12月25日。
ちょうど時計が0時を指したその時、まだなかなか瞼を閉じられずにいる私のベッド脇で何かがカサッと動く音がした。

「!」

咄嗟に跳ね起き、杖を構える。
しかしそこにあったのは、1枚の紙飛行機だった。簡単に折られたその紙の端からは、"シリウス"という彼の字で書かれた自署が覗いている。

なんだ、シリウスからのメッセージか。
普段ならそんな時間に彼から手紙が来たことをもっと不審に思っていたかもしれない。ただ私は例の一件────スネイプ達が何かを探ろうとしていたという曖昧な計画を曖昧に阻止して以来、よく眠れずにいた。正確には、常に気を張っていないと、知らない間に死喰い人に襲われるような妄想に取り憑かれてしまっていた。

馬鹿げている、と自分でも思う。
それでも確かに、あの日"敵"は目の前にいた。ちょっと小手先で闇の魔術をいじくるような、そんな"私にでも扱える"ような敵じゃない。もっと先の────"これから対峙すべき"本当の敵だ。

何の確証もないのに、私はすっかり彼らを死喰い人だと思い込むようになってしまっていた。
そうすると不思議なことに、彼らを校内で見かけるだけで、彼らと接触している誰かを見るだけで、その人達も全員怪しく思えてしまうのだった。

そんな私の過大な警戒心に比べれば、シリウスからの"突然の紙飛行機メッセージ"なんて可愛いものだった。何か今日中に伝えておきたいことがあったけど、女子寝室に男子は立ち入れないからこうして間接的に魔法を飛ばした────大方そんなところだろうと思い、紙飛行機を広げる。

『談話室に下りてきて シリウス』

メッセージはそれだけだった。
私はガウンを羽織り、人気のない寝室を降りて談話室に向かう。

そこにいたのは、シリウスだけだった。まだ明るい暖炉の前の、一番温かい特等席に座って私を待っている。

「やっぱり起きてたか」
「どうしたの、こんな時間に」
「せっかく僕ら以外には誰もいなかったから、プロングズ達には先におねんねしてもらうことにしたんだ。ほら────メリークリスマス」

そう言うと、彼は脇から小さな包みを私に差し出した。

「あっ、そうか────今日、クリスマスだ」
「そんなことも忘れてたのか」
「ええ…どうしよう、私、自分のプレゼント普通に発送しちゃったよ…。シリウスがこんなサプライズを用意してくれてるって知ってたら、私もここで手渡ししたのに」
「それじゃサプライズの意味がないだろ。君のプレゼントが何なのか楽しみにしながら朝を待つから、遠慮なく受け取ってくれ」
「うん…ありがとう」

遠慮なく、とは言われていたが、どうしても私の震える指先が暖炉に照らされて赤く染まってしまう。
誰かから手渡しでプレゼントをもらうなんて、もう随分と昔のことのように思えた。いや、今までそんなこと、あっただろうか────?

紙の包装を丁寧に剥がし、中に入っていた箱をおそるおそる開ける。
────中に入っていたのは、ブレスレットだった。

「あれ? これ、2年生の時の────」

そう、私の手に落ちてきたものは、赤いブレスレット。
2年生の時、まだ私達がこんな関係になるなんて誰も予想していなかった頃にもらったあの深紅のブレスレットとよく似ている装飾が、今手の中にあるこれにも施されていた。

「リメイクしたんだ。チェーンの先、見てみて」

細いシルバーチェーンの先。通常、例えば…ブランドの名前とか、そういう文字が彫られているような少し幅広のパーツに、何か文字が刻まれている。

『シリウスより 愛するイリスへ』

「!」

驚いて、改めてブレスレットをよく見てみた。
繊細なシルバーチェーン…は、よく似ているように見えるけど、本当によく見ると、チェーンパーツの形が微妙に違う。赤いビーズアクセサリーも一見4年前と同じものに見えるが、ビーズ周りの装飾が微妙に異なっていた。シルバーの丸枠にビーズをはめこんだ当時のものとは異なり、今年のものは磨きのかかった月輪を思わせるような金色の丸枠に収まっている。暖炉の火がチロチロと舐めるように輝かせるその石には一点の曇りもなく、これではまるで────。

「────まさか、本物のルビー…?」
「いや、流石にそれはちょっと。人からのお小遣いで女性にプレゼントするのはマナー違反だろ。でも、良い線はついてる。これ、実は僕がイチから作ったんだよ」
「シリウスが!?」

つい大声を上げてしまい、慌てて口を閉ざす。
誰かが起きてくる気配がないことを確認し、私は再びその美しい紅色を思う存分眺めまわした。

「すごく…綺麗…」
「2年生の時はお察しの通り、自己顕示欲の塊でしかなかったからな。今思えばあれはまだあの頃の君にはちょっと大人っぽすぎた────」
「ちょっと、嫌味言わないと気が済まないのなんとかして」
「────でも、君ももう今年は成人で、つまり良い大人なわけだ。時計はどうせ愛するご両親からもらえるだろうから、僕はそんなありきたりなものよりずっと"君に似合う"ものを贈りたかったんだよ」

シリウスの言葉が歌のように私の耳から流れて、ここ最近の警戒態勢で凝り固まっていた脳をまろやかに解していく。

「宝石の錬成なんて、難しくなかった?」
「ちーっとも。むしろ石探しが一番大変だったんだ。どんな場所の石なら喜んでくれるかなって────」
「そこから考えてたの!?」

ああ、ダメだ。深夜だとわかっているのに、シリウスのやることなすこと全てが私の予想を遥かに超えてくるものだから、ついついすぐ大声を出してしまう。

シリウスはブレスレット作りの全行程を話してくれた。
まず、石探し。どんな場所の石なら喜ぶか考えて、私とリリーがよく散歩していた湖に沈んでいた、つるつるとした丸っこい石を拾ったんだそうだ。
それから、その掌大の石をこの小指の先に乗る程度の小ささまで削り取る。ものを削る魔法自体なら簡単に扱えても、そのサイズがどんどん小さくなるにつれ、願った形(どこから見ても歪みのない、完全な球体だった)になるようコントロールさせるのが難しかったらしい。
そして、チェーンをつなげて、最後にその先のプレートにメッセージを刻む。

「アクセサリー作りなんて初めてだったし、チマチマした作業はどうにも苦手だから色々雑なところはあるかもしれないけど────でも、1ヶ月かけて準備したんだ。誠意だけは、込めてるよ。これは正真正銘、"君に相応しい"と思って僕が作った一点ものだ。ついでに簡単な通信機能もついてるから、君がこの偽ルビーをちょっと杖でつっついたら、いつでも駆けつけられるようになってる。…まあ、僕が姿現しできるようになったら、だけど」
「シリウス…」

2年生の時、"僕はグリフィンドールだ!"と言いたいがためにマグルの店で適当な大人っぽすぎるブレスレットを贈りつけてきたシリウスは一体どこへ行ってしまったのだろう。
今隣にいる彼は、ソファの上に立てた膝に顎を乗せ、ことんと首を傾げながら私の反応を楽しんでいた。

────こんなの、嬉しくないわけがない。

「良かったら、付けてみても良いかい?」

囁くように尋ねられたので、私は彼にブレスレットを渡した。
彼は黙って私の浮いた手首にそれを回し、大きな手でそれでも器用にチェーンを留めてくれた。私の貧弱で青白い肌に光る、深紅の輝き。

「なんだか、もったいないなあ…」

彼は私に「相応しいものを」と言ってくれたけど、こうしてつけてもらうと、どうしてもまだ分不相応な気がしてしまう。彼には一体私がどう見えているんだろう。こんな華奢なアクセサリーが似合うほど、大人の女性にちゃんと見えているんだろうか。

「もったいなくないよ。僕が君のために拵えたいと思ったから勝手に作った、それだけのことなんだから。────それに、やっぱりよく赤は君に似合う。君は僕がグリフィンドールにまだ固執してるって思うかもしれないけど、僕は心から、君にならこの色が一番似合うだろうなと思ったんだ」
「どうして?」
「君の心が、いつも燃えてるから」

暖炉の薪が爆ぜて、私達の沈黙をパチッと言う音で掻き消した。

私が、燃えてる?

「そんな…。私なんて、自分で言うのもアレだけど…いつもなんか湿気てる方だと思うんだけど…」
「まあ、ネガティブで悲観主義ですぐにリスクにばかり目を向けるのは否定しない」

バッサリと肯定されるのも、それはそれで傷つく。やっぱりそうですよね…。

「でも」

シリウスは言葉を止めなかった。暖炉の明かりのせいだろう、彼の灰色の瞳は、赤い燃え盛る炎をそのまま映し出して、熱っぽく私を見つめていた。
全体的に落ち着く濃い赤色が目立つグリフィンドール寮。今私達は、丸ごとそんな"真っ赤な世界"に放り出されたようだった。彼の瞳、彼の髪、彼の唇────その全てが、グリフィンドールの赤と暖炉の炎に包まれて、灼熱の温度を帯びているかのように感じられる。

だからだろうか、今晩の彼の声が、やけに熱っぽくて、それがいつもより艶めいて聞こえるのは。

「────君は、ネガティブなことを言いながらも、いつだって楽観的な未来を生み出すために動いている。悲観している現実の中で、いつだってそれを打開するために全力でもがいている。リスクに目を向け、起こりうる良くないことに、いつだって無意識のうちに立ち向かってる」
「そんなこと────」
「そんなこと、あるよ。君の心は冷静であるようでいて、実はいつも燃えてるんだ。君の頭がどれだけ現実を恐れていても、心と体はいざとなると必ず"君の正義"を守るために勝手に動いてるんだ。僕はそんな君の燃え盛る正義の炎が好きだ。だから、見えない"心"を少しでも見ていたくて────こんなものを作った。これは僕が感じている、君の"心"そのものだ」

シリウスの言葉の方が余程炎に包まれた激しいもののように聞こえてしまった。彼が私の心を────こんなに綺麗な赤い宝石のようだと思ってくれているなんて、考えたこともなかった。
確かに彼は、私が変わっていく様を見てだんだんと心惹かれていくようになった、とそう言っていた。でもまさか、形も色もなかった5年以上前の私が、今やこんな、どんな炎よりも赤く燃え盛る深紅の色を放って、これだけ小さいのにどんなものより大きな美しさと強さを秘めている宝石と同じだと喩えてもらえるなんて────。そんな日が来るなんて、思ってもみなかった。

ブレスレットを眺めた後、改めてシリウスの顔を見る。
否応なしに、顔が赤くなってしまう。これはきっと暖炉の火に当てられたせいなんかじゃない。

だってシリウスの顔────こんなの、ドラマの中でしか見たことがない。何より愛する人を見つめる時の、慈愛と尊敬と、それからほんの少しの独占欲を孕んだ目をしている。
それがやけに色っぽくて。やけに、切なくて。

「────それなら私、ずっとこれをつけてるね。私も────たまに自分の心がわからなくなる時があるから。シリウスが信じてくれたこの真っ赤に燃える心を、"自分の心"だって信じて────頑張る」

シリウスはふっと優しく微笑んだ。私の大好きな、大人と子供の顔が混在した顔。
現実の過酷さを知って全てを諦めたような、そうであるが故の余裕から生まれる色気。
それをどうして、あんなに目先の綺麗なものをただただ純粋に1日中追い回している少年のようなきらめきと共存させられるのだろう。

危ういバランスの上に成り立っているシリウスの笑顔が、私は何より好きだった。

「────最近、ずっと思い詰めてるだろ」

彼は、私の「自分の心がわからなくなる」という言葉を拾ったようだった。ここ1週間、私の周りへの警戒レベルが格段に上がっていることには気づいているのだろう。そして、おそらくその原因もよくわかっているはず。私は、素直に頷いた。

「…なんだか、怖いんだ。今まで新聞でしか知らされなかった"外の世界の脅威"が内側に迫ってきてるような気がして────ある日起きたらホグワーツ内で戦争が始まってるかも、なんて考えちゃって。馬鹿みたいだよね」
「ああ、馬鹿でしかないな」

シリウスは簡単に私の恐れを笑い飛ばした。でもそれは、いつもみたいに私の心配性な性格を皮肉っているような笑みではなかった。

「大丈夫だよ。────まあ、確かに外の世界は混沌としてる。いつホグワーツが安全だと言い切れない日が来るともわからない。それは事実として、きちんと受け止めなきゃいけないんだろうさ」

暖炉の薪が、再びパチッと燃えた。それがなければ、私はまるで何もない空間にシリウスとふたりぼっちで取り残されたとさえ思っただろう。
────でも、それが不思議と怖くないのだ。

この優しくて、不器用で、厭世的な彼が一緒にいてくれるだけで、私の恐怖心はぐっと一気に和らいでしまう。まるで魔法のようだった。彼の微笑みは、私の冷え切った心を溶かす温かい炎だ。目の前の暖炉なんかよりずっと、私の体を芯から温めてくれる。彼から時折吐き出される"優しい本音"は、どんな時でも私を失意の底から引き上げてくれる。彼の存在は、迷ってばかりの私をいつだって導いてくれる────揺るがない一等星の、まっすぐな光だった。

「…でも────夏休み中に言ったこと、覚えてるか?」
「夏休み中に?」
「ヴォルデモートが何をしようとしているのか、僕達は知らない。でも、過去ばかり振り返って、何が起こるかわからない未来に怯えていたら、ただあいつらに遅れを取るだけなんだ、って。だから、いつか来る戦いのために万全の備えをしなければいけない。君がこの間レイブンクローの生徒を救った時と同じようにね」

でも、あれはたまたま幸運が重なっただけで────。

「君はあれをたまたまタイミングが良かったから防げたことだと思ってるかもしれないけど、僕からすればそれは全く違う。君が君であったからこそ、あの場で動くことができた。これから起こりそうなことをいち早く察知して、最も的確な処理を施してみせた。そのことは決して偶然じゃないんだ、イリス。君の勇気と正義感が、確実に闇の魔法に抵抗したんだよ。君はそのことを、なおざりにしすぎている。たまたま偶然が重なったから防げた"幸運"だとしか思っていないから、この先の未来に怯えてしまってるんだ」

────よく、シリウスの言っていることがわからない。
黙っていると、彼は「うまく理解できない?」と尋ねてきた。

「つまりさ────内部に敵がいるかもしれないからって、何もかもに怯えて、全てを疑って、せっかく君は"全ての人とわかりあえるかも"なんて希少な意見を持てる平等な人間なのに、たった1回の事件が起きただけでそれを覆されそうになってる。それって物凄くもったいなくないか? 少なくとも僕はあまり見れたものじゃないと思ってる」
「私が────弱虫だってこと?」
「違う。君は自分のことを過小評価しすぎってことを言いたいんだ。良いか、隣人を疑い、不和を生み、争いの種を撒くことに関してはヴォルデモートは天才的な手腕を持っていると聞く。せっかく自分の思想を持ち、自分の正義感で動けるようになった君のような人が、その争いの種を育てちまったら、それこそ敵の思う壷なんだよ」

────その意見には、少しだけ意外性を覚えるとともに────どこか心の中では納得している自分がいた。
他人を信じ、受け入れようとしていたはずの私が、今や全てのものに対して疑いの目を持つようになってしまっている。それが良くないことだとわかっていながら────私はそれでも、その疑いを消せずにいた。

「…怖いんだ。私はまだ、"現実"を知らない。外の世界がどれだけ怖くて、どれだけの人が命を失っているのかわからない。今までは"遠くのどこか"で起きていたことがいざ自分の身に迫っているのかもしれないって思ったら、もう誰を信じたら良いのかわからなくて────」
「僕を信じれば良いだろ」

シリウスは簡単に私の恐怖を一掃した。ブレスレットに手をあてがった後、そのまま私の手を優しく握る。シリウスの手は温かかった。冷えた指先からその温度が伝わり、前進に広がっていくような感覚を抱く。

「言っただろ、大丈夫だって。僕は君を信じてる。たとえホグワーツ内で争いが起きようとも、君は必ずその場の最適解を導き出して、最も穏便な方法で物事を収めることができる。5年以上君を見てきた僕がそれを請け負うよ。それでもなお、君の身に危険が迫るというのなら────僕が何を捨てても、君を守るから」

────それは拙いプロポーズのようにも聞こえた────なんて言ったら、また笑われてしまうだろうか。

でも、それだけ彼が真剣なことは伝わってきた。
"敵"とわかっていない相手に無駄に警戒するな、なんてまさかシリウスから言われる日が来るなんて。

ただ────確かに、彼の言うことは正しいと思えた。
敵でないはずの大多数の人に怯えて、さっきみたいにちょっと物音がしただけで杖を取り出してしまう自分は、あまり"自分の好きな自分"ではなかった。

私はもっと堂々としていたかった。
敵が現れたら仕方ないから応戦する。でも、誰かれ構わず疑ってかかって、敵視しかねない今の状況は、私のポリシーにも反することだったのだ。

────信じても、良いだろうか。
もしかしたら気づいた時にはもう遅いのかもしれないが────明確な"敵"の姿がハッキリ見えてくるまで、私はまだ周りの人のことを信じ────その人達が必ずどこかで善性を持っていると、信じてしまっても良いのだろうか。

「ここで弱気になるなんてらしくないぞ、イリス。騎士団に入るんだろ?」

シリウスは、私の指先に自分の指先を絡めながら、いつか私が彼にそうしたように、額を重ね合わせてくれた。

「誰もを疑っていたら自分が消耗するだけだ。そしてそれこそがヴォルデモートの狙いでもある、そうだろ? 内部分裂を誘って、反マグル主義者を育て上げようとしているんだ。だから君には────誰よりも"人"を信じている愚かな君には、どうかそのままでいてほしい。いざとなった時には、必ず僕が君を守るから」

触れ合った手元で、もらったブレスレットがしゃらんと揺れた。

「何度でも言う。大丈夫だよ、イリス。君が思っている以上に、ちゃんと僕らの味方はたくさんいる。そして僕が、誰よりも君の味方だ。先週君達の話を聞いた時には茶化したけど、僕は────君に、ずっと笑っていてほしい。待っているのは残酷な未来かもしれないけど、それと同じくらい希望に満ちた未来だって切り開けるはずなんだ。そしてそれは、君だって本当はわかってるはずだ。だってそうでもなければ、騎士団に入りたいなんて無謀なこと、君が言い出すわけないだろ?」

ついさっきまであれだけ不安だったのに。1週間もの間、ろくに眠れない日が近づいていたのに。

シリウスの燃える言葉は、私の心をすっかり温めてくれていた。
じゃあ明日からすぐにスリザリンの生徒を怖がらずに済む、なんてことになるかどうかはわからない。でも────私は、1人じゃない。1人で戦わなくて良い。
戦う時が来るというのなら、いつかそれは必ず訪れてしまうのだろう。でもその時には、シリウスが絶対に隣に居てくれると約束してくれた。

それの、何と心強いことか。

赤い炎の前に座りながら、私はシリウスの肩に頭をもたれさせる。

「────私、まだちょっと人が怖い。誰が死喰い人になってるんだろうって、考えちゃうこともたくさんある」
「うん」
「でも────そこにあなたがいてくれるなら、不思議と怖くなくなってくる気がした」

そうだ。私は1人じゃなかったんだった。
あの日のいきさつを話した時には随分と冗談めかして笑われていたが、彼はきっとずっと私が困憊していく様を心配してくれていたのだろう。

なんだかもう、それだけで十分なような気がした。

「不穏な動きがあることに違いはないから、これからもそれっぽい話は集めていくつもりだけど────うん、そうだね。いるかどうかもわからない敵に怯えて、せっかく自分が育ててきた正義感を折るようなことは、しないようにするよ」

そう言うと、彼は優しく微笑んでくれた。

「君のそういうところ、好きだよ」

私達は朝までずっと2人きりで手をつないで過ごしていた。

そうだね、こんな弱腰になっていたら、騎士団になんて入れないよね。
いるとも限らない敵に怯えているだけじゃだめだ。どこにいるかわからないからこそ、現れた時に毅然とした態度で敵に向き合えるよう、備えていなければならない。私に必要なのは"恐怖"じゃない、"準備"なのだ。

彼と一緒にいると、いつも強張った体がとろとろに溶かされていくのを感じる。
私は朝方になって、早起きをしてきたジェームズ達が降りてくるまで、ずっとシリウスの手を握っていた。恐怖に打ち克てるように、その温もりを少しでも胸の中の一番大切なところに刻み込んでおきたかったのだ。

大丈夫。
大丈夫だよ。たとえどこに敵がいたって、私はきっと、戦える。

だって、誰より"戦い"を、そして"現実"を知っているシリウスがそう言ってくれるのだから。

この1週間、ずっと張りつめていた気がようやく緩んだような気がした。
彼の言葉の魔法が私の不安を取り除いて、安心感に変えてくれる。

────私はその時ようやく、ちゃんと"日常"が戻ってきたことを実感した。
大丈夫。たとえこの先に何が待ち構えていようと、シリウスと一緒なら────きっと、乗り越えられる。

そんな強がりに応えるように、ブレスレットの先が微かに揺れた。
これは私の心。一時の恐怖なんて簡単に蹴散らせるほどの、強い心。

だったら私は、もっと強くならなきゃ。シリウス達ほどじゃなくても良いけど、リリーやリーマスくらいに"変わらないで済んだ日常"を楽しめるくらいにはなりたいな。

そんな希望論を胸に、私は彼の存在をずっと肌で感じていた。
ありがとう、シリウス。"私のため"を思った、こんな心強いお守りをくれて。
私、まだ頑張れるよ。



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