全然違うから! ありがとうフォクシー、やっぱり君は僕の女神だ!」
「浮気をしてもイリスだけはやめろよ。僕はまだ君を毛虫に変えたくはない」

こんなに喜ばれると思っていなかったので、軽い気持ちで"案がある"と言ったことを後悔した。確かに途中まではうまくいくかもしれないが、いざ「ジェームズに渡そう」と言った時のリリーの顔を思うと、もうこれ以上ご飯が食べられなくなる。

結局、ジェームズのキラキラとしたハシバミ色の瞳に見送られながら、私はリリーが戻っているであろう寝室へと力なく上がって行った。
いや、でもここでへこたれていては作戦が何も進まない。無理を押してリリーにジェームズを好きになってもらおうとする気はないが、この"提案"はある意味私のためにもなるのだ。

今までの、友達として渡していた安物のチョコレートじゃなくて、私にしか渡せない世界にひとつのチョコレートを、シリウスに渡すために。

「リリー」
「ああ、おかえりなさい」

寝室には、案の定リリーがいた。スラグ・クラブで散々色々な人と話してきたのだろう、眠たげに目をこすり、もういつでも瞼を閉じられるような状態になっている。

「あのさ、ひとつ提案があって」
「なあに?」

うまくいくかなんて知らない。でもまあ、やってみる価値はある。

「────2月に入ったらさ、バレンタインのチョコレートを厨房で作ってみようと思ううんだ。良かったらリリーも一緒に行かない?」

私の"提案"は、バレンタインのチョコレートを"手作りする"という案だった。私はシリウスと、他の悪戯仕掛人と、それからリリーに。女の子にチョコレートをあげる風習はあまり目立っていないが、まあ別にその辺は私達の友情を考えればそこまで変には思われないだろう。
そしてリリーにも名目上は"私との交換用のチョコレート"を一緒にいくつか作ってもらって、余った分をジェームズに渡せば良い(ここが一番難しい)。そんな算段だった。

「え、厨房?」

おそらく厨房自体に行ったことがないのであろうリリーは、提案を呑む呑まない以前の段階で目をぱちくりとさせた。まあ、それもそうだろう…。

「そう。私、今までシリウスにはハニーデュークスの安物の小さいチョコしか渡したことがなかったんだけど、今年は誰にも負けない一番のチョコレートを渡したくて。でも買ったものじゃ…あの人のもらう物のどれかと被ることは間違いないから、いっそ作ろうと思ってるんだ。で、せっかくだからリリーも一緒にどうかなって。夏休み、一緒に料理したの楽しかったし」

最後に付け加えた言葉は咄嗟に出た理由だったが、どうやらリリーにはちゃんと効いたらしい。

「へえ…厨房で手作り…確かにユニークね。良いわ、私も一緒にお手伝いする! …あ、でもせっかく恋人に渡すものなのに私の手が入ったらもったいなくない?」
「うん、だから私、リリーにも友達のためのチョコを作ろうと思うんだ。それで…あの、良かったらね…」

私にも作ってくれたら嬉しいなあ。
この段階では、絶対にジェームズの名前は出さない。でも、私のためにだったらリリーはきっと作ってくれるだろう。そんな(ちょっとした優越感に似た感情が混ざった)事実をチラ見せすると、リリーはクスクスと笑って「良いわ」と言ってくれた。

「じゃあ私も、あなたにチョコレートを作るわね。友達と一緒にバレンタインの準備をするなんて初めてだから、楽しみ」

よし。とりあえず作戦の舞台に乗ることはできた。
あとは来月厨房へ行って、チョコレートを作って…それで、なんとかこう…どうすれば良いのかわからないけど…ジェームズのための分を少し確保できるように頑張ろう。

まったくもう、暴走しがちなジェームズのストッパーになったり、今回みたいにアクセル役になってあげたり────全く嬉しくないが、まるで私がジェームズという車の運転手にでもなったような気持ちだ。願わくばそのゴールが、リリーに繋がっていれば良いのだが。



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